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アロマな日々

一条の光に誘われて歩くうちに、この世とあの世を繋ぐ魔法の世界に紛れ込んでいました。夢のワンダーランド体験を綴ります。

必要なものがあるとすれば…

2006年06月23日 | my favorite・・・
自分が望んでもいないことやしたくはないことのために時間を費やせるほど、私はお人よしではなくなってしまいました。本当の意味での‘我が儘者’に変身したのでしょう。意識は常に、漫然と漂いながらも、もはや、興味のない禁欲的な日常のルーチンには向かなくなってしまっています。私の存在は本当に‘無’になってしまったようです。願望や欲求は依然としてあります。あるにはあるのですが、そのことにがむしゃらになる必要もないくらい、心は凪いでいます。しゃかりきになっても望みが叶うとは限らないという気がしきりにするようになったからです。淡々と、自分や自分を取り巻く状況を見つめるだけです。それでも、私の身に備わってくるものがあるとすれば、必要なものはそれらの事柄だけでしょう。。。  

真の願望

2006年06月21日 | my favorite・・・
この人生で、一度でいいから「私は成功している」という感覚を手に入れてみたいものです。けれども、良く考えてみると、その結果を手に入れる前に、それを手に入れるための過程をも十二分に体験したい!と思っているのです。その過程こそが、私を味わい深い、肉厚の人間に仕立て上げてくれるはずだからです。そして、その過程を通して、本当の信頼関係というものを築き上げられたらとも思っています。ある約束に守られた間柄でなくとも(世間的な契約関係に守られた関係でなくても)、真の信頼関係は成立するのだということを自分を通して確かめることが出来たなら…と願っています。もしそれらを得られることが出来れば、成功はもはや自分のものとなっていることでしょうから…。

欲求の実現

2006年06月20日 | my favorite・・・
数年ほど前になりますが、当時、ある巨大精神科病院の医師をしていらした先生の勉強会に出席していたことがありました。その先生が書いておられる一般向けの本は、人の‘欲求’という問題について、深く掘り下げているものなのですが、一見はとても分かりやすく書かれてあるにも拘らず、これがなかなか微妙な、実は本当に難しいテーマなので、私はこれまでに何度も、手に負えない感じがして、この問題を投げ出してしまっています。随分長い間、勉強会にも出続けていましたが、先生の言わんとされることが、とうとう、私には理解することが出来ませんでしたので、袂を分かつことにして、今では、ご縁も切れています。

けれど、‘意識’というものの存在を、強烈に意識するようになったのは、この先生のおかげかも知れないという思いがどこかにありますので、また最近、少し、先生の本を読み返しています。

『人は、欲求を実現してこの世の時間を楽しむ。満たされた欲求は次なる新しい欲求を生み出し、より深い、より精妙な喜びを準備する。しかし、満たされなかった欲求は、人の成長を止め、人生全体を否定する。人生の否定とは、自分の精神的な成長の否定でもある。』

上の文章を読んで、本当にそうだなぁ!と思いました。私はこれまで、自分の真の欲求を実現できたことなど、数えるほどしかありません。しかも、若い頃には、自分の願いは面白いほど何一つ実現しませんでした。最初の欲求が満たされないのですから、新しい、次なる欲求など出現しようもなかったわけです。ですから、真の欲求が、より深くてより精妙な喜びからは程遠いところに留まり続けているのもやむを得ないかもしれないのです。欲求はいつまでも満たされないままに、欲求自体が賞味期限切れになってしまっているので、自分でも、自分の真の欲求が何であるのかさえ分からなくなってしまっているところがあります。満たされなかった欲求は、私の成長を止め、私の人生全体を否定する役割をとっていたのかもしれません。私は、実は、このジレンマの網に深いところでがんじがらめになってもいたのです。

