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夢の神々なの⑮

2012-01-23 09:00:00 | colloidナノ
朝日新聞の科学記者として1990年と98年に田中を取材。追悼記事を執筆した辻 篤子「蛋白質の時代」

2001年9月、日本で初めてBSE(牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病)の牛が発見され、大騒ぎになりました。そのおかげで改めて脚光を浴びたのが、BSEを引き起こす謎の病原体プリオンです。私が勤務する朝日新聞社の科学部でも、記者が早速、プリオンの謎に取り組みました。

プリオンは実に不思議な蛋白質です。遺伝物質を持たず、細菌でもなければウィルスでもありません。ヒトや動物の体内には、正常なプリオンがあって、何らかの役割を果たしているらしいのです。ところが、いったん異常プリオンに感染すると、正常なプリオンが異常なプリオンに変わっていきます。が、異常なプリオンと正常なプリオンの違いは立体構造だけ。検出が難しいのです。
それにしても、どうやって、正常型が異常型に変わる、あるいは、異常型が集まって核のようなものを作り、正常型を取り込んで異常型に変える、といった説があるらしいのですが、立体構造がどうやって変わるのか、肝心のところはまったく謎です。


参考記事→もう一つの大きな謎は、正常型プリオンタンパク質を、異常型プリオンタンパク質に変換することにはまだ誰も成功していない、ということです。そもそもタンパク質の立体構造は、それ自体、もっともエネルギー的に安定のはずです。それが自然に変化するということは、そう簡単には起こり得ないものです。 しかし、何らかの原因で、生体内のタンパク質の立体構造(コンフォメーション)が変化することによって引き起こされる病気がプリオン病の他にもあり、その代表例は、アルツハイマー病です。これらは総称して、コンフォメーション病と呼ばれています。 もし、タンパク質の立体構造に変化を引き起こす原理が解明できれば、生命科学は大きく進展することになります。 福岡研ではこの大問題に取り組んでいます。 BSE(牛スポンジ脳症)


「考えれば考えるほど不思議」。そんなことを仲間たちと話していて、ふと頭に浮かんだのが、田中豊一博士が熱っぽく『蛋白質の構造が偶然できた、なんてことはあり得ないんです。サルにシェークスピアが書けないのと同じようにね』

20種類のアミノ酸が連なってできた蛋白質。DNAの遺伝暗号、すなわち3つの塩基の組み合わせによって、一つのひとつのアミノ酸は決まりますが、そうしてできあがった一連なりのアミノ酸が機能を発揮するためには特定の立体構造にならなければならないのです。その立体構造はどうやってできるのでしょうか。つまり、「物」がどうやって「生命」にかわるのか。その答えを、現代科学はまだ持ち合わせていません。「その謎をときたい」、こうきっぱり言った田中博士は、ゲルの物理学というお得意の武器を手に、まさにそこに挑んでいたのです。取材にうかがったMITの研究室でのこうした博士の言葉が浮かび、「プリオンの立体構造の変化、先生ならどう考えられるだろうか」、ぜひ尋ねてみたいという思いに強くかられたのでした。

田中博士からこの言葉を聞いたのは1998年6月のことでした。MITにある科学ジャーナリストのためのプログラムに参加し、ナイト・フェローとしてMITに滞在していた90年にも、研究室を訪ねたことがあり、それ以来のインタビューでした。最初の訪問で、物理現象としてのゲルの不思議について話をうかがいました。それ自体、大変興味深い現象ではあったのですが、そのゲルが生命の起源につながろうとは、そのときは私自身想像もつきませんでした。
しかし、それから8年、ゲルの理論をもとに生命の起源に切り込む、大胆ともいえる挑戦が本格化していました。そのことが、熱のこもった話しぶりからもひしひしと伝わってきました。

その直前の98年5月には、クレーブ・ベンター博士が興したベンチャー企業セレラ社が、2001年までにヒトゲノムの解読を終えるという衝撃的な宣言をしたばかりでした。果たして本当にできるのか、半信半疑の見方もあったものの、15年計画で2005年の解読終了をめざしていた国際グループ、とりわけその中心メンバーである米国立保健研究所(NIH)を驚愕させるには十分でした。そして、ヒトの遺伝情報をすべて解読するという、ほんの10年ほど前にはほおとんど夢物語だり、アポロ計画に比せられることもあった計画が、がぜん現実味を帯びてきたのでした。


セレラ・ジェノミクス社プロジェクトが加速したもう一つの理由としてセレラ・ジェノミクス社による商業的なヒトゲノムプロジェクトの存在がある。この企業はショットガン・シークエンシング法という新しい方式でシークエンシングを行い、新たに発見された遺伝子を特許化しようとした。しかしこれは公的資金によって進められているヒトゲノムプロジェクト(こちらを以下HGPとする)と拮抗してしまうことから、調整を図る為にバミューダで会議が開かれることとなり、作成されたデータについては作成から24時間を基本として全て公開して全ての研究者が自由に利用できるようにするという項目を含む、バミューダ原則(1996年2月)という形で合意が成された。最終的には、このような競争はプロジェクトにとって非常に良いものであったことが証明されたといえる。


人間の設計図ともいえる、30億の塩基の連なり。そのすべてが読みとられるということは、確かに大変なことに違いありません。では、その先は?遺伝情報はあくまでも遺伝情報でしかないのです。遺伝情報は蛋白質を形作るアミノ酸の配列を明らかにします。しかし、そのアミノ酸が、ある一定の形に折り畳まれた蛋白質となって初めて、さまざまな生命活動を担うことになります。
2000年6月、ヒトゲノムの概要が、米国のクリントン大統領と英国のブレア首相の立会いのもと、国際グループとセレラ社との共同発表という形で発表され、以来、焦点は明確に蛋白質の構造解明に移っています。その意味では、ヒトゲノムの解読は、さまざまな病気から脳が営む知的な活動まで、ヒトという生命体の機能を解明しようという長い道のりのアプローチが不可欠です。

20世紀が物理学の世紀であったとすれば、21世紀は生物学の時代であるとよくいわれます。しかし、「むしろ科学の時代というべきだ。生命現象に挑むのには、物理や化学などの研究手法を総動員しなければならないからだ」とは、同じくMITの物理学者で米国物理学会会長も務めたジェローム・フリードマン教授の言葉です。20世紀初め、生物学が一大転換を遂げ、大きく飛躍したのは、物理学者たちが参入、生物物理学と呼ばれる新分野を開いたからでした。また、20世紀を通じて、ヒトの設計図を読み解き、生命を操作するところまで生物学が発展してきたのは、様々な分析手段を提供するなど物理や化学の貢献があったことも間違いありません。

そして、今、「蛋白質の時代」を迎え、物理学が改めて、生物学の中心課題に正面から挑むのです。そこに田中博士の研究の真骨頂があったように思います。それは、生きていることの不思議さにひかれて東京大学で生物物理学を学んだという田中博士にとって、まさに望んだ通りの展開だったはずです。

MITでゲルの研究を始めたのは、「蛋白質を見ようとしたら、ゲルの光散乱で見えない、そこで物理的対象としてのゲルを探求することになった」からだそうです。その研究が、時を経て、生命の起源につながっていったわけですが、こうした道筋は、必ずしも初めから見えていたわけではないかもしれません。やはり98年春、ゲルの理論による生命の起源の探求について、「思わぬところから出てくるのが真の発見。ゲルが私を呼んでいるとしか思えない」と、同僚記者のインタビューに対して答えたことが新聞紙上でも紹介されています。

      

走査型顕微光散乱ゲル試料の微小な領域内部において多数の点をピックアップし,連続的に顕微光散乱で走査を行い適切な統計処理をすることで不均質な試料でも厳密な平均量を測定できることに着目し,従来の含水率に基づいた分析では得ることのできなかった,ナノスケールの網目サイズ分布を定量的に分析できる微量ゲル状試料の構造解析システムの開発に成功しました。

