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エレキテル 32

2011-11-25 08:18:56 | Tyndallナノ
みかんの花さく山路も、ザワワ!ザワワ!ザワワ!
振り返り見る、まちに灯る師走を、気ぜわしく感じる。
我が家へと急ぎたい!

あのロイスはドイツはチュービンゲンにて生まれた。
彼の父はチュービンゲン大学の教授でその両親のもとで初等教育を受けた。そこのチュービンゲン大学で医化学への道を辿ってゆくのだ。




Ferdinand Friedrich von Reuss(1778–1852)

1800年 チュービンゲン大学にて医学を修めた後、ゲッチンゲン大学にて薬関係の資格を収得した模様

1801年 一般医化学の講師などをつとめながら、博士号を得たか。

1803年 モスクワ大学からの招待があった。

1804年 2月17日モスクワ大学へ赴任する。員外教授。

1806年 4月7日 動電気の観察記録に成功。

1807年 3月10日 未知の作用を発見。 11月5日  その発表をする。

1808年 教授職となり、1832年までをつとめる。この年に、化学用語のロシア語翻訳に従事。

1809年 論文記事が発表された。(フランス語、ラテン語)

1817年 皇帝付きの医療外科を兼務

1822年 プロテスタント教会関係の幹事など

1823年 化学実験室などを備えた建物ができる。

1828年 アカデミー会員として選出される

Reuß: Ferdinand Friedrich v.




『モスクワ大学にて界面動電現象の発見がなされた』

Several years later, a young, energetic scientist from Germany Ferdinand Friedrich (Fedor Fedororvich)Reuss also began to investigate the influence of direct current on water solutions
水溶液への直流の影響を調査しはじめた。

In course of this research conducted with the help of the Voltaic pile “consisting of 92 Silver rubles and the same amount of zinc discs” he discovered the phenomena of electro-osmosis and electrophoresis.
ボルタ電推は92枚の銀ルーブルと同じ枚数の亜鉛の板で作製され、ここで電気泳動性と電気浸透性の現象を発見した。


Corresponding articles in Latin and French were published by the scientist in 1809 in « Mémoires de la Société Impériale des naturalistes de Moscou » (the society attached to Moscow University)」ラテン語とフランス語で書かれた論文
「1809年 Reuss.F.F 粘土を用いて電気泳動と電気浸透の現象を発見。」あのグラハム以前のコロイド関連事項で扱われている僅か二行ばかりの記載は、ここに由来するのだ。


the III International Conference of Colloid Chemistry and Physicochemical Mechanics, dedicated to 200th anniversary of discovery of electroosmosis and electrophoresis by Reuss.
第3回となるコロイド化学と物理化学の関する国際会議はロイスの電気泳動と電気浸透の発見200年を記念して開催された。


50 years later G.H.Wiedemann and G.Quincke investigated the principles of lectroosmosis in detail. Other 20 years later on basis of this research Hermann von Helmholtz created the theory of these phenomena and introduced the concept of double chemical layer which underlies, in particular, contemporary theoretic electrochemistry.
50年後にウィーデマンとクインケによって電気浸透の原理が研究され、さらに20年後になてHermann Ludwig Ferdinand von Helmholtzヘルムホルツにより(電気)二重化学層の概念が発表された。Moscow, Russia











              


師走を目前にして相次ぐ訃報に、ゆくとしをおもう。

エレキテル 31

2011-11-24 09:00:00 | Tyndallナノ
チンダルだか散乱だか知らないが、いい加減にしないといけない。

旋光性、つまり光学活性のはなし。
タンパク質とか多糖類などの性質を特徴付ける指標の一つが比旋光度Specific rotationa 表示[α]への添え字;試料温度20//D測定波(DはNaのD線,543.2 nm オレンジ色)
結果に関して大きな影響をもたらすのは波長だけではない。さらに付け加えて、溶液のpH、その酸性度がある。
核酸のような巨大分子klについての形態学的変化についての例が、図ー40“二種の人間血清アルブミン試料の溶液についての比旋光度とpHとの関係”が、それである。

