第2話は「離陸したゲルの科学」より、その「ゲルの光散乱」
ゲルはMIT(マサチューセッツ工科大学)に行ってからです。大学院のときには和田昭充先生の研究室で生体高分子のへリックスーコイル転移をやっていたんです。そこで動的光散乱というテクニックを使っていたんですが、生体高分子からの動的光散乱を最初にやったのがMITのG・ベネデック教授だったので、大学院の最後の年(1972年9に助手として行ったのです。
(MIT)ベネデック教授のところではレーザーの光散乱でタンパク質や高分子が動くスピードをドップラー効果によって測定するという実験をやっていたんです。電気泳動やクロマトグラフィーではゲルの中を高分子が動いていって、そのスピードで分子を分画しますが、これは出てくるのを待たなければならない。レーザーだとある時点での分子のスピードが一瞬にしてわかるというわけで、その実験をやっていたんです。
ところが、タンパク質からの光散乱よりゲルからの光散乱が多くて、うまく測定できないという困難があって、皆、悩んでいたんです。
ゲルからの光散乱はここでは不都合だったんですが、逆にゲルから光散乱があるというのは面白いじゃないかと考えて、僕はそれを調べていったわけです。そしてそれについて理論をつくったんです。
ゲルの網目というのは弾性体ですが、波はこういうものの中を伝わります。ところがゲルというものは水の中にありますから、そこでは波は振動しないで崩壊してしまうというモードになる。そういうモードを光散乱で見ていたということが解ったんですね。つまり、網目の弾性率や網目と溶媒の粘性的相互作用がモードを決定して、それを光散乱で測定することができる、ということが明らかになった。MITに行ってから3ヶ月くらいでした。
鈴木淳史「可視光によるゲル相転移」解説
ゲルに照射された光は、吸収されるか、散乱されるか、透過する。ここで見つけた光に応答するゲルは、光の吸収が支配的と考えられる系で、水の中で光による局所的な温度上昇により、体積が不連続にかつ可逆的に変化する。その原理は、当時すでに田中らが築いてきたゲルの膨潤の基礎理論で説明することができた。これは、熱応答性高分子と光感受性分子の色素からなるゲルでは、可視光により体積相転移させることができる、という一般的な原理の証明である。略
さらに、色素を使う代わりに、高分子網目そのものの光吸収能を利用しようという試みも行われた。略
一方、この相転移は、光が照射されている局所的な収縮部分と未照射の膨潤部分とが共存する、いわば2相状態である。光照射による巨視的・微視的な形態変化の原理を理解するために、ゲルの機械的な拘束下や外力をかけたときの膨潤挙動も詳細に研究され、2相共存状態に関する研究に拍車がかかった。さらに、ゲルの機械的な拘束下や外力をかけられたときの膨潤挙動が詳細に研究されるようになった。
以上のように、この論文は、可視光でゲルが相転移を起こすことを世界で最初に示したものであり、「ゲルの膨潤理論を基礎とした光応答ゲルの開発とその原理の解明」という点に学術的な意義があると考えられる。略
しかし、このような目に見える評価とは別に、実はもっと重要な意味をこの論文は含んでいた。それは、「サブミリメーター直径の円柱ゲルの作製に成功し、そのサイズを測定するための温度可変の光学顕微鏡用のセルを作製した」という小さな技術が生まれたことである。
その重要性にいちはやく気づいた田中は、それまでに行ったゲルの膨潤挙動の測定を、急いでやり直した。両性ハイドロゲルの相挙動を集中的に調べ、多重相の発見へとつながった。
その後、田中研究室のテーマが、急速に生命の起源に関する研究に向かう1つのきっかけとなったのである。略
「Nature」346:345-347(1990)『Phase transition in polymer gels induced by visible light』Atsushi Suzuki & Toyoivhi Tanaka
光照射で材料の接着・解離をスイッチ
光刺激を与えると、その刺激に応じてゲルが着いたり、離れたり、さらに相手を組み替える様子は、まるでゲルが意思を持ったように見えます。「ある波長の光をあてるとパーツが離れ、別の波長の光をあてると接着する」特性を利用すれば、必要に応じて光で解体・補修することが可能になります。今後、ゲルのみならず、さまざまな物体の表面に光応答性ゲストや対応するホストを固定することにより、さまざまな材料を光刺激で切り取ったり、つなげたり、配列させることができるようになると予想されます。