しかし、振り返ってみれば、必然的な歩みともみえます。それは科学者としての勘、もしくは直感がなせる技なのか、あるいは、強い意志が呼び寄せた必然なのか。私には、これこそが科学の醍醐味と思え、話をうかがいながら、知らず興奮を覚えていたのでした。

「現在の生物学では、20種類のアミノ酸がじゅずつなぎになって高分子になる、そして、たまたまいい構造のものができて、分子認識などの機能を果たし始めたのだと考える。でも、その組み合わせの数は天文学的数字よりはるかに大きい。宇宙の年齢を考えると、1秒に1個作ったって、間に合わないんです。偶然にできたなんて、あり得ない」。

外界の条件に応じて、4つの相を移り変わるゲル。
そこには偶然はありません。高分子がいかにして、特定の構造になり得るのでしょうか。それを実証するためのコンピューター・シュミレーションを実験の数々。理論的には、高分子が構造を記憶できることはすでに示されたと語る、その言葉に、自信と夢があふれていました。これからどんな答えが出てくるだろうと、期待に胸がふくらみました。

ゲルの理論で生命の起源を語ることについては、生物学者の中には異論があるといいます。アイデアが斬新であればあるほど、容易には受け入れられないことは、歴史の示すところです。しかし、博士の言葉を借りれば「思わぬところから出てくるのが真の発見」。
思わぬ発見で、もっともっと、私たちを驚かせてほしかった。びっくりするような「生命の秘密」を見せてもらいたかった。それがかなわぬ今、その役は、博士の遺志を継いだ後進に託したいと思います。

夢の神々なの⑭

2012-01-22 09:00:00 | colloidナノ
第11話「生命の条件」
生命をどう定義するかは人によって異なるが、次の2つの条件を満たすものである。
①自分のコピーを作る(自己増殖)
②突然変異をし、進化する。

この世に存在するものは、すべて時が経つに連れ風化し、やがて土になって行く運命にある。
それが自然の根本原理である。生命はそれに対抗し、掉を差す。それを可能にするのが右の2つの条件である。突然変異と進化は、地球の環境が変わったときにも生き残るための不可欠な要素である。
地球上に現れた生命は、右の条件を待たす仕方がすべて同じで、増殖する自己とはDNAである。
DNAは4種類のヌクレオチドという構成単位が1列に長くつながった高分子である。この4文字からなる文章(配列)が遺伝情報であり、その文章が子々孫々に伝えられていく。DNAに宇宙線が当たったり、ある化学物質が接すると、この文章の中の文字が別の文字に置き換わることがある。これが突然変異であり、進化を可能とする。


次に、DNAをコピーするための機械が必要であるが、それがタンパク質である。
タンパク質は20種類のアミノ酸をある特定の順番につなげた高分子である。タンパク質の1本の鎖はそれぞれに固有の形に折り畳まれ、特定の立体構造をとる。このとき立体構造にくぼみが生じ、そこに決まった幾種類かのアミノ酸が配置される。活性部位とよばれるその部分は、驚くべき正確さでヌクレオチドなどの特定の分子を識別し吸着したり(分子認識)切ったり、くっつけたりする(触媒作用)。この、分子を切ったりくっつけたりというのは、普段なら絶対に起きえない化学反応なのであるが、それをタンパク質が可能にする。私たちのすべての生命活動-----見たり、聞いたり、食べたり、消化したり、考えたり------はどれも、タンパク質の分子認識と触媒作用のおかげだ。

「最小条件としての高分子と自己複製」
タンパク質のアミノ酸の配列はどう決まっているかというと、これをきめているのがDNAの配列である。
つまりDNAは、自分のコピーする機械(タンパク質)の設計図なのである。このように現在の生物ではDNAとタンパク質の2つの高分子が生命を構成している。しかしながら、この分業はかなり進化した形態の生命であり、生命である条件として本質的に必要なこととは思われない。つまり、もしタンパク質が、あるいは、DNAが自分の配列を読み取り自分自身を複製できれば、それは生命といえる。
原始の生命はきっとそのような高分子であったに違いない。

数年前にRNA(DNAと類似の高分子)に触媒作用があることがわかり、発見者のアルトマンとチェックはノーベル化学賞に輝いた。私個人としては、タンパク質がRNAやDNAより先であっただろうと感じている。→備考記事 シドニー・アルトマン(1989年ノーベル化学賞)「タンパク質が生命の起源を担った」との説を覆す、//「RNAが生命の起源を担った」との新説をも提起させた重要な発見であった。
プロテインワールド仮説RNAワールド仮説と双璧をなす生命の起源に関する考察のひとつであり、近年プロテインワールドを支持する化学進化の実験結果が多く得られている。プロテインワールド仮説の趣旨は以下の通りである。





「配列が決め手ではなかったタンパク質の構造」
現在までは、タンパク質のように特定の立体構造と機能をもつ高分子をつくるには、ある特殊な配列が必要であると漠然と考えられえてきた。しかし、もしそうだとすると、生命の起源があまりにも偶然すぎたことになる。それをはっきりさせるため、可能なタンパク質の数を計算してみよう。
タンパク質は平均400個のアミノ酸がつながったものである。
前述したように、20種類のアミノ酸の中から1個を決める選び方はそれぞれ20通りあるので、アミノ酸配列の仕方は20の400乗(10の540乗)となる。このうちどれか1種類の配列に偶然ぶっつかる確率はあまりにも小さい。また、10の540乗の配列をすべて自然が進化の過程で試して1番良い配列を選んだとも考えられない。

ビッグバンで宇宙が始まって以来、現在まで10の20乗秒しか経ていないので、1秒間に1つの配列を試したとしても、10の20乗通りの配列しか試せなかったはずだからである。したがって、高分子がある構造をもち機能を有するためには、ある特殊な1つの配列だけでなく、無数の配列があろうと、予測される。

結論に入ろう。
「高分子がある構造をとるためには特殊な配列はいらない」のだ。
高分子がその構造をとるか否かは、構成単位(モノマー)の配列ではなく、ポリマーを構成する複数種類のモノマーの比率によって決まる。
高分子がある構造をとるということは、そこ構造が他のどの構造に比べてもエネルギーが1番小さく安定していることを意味する。このような構造が実現する条件は、高分子を構成するモノマーが多種あって斥力と引力をともに含むこと、そして、引力に幾つかの種類があってそれらがランダムに配列されていることである。
このようなランダムな高分子では、すべてのモノマーの要求、つまり、「自分にぴったりあった相手のとなりに来る」ことを全部かなえることはなかなか難しく、いわゆるフラストレーションが生じる。このとき、高分子はフラストレーションを最小にする構造に落ち着く。これは、興奮性の神経細胞と抑制性の神経細胞が拮抗し、さまざまな状態に落ち着く脳の仕組みとじつによく似ている。

高分子の場合、特定の立体構造に落ち着くために、もう少し条件が加わる。
この条件を、シャクノビッチとギューチンはコンピューター・シュミレーションを使って鮮やかに見せた。彼らは、複数種類のモノマーを一定の比率で含む高分子をある立体構造(形)にしておいて、任意に二個のモノマーを選び、それを試しに交換したらどうなるかを検討してみた。もし、エネルギーが下がったら実際に交換し、下がらなければ交換しないとする。そのようにしてシュミレーションでつくった架空の高分子が、皆同じモノマー構成をもつが、すべて異なった配列に落ち着く。ところが、そのいずれもが温度を上げて立体構造を崩した後、また、温度を下げるというシュミレーションをすると初めの構造に戻った。つまり、初めの構造を記憶していたのだ。