私は、人間の気持ちというものは年を経たからといって、本質的には変わるものではないと思っている人間ですが、通常は違うようです。人を恋する気持ちも、憧れる気持ちもいつまでも色褪せる事はないし、ある意味、ますますピュアになっていくものだと確信していますが、多くの人はそうは言いません。「若い子じゃやるまいし、愛だの恋だのはもうどこかへ置いてきた。」などと平気で言い放つ人もいます。そんな時は、「はあぁ~」と返すだけで、それ以上は何も言えなくなってしまいます。だから、私はどんどん寡黙になっていくのかもしれません。秘密主義にならざるを得ません。自分を語ってみたところで、世間の中では、私は浮くばかりだから…と思えば、面倒臭くなるだけです。でも、ここで一つ気づいたことがあります。私は自分を、人には見せませんが、心を閉じているわけではないということです。私は、とてもオープンマインドで正直な人間なんです。オープンマインドだけれど、自分を見せないだけなんす。でもそんな理屈は、誰も認めてはくれないかもしれませんね。「そんなのありかようぅ~」って言われるだけかもしれません。

自分の欲求を思い出し、「そうだ!これからは、自分の欲求の実現に向けて成長していこう!」って思えただけでも、私は自分自身を取り戻した気持ちになっています。

孤高の人

2006年06月13日 | my favorite・・・
以前に、村上龍氏が、中田英寿選手のことを優しくて強い人と絶賛していていました。けれど、新聞記事などを読む限りでは、中田英寿選手は、自分からは人の輪の中に入っていくことが大の苦手で、一人でいることが多い孤高の人という印象が強いです。中田選手と自分を比較しては顰蹙を買ってしまいそうで申し訳ないのですが、私も人の輪の中には入れないというか、入っていく気が元々ない人間なので、中田英寿選手もそれでいいのではないかと思ってしまいます。ただ、イチロー選手の昨今の、リーダーシップの秀逸さを目の当たりにしてみると、やはりリーダーたるもの、現状に甘んじてばかりではいけないのかもしれないとの考えも浮かんできます。

人間は自分の力や持ち味だけで勝負せずとも、人の力を借りてもいいということを最近、周囲の人から教えられることが多いのですが、中田英寿選手にも力強い見方が傍にいてくれているようなのでとても安心です。一人でいることの多い中田英寿選手の傍にすーっと近寄っていく宮本恒靖選手。人には理解されがたい自分の特質を補ってフォローしてくれる誰かが、自分の脇を固めてくれたら…頼まなくても、そんなことをしてくれる人が傍に来てくれたら…それを至福と呼ばずに何としましょう…という感じを抱きます。遠くの世界で起こっていることが、私自身の身の上にも起こっていることを思うと、とても暖かい気持ちになります。ドイツでの日本選手たちの健闘をできるかぎり応援したいと思います。サッカーの技術が十分に発揮されるために、現地での、日本の選手たちのチームワークやコミュニケーションがスムーズな流れに乗りますようにと祈るばかりです。今後の、奇跡の展開を信じてエールを送りたいと思っています。

創造性

2006年06月11日 | my favorite・・・
1ヶ月ちょっとの間、「めりなす君」に伴走してもらってブログ街道を全速力で走り抜けてきましたが、私の意識や心理の様相がここでまた、少し変化してきているようなので、ブログのテンプレートも替えてみることにしました。やはりピンク色です。ここ数年、私のエネルギーに肯定的な力を与えてくれる色合いはどうしてもピンク色なのです。ほっとするし、暖かい気持ちになるし、何よりも、気分が閉鎖的にはならず、優しく柔らかく、境界線のない地平までどこまでも拡がっていけるようで安心できるからなのです。それに理屈なしに、ピンク色はアロマのコンセプトとは地続きの世界を展開してくれそうな気もします。マウスを下に下ろしていくと、ピンクがブルーに色を変えていくのも面白いです。テンプレートの名前は「プリンセス」です。

意識というものは多層性を持っているものだと感じています。意識は単一のものではなく、いくつもの‘意識’を同時に、抱え持っていけるもののようです。今はどの意識状態が起動しているのか…などということは検索するまでもなく、必要な時に必要な意識が自動的に抽出されてくるように出来ているらしいので、そのことにはまったく気を留めている必要はありません。というわけで、私の意識の引き出しの一つでは、‘仕事’とは何か?という概念の情報をストックしようとしている機能が常に働いていますので、ちょっとでも、私の興味に関連のある情報に触れると、意識は即、その情報の方へとすべての注意を向けて動き出していきます。今朝の朝日新聞を開いた時も、意識がすぐに、ある記事に全神経を集中させていたのです。

