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自然は『膠然』である!

2021-06-01 10:28:03 | 虚私
自然とは『膠然』である!


 五月晴れとも言う梅雨晴れ間の朝は早い。日損村とか言われたとか聞くが五時前には既に青空が余を誘い出させる。
ご先祖様から引きづり出されたかのように臍が行く先を定めているらしい。それを背後からの力をいただくかのように、つまりジョガーが登り坂で肘鉄を食らわせてるかのように駆け上がる走りに似てくる。
 これがわたしの姿形、姿膠であるのではないか。

 お気いに入りのスポットの一つは”うみてらす”。
そこで案内される光景は、斎灘と伊予灘の狭間となる忽那諸島。寄せては返す「春の海」の調べの如きは心地よきものである。

 北条30番札所を教えてくれた女は、教えてくれ!とせがむので呟くように自然!
暫くしてから「わからない」との声を聞いたのかもしれないが。別れの挨拶も無く、一期一会であろうと思われた。
30番札所へ行っ手見た。其処からの眺めは彼女の大好きだと言う浜辺、粟井の浜辺であろうか。

 遍路さんとの出会いは何故かいつまでも記憶に新しいのは不思議である。
偶然の出会いではあるが、何故か必然であったかのように励ましを受けている。
 それが一通の手紙の交換であったりもする、その日付がそれを明瞭にしてくれたのは不思議な縁である。
出された日付は化学の日であった。それだけの事であったが。そこからの偶然が偶然を呼び出させたかのように、1111の日付で返書がきた。それらの数字がかもし出させる妙に心理を増殖させる。

 遍路さんは国道を避けて海辺の大好きなあの女のいるであろう斎灘コースをお勧めしておきたい。
振り返れば熟田津・一遍縁の浜辺や大山寺・円明寺を望む。行く先には「花へんろ」で知られる鹿島を目印に歩きたい。

 帰り道で昨日であった男とかち合わせた、朝日のつぶてを食らっていた彼には何も認識する事が出来なかったに違いない。なるほど彼は可愛い!と言われるようになったのだ。
小さな体で60キロを超えていたとは信じがたいが今では50キロくらいまで減量できたとか。整形外科医からの忠告を愚直に守っている性格だが、少し物足りなさを覚える。
パウリならば批判精神がないと書くところであろう。

 彼の出版されなかった「背景物理」は何時どの様な時分に架かれ、何時それを断念したのかを知りたいと思わぬでもないが、知りたかったのは「子の親」、つまり父としての責務を果たしていないかのような事を言われたりするのは不本意であろう。

 むしろ真逆であり立派に導いたと言うのが私の仮説である。それを裏付けてくれるのが「背景物理」には散見されていると、読む。
ここで注意を促しておきたいのは「物理化学」という用語は未だ定着していないと思われる事である。
アメリカに由来する『物理化学』には特に注意を払っておきたい。ここでは「光原子」説を思い出させるルイス、化学結合論の草分けでもある。

彼は幾つものノーベル賞を受賞していても驚かないけれども、結果として一個も受賞することもなく謎の死をもって語られているのは驚きである。

パウリの心理的な背景には「背景物理化学」と言うべき響きが、彼らしい趣と言うべきものであると理解されるであろうか。

更に言えばコロイド学者としての権威であった父を考慮するならば「背景コロイド化学」より簡潔に『背景膠学』と言われて良い。

 このような背景をもつ彼がで合った問題が、周波数とエネルギーであった。そしてその理解は中国やインドなど東洋世界へとつながりを得ながらなされた。

 ここでは心理学との自然な架橋を志しているのであるから、周波数と言うような選局をつまり個性を求めるのではなく、数多なる周波数を認識しつつ聞き流している現実は、むしろ「周波」の吟味でたりるのではなかろうか。

 繰り返し繰り返し単調に周回しているかのごとく思われるかもしれないが、私の散歩コースは数多に及ぶ。一つとして同じものはない。おなじ気分になる事も無いのは二重項ならぬ多重項と言われるスペクトル線で例えられはしないか。
 ここで簡単に表現を改めて見れば「膠周波」と言ってよかろう。

これで物理とか申す難しい学問を離れてその増殖を図れるであろうと、パウリに逆提案しておきたい。それが日常的な「膠景」なのだ。

 彼ならさほどの教養も無いと、一言あるだろうがそれは甘んじて受けたい。
つまりそれでも地球は回っている。あの頃から百年も過ぎたいま、それらは蓄積されて万人が共有して共存を模索できるまでに熟膠して参ったからだ!

最後に言っておきたい事がありはしないか?
 それが『相補償』。相補性原理ではなくむしろ補償性にこそ注視されるべきなのだ!相補的なつまり敵対的なものの調和を説くだけでは解決には程遠い。
然しながら自らの相、そこからの補償力に信を置く「膠揚」、それこそがグラハムの造語『ENERGIA』に発している、からだ。