私の研究グループはそれと独立に、配列選択の方法を、ゲル研究からヒントを得て考えていた。
ゲルとは、高分子同士をゆるく架橋して網目をつくったものであり、1個の1個の高分子の振る舞いを巨視的に見ることができるじつにありがたい物質である。研究の結果、安中雅彦と私は、幾種類かの相互作用をするモノマーをランダムに配列してつくったゲルが、いくつもの安定した状態をとることを発見した。すなわち、配列が同じでなくてもモノマーの比率が一定条件を満たせば、高分子は複数の安定な立体構造をとりうることを明らかにしたのである。

『「分子認識」できる人工高分子をいかにつくるか』
では、私たちのタンパク質人工合成のアイデアを説明するために、一歩進んで分子認識をする高分子をどうつくるかを述べよう。それは単純で、しかも、試験管内で実現できる可能性がある。
高分子が分子認識をするためには、その機能をもつ部位(活性部位)のところだけがある特殊な構造をとることが必要である。その他の部位は安定な構造をさえとっていればどんな構造でもよい。つまり、活性部位は以外の部分は、配列ではなくポリマーを構成する複数種類のモノマーの比率のみがきちんとしていればよいことになる。

残る問題は、人工高分子の活性部位の構造をどのようにつくるかだが、それには「分子刷り込み」の方法を使うというのが私たちのアイデアである。
分子刷り込みはかなり古くからある方法で、つぎのようにして行う。すなわち、ある特定の分子(ターゲット分子)の周りをプラスチックで固める。その後でプラスチックを割ってターゲット分子を洗い出せば、プラスチックの表面にターゲット分子と相補的な形をもった穴(活性部位)ができる。この場合、活性部位の構造を安定化する(特定の形を固定する)役割をプラスチックが受けもつ。この安定化により、分子認識をする人工高分子をつくる技術は、やがて工業化されるものと期待される。

タンパク質の場合には、それを一本の鎖が自分の分子中の相互作用の組み合わせでやってのけるのであり、くどいようだが、そこにこそ生命の基本原理がある。

さて、私たちのアプローチでは、できたポリマーの構造が安定するように特定の比率で複数種類のモノマー(アミノ酸)を含む溶液を用意する。
その溶液にターゲット分子を混ぜておき、そこで高分子の鎖をつくる。そうすれば、ターゲット分子に相補的な活性部位ができ、周囲の高分子はその構造を記憶するので、まさにそのターゲット分子を認識できる人工の高分子(タンパク質)が簡単に合成できるだろう、というアイデアである。
まるで料理だ。だし汁は共通で、そこに混ぜるターゲット分子ごとにカスタムメードの活性部位をもつ高分子ができるのである。ここで大事なことは、安定な構造を約束する溶液中のモノマーの比率である。どのような比率が必要であるかについては、私たちが進めてきた「ランダム高分子ゲルの相転移」の研究から少しずつわかってきている。

現在、私たちの研究室では、同じMITの正宗悟教授らと協力して、分子レベルでの相互作用を高分子ゲルの中に刷り込むことができることを確認した。また、実際に分子認識のできる高分子の合成を目指して研究を進めている。

この考えを聞いた私の父が、「古事記」を送ってくれた。日本が創られたときも、同じようにしてできたと書かれていた。


参考記事→天津神達は、伊耶那岐命と伊耶那美命に「この漂っている国土を有るべき姿に整え固めなさい。」と命じ、天の沼矛(アメノヌボコ)をお授けになりました。
そこで二神は天の浮橋の上にお立ちになって、その沼矛で国土を掻きまわし、沼矛を引き上げると、沼矛の先から滴る潮(塩)が積もって島になりました。これを淤能碁呂島(オノコロシマ)といいます。


夢の神々なの⑬

2012-01-21 09:00:00 | colloidナノ
第10話「生活におけるゲル」
私達との生活の接点はこれから大いにでてくると思います。この冬に「応答性ゲルの入ったスケート靴」が米国で売り出されます。また、薬の徐放剤、人工膵臓など、人工臓器。人工筋肉、尿道のバルブ。刺激を加えたときに初めて反応をし始める、ペンキ、接着剤など。危険破棄物の回収。ミルクの濃縮。おもちゃ、光学的記憶素子。などの応用研究が進んでいます。

1990年から91年まで田中研究室にあった国府田悦男「薬の効かせ方とゲル」

「ゲルと薬」
理想的な薬の条件とは、①安全で使いやすく②よく効くこと、そして③副作用が少ないことになります。実際に、これらの条件を満たす様々な化学物質が薬として使用されています。しかし、薬となる化学物質が発見されても、安全な方法で私たちの体に吸収させなければなりません。
普通は口から水で飲み込む方法、体に塗布する方法、注射による方法があります。特に、皮内投与法は最も簡単方法で、誰でも用いることができる汎用性が高い方法です。したがって、いろいろな分野の研究者や技術者が、この方法を、用いて如何に薬効を高めるかということに焦点を絞り、「製剤技術」の開発を続けています。

ゲルが製剤技術の1つとして用いられる理由は、ゲルの持つ性質に関係します。もっともよく知られた例は、‘貼り薬’であり、布のような柔らかく丈夫な素材に、薬を含むゲルの相を取り付けた構造をしています。これを体に貼ると、ゲルの中から薬が放出され、皮膚を通して体に吸収されます。また、ゲルに薬を含ませておき、ゼリー状の軟膏を体に塗ることもできます。これらの例では、ゲルが含む溶液を多量に保持できる性質を利用しています。⇒ゲルを用いた薬の効かせ方、その原理A①

その原理A②の例としては、ゲルが溶ける性質(ゾル化)を利用して薬を放出させる方法です。すなわち、薬を少し固めのゼリー状錠剤に入れておき、口から飲み込んで、胃や腸の中でゲルを溶かし、薬を体に吸収させます。

これら①②は古くから用いられている方法ですが、その原理A③は新しい方法です。
これは、田中豊一博士が発見した“ゲルの体積相転移現象”にヒントを得て、色々な人たちが研究している方法で、ゲルが収縮する時にゲルの中から多量の薬が放出される原理を利用しています。

ゲルの体積相転移を利用すると、新たにBとかCという方法も考えることができます。
その原理Bは、小さなカプセル状の容器の中に薬を入れて、ゲルで蓋をしておきます。ゲルが体積相転移を起こして収縮すると、小さな隙間かができて、そこから薬が除放されます。
その原理Cではゲルが注射器のピストンと同じ役割をします。薬を入れた容器にゲルピストンを取り付けておき、ゲルが膨潤(膨張)するときに薬を押し出す方法です。

私たちの体は、恒常性を保つために、様々な化学物質を取り込んだり、他の化学物質に変換したり、体外に放出したりしています。しかし、病気になると、これらのサイクルに乱れが生じ、恒常性を保ち難くなります。例えば、糖尿病は、インスリンというホルモンが膵臓から巧く分泌できなくなるために、体のエネルギー源であるブドウ糖が分解されず、血液中のブドウ糖濃度の高い状態が続く病気です。したがって、糖尿病の患者さんは、定期的にインスリンを注射しなければなりません。
このような不便さを緩和するために、その原理B、Cのような方法を使うことが研究されています。




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京都大学先端医療開発スーパー特区連携事務局 「特集 難病創薬スーパー特区」

田畑氏らが開発した生体吸収性ゼラチンハイドロゲルを用いた徐放化DDS医薬品は、細胞間シグナルとしての細胞増殖因子の末梢血液中濃度の上昇を伴わずに投与局所濃度を選択的に上昇させ、局所的に細胞の増殖分化を促し、生体組織を再生修復する。
この手法を閉塞性動脈疾患やバージャー病、皮膚潰瘍、歯周病、感音性難聴の聴力再生治療法として実用化を推進する。
プロジェクトのキーワードは「医薬品」と「DDS」