私の意識の向かった先は「ひらめきが身をたすく」茂木健一郎が語る仕事というコラム記事でした。なぜいま脳ブームか?というと、定例的な、マニュアルに沿った仕事のやり方では対処できないことが非常に多くなってきているからだろうという推測で論が進められています。ホワイトカラーが担っていた事務作業のほとんどはITでカバーできてしまうのだそうです。『仕事というのは半分はマニュアルで処理できるのです。しかし後の半分は予測のできないことで動いています。私は偶有性という言葉を使いますが、半分は必然で、半分は偶然だという概念ですね。必然部分をコンピューターに任せられるいま、人間の脳にしかできないことは予測できない偶然に対応することに絞られていく。それがこれから求められていく仕事の能力になっていくでしょう』とのことです。

私が現在の仕事で直面している事柄の一つには、ある法律が短期間で成立してしまったことによる混乱の後始末に関わる、煩雑で創造性とは何の関係もない事務作業が含まれています。私は一応、事務以外の専門職ですので、本来ならば、私の仕事の範疇ではないのですが、全所をあげて取り組まなければならない緊急性に迫られていたため、その混乱の渦の中に巻き込まれていました。(現在では一応の収束はみていますが…)

この事件は、私が今の仕事にしがみつく意味を急速に失っていく原因の一つでもありました。私たちの生活は、こんなふうに、ある一群の人間の意志と方向付けで、一夜にして一変してしまうのだ、という驚きが憤懣やるかたない憤りと無力感を引き起こしたのです。力のある人はそれでも、多勢の論理のやむを得ない側面に順応していけるのかもしれません。けれど、弱者と呼ばれるような立場の人間に有無を言わさず、国家権力が介入して、生活のありようをさらに厳しいものに設定し直していく様を目の当たりにして、そんなことの、たとえ一部にでも関わっていくことは、それが、どんなに末端の作業であっても、自分はもう御免だという気持ちになってしまったのです。複雑で骨格を理解しづらい法律にあわせながら、四苦八苦して、その中での自分たちの仕事のあり方を考えていくことはもう私には出来ない。私の頭脳は、法律にのっとって、その仕組みの長所と短所を細かく整理し理解した上で、人に説明していけるような整然とした作りではないということをまざまざと思い知ったのです。マニュアル以外でこなす、本来ならば創造性が要求される仕事の前提に、まず大きな縛りがある。それでは、本当の創造性は飛翔出来ない。出来るはずもない…という、私自身の心の叫びに耳を傾けないわけにはいきませんでした。

茂木さんの言葉はさらに続きます。『コミュニケーションは、多くの偶然的要素に対応しなければならない、難しい能力ですから、その重要性は急速に増しています。創造性も同じです。今までにない新しいものを生み出す力、ひらめきをどう捉えるかが何よりも重要になってきている。不確実性が高い時代をどう生き抜いていくか。その鍵を握っている脳の育て方を誰もが探し始めているのだと思います。』『創造性が大切なことは分かる。しかし逸れは一部の才能ある人間だけが持ちうる能力ではないかと言う誤解が、まだあるようです。でも実は、誰でも持っています。それを仕事の領域に生かし、高めるためには体験×意欲という掛け算が大切になってきます。この体験と言うのは、多くのチャレンジをし失敗もたくさんして、経験を積むこと。意欲というのは強い価値観やビジョンを持つこと。成功体験をすると、脳内にはドーパミンという報酬物質が出てきます。これはとても心地よい状態なので、その報酬を出すに至った行動を強化するようになる。苦しくてもやり遂げられたら嬉しくなると分かっているから、またやってみようと考えるわけですね。それが意欲と名って掛け算が繰り返され、創造力になっていくのです。~中略~車輪を動かすのに最初は少しエネルギーが要りますが、一度この二つがかみ合って喜びの報酬が脳内に放出されると、必ず循環が起きてきます

