つれづれ生活日記in桂林

桂林(中国)での生活体験、見たままの日常を紹介

善光寺東海別院

2016-01-30 14:29:53 | 帰省日記

善光寺といえば長野県長野市の信州善光寺を思い浮かべる思いますが、一宮市隣の稲沢市祖父江町にも善光寺東海別院というお寺がある。

Wi-kiの説明を読むと、正式には双蓮山善光寺という。また長野県長野市にある信州善光寺をはじめとする各地の善光寺との

区別のため祖父江善光寺、尾張善光寺とも呼ばれている。

善光寺東海別院   http://www.zenkoji.com/

 

 

 

 

  早速愛車にまたがり、稲沢駅まで行き、駅の東西自由通路跨線橋 (こせんきょう)を

  愛車を押して駅の反対に降りる。

 

 


 

 

スマホを持たず出たので、途中にある稲沢市役所の観光課に立ち寄り「稲沢観光ガイドマップ」をもらって出発。

駅から市役所までも 距離はあるが、市役所から善光寺まではそれ以上ありそうだ。 観光課の職員からは途中わからない時は

電話ください・・と親切だった。

 

 

 

   


 

 ブルーに近いコースで行きましたが、迷いながら行っているので実質遠回りした(google map)

  

 

 

 

 しかし、このガイドマップは普通の地図と違い分かりつらい。

 

途中で2~3人程の人に尋ねながら祖父江町に着いた。

目的は善光寺だけど途中でいくつか寺の前を通った。

 

 ほんとに寺が多い地域だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな路地を入っていくと交番を見つけた、早速中に入り善光寺の場所を尋ねると年配の警官が交番のガラス越しに見える狭い

道路の反対側を指さし「あの屋根と屋根の間に立派な紋章が見えるでしょう」「あれが善光寺ですよ」・・と教えてくれた。

 

今回、善光寺で調べたら善光寺は全国にたくさんあるようですね。初めて知りました。

善光寺 (曖昧さ回避)

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%84%E5%85%89%E5%AF%BA_(%E6%9B%96%E6%98%A7%E3%81%95%E5%9B%9E%E9%81%BF)

 2016-01-13

                                  善光寺東海別院 

 

                      中の撮影は許可をもらいこれ1枚のみ

 

 

 

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信長ゆかりの清州城へ行ってみた

2016-01-28 12:50:59 | 帰省日記

何回かの名古屋往復時に電車の窓から見える城が気になっていたので、名古屋からの帰りに清州駅で降り城へ向かった。

駅からは少し距離がありますが途中に案内の看板があるのでわかりやすい。

 

しかし生憎の休館・・残念!。

通常は月曜日が休館日。しかし行った日は火曜日で前日の月曜日が祝日で開館した関係で、振替で火曜日が休館に

なったらしい。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城の外観は新しいように感じたのでWi-ki等で調べてみると・・

現在、城跡は開発によって大部分は消失し、さらに東海道本線と東海道新幹線に分断されており、現在は本丸土塁の一部が残るのみである。東海道本線以南の城跡(清洲公園)に信長の銅像が、以北の城跡(清洲古城跡公園)に・・・etc

現在の天守は、平成元年(1989年)に旧・清洲町の町制100周年を記念して、清洲城跡に隣接する清須市清洲地域文化広場内にRC造によって建設された模擬天守である。 創建当時の絵図が残っていないため、その規模も不明である。そのため、外観や規模は、実在した当時を想像して建てられた・・

 