備考記事
1)3次元培養担体が引き起こす細胞シグナルによる分化誘導,2)静水圧負荷,引張・圧縮応力負荷等の物理的刺激が引き起こす細胞シグナルによる分化誘導,3)適切な時期に適切な生理活性物質が引き起こす細胞シグナルによる分化誘導,といった観点から骨髄性幹細胞から成熟細胞への分化誘導技術の確立を図りたいと考える.牛田 多加志

夢の神々なの⑫

2012-01-20 07:15:47 | colloidナノ
第9話「ゲルの応用」
ゲルの相転移を使った実際の応用であるが、これは実にさまざまアイデアが出されている。いまだ完成品といえるものは少ないが、最近一,二年のゲルの基礎科学の急速な進歩を目にし、また、多くの技術者が、ようやく真剣に取り組み始めたことを思い合わせると、近い将来そのような製品がだんだんと生まれてくるものと期待が持てる。
ゲル研究は、奥が深く、広い。1970年代後半からの近年ゲル研究の第1期が終わり、今まさに、第2期の黄金時代が始まろうとしている。近年のゲル研究は、まず、枝をそぎ落とすことによってゲルを何とか物理学のまな板の上に乗せることを可能とした。これからは、そのような無味乾燥な骨格に少しずつ肉付けをしていく興味深く実り多い段階に入ったといえよう。その肉付けの作業は、ゲル研究者を物理・化学から生物学へ、そして医学の領域への導いてくれよう。


田中が花王㈱基礎研究所に研究室の分室を持っていた1990年から95年に共同研究を行うった、辻井薫「液晶を組み込んだゲルのおもしろさ」
二分子膜と呼ばれる大変薄い膜があります。
この膜は水の中で作られ、その厚さは数ナノメートルです。この膜が、水の中で何枚も規則的に並ぶと、液晶になります。液晶中で二分子膜が規則的に積み重なるとき、膜間の距離が光の波長程度まで長くなる場合があります。そのようなときには、二分子膜で反射された光は干渉し、美しい色が出ます。

ゲルの中に液晶を閉じ込めることができます。そうすると、きれいな色のついたゲルができ上がります。

アクリルアミドや架橋剤のモノマー水溶液の中で、上記の二分子膜液晶を形成させます。その状態で紫外光を照射してモノマーを重合しますと、二分子膜の規則構造が保たれたままアクリルアミドゲルの中に閉じ込められます。この際、安定な二分子膜液晶/ゲル複合体を作るためには、二分子膜を形成する分子自身も重合性で、ゲルの形成と同時に重合して高分子になることが必要です。ゲルの網目の中で、高分子になった二分子膜は動くことができず、ずっと規則的な液晶構造をとり続けます。
液晶分子の性質液晶に光を通すと、分子の並ぶ隙間に沿って、光が通ります。上の図のように分子の配列が90度ねじれている場合には、光も90度ねじれて通っていきます。


二分子膜液晶/ゲル複合体のおもしろい性質
①環境変化によって色が変わる;この色は、光の干渉によってもたらされているものですから、二分子膜の間隔が変化すると、干渉する光の波長も変化し、色が変わります。
ゲルの中に閉じ込められた二分子膜液晶の面間隔は、ゲルの膨潤/収縮によって変化します。つまり、二分子膜液晶/ゲル複合体の色は、ゲルの伸び縮みによって変わることになります。
②ゲルが丈夫になる;二分子膜液晶を閉じ込めたゲルは、単なるアクリルアミドゲルに比べると大変丈夫になります。ゲルの引っ張り試験を行いますと、二分子膜液晶/ゲル複合体は、アクリルアミドゲルの約7倍の弾性率を示すことがわかりました。またどんどん引っ張っていくと、最後にはゲルは切れてしまいますが、その切れるまでの長さが3倍程度大きくなります。

③方向によって性質の違うゲルができる;二分子膜を閉じ込めたゲルを利用すれば、異方性のゲル、つまり方向によって性質の違うゲルを作ることができます。
例えばビーカー一杯の液晶がある場合、ビーカー全体としては等方的になります。なぜなら、液晶中で二分子膜が規則的並んだ部分(ドメイン)の大きさは、僅かに数μmから数十μmくらいで、そのようなドメインがビーカーの中ででたらめな方向をむいているからです。
これを細い円筒管の中へ二分子膜液晶を吸い込むと、管の長さ方向に流れが生じます。二分子膜は、その流れの方向に平行に並ぼうとします。そのようにして二分子膜を並べた直後に、紫外光を照射してアクリルアミドを重合すれば、ゲル全体が異方性になるでしょう。

夢の神々なの⑪

2012-01-19 08:58:55 | colloidナノ
第8話「偶然ではない発見」
幸い相転移に関してはモノポリーでした。
初めに何かを見つけるということは、すごく大きな障壁を越えることですから、そのあとはせり合いというようなことは起こりえないと思います。
偶然発見したには違いないんですが、自分としてはやはり何か勘があったと思います。そして、発見するように自分をもっていくという過程があって、そこが苦労のしどころですけれども、そういう体験に入ってくることはおそらく不可能だったと思うんです。
独自の読みがあったというと、初めからわかっていたように聞こえるけれど、そうではなくて、わからないんだけれど、なんとなく方向を感じていた、そういうことだと思いますね。そのとき1番大切なことは、自分自身がその場に居合わせて、自分の手でそれをやっているということだと思うんです。予想もしなかったことが出てきたときがチャンスですからね。たとえば学生に仕事をさせるというようなことをしていた場合、期待したデータが出てきてやっぱりうまくいったというタイプの研究でとどまってしまうと思うんです。あれ、変だぞという自分自身の体験がないとね。
自分で実験やりますよ。でもなかなか忙しくて思うように行かないので、少し研究室の規模を小さくして、初心に戻ろうと思っているんです。

1989年3月末から9ヶ月あまり田中研究室に文部省在外研究員として滞在。1991年~94年まで「高分子ゲルに見られる体積相転移現象の基礎的・応用技術的研究」NEDO国際共同研究を行う。
その後も、毎年のようにグループミーテイングで、ゲルの科学と技術を議論している鈴木淳史「光に応答するゲル」を寄稿している。

ゲルに体積相転移を起こさせるパラメータの中でも、もし可視光によって相転移が起これば、その速さ、クリーンさ、簡単さなどから、電場などと共に有望なパラメータの1つになると考えていました。
そこで、光に応答して相転移するゲルを作ってみたいという漠然とした目的で、光に応答しそうなモノマーを薬品カタログで調べて、2重結合を持っているもので簡単な構造をしていて安価なものを、探しては注文しました。
多くは光異性体で、紫外線に応答する分子で、どのように材料設計すればよいか、頭を悩ましていました。そのとき、居室で、田中博士と向かい合って、どのようなゲルを作ればよいかを黒板や紙とペンを使って自由に話をしていたところ、博士の目に窓の外の葉っぱが目に留まり、「Chlorophyllクロロフィルはどうかな?」、「可視光でやってみよう」ということになりました。
                        

突然に驚かせて済みません!何時もお世話になっているものですから!
Wikipedia、Google、MozillaなどがSOPAへの抗議活動を開始  Wikipediaでは、これらの法案に抗議する意思を示すため、サイトを24時間にわたって「ブラックアウト」する措置を実施することを決定。英語版のWikipediaは黒い背景のページにリダイレクトされるようになった。同ページには「我々は10年以上の間、人類史上最大の百科事典を作ることに何百万時間も費やしてきた。現在、米国議会では、フリーでオープンなインターネットに致命的な打撃を与える法案が審議されている」というコメントが掲載され、法案の解説ページへのリンクと、Facebook、Google+、Twitterにコメントを投稿するためのリンクが設置されている。



さて、本論へと戻します。
当時は直径1mmほどのゲルが標準的な大きさでしたから、直径がその10分の1ほどのゲルを合成するために、100μℓのガラスキャピラリーを強火にかざして引っ張って細くしました。この細い管の中にゲルを合成したものの、それではこれをどうやって取り出すか?・・・・
表面張力で引っ張りだすことを思いつきました。