           旋光計の役割
生物有機体の構成物質の多くは直線偏光の偏光面を回転させる性質(旋光性)を持っています。このような物質は一般的に光学活性物質(旋光性物質)と総称されています。旋光性物質はその分子の立体配置が互いに一対の対掌体の関係にある光学異性体であり、光学異性体のおのおのは(R)・(S)命名法で表示され、両者はその旋光度が等しく、その回転方向が逆の関係(鏡像)にあるので、旋光計により容易に識別されます。天然の物質の多くは一方の光学異性体のみ存在するために旋光性を示しますが、これに対して、通常の化学合成法で得られる化合物は(R)体と(S)体との等量混合物(ラセミ体)であって旋光性を示しません。したがって味・香り・殺菌殺虫効果・薬効などの生理活性、また、催寄性などはどちらか一方の光学異性体で発現される場合が多く、合成光学活性物質の(R)・(S)識別とその定量も旋光計の重要な役割の一つとなっています。旋光計



コロイド溶液がしばしば光学的異方性になりうることには注意を促しておきたい。それは粒子が比較的大きくかつ非対称的であることが多い。さらにその光学的性質が媒質と非常に異なるときに現れやすい。

自然に起こる異方性は明らかに非対称的な粒子を含むところの、どちらかといえば粗大な分散系に現れがちである。たとえば非対称的な平らな粒子は徐々に配向するようになり、やがてブラウン運動では破壊されない規則的な層となって並ぶのだ。それが図ー41“タクトイドtactoidの形成”である。

配向粒子間の距離は約0.2から0.4μで、その異方性は容易に偏光顕微鏡で検出することができる。
ときどき、干渉現象がそれらの配向したコロイドで観察される。異方性コロイドは、しばしば、異なる方向で観察すると異なる色を示すことがある。このいわゆる二色性dichroismは乳光によって起こるものでなく、その系の異なる方向における選択的吸収の差によって起こるのである。
              「磁気キラル二色性」

強い円偏光二色性と磁気円偏光二色性効果を有する分子において生じ、これまでは金属を含む化合物において観測されているのみであり、生命を構成する有機化合物における観測例はなかった。


コロイドにおいて誘起される異方性は自然に起こる異方性より、はるかに重要である。前者は後者よりも多くの場合に生起されるからである。
理論的には、すべての線形コロイドは、その粒子が配向できれば異方性となるはずである。しかし、これは必ずしも常に容易に行われるわけではない。もっとも重要なのは機械的手段、とくに流動による配向である。少数の場合ではあるが、磁場または電場によって配向をおこなわせることができる。流動複屈折は粒子の形を研究するのに非常に重要であり、これは10章「粒子の形の決定」で取り扱われる。




   終わればいいものを、終わらないのだ。
鎌田實 いのちの対話「おとうさん」を、きいてしまったのだ。

昨日の“いい夫婦の日”では異口同音に、うだつの上がらぬ父のはなしばかりであった。
その反動からであろうか、鎌田実先生が自ら語る、2人の父親への深いおもいがヒシと伝わってきた。
さらには自らの高ぶりを胸のそこにおさめきれない、村上アナの父からの葉書日記にもうたれた。
ゲストでは、Yaeさんの強さにあの母親が感服したその一瞬を包み込んだであろう、歌声が再現されたし、バカボンからの、わたしのいしを、上手く救い上げた娘でもあった。


しかし、手にとって読みたくなったのは、「ざわわ さとうきび畑 ~寺島尚彦 緑いろのエッセイ」(寺島夕紗子さん)。
その思索の深さが滲みでてくる。
そのアカペラ、さりげなくも64回の“ざわわ”が、いまだ鳴り止まぬこだま。

エレキテル 30

2011-11-23 13:01:07 | Tyndallナノ
テキストと言うよりもtextureとか、独り言をブツブツ言いながら「コロイドの光学的性質」を読んでいたら、案の定、リチャード・ドーキンス「虹の解体」(福岡伸一訳)がチラチラと目障りになってきた。