少し前の私なら、このコラムを読んでも、一般論としてしか受け止めなかったことと思います。ところが、私自身の意識の状態の変化は、この文章を大変ビビッドなものとして、私に対する応援メッセージとして受け取ることが出来ているのです。よく、「あなたはあなたが考えている通りの人間になる」と言いますが、今では、その意味が分かるような気がしているのです。

不良少女

2006年06月02日 | my favorite・・・
「初恋」が描かれている時代には、確かに不良少女というものの存在があったようです。

大人になんかなりたくない。大人たちは屑だ。心の中でそう呟きながら、触れれば斬れるような殺意を抱いている少女たち。決して軽口を叩くわけでもなく、世界そのものに対して武装しているような少女たち。~中略~目の前に存在しているすべてのものを拒否していまいたいという「純粋なる否定性」(バタイユ)を行動原理としていた。私は彼女たちに、ある種、畏敬の気持ちを感じていた

人生のあらゆる出来事に対して、処女として立ち向かうこと。自ら苦痛を引き受けること。過去も未来も何も考えず、ただ己の内側の虚無だけを信じること

初恋』の冒頭で、白いヘルメットを脱ぎ捨てた宮崎あおいの長く黒い髪がパラリと垂れるショットを観て、私は悲しみの原型に立ち会ったような印象を持った

人生には、それを通過してしまえば、後はすべてが余生となってしまうような絶頂の至高点なるものが存在している

宮崎あおいの演じるヒロインは~中略~永遠に完結を阻まれた人生を生きる者だけが見せる悔恨の甘さと苦さを体現している

映画評論家の四方田犬彦氏の「I SAW HER STANDING THERE」という文章です。映画評というよりは、映画を観て、湧き上がってきたこの時代への愛惜を込めたオマージュのようにも、私には感じられました。所々を抜粋しただけなので、何のことなのかは全然分からないと思いますが、私の心の琴線に触れてきたフレーズを羅列してみました。

「あなたとなら時代を変えられると信じていた」

2006年06月01日 | my favorite・・・
今をときめく宮崎あおいさん主演の映画「初恋」のキャッチコピー(?)です。朝日新聞の日曜日の朝刊にちょっとした特集が組まれていました。この映画そのもののことは、私にはよくわかりませんが、三億事件の新説にまつわる3人の文化人の、この映画に寄せる‘物語’に鮮烈な興味を喚起されました。

この映画の中で描かれている青春群像は、もうすでに過去のものであり、ノスタルジックな世界観にしか見えないかもしれませんが、それはかつて現に存在していたものである以上、しかも、せいぜい、たかだか数十年前のものに過ぎない以上、現代を生きる人間にとっても、まったく未知のものではないはずです。ある意味、ルーツに繋がるものでもあるわけですから、それを知れば、きっと既視感(デジャヴ)すら覚えるはずです。

当時の一群の若者たちは「ひたすらジャズを聴き、クスリをやり、かつあげをし、学生運動に首を突っ込み、そして詩や小説をかくこと」を日常としていました。誰もが「孤児」で告白されるまでもなく相手の傷のありかを互いに分かり合っている関係がその当時には本当に存在していたのでしょうか?NHKの朝ドラの「純情きらり」の中に出てくるマロニエ荘にはそうした時代を髣髴とさせる雰囲気が漂っています。そんな時代があったのですよね。おせっかいを焼きながら、互いの苦境を思いやり、お互いの人間的成長に関与していく人間関係。たてつけも悪く、防音装置もない長屋のような、下宿のような集合住宅に暮らしながら、青春を生きる日々。。そんなふうでも泥棒なんかに襲われることはなかったのでしょうか?その時代には地縁などの意識が人々の間に連帯感を築かせるようなこともあったのでしょうか?文化の香りを漂わせながら、お互いを啓発し合えるような関わり。今は、すべてにおいて、人間関係を促すような装置や仕組みがなくなってしまっているから、当たり前のこととして、お互いのことを思いやりあえる人間関係を築くことが至難のワザになってしまっています。