「アツシが、100μmmの円柱ゲルを作ることに成功した」と紹介し、「これに可視光を当ててみよう」ということになりました。そのためには、温度可変の試料セルを作る必要があり、ありあわせの材料を使って、二重構造にして作りました。

ゲルに照射された光は、吸収されるか、散乱されるか、透過します。ここで見つけた光に応答するゲルは、光の吸収が支配的と考えられる系で、水の中で光による局所的な温度上昇により、体積が不連続にかつ可逆的に変化します。

これは、熱応答性高分子と光感受性分子の色素からなるゲルでは、光により体積相転移させることができる、という一般的な原理の証明でした。
その後帰国してから、光透過性、キネテイクスに関する研究を行い、これらのゲルの局所的温度上昇による体積相転移の原理はほぼ確立されました。この原理を利用すれば、例えば、温度により収縮する任意の高分子と任意の色素からなるゲルを使って、透過光強度を不連続に変化させることができます。これは光のシャッターです。また、光照射による巨視的・微視的な形態変化の原理を理解するために、ゲルの機械的な拘束下や外力をかけたときの膨潤挙動を詳細に研究しました。さらにゲルの相転移のヒステリシス現象を利用して、光の照射を取り除いても、収縮状態が実現するというスイッチ現象の発見につながりました。

その後、MITの研究室のテーマが、急速に生命の起源に関する研究に向かっていった1つのきっかけだったのです。

私が田中博士から学んだ重要なことの1つは、「自分で研究する」という一見当たり前のことでした。「いつも実験していたい」という博士のつぶやきは、研究が好きであることと同時に、「経験のない学生ならみすごしてしまうような小さな発見の中に、重要なものがある」との考えからです。また、「結果はともかく、まずやってみよう。やってみれば次にやることが見えてくる」というのが博士のモットーでした。

参考記事
「Phase transition in polymer gels anduced by visible light」Atsushi Suzuki & Toyoichi Tanaka
(Nature346:345-347=1990)
「可視光によるゲルの相転移」この論文は、可視光でゲルが相転移を起こすことを世界で最初に示したものであり、「ゲルの膨潤理論を基礎にした光応答性ゲルの開発とその原理の解明」という点に学術的な意義があると考えられる。また、Wall Street Journalにも紹介されたり、テレビでも相転移の様子が放送されるなど、専門外の人々からも注目を集めた。

その重要性にいち早く気づいた田中は、それまでに行ってきたゲルの膨潤挙動の測定を、急いでやり直した。両性ハイドロゲルの相挙動を集中的に調べ、多重相の発見へとつながった。

夢の神々なの⑩

2012-01-18 09:00:00 | colloidナノ
第7話「ゲルのユニークな性質」
ゲルは弾性をもつ。このため、さまざまなユニークな性質が現れる。ゲルの膨潤・収縮のキネテイックスはインクの拡散と似てはいるが、弾性があるので独特のものである。またゲルはその弾性のためにその構造に異方性が生じ、さまざまなパターンが見られる。更に、ゲルは永久的な構造の不均一性を持つ。これらは、溶液と本質的に異なることである。このような側面に注目した研究が、ようやく現れてきた。
網目の中を水が通るときの粘性相互作用もゲル独特の物理量である。この相互作用は今まで、きっちりと測定されたことはなかったが、最近,鴇田(ホウ;ハウ/くろあしげ⇒Tokita)はその測定を可能にした。この実験はさまざまな面白い研究を生むであろうと期待される。たとえば、網目と水との粘性相互作用が臨界点において無限に小さくなるであろう、という動的光散乱の結果があるがそれが直接、確かめられた。
ゲル内の輸送現象に光が当たることになる。

1989年から91年まで田中研究室に博士研究員として滞在。帰国後ゲルの体積相転移の研究、輸送現象の研究を行い、現在はゲルの構造の実空間解析に興味を持って研究を行っている、鴇田昌之「高分子ゲルと輸送現象」からの引用。

「ゲルの体積相転移点近傍では、高分子網目の密度揺らぎが無限大に発散する。このことは光散乱などの実験によって明らかにされている。高分子網目に密度揺らぎが生ずるということは、ゲルの内部に濃度の高い部分と低い部分が現れることを意味する。そうすると、もしゲルの体積を一定に保った状態でゲルを介して水を流しておけば、水の流れは相転移点の近傍で無限に早くなるはずである。逆にいうと、高分子網目の水流に対する摩擦抵抗がゼロとなり、水はゲル中を容易に流れるはずである。この点を実験的に明らかにすることはおもしろいと思うのだが、どうだろうか?」と、田中博士はわたしの研究テーマを選ぶに先立って問われました。
「それはおもしろい。先生やりましょう」ということで、研究が始まりました。

私は学生時代からゲル化現象やゾル・ゲル転移現象における力学的性質の臨界挙動に関する研究を行っていたのですが、自分bの研究領域を広げることを考え、博士研究員として滞在することになったのでした。

それからの展開は意外なものとなりました。1ヶ月ぐらい実験を繰り返した頃でしょうか、どうもきちんとした摩擦係数の値が得られているよううなきがしないので、田中博士とデイスカッションし問題点を明らかにすることにしました。私の居室で半日くらいかけてゲル中を流れる水の運動方程式を解きました。わかったことは単純でした。ゲル中を水が流れると、高分子網目は水の流れによって歪むことになります。高分子網目の歪みが水の流れとバランスして平衡状態になるためには、時間がかかります。このような時間を特性時間と呼ぶのですが、特性時間はゲルのサイズの2乗に比例することがわかりました。
これまでの実験では、数ミリメートルかあ場合によっては1センチメートル近い厚さの試料を使っていました。これではいつまで待っても平衡状態にはなりません。したがって、きちんとした摩擦係数の値を適当な測定時間内に得るためにはゲルを薄くすれば良いことになります。

意外なものとなりました、とは実はこれからの展開の事なのですが・・・・・割愛します。

ずいぶんと時間を浪費してしまいましたので、あわてて測定を開始しました。最初はポリアクリルアミドゲルを用い、温度や濃度を変え摩擦係数を測定しました。この研究が終わってから、いよいよ本当に測定したかった体積相転移点近傍での振舞いを調べる研究に移りました。この研究には、当時多くの人々が関心を持っていた、感熱性ゲルであるN-イソプロピルアクリルアミドを用いました。少しずつ温度を変え、摩擦係数を測定しました。相転移温度の近傍でゲルの摩擦係数が急激に減少し、室温における摩擦係数の1000分の一程度まで減少することを見出したとき、「見事な結果だね」と言った田中博士の声が今でも耳の奥に残っています。

ゲルの状態や動力学を理解するには3つの物理量、協同拡散定数、弾性率、そして摩擦係数の各々を定量的に明らかにする必要があります。
私が田中研究室に滞在していた当時、協同拡散定数や弾性率に関してはすでに研究されておりました。私たちのゲルの摩擦の研究は、ゲルの物理的に理解するために必要な残されたパラメーターを定量的に明らかにしたことになります。さらに、各々の物理量の臨界挙動がきちんと測定できたことは、ゲルの体積相転移の物理学が完成したことを意味します。

参考記事
「Reversible Decrease of Gel-solvent Friction」Masayuki Tokita and Toyoichi Tanaka(Science 253:1121-1123=1991)
The friction between water and the polymer network of a gel is found to decrase reversibiy by three orders of magnitude as the gel aproaches a certain temperature at constant volume and network structure.