「星の世界のバーコード」である。
あのヨゼフ・フォン・フラウンホーファーに先立つウイリアム・ウォラストンがニュートンの実験と同じようなことを行ったのだ。


ある種の元素のバーコード模様は、線と空間のパターンだけでなく、虹を背景としたときの線の位置としても観測できる。
水素をはじめとするすべての元素の正確なバーコードは、今では量子論によって正確に説明することができるが、ここではこれ以上立ち入らないことにしたいという。


正確に言えば、誰も量子論のことを正確には理解していないと言っていいだろう。
それはひょっとするとわれわれの脳が、マクロで低速の世界、すなわち量子的な振る舞いを無視してもよい世界で生き延びられるように、自然淘汰によって形作られたせいかもしれないとは彼らしい表現だ。

幸いなことにこの章にとっては、ラウンホーファーの時代からわかっていること、すなわち、個々の元素は特徴的な線と空間からなるバーコードをそのスペクトル上に示す、という事実を知っていれば十分であるといなす。

ラウンホーファー線を見るには2通りの方法がある。
虹色をバックとした黒い線として観測できることは先に述べた。すなわち、光の通り道にある元素が特定の波長を吸収することによって、選択的に虹からある色が取り除かれたように見えるのである。
しかし一方、ある元素が星の構成成分の一つであり、そこから光が発せられている場合、ラウンホーファー線は黒をバックとした輝線として観測されることになる。

今日では、星の光におけるラウンホーファー線バーコードの綿密な分析により、星が何からできているかは、非常に細かいところまで判明している。

我々は現在、目がどのようにして光波長の差に関する情報を脳に伝達するかについて、かなり詳細な知識をもっている。

つまり、人の網膜は4種類の光受容体をもっており、そのうちの三つがKolvikesed錐体細胞で、残りの1つ桿体細胞である。
これら四つの細胞は形状が似ており、もともとある一つの祖先から分化してみたものだ。

細胞に関して忘れられがちなことは、単一の細胞でも、非常に精妙な構造をとっており、その複雑性は大部分は、たくにみ織り畳まれた細胞膜から成り立っているという事実である。この小さな錐体細胞と桿体細胞ももちろん、それぞれ何重にも重ねられた細胞膜をもっており、それが積み上げた本のように詰め込まれている。
それぞれの本の表紙と裏表紙には糸をとおしたように、細長い、ロドプシンと呼ばれるタンパク質が埋め込まれている。多くのタンパク質と同様にロドプシンも一種の酵素として働き、特定の分子をちょうどはめ込むような形をとって化学反応を触媒している。



さて、本論へと戻すとするか。
コロイドに、入ってくる光線は吸収されたり、散乱したり或いは反射されたりと様々であり、かつそのまま通過することもある。
ここでは散乱を軸としてみる。


レイリー散乱光は任意の気体、液体に含まれるような、全ての分子によって散乱されなければならない事を示した。
その後その直径との関係性なども明らかとされてきた。けれども、散乱光から粒子の大きさを算出するには、いまだ大きな困難がある。Rayleighの法則は謂わば、理想的な剛球体などを仮定しているが、それがソフトであったり歪みがあったりすればもろくも崩れる。まして棒状であるとか撚糸のごとくあればと一つ一つ克服されてはきているが、自然は非理想的なものなのであろう。

天然高分子溶液の場合には、その形態はPHなどでも変化する。

意識はここでも吹っ飛ぶ!
訳者は福岡伸一であったのが災いしたと思えば、多少は理解をしてもらえようか!

彼の傑作「プリオン説はほんとうか」、それは恰もコロイドの世界としても読み解けると感じ入っているのだから、それは当然といえばいえるし、やむをえないともいえる。

つまり、プリオンとは、微小な、タンパク性感染性粒子Proteinnaceous infectios particleの略称でありかつ、通常の核酸不活性化処理に抵抗性を示す病原体と定義されているのだから、その薀蓄はコロイドそっくりなわけだが、これらは別の機会に譲りたい。













エレキテル 29

2011-11-20 17:29:21 | Tyndallナノ
解説からの抜粋をしておく。

ここにはLangmuirが初めて単分子層の概念を確立し、これによって新しい二次元相の世界を発見するに至るまでの過程が帰されている。
発表されてからすでに半世紀を経ているものの、この古い論文は、今日の研究者に対してもなお限りない興味と示唆と、そして刺激とを与えてくれる。