あなたとなら時代を変えられると信じていた」…そんな熱い思いを抱けるような状況を、あなたは持ちえていますか?そんな関係を、例え限られた期間でも手にすることが出来れば、それは人生の珠玉のような時間となることでしょうネ。生きることが、毎日が、秘密めいた冒険と開拓の旅となることでしょう。三億円事件が起きた頃、そこにはそんな世界観が渦巻いていたようです。

ひとひとり傷つけずに三億円が強奪された。それから40年もの月日が過ぎているのに、私の中の喪失感は今も消えない。心の傷に時効はないから。」映画の中の説明はこのように続いています。私が、人には自分のことの多くを語れない。この特質には、恐らく前世というものがあるのならば、その時の生き方に由来している部分が大きく関与しているのだと思っています。今生で経験したことなのか、前世からの因縁が関係しているものなのかはよくは分かりませんが、いずれにせよ、きっと私にも‘心の傷’というものが今も深くケロイド状に残っていて、それが私の口を貝にしてしまっているのだと、この頃では考えるようになっています。ずっとずっと、‘心の傷’には時効はないのでしょう。そういう事情があるから、だから、きっと私は未だに、何も語れないのでしょう。匿名でしか生きることが出来ないのかもしれません。

だから、匿名ではない、生の私を許してくれる‘あなた’の存在は、私にとっては、神の‘救済’にも匹敵するほどの重みのあるものなのです。肝心なことは、心を許した人にしか伝えられない…という私の‘癖’はこれからも変わらないでしょう。でも、世阿弥も言っています。「秘すれば花」と。口が重いということも、楽しい人生の大事な要素なんだと、この頃では、私は本当にそう思えるようにもなっているのです。自分の属性のあれやこれやを、もう短所という概念で捉えるということがなくなりました。短所も長所もありません。私はここにこうして存在しているだけなのです。

昔の友人

2006年05月30日 | my favorite・・・
高校生の頃、たまたま私の隣の席に座っていた友人はとても破天荒な人でした。当時の彼女が何を思ってそんな行動を取ったのか、深い思想も持たずに生きていた私には、今となっても知る由もありません。

勉強が出来ない人ではなかったのですが、ある時、答案用紙を白紙で提出したのです。彼女の勇気に、私はただただ唖然とするばかりでした。彼女は、当たり前に出来ることを当たり前にはしない人でした。朝は遅刻ギリギリで学校に来るのです。多分、決まった時間に起きることが苦手だったのでしょう。当時の私が通っていた高校では、髪が長ければ、三つ編みにするのが決まりでしたので、朝はいつも、私が彼女の髪を結ってあげていました。

「白紙の答案」事件の後、教師から呼び出され、「○○さんとは付き合わないように…」との指導を受けました。教師にそのように言われたからといって、「はい。そうですか。」と従順に従うような私ではなかったので、彼女との付き合いに変更はありませんでした。むしろ、朝の身支度の手伝いはさらに嬉々として手伝うようになってもいました。私には、逆立ちしても出来ないことを平然とやってのける友人を、まぶしいものを仰ぎ見るように尊敬していたのだと思います。

その後も、私が、自分の思いや正直な考えを文章にして書いたりすると、呼び出されては、随筆や論文を読むのではなく、小説を読むようにしたらどうかとの指摘を受けたりもしていました。恐らく、教師から見ると、私の考え方は偏屈で歪んだものにしか映らなかったのでしょう。正直で率直であることは管理監督をするものの不安を喚起し、異分子として扱われるきっかけになることを知りました。この学校で、私の内面世界を理解し、私の味方になってくれる大人がいないということは、これから船出する世の中という大海にも理解者は現れないということの布石に違いないという確信は、私の身の内に世界没落感を呼び覚ましました。あの時、これから訪れる私の人生はきっと前途多難に満ちたものになるのだろうという茫漠とした不安に気が遠くなり、身が縮まる思いがしたものです。

振り返れば、あんなに繊細な心の襞を抱えながら、よくここまで、私は生き延びてきたものだと思います。

その友人とは、卒業後も、一時期、毎日のように行動を共にしていたことがありました。けれど、人生に対して筋金入りの彼女とは(私は自分に正直なだけで、その友人ほどには、超然とはしていなかったために)自然に縁が切れる時がやってきてしまいました。彼女がかつて立ち上げた喫茶店は長い時を経て、今も健在であることを最近知りました。何があっても、自分を生きることの出来る友人がかつて、私の傍にいてくれたことは、今、思い返しても有り難いことだったと感謝しています。