「ゲル中の物質輸送現象」において、その特性時間に言及している。その過程の特性時間は、高分子網目の協同拡散定数と、ゲルのサイズに強く依存する。

従来の研究では、およそ1cm程度の厚さのゲルを用いて測定がなされていた。ゲルの協同拡散定数が極めて小さいことから正確な摩擦係数を実験的に決定するためには280時間以上の測定を行う必要がある・・・・・
我々は、原理に立ち戻って実験装置を作製し、良い精度で摩擦係数を測定することを可能としたのだ。

ゲルの摩擦が臨界点近傍において無限に小さくなりうることを実験的に示した意義は非常に大きい。

「ゲルの体積相転移の発見とその物理的原理の確立」からの「生命の分子物理学的原理の確立」へという研究の歴史から見るならば、この研究はちょうどこれらの2大テーマ間の転換がなされる境界の時期になされたものである。

輸送現象の研究に関して言及するならば、この研究以後ゲル中における物質の拡散現象やゲルを介した物質透過など、ゲル中における輸送現象全般に光が当てられてゆくことになる。→M.Tokita、T.Miyoshi、K.Takegoshi、and K.Hikichi「Probe diffusion in gels」Phys.Rev.E53:1823-1827(1996)

                 
バイオ材料システム工学研究室 細胞とゲルはよく似ています。ゲルの性質の中には、 生命の本質に迫る、共通かつ普遍的なメカニズムがあります。その本質を抽出しうまく 利用すれば、ゲルを使って細胞と同様な機能(運動機能、物質輸送機能、情報変換・伝達 機能など)を持つ材料を人工的に作ることができるでしょう。

夢の神々なの⑨

2012-01-17 09:00:00 | colloidナノ
第6話「生物にもある相転移」
動的光散乱でゆらぎだけ取り出すと、溶媒中で動いている高分子からの信号だけが拾えて、高分子の濃度や大きさだけがわかります。それを利用して西尾泉君は生きている細胞の中の高分子の運動を測定する装置を作ったんですね。それで手始めにやったことは、鎌状赤血球貧血の患者の赤血球を生きたままで見ることでした。鎌状赤血球症では遺伝的にアミノ酸が1個違っているために、酸素分圧が低下すると赤血球内のヘモグロビンが凝集して鎌のような形になってしまう。今では電子顕微鏡で見たり、溶液にして観察したりしていたんですが、この装置で生きたままでその有様が見られるようになったんです。

それから白内障、水晶体のタンパク質が凝集して白濁してしまい、目が見えなくなるわけですが、これも眼球を傷つけないで、この装置で調べられるようになりました。
水晶体の発生のときに、Crystallinクリスタリンというタンパク質が合成されて、レンズ効果ができるんですが、ニワトリの受精卵をこの装置で見ると、クリスタリンがどのくらいできているかがわかる。そういうこともやっています。

あとおもしろいのはね。あるときゲルの相転移が生体内であるかどうかという質問をされましてね。生体の現象をしるためには役立つけれども、相転移そのものは生体の中にはおそらくないんじゃないかと、そう答えたんです。ところが、これがみつかったんですよ。
カタツムリやナメクジが這った後に残るねばねばしたもの、これはムコ多糖のゲルなんですが、体内では脂質膜の中にすごくコンパクトに詰まっていて、体外に出たときにパッとはじけるように膨張するんです。どうやってそんなに小さいところに閉じ込めらておくことができるかが問題だった。すごく大きな浸透圧でもないと起こらないはずじゃないかと考えられていたんです。
われわれの論文を読んだワシントン大学の教授が、これは相転移ではないかと考えて、われわれの教室にやってきまして、そして、それが確かに相転移であり、カルシウムイオンが原因で起こっていることが判明したんですね。

1976年から78年まで田中研究室にいた、西尾泉「レーザーによる細胞内の蛋白質分子の運動測定」
動的レーザ光散乱法は溶液中での粒子の運動についての情報を非破壊、非接触で手に入れることができる測定方法です。

一般に粒子に光が当たると、その粒子から光が散乱されます。これは空気中の細かい水の粒に当たって日光が散乱されて霧が見えるのと同じ現象です。しかも小さな、目に見えないような粒子についても同じ現象が起こり、肉眼はおろか顕微鏡でも見ることができない粒子でも、その存在だけは確認できます。
これは高校で習う「チンダル現象」と同じものです。

そこで粒子が動いていると、散乱光はドップラー効果を受けて、もとの光とは少しだけ周波数の変化したものになります。ドップラー効果による周波数のずれをドップラーシフトと呼びますが、このドップラーシフトの大きさが、その粒子の運動速度に比例したものになることは、これも高校で学習することです。
溶液中の粒子の運動(ブラウン運動)は粒子の周りの溶媒分子(水溶液の場合には水分子)が熱運動をしていて、それが粒子に衝突するために起こる、永久に続く運動です。この運動は粒子が大きいと遅く、小さいと速くなります。運動会で使う大玉を四方八方からたくさんの子供たちがてんでんばらばらに押す場合を思い浮かべてください。この場合、大玉が粒子で子供たちが水分子です。また粒子は、温度が高いほど速く動き、温度が低いほどゆっくり動きます。
→アインシュタイン・ストークスの式

溶液中の粒子の運動は非常に遅いため、散乱された光のドップラーシフトは検出することはできません。ところがレーザは非常に精度の良い単色光で、振動の広がりが1ヘルツ以下のものも存在します。ですから、その散乱光が干渉しあってのBeatうなりを発生することになります。
このうなりの周波数を測定することによって、溶液中の粒子の運動を測定する方法を動的レーザ光散乱法といいます。

Red blood cell主に赤血球数もしくはヘモグロビン量が減少する疾患;赤芽球癆、腎性貧血、巨赤芽球性貧血、鉄欠乏性貧血、無トランスフェリン血症、鉄芽球性貧血、自己免疫性溶血性貧血、鎌状赤血球症、サラセミア、発作性夜間ヘモグロビン尿症、脾機能亢進症など

割愛記事
Linus Carl Pauling,L・ポーリング「分子病」(鎌型赤血球症と赤血球中のヘモグロビンSの拡散運動と重合)
彼らは電気泳動を用いて、鎌状赤血球病を持つ個体が赤血球に修飾されたヘモグロビンを持っていること、また鎌状赤血球形質を持つ個体が正常なヘモグロビンと異常なヘモグロビンの両方を持っていることを明らかにした。これは特定のタンパク質がある種の人間の病気に関係し、そのタンパク質内の変化にメンデル性遺伝が存在することを示した最初の証明---分子遺伝学の夜明け---であった。





我々の眼のレンズの役割をはたしている水晶体は上皮細胞から眼杯の誘導によって分化し、まず1層の細胞からなる球に近い構造をつくります。この1層の細胞のうち神経に近い方の細胞が長く繊維状に延びて、後に水晶体の主要な部分を構成する繊維細胞に分化して行きます。この過程で細胞は核を失い、主要な蛋白質であるクリスタリンの合成を開始します。ここで形成された繊維細胞は以後、我々の眼の中で生まれかわることなく、一生我々と共に加齢していきます。ある意味でこれらの細胞には我々の生涯の記録が残されているといっても過言ではありません。
→「水晶体細胞中のクリスタリンの合成と分化」ここでの実験結果の論文は、「ネーチャー」誌のNews and Viewsで取り上げられ「Gentle of Physicist」(非破壊的測定手段で実験されたことに関して)とコメントされて大変高く評価されました。


夢の神々なの⑧

2012-01-16 09:54:45 | colloidナノ
第5話「ゲル相転移の理論」
理論としては、ゲルの浸透圧に関する方程式をP・J・フローリーがすでに作っていまして、その式にイオン内圧を加えてやると、相転移が現れることがクリアーに出てくるんですね。だから、相転移は理論の中にはすでに存在していたと考えてもいいと思う。実際に現象を発見してから、理論をもう一度みてみると、確かに出てきてもおかしくないということですね。
ゲルというのは複雑なものだという思いが昔からあって、なかなか物理学の対象とは見られなかったんです。
本当に基本的なこともわかっていなかった。たとえば、温度を上げるとゲルの膨潤が起きる、そのスピードを決定するのは何かなんていうことも誤って考えられていてね。水分子がゲルの網目の中に拡散していく、そのときの水の拡散係数がゲルの膨潤スピードを決めると、そう単純に考えられていたんです。