ゲルはMIT(マサチューセッツ工科大学)に行ってからです。大学院のときには和田昭充先生の研究室で生体高分子のへリックスーコイル転移をやっていたんです。そこで動的光散乱というテクニックを使っていたんですが、生体高分子からの動的光散乱を最初にやったのがMITのG・ベネデック教授だったので、大学院の最後の年(1972年9に助手として行ったのです。
(MIT)ベネデック教授のところではレーザーの光散乱でタンパク質や高分子が動くスピードをドップラー効果によって測定するという実験をやっていたんです。電気泳動やクロマトグラフィーではゲルの中を高分子が動いていって、そのスピードで分子を分画しますが、これは出てくるのを待たなければならない。レーザーだとある時点での分子のスピードが一瞬にしてわかるというわけで、その実験をやっていたんです。
ところが、タンパク質からの光散乱よりゲルからの光散乱が多くて、うまく測定できないという困難があって、皆、悩んでいたんです。
ゲルからの光散乱はここでは不都合だったんですが、逆にゲルから光散乱があるというのは面白いじゃないかと考えて、僕はそれを調べていったわけです。そしてそれについて理論をつくったんです。
ゲルの網目というのは弾性体ですが、波はこういうものの中を伝わります。ところがゲルというものは水の中にありますから、そこでは波は振動しないで崩壊してしまうというモードになる。そういうモードを光散乱で見ていたということが解ったんですね。つまり、網目の弾性率や網目と溶媒の粘性的相互作用がモードを決定して、それを光散乱で測定することができる、ということが明らかになった。MITに行ってから3ヶ月くらいでした。
鈴木淳史「可視光によるゲル相転移」解説
ゲルに照射された光は、吸収されるか、散乱されるか、透過する。ここで見つけた光に応答するゲルは、光の吸収が支配的と考えられる系で、水の中で光による局所的な温度上昇により、体積が不連続にかつ可逆的に変化する。その原理は、当時すでに田中らが築いてきたゲルの膨潤の基礎理論で説明することができた。これは、熱応答性高分子と光感受性分子の色素からなるゲルでは、可視光により体積相転移させることができる、という一般的な原理の証明である。略
さらに、色素を使う代わりに、高分子網目そのものの光吸収能を利用しようという試みも行われた。略
一方、この相転移は、光が照射されている局所的な収縮部分と未照射の膨潤部分とが共存する、いわば2相状態である。光照射による巨視的・微視的な形態変化の原理を理解するために、ゲルの機械的な拘束下や外力をかけたときの膨潤挙動も詳細に研究され、2相共存状態に関する研究に拍車がかかった。さらに、ゲルの機械的な拘束下や外力をかけられたときの膨潤挙動が詳細に研究されるようになった。
以上のように、この論文は、可視光でゲルが相転移を起こすことを世界で最初に示したものであり、「ゲルの膨潤理論を基礎とした光応答ゲルの開発とその原理の解明」という点に学術的な意義があると考えられる。略
しかし、このような目に見える評価とは別に、実はもっと重要な意味をこの論文は含んでいた。それは、「サブミリメーター直径の円柱ゲルの作製に成功し、そのサイズを測定するための温度可変の光学顕微鏡用のセルを作製した」という小さな技術が生まれたことである。
その重要性にいちはやく気づいた田中は、それまでに行ったゲルの膨潤挙動の測定を、急いでやり直した。両性ハイドロゲルの相挙動を集中的に調べ、多重相の発見へとつながった。
その後、田中研究室のテーマが、急速に生命の起源に関する研究に向かう1つのきっかけとなったのである。略
「Nature」346:345-347(1990)『Phase transition in polymer gels induced by visible light』Atsushi Suzuki & Toyoivhi Tanaka

光刺激を与えると、その刺激に応じてゲルが着いたり、離れたり、さらに相手を組み替える様子は、まるでゲルが意思を持ったように見えます。「ある波長の光をあてるとパーツが離れ、別の波長の光をあてると接着する」特性を利用すれば、必要に応じて光で解体・補修することが可能になります。今後、ゲルのみならず、さまざまな物体の表面に光応答性ゲストや対応するホストを固定することにより、さまざまな材料を光刺激で切り取ったり、つなげたり、配列させることができるようになると予想されます。