終生の関わり

2006年05月29日 | my favorite・・・
もう、本の題名も忘れてしまっているのですが、心に残った印象的な部分をは忘れないようにしたいと思う興味深い記述に出会いました。ビジネス関係の翻訳本でしたので、初めから終わりまでを読みこなすことはとても難しく、ほとんど拾い読みで終わるしかなかったのですが、ある一章に書かれてあった知見に触れて、私は、この書籍のすべてを認めてもいいような気になったものでした。その内容は以下のようなものです。

私たちがビジネスに着手する時、立ち上げを草創期とすれば、その事業が成功する場合には、通常は、模索期→発展期→爆発期→安定期という経過で進んでいくものです。企業全体の経過もこのように進んでいきますし、個人としての行動も、同じような経過を辿っていくものと思われます。成功者へのインタビューから分かったことは、発展期から爆発期に移行する時期というものが一番楽しく充実した時期なのだということでした。成功した事業家たちの内部で、例外なく生じる共通の体験群として報告されています。事業が発展に移行していく時期に味わう感覚や感触は、本当にワクワクするほどのものだそうですが、私が思うに、たぶんそれは人智を超えた勢いで、まるで生き物のように、成長や発展が自動的に促進されていくからなのでしょう。

ただ、私の唯一の懸念は、どんな関係にも終わりがあるように、蜜月を共にした関係であればあるだけ、その終焉は、想像以上に寂しく悲しい悲哀の時を迎える運命にあるのではないかということでした。ライブドア事件を例にとるまでもなく、一丸となって、発展に燃えた者同士が、結局は公の場で、袂を分かち、争わなければならない状況は、たとえ悪事に手を染めなくとも、あまりにも大きな幸運の見返りとして、やがては襲ってくる避けられない運命のようなものに思えたからなのです。

ところが、現実の検証結果はそのようなものではありませんでした。苦楽を共にして、人生の荒波に立ち向かい、協力し合った人々の関わりというものは、自分たちが個々に独立した後も、その戦友ともいえる対象との関係を、かけがえのないものとして暖めあっていき、関係を終生終わらせることはないということが報告されていたのです。彼らの話をインタビューすると、まるで恋愛の話を聞かされているように、楽しそうに生き生きと語られることが特徴だそうです。常に情報を交換し合い、終生の付き合いが続くという恐るべき事実を知り、「そうか!」と私の予想は嬉しい結果で裏切られたのです。

仲がいいほど、何かあったときの決別の仕方の熾烈さは厳しいものだという事実が、この世のあちこちでしばしば散見されるものです。そうした、人生の摂理のようなものに思いを馳せる時、この道を歩き出すことを恐れためらわせる、もう一つの要素のことに気づかざるを得なかったのですが、その限りではない事実も存在することを知って、何事も自分次第、自分の心がけ次第と思い定めることが出来ました。終生に渡って信頼し続けられる人を得られる幸せは何ものにも変えがたいものです。そして、信頼され続けてもらえる人間でありたいとも願うのです。

私の真実

2006年05月27日 | my favorite・・・
人は潜在意識下に沈めてしまったイメージを現実として見ています。真実とは無関係に、あなたが覚え込んだイメージが現実として立ち現れてくるだけです。」という言葉をどこかで読みました。そうすると、事実が現実を創っているわけではなく、自分があれこれ空想している非現実的な事柄が現実を創っている場合もあると言えます。自分が抱え込んでいるイメージが、真実か否かには関係なく、現実に影響を与えるということもありそうです。「自分を幸せにすること。それこそがあなたの仕事だと思ってください。自分だけの真実を探してください。自分で発見した真実を、自分の中心に置いてください。そのために、あなたは「今・ここに」いるのです。」この言葉もその通りですね。自分の真実のために生きていけば、それで十分ですよね。人の真実がその人だけのものであるのと同様に…。