しかし膨潤というのは網目が膨らんでいくわけだから、網目が動いていくことを記述しなくてはならない。結局、ゲルの膨潤と収縮は、網目の弾性率と網目と溶媒の摩擦の比で表されるゲルの協同拡散係数が入った拡散法的式で記述できることがわかったんです。これはすぐに出てくるんです。つまり、10cmのゲルが膨潤する速さと1cmのゲルが膨潤する速さは、後者のほうが100倍速いことがわかる。
これをわれわれが1979年の論文で発表してから、ゲルの膨潤の速さについての概念がまったくかわったんですね。
さらにその後、臨界キネテイクスといいまして、ゆらぎが無限大になるところで拡散係数がゼロになって、膨順-収縮の過程も無限に遅くなる、そういう現象が存在することも見つかったわけです。

「Kinetics of sweling of gels」Toyoichi Tanaka and David J.Fillmore(J.Chem.Phys.70;1214-1218=1979)
関本謙による解説を一部引用しておく。

ゲルは溶媒を吸って膨らんだミクロな網目からなる固体である。
マクロな類推では台所のスポンジが水に浸かっている図を、思い浮かべていただきたい。変形したスポンジが及ぼす復元力に相当するのが浸透圧、より厳密には浸透応力テンソルである。
田中ゲルが知れわたるまで、熱力学や高分子物理学における浸透圧(および関連する協同拡散係数)の古典的な説明はいかにも回りくどいものであった。
さて、上述の定義から明らかなように、平衡状態では孤立したゲルの浸透圧はゼロである。ただしゲルの網目は各種相互作用や熱揺らぎの距離程度に細かい。そのため溶媒や温度によって弾性定数はおろか平衡での網目のサイズも変わる。(この変化が不連続な場合が体積相転移である)
ゲル生成時の平衡体積はいまや圧縮された状態に相当する。スポンジを握る手を放せば、スポンジは平衡状態へ‘復元’しようとして水を吸って膨らむ。ここで膨らむ速度は、スポンジ網目を水が通る(浸透)際の抵抗力と上述の復元力との拮抗で決まる。

「ゲル膨潤・収縮の速度論」の要点は、(Dcoop)協同拡散係数を明確にしたところにあるのだが、その結果言える事は拡散が大変遅くなっているということなのだ。モノマーの拡散よりも100倍くらい緩和が遅いのだ。
それを飲み屋の門先でコンパの後のグループが、いっかな動かないのに譬えたら不謹慎だろうか?と自問しているが、わたしには答えようがない。


最後に、ゲルの将来として、網目の変形と化学的性質の変化の相関に関心が強まるだろう。
それが生物の力学センサー(膜蛋白質など)、ドラッグデリバリー制御それから蛋白質分子モーターの設計にもこのようなセンダーと制御が働いていると思っている。
ゲルという楽しい系を示してくださった亡き田中さんに謝意を表して、この稿を終えたいと思う。

備考資料 Hofmeister Seriesの機構解明

イオン性水和による水の特性変化-水素結合性水和に対する間接的(不)安定化

夢の神々なの⑦

2012-01-15 09:52:53 | colloidナノ
第4話「化学者の協力を得て」
どうも化学的素養が不足で、古いゲルで何が起こっているのか、なかなかわからなくてね。
結局、網目がだんだん加水分解されて、イオン化してくることがわかった。対イオンができて、それが内圧を生み出して、不連続な転移を引き起こすということがわかったんです。

アクリルアミドゲルですね。それから、他のいろんなゲルでやったり、溶媒を変えたり、温度を変えたり、いろいろ検討してみました。
化学者の広川能嗣君、あとから網屋毅之君、侭田明君(ジン;名用)がいろんなゲルをどんどん作ってくれてね。それが素晴らしいんですよ。このへんは化学者の協力がないととてもできなかった。
物理学者と化学者の共同作業ですね。


廣川能嗣(田中がMIT物理学科の正教授んいなった1982年の秋に、日本ゼオン㈱より客員研究員として、田中研究室へ派遣され、85年秋まで3年間、ゲルの科学について指導を受ける。その後も「ゲルの仲間の会」などを通して指導を受ける。)

彼の『温度に応答するゲル』から、1部抜粋しておく。
このようにゲルの大きさは、その中に含まれる水の量によって決まりますが、それでは、このゲルに含まれる水の量は何によって決まるのでしょうか。
それは、主に次の3つの力によると考えられます。その1つ目は、ネットワークをつくる糸状の分子が示すゴム弾性の力です。今仮に分子をピンセットで持つことができたとすると、糸状の分子の両端を持って長く引っ張ると、糸状の分子は熱運動のために縮もうとする力を出します。一方、糸状の分子の両端を極端に近づけようとすると、反対に拡がろうとする力を現します。これがゴム弾性による力です。
2つ目の力は、ネットワークを構成する糸状の分子と水の相互作用です。すなわち、糸状の分子と水がどの程度の馴染みがあるかということです。水に溶ける分子でできていると水との馴染みが良く、より多くの量の水がネットワークに取り込まれることになります。
3つ目の力は、ネットワークを構成する分子がイオン解離基を持つときに現れます。

その事例として挙げられたのがお酢。食品の酢の中に含まれる酢酸は、プラスのイオンであるプロトンとマイナスのイオンを持つカルボキシル基を持ったイオン解離する化合物です。これらのプラスとマイナスのイオンは、それぞれ自由に動くことができますが、今仮に、カルボキシル基がゲルのネットワークに化学的に結合したとすると、カルボキシル基のマイナスイオンはもはや自由には動き回ることができなくなり、これらのマイナスイオンと対をなしているプロトンのみがゲルのネットワークの中を自由に動き回ることができることとなります。このプラスのイオンがゲル中を動き回ることや、ネットワークに結合したマイナスイオンが反発することにより、ネットワークが拡げられ、ゲルに膨らむ力を与えることとなります。

参考記事「Volume phase transition in a nonionic gel」(J.Chem.Phys.81:6379-6380=1984)Yoshitsugu Hirokawa and Toyoichi Tanaka
Nonionic N-isopropylacrlamide gel was found to undergo a discontinuous phase transition by changing a solvent composition or teperature。The observation that polymer gel with and without charge can undergo a first order volume phase transition is an evidence for the universality of the phase transition of polymer gel。
この論文は、2ページ、アブストラクト4行、本文116行、引用文献15件、掲載図2つの短い論文である。
田中博士は、論文の数は少なくとも良い。重要な論文を書きたいと言っておられた。たった2ページの論文であるが、この論文が発表された後、多くのゲル研究者が、N-イソプロピルアクリルアミドゲルを用いて研究し、また、この論文を引用していることを考えると、感温性ゲルの代表的な論文ではないかと考えられる。ゲルの本質を常に追求されていた田中博士の本質を見抜く力に敬意を表したい。→ここではポリマー鎖の剛直性がその本質とされているのだ。

備考記事
 ナノコンポジット型ヒドロゲルポリN-イソプロピルアクリルアミド(PNIPA)とクレイナノ粒子から形成されたナノコンポジット型ヒドロゲル(NCゲル)の表面が、超疎水性を示すことを発見した。


