羇旅歌(きりょのうた)
唐土(もろこし)にて月を見て、よみける 安 倍 仲 麿
あまの原ふりさけ見れば春日(かすが)なる三笠(みかさ)の山にいでし月かも
この歌は、昔(むかし)、仲麿(なかまろ)を、唐土(もろこし)に物習(ものなら)はしに
遣(つか)はしたりけるに、数多(あまた)の年を経(へ)て、え帰(かへ)りまうで来(こ)
ざりけるを、この国(くに)より又使(つかひ)まかり至(いた)りけるにたぐひて、
まうで来(き)ならむとて出(い)で立(た)ちけるに、明州(めいしう)と言(い)ふ所
(ところ)の海辺(うみべ)にて、かの国(くに)の人、餞別(むまのはなむけ)しけり。
夜(よる)に成(な)りて、月のいと面白(おもしろ)くさし出(い)でたりけるを見て、よ
めるとなむ語(かた)り伝(つた)ふる