という事で城そのものには歴史的価値は無なさそうです。

中高生に戻った気分で 歴史の勉強にもなりますが、ネット検索でさらに調べてみると・・

 清洲城は、戦国史の色々な場面で登場してきます。 信長は、この城から桶狭間の戦いに出陣するなど、約10年間清州を居城とした。 1562年(永禄5年)信長と徳川家康との間でこの城で同盟が結ばれた(清洲同盟)。1563年(永禄6年)には美濃国斎藤氏との戦に備えて小牧山城に移り、以後は番城となった。 本能寺の変で信長がたおれ、後継ぎをめぐってこの清洲城で清洲会議が行われた。1600年の関ヶ原の戦いの時には、東軍の集結地、後方拠点として利用されました。1609年、徳川家康によって清須から名古屋への遷府が指令されます。 清洲(清須)城下町は名古屋城下に移転され、清州城も名古屋城築城の際の資材として利用された為、 名古屋城の築城により清洲城は廃城となりました。

 

ちなみに織田信長ゆかりの岐阜城には昨年行きましたが、歴史好きの人には面白い地域だと思う。

 

 

興聖山総見院

清州城を出た後は織田信長の供養塔、焼け兜がある「興聖山総見院」に行ってみることにした。

歩きながら対向してきた人に総見院の場所を聞くと「少し遠いよ、ここからだと歩いて30分位はかかる」・・

といわれたが30分位なら許容範囲?だ。

何しろこの地域は寺や神社が多い。スマホの地図を見ながら探すが中々見つからない。 半分諦めの心境で清州駅へ戻り

 

 

ながら住宅街を歩くと寺を発見。

目的の「興聖山総見院」だった。

しかし閉まっている?ようだったので中

には入らなかった。

 

後で寺のHPを見ると「拝観は事前予約制」で

突然訪問しても拝観できないようです。

 2016-01-12

 

                       1月12日の時点で一部桜が咲き始めていた

 

 

 

                            少しハデ?な朱塗りの欄干

 

 

                   残念ながら閉館でしたので城の裏手に回ってみた

 

              清州城と五条川をはさんだ清州公園にある 信長と濃姫の像

 

 

                         信長の視線の先は桶狭間の方向だそうです

 

 

                               城の近くを流れる五条川

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降雪

2016-01-25 22:44:41 | 帰省日記

昨晩は全国的に冷え込んだようですね。

25日午前6時の各地の積雪は、鹿児島で4cm,場所によっては12センチの積雪があったようです。 沖縄本島でも

観測史上初めて雪が降ったようで、過去最高クラスの寒波だったとか。

一宮も降りましたが、住まいの周辺は思ったほど積もっていません。今朝早起きして7時前に近くを歩いてみると

3~4cm程の積雪でした。  

 

 2016-01-25

 

 

 

 

 

 

 

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ガラケーが戻ってきた!(^^)!

2016-01-22 17:31:09 | 帰省日記

実は紛失したガラケー(PHS)が鹿児島に帰省する前日に戻ってきた。4日に紛失した事に気づき5日に近くの交番に

紛失届けをしてから1週間以上経過しても警察からの連絡が無く、多分出てこないだろうと思っていただけに、ここは

「日本だね!」を実感した。

 

13日、奥さんの電話に1本の電話が入った。しかし登録されていない番号だったので用心して電話に出なかったようだ。

帰宅するなり、「電話が入ったけど知り合いではないのか?」と携帯電話を差し出し電話番号を見せた。

着信局番は愛知県の番号。 私の知り合いで彼女の電話番号を教えた人は愛知県には居ないが、とりあえず電話をかけて

みることにした。

 

「こちらは〇〇警察署です」・・警察という言葉がよく聞き取れない・・「よく聞き取れないのですが、どちら様で?」

 「こちらは名古屋市の〇〇警察署です。落とし物をした方ですか?」 これでピン!ときた。警察、落とし物・・

 

 

 名古屋駅のトイレで拾われ名古屋駅で1週間保管していたが

 紛失者本人が現れなかったので今日警察に届けられたとの事。

名古屋駅のトイレ? 東京で紛失したとばかり思っていたので

意外だった。    

警察・・身分を証明できるものを持って平日に来てください。

署の場所は名古屋駅の近くでこれこれ・・と説明してくれたので、

早速、明日(14日)受け取りに行く旨話して電話を切った。

 