Langmuirの代表的な仕事として、その名を冠した吸着等式温式と触媒反応の機作、および水面上の単分子膜については、初等の物理化学の教科書にも記されているので、一般の化学者にもなじみが深い。しかし、研究の過程については上掲の論文によって初めて知ることができるのである。

7.水面上の単分子膜の研究には(Miss)Pockels、Rayleigh、Marcelin、Deveauxなどの先駆者がいた。すでに単分子膜という概念はこれらの人たちによって把握されていたが、彼らの研究は当時の学界の注意をひくようなものではなかった。彼らが分子と言っていたものは、気体分子運動論で仮定されているような剛体の球状粒子であった。

これに対して、Langmuirは化学者が化学反応を理解するために考えだした分子、つまり化学構造式であらわされるような形に原子が配列した分子の分子間力をもって、表面張力の現象を理解しようとしたのである。

もともと、化学構造式と実在の分子構造との関係は、Bragg父子の結晶解析が世に出るまでは明らかではなかった。

水面上の不溶性単分子膜で得られた知識は、溶液表面の吸着膜にも適用された。LangmuirはGibbsの吸着式と単分子膜の知識とを結びつけて、吸着膜の構造について考察している。

8.水面上の単分子膜に関する彼の最初の実験は、身辺にあるごく簡単な道具で行われた。試薬のほかは、わずかに写真の現像皿だけで実験が行われた。
それによって得られた結果から、彼はこの論文のなかの重要な結論(配向単分子膜の存在)を導いている。ひき続いて、彼の考案した表面圧を測定する装置で精巧な実験を繰り返されたが、その装置も天秤を利用したもので、実験室の中の材料で簡単に組み立てられたものであった。
それによって、改めて単分子膜の中の占有面積についていっそう信頼性のあるデータが得られたが、しかしながら、最初の粗雑なデータから引き出された結論を修正する必要はほとんどなかった。

9.現代の界面化学はLangmuirの影響を強く受けている。配向単分子層の概念によって、それまで不明であった界面現象の多くが解明された。

Irving Langmuir の研究において、一つの重要な問題は、固体の表面構造である。
固体表面構造の直接的な知識は超真空技術、各種の粒子線回析および電子分光法の理論と技術の進歩をまたなければならなかった。この方面の大きな進歩は比較的最近のことに属する。
あのルイ・パスツールの葬儀を見つめていた少年は、化学の目、コロイドの眼を宿していたのだった。



付記しておこう。レイリー卿の樟脳のダンスとして知られる論文は1890年である。そこで油膜の厚さが1.6ナノメートル以上になると、樟脳のダンスがピタリと止まって動かなくなったのだ。

その翌年は1月、レイリー宛にドイツから来た1通の手紙を受け取った。差出人はアグネス・ポッケルスAgres Pockelsとなっていた。さっそく夫人がそれを翻訳したら、その内容はレイリーをひどく驚かせたてしまった。

そのがあの「Nature」(1891.3.12号)に掲載された『Surface Tension:表面張力』である。
それらの実験は、手紙に先立つこと10年前、1880年からの2年間に行われたものであったと、最近になってわかった。
20歳にもみたない、当時の彼女は病弱な両親と弟の世話をしながら、毎日を家事に追われていた。
生来の理科好きだったために台所で荒い物をするさい、綺麗な水の表面と油で汚れた表面の違いがあることに気づいていた。
それをありあわせの道具を用いて、台所の片隅で実験をはじめたその結果であった。

先に紹介したラングミュアが読んだ論文にはその経緯が記されていたというわけである。

エレキテル 28

2011-11-19 10:25:50 | Tyndallナノ
“物理力”に対する“化学力”
空間に離れて存在する粒子間の力の作用を考える際に、物理学者は一般に、粒子間距離の関数として変化する力で各粒子が相互に引き合ったり反発したりするという、単純化した仮説を立てる。
重力(に基づく引力)に関するニュートンの逆2乗則、おちょび電荷間の引力や斥力に対するクーロンの法則は、そのような関係のよく知られた例である。