夢の神々なの⑥

2012-01-14 13:10:11 | colloidナノ
第3話は「相転移の発見」

実はそれでもうゲルが完全にわかったという気分がしていたんです。ところが全然そうじゃなかった。そのあと1975年になって、もう一度ゲルの光散乱や温度変化との関係を調べる機会があったんです。そのころは眼の散乱の仕事をしていましてね、そのために必要があって、ゲルの温度を下げていたんです。そうすると予想に反して散乱光の強度がちょと増えるんです。実験の不備かなと思って、その日はそのまま帰ったのですが、何となく気になる。一晩中気になって、そのうち、どんどん温度を下げていったら散乱強度が無限大に発散するんじゃないかと考えるようになって、翌朝、石渡信一君と石本光君の二人と早速測定してみたんです。そうしたら、予想通りパーッときれいに散乱強度が発散した。


ゲルの高分子間の架橋というのは変化しないわけですから、網目の構造そのものは変わらないわけですね。網目は変形するとエネルギーが増え、もとに戻るという弾性があるますが、伸びても縮んでもエネルギーが同じという条件があるんですね。
そこでは網目が限りなくやわらかくなる、そして無限の浸透圧のゆらぎが網目密度の大きなゆらぎを産んで、それからの散乱光も発散するのです。

ところがこれをマイナス17℃で起こるものですから、それでは溶媒である水が凍っているだろうといわれた。そのせいでないことは確認していたんですが、それなら常温でやってみせれば文句はないだろうと考えました。そのためには溶媒をかえて、アセトンと水のいろいろの割合の混合溶媒を作りまして、そこにゲルを入れておいたんです。そこで予想したのは、室温で、ある溶媒濃度のときにゲルが白濁するだろうということだった。
白濁はね、ゲルの網目のあるところが収縮し、あるところが膨張するというふうに、局所的に膨潤比がゆらいでいる現象なんです。それが起こることを期待した。

ところが、次の日行ってみたら、アセトン濃度0~40%までのものはゲルが膨潤していて、50%以上では収縮していたんです。ということは、ある溶媒組成で体積が不連続に変化するということですね。
しかし、それだけでは終わらなかった。当然、追試をしたんです。そうしたら相転移は起きないでゲルが連続的に変化してしまうんですね。これには困っちゃいましたね。それでさんざん苦労しまして、ようやくわかったのは、前の実験ではしばらく放置していた古いゲルを使い、追試のときには作ったばかりの新しいゲルを使ったことでした。
古いゲルだと相転移が起こるんです。



石本光は、1974年から77年までMITの田中研究室立ち上げ期に、院生として田中を親しくTOYOさんと呼ぶ雰囲気で研究の一端を担う。研究室最初のPh.D.を終了し、ソニー㈱の研究室で有機電子材料・分子-バイオエレクトロニクスの研究から、最近は人間の感覚に関心を向けている。

「白内障とゲル」の寄稿で紹介される秘話。
ゲルで著名な田中博士ですが、ルーツを辿ると当時、暗くした実験室でレーザー光を一塊のブヨっとしたゲルにあてて測定しながら「おおっ」と洩らした最初の実験より前に、実は、子牛の眼の水晶体のモデルにした蛋白質の濃い水溶液に同じようにレーザー光をあててやはり「おおっ」と洩らした実験があったのです。略

ベネデックのグループでは、生体高分子や分子集合体の性質を、特にレーザーの光散乱という手法による最新の物理学の理論と実験技術を駆使して調べていました。このように、物理学、化学、生物学をまたぐ学際的な取り組み方によって新しい分野が開けるのです。略

さて、水晶体ですが、動物の水晶体は、目をカメラに例えるとレンズにあたる働きをする部分です。繊維細胞がタマネギ状に層を重ねたような構造になっていて、繊維細胞の中は体積の数分の一から半分がクリスタリンという蛋白質の大変濃い水溶液なのです。牛乳も蛋白質と脂質の水溶液で、それほど濃くありませんが、蛋白質や脂質の微小な固まりが光を散乱するために真っ白になっています。ですから、より多くの蛋白質が存在する水晶体がなぜレンズのように透明なのか、実は不思議なことなのです。
高齢になるとよく水晶体が白濁してしまう白内障という眼の病気になりますが、透明な状態を維持するための微妙な条件のバランスが崩れやすいものであることがうかがえます。

田中博士はベネデックの研究室でこの謎を解こうと、レーザー光を使って水晶体の精密な光散乱の測定によってクリスタリンの状態を調べました。クリスタリンの分子が繊維細胞の中の水溶液中でブラウン運動のようにランダムに揺れ動く様子を、そこから散乱されるレーザ光の波長がドップラー効果のような原理で微妙に変動するのを測りました。ハーバードの医学部のレオ・T・シャイラック教授と協力して研究を進めていて、子牛の水晶体が体温では透明であるけれども冷蔵庫の温度では白濁し、温度を上げればまた透明に戻る「冷やし白内障」という現象があることを知りました。

物理の目で見ると、ちょうど液体の水を冷やすと固体の氷になり、温めればまた水に戻る「相転移」のようでした。レーザ光で調べると、温度を下げたときにこの転移の前後でクリスタリンの揺らぎがゆっくりとした状態に変わる様子が不連続で、水/氷の1次の相転移と同様の現象であるらしいことがわかりました。そして、老人性白内障の人が手術で除去した水晶体ではクリスタリンの動きが、冷やし白内障での低温で白濁した状態に相当するようなゆっくりしたものであることがから、発症の過程ではこの相転移の温度が微妙な条件のバランスが崩れることによって上昇することが一因となっているのではないか、と考えました。

このような、一見扱いにくい複雑そうな物質も、その中で働いている要素どうしの相互作用を抽出できれば、そこから系全体が環境の変化に応じてどう振舞うかを記述することができてしまうのが、物理学の手法の強力なところです。

田中博士は水晶体やゲルのようなものでもこういうことができることをいち早く見抜きました。その頃を振り返ると、溶液中のクリスタリン分子やゲルの網目の高分子がどのような相互作用の影響を受け、どんな振舞いをするのか、田中博士はいつも、クリップボードにはさんだ紙に漫画のような丸い分子やゲルの網目の折れ曲がった線の絵を描いて考え、議論していました。
「かわいい」ともいえるタッチの絵でしたが、とにかくその助けを借りて徹底的にどんな相互作用が働くのか考えていました。時には頭の中で分子になりきって、私も一緒に手や体でジェスチャーしながらその様子について議論したことを懐かしく思い出します。略



「臨界現象」といって、臨界点の近くの条件で物質によらず特徴的な、連続的に発散するような特性の変化が起きます。水晶体ではクリスタリンの濃度を制御できないので、モデル物質としてクリスタリンとよく似た大きさのリゾチームという蛋白質の水溶液を使って、暗室でレーザ光を当てて実験してみました。
散乱された光が壁にあたって描く模様が揺れ動く様子がある条件に近づくと「チラチラ」から「ユーラリユーラリ」に変わるのを見て、「おおっ」と洩らしたのです。略


このように発展した相転移モデルのもとをたどれば、壁にレーザの散乱光が描くパターンを見たときに田中博士がクリップボードの紙に絵を描いた絵にいきつきます。そのとき博士が洞察した分子の状態の描像、それが発端でした。この後間もなく、アクリルアミドのゲルでも臨界点があることや1次の相転移によって
ゲルの体積が大きく変わることなどを見つけました。リゾチームにしても、アクリルアミドにしても、実験材料としては普通によく使われるもので、レーザも一般的なガスレーザを使っていました。
散乱光の」解析装置だけは手作りの手間がかかっていまいたが、後は徹底的な思考と簡単でエレガントな実験の考案だけで田中博士は大きく発展する新しい分野の土台となる手がかりをこの黎明期に確立しました。このときの姿勢は、田中博士の一貫した研究スタイルでした。



参考記事オルンシュタイン-ゼルニケ(OZ)方程式「単一成分物質の密度の突発的な変動と臨界点でのタンパク光(Accidental deviation of density and opalescence at the critical point of a single substance)」