 

紛失届後1週間を経過しても稲沢市の警察から連絡が無かったので諦めていただけにうれしいですね。拾って届けてくれた

人に感謝です。

14日、〇〇警察署で紛失したガラケーと再会した後、いつものビッグカメラに立ち寄り、紛失後に止めていた電話回線

復活の手続きを済ませが、15日から鹿児島に帰省するので電話は必需品だ。間に合ってホットした。

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鹿児島へ

2016-01-21 15:11:14 | 帰省日記

 両親の法事に合わせて15日~20日まで鹿児島へ帰省してきました。名古屋~鹿児島間はANAもありますが、今回は初め

てLCCのジエットスターを利用してみた。(今回のジエットスター は旅上手な友人からの情報で知った)

 

ちなみに昨年はANAのシニア空割りを利用して

帰省しましたが、片道で13300円で予約は不可。

当日 空港に行きチケットを買うことになる。

今回のジエットスターは往復で14760円でしたので

ANAの片道分に少し加算しただけの金額。

 

 

但し、ジエットスターのエコノミークラスの場合、機内持込手荷物は合計7キロまで(キャリーケース等の手荷物1個とハンド

バッグなどの手回り品1個の計2個) 両方で7キロ未満は無料になるがオーバーすると料金が発生する。

そして機内持込手荷物は、各辺が所定のサイズを超えないものとなっている。 そんな訳で今回の帰省は小さなキャリー

ケースとバッグのみにして土産等の荷物は先に郵便送りで済ませた。 ジエットスターのカウンター前の秤に乗せてみると

7キロ未満。これでOKと思ったら近くにいた職員が「バッグも一緒に量ってください」・・と。

バッグを乗せたら非情?にも7キロを少しオーバーしてしまった。 オーバーする場合は預け荷物として料金がかかるので、

カメラなどをポケットに押し込み再度量ってみたがそれでも7キロを切らないので諦めた。

  

 

 

カウンターの女性に「ジエットスターは初めて利用するとか、 

わずかなオーバーだけど料金支払いが発生するようだ」

などと話しながら、予約番号を聞かれたのでスマホを渡して確認させた。

チケットを受け取りキャリーケースを預けようとしたら、再度重さを確認した

女性職員、「機内持ち込み手荷物」でいいですよ・・」と意外な返事・・

ラッキー!(^^)!

それと最初から7キロを超える荷物がある場合は予約を入れておくと安く

なるとか、機内で持ち込みの飲み物を開けるのは禁止となっている。

 

 

 

 

 

7キロをオーバーして15キロ未満?の場合、2600円?の追加料金がかかる。今回はその料金が浮いたので、お返し?に

「クロワッサンサンドセット=600円」を注文。

しかしメニューの画像はそこそこだったのだが、現物をみてガッカリ・・

 

 貧弱なサンド   ファファ感を出すために袋から出してパンを広げてはみたが・・

 

 

今回は短期間の鹿児島帰省の為、大半の友人達と会う機会を作れなかった。その分、次回の帰省が楽しみではあるが・・・

 

 2016-01-15~20

 

          今回、初めて乗ったジェットスター。後方に見た事が無い変なジャンボ機が現れた

 

私も初めて見ましたが、他の客も初めてらしくカメラを持って寄ってきた。後で調べたら、日本ではセントレアでしか

見ることができない飛行機で、飛行機の大型部品を運ぶ貨物機だそうです。

 

 

ドリームリフター(747LCF)

http://www.centrair.jp/interest/photograph/lcf/ 

 

  

 

                        久しぶりの鹿児島・・いずろ通り

 

                                 ドルフィンポート

 

 

                        久しぶりに噴煙無しのおとなしい桜島をみた

 

                       冠雪した桜島 ↑  霧島連山 ↓

 

 

 

                             セントレア中部国際空港

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