未来への扉

人それぞれに生きた証・生き様があり、それは自己・他者へのメッセージとなります。

『環太平洋インナーネット紀行』より

2020-11-12 22:40:35 | イロコイ族
 『環太平洋インナーネット紀行 モンゴロイド系先住民の叡智』(星川淳著、NTT出版刊)より。

 (書籍紹介)

 一万年の時を越えて真実の生き方を守り継ぐ人々がいる場所(アラスカ、コロラド高原、五大湖東岸、オーストラリア北西部、クイーン・シャーロット群島、ハワイ諸島、屋久島)をめぐるスピリチュアル・ジャーニー。



 【第3章】自由へのネイティヴ・ルーツ-イロコイ連邦

 (P109)

 族母と族長

「小さいときから子どもたちを見ていれば、女たちのあいだでなんとなく「あの子ならチーフにふさわしい」っていう白羽の矢が立つのよ」
 アリス・バビノーは、八十四歳とは思えないくらいかわいらしいおばちゃんだった。風邪で体調がすぐれないといいながら頬に赤みがさし、目は生気に輝いて、奥のほうで笑っている。夫にはずいぶん前に先立たれ、粗末な家は傾きかけているけれど、深いところで満ち足りた女性だとわかる。
 クランマザーは男のチーフ(族長)とともにイロコイ民主制の柱をなす役職で、各クランにそれぞれ一人ずつ選出される。世界各地の先住民文化を特徴づけるクラン構成は、部族を二分するモエティ(半族)制も少なくないが、イロコイの場合はもっと複雑で、六部族合わせて現在四九人のチーフと四九人のクランマザーがいる(厳密には「タドダホ」と呼ばれるグランドチーフがもう一人)。クランやモエティは、もともと近親婚を避けるのが主な目的ではじまったとされ(同じ氏族・半族とは結婚しないのがふつう)、日本にも少し前まで氏(うじ)や家(いえ)のような形で片鱗が残っていた。私の知る北米先住民のあいだでは、白人社会の影響でほころびが出てきているものの、まだクラン制がかなりよく守られている印象だった。クランを話題にするとき、人びとの顔にはそこはかとない誇りが浮かぶ。
 イロコイでは、クランの構成メンバーから直接推薦で選ばれたクランマザーがチーフを選び、チーフの言動に好ましくないものがあればリコールもできると聞いて、私はアリスにチーフ選びの秘訣をたずねたのだった。
「クランマザーの役目はみんなの自然な合意を汲み上げることでね、ほかの人たちの上に君臨したりはしないの」
「じゃあ、クランマザーはどうやって選ばれるんですか?」私がさらに聞く。
「それは厳しいものよ。若いときからみんなに目をつけられて、ちょっとでも不品行や自分本意の見える人はだめ。結婚して子どもを育て上げ、家庭の切り盛りは卒業したうえで、それでも人びとの信頼を裏切らない熟女が選ばれるの」
 そう答えるアリスはちょっぴり得意げだった。しかし、だからといって特別待遇があるわけではなく、金銭的な報酬もなく、しかもいったん選ばれたら終身その役を勤めるという。あるのは人びとの尊敬と、伝統を未来へつなぐ自負だけだ。事実上、イロコイ社会の存亡はクランマザーたちのこの自負と良心にかかっており、それを支える女たちの意志にかかっていることになる。
「そういう決定への参加資格とか発言権は?」
私が世界最古の直接民主制といわれるものの実態をたずねた。
「だれでも平等よ。クランの会議ならクラン全員、大協議会-グランド・カウンシル-なら六つの国の人たち全部」アリスがさも当然そうにいう。
「年齢制限もないんですか?」
「その場に出てきたい人ならだれでも、そして子どもから大人まで、とにかく全員一致の合意に達するまで話し合うの」
 聞きしにまさる徹底ぶりに、次の質問が思い浮かばなくなってしまった。イロコイになにか決定事項を持ち込むと、回答が出るのに最低でも一日、長いときは一年待たされるという話もうなずける。本物の参加型民主主義には根気がいるということか。



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