これに反して、化学者は、物質の性質を研究するにあたり、通常まったく異なる方法を採用する。
化学者は問題の定性的な側面に最も関心をひかれることが多く、彼らの探究した定量的関係は、一般に、倍数比例の法則、質量作用の法則、または熱力学の原理から演繹しうるものに限られる。
化学者が原子または分子間にはたらく力を深く考えようとするときには、それらを分子の中心間にはたらく引力とは見なさないで、むしろ、分子を形成している各原子の特異性と、それらの原子がすでに相互に結合されている様子を思いうかべる。
化学者は、分子を複雑な構造と考え、その中の異なる部分はどの試薬に対してもまったく別々に作用しうると考える。さらになお、化学者は、化学反応に関与する力の作用範囲は一般に分子の直径よりもはるかに小さく、おそらく原子の直径よりも小さい場合さえあると考えている。

本論において展開された観点によれば、以下のような結論に到達する。
A;Gurvichが物理力とよんだ種類の力は、物質の構造に関してはなんら重要な役割を果たしていない。物理力の最もよい例は、重力および荷電物体間の力である。原子や分子の結合を左右するためには、重力はあまりにも小さすぎる。通常の物質においては、すべて正負の電気が物体全体に均一に分布しているので、これらの電気的力の有効範囲はたかだか原子の大きさにすぎない。
B;物質の構造に関与する原子間力および分子間力はすべて化学力である;すなわち、それらは化学者が従来研究してきた力と同じ性格のものである。一般的には、これらの力は2種類ある:1次原子価で表現されるものと二次原子価で表現されるものとである。Gurvichが提案したものと類似の分類表を用いるならば、そえらの力は次のようになる。割愛


G.N.Lewisが最近発展させた原子価の理論は、これまでに提案されてきた化学結合の機構のなかでひときわ満足すべき映像を提供するように思われる。この理論によれば、原子の外殻にある電子はそれ自身8個の集団中に配置されようとする傾向をもつ。電子にはまた正電荷のまわりに対をつくろうとするきわめて顕著な傾向がある。それゆえ、水素分子およびヘリウム原子の安定性は安定な電子対の存在に由来している。ネオン原子は外殻中に8個の電子から成る安定な集団をもつとともに、内殻に1組の電子対を含んでいる。

原子の内部にある電子に作用する力に関しては、明確なことは何も知られていない。原子内の電子は正電荷をもつ核のまわりの軌道を回転しているのではなくて、外力によりそれらの平衡位置から乱されたとき以外は、むしろ静止していると見なすべき証拠が増加しているように思われる。
もっとも、原子内の静止した電子でさえも、おそらく磁場が関連しているはずであろう。(Parsonの理論)。もしこの観点が正しいならば、電子が正の核に吸い込まれない理由を説明するのに、もはや都合のよい遠心力に頼ることはできない。

著者はLewisと同意見で、Coulomb's lawクーロンの法則は短い距離では成立しないと考えている。けれども、これが成立しないことの本質に関する若干の結論を、原子の内部構造からひき出すことができる。電子は核から離れたままの状態を持続しているのであるから、正と負の電荷が十分び近づけられたときには互いに反発することが明らかである。原子内で電子が安定な対を形成しようとする傾向は、二つの陰電子が(少なくとも近くにある陽電子の影響のもとで)接近するときには互いに引き合うことを示しているように思われる。さらにα粒子が、ほぼ同一の空間を占める二つの水素核(陽電子)からなり、したがって電磁理論によれば単一の水素核のほぼ4倍の質量をもつということは、無理のないもっともな仮設であると思われる。この場合にもまた、二つの陽電子が十分に接近したときは、互いに引き合って非常に安定なα粒子を形成するのであると結論したい。

これらの仮設からすれば、1次原子価による化学結合は、原子内の電子が互いに引き合って2個で対となるか、または8個の集団をつくるようにしむけるという、現在のところまだ不可思議な力の結果である。

              π-Bindung bei Ethen

これらに関しては、後の機会を得て「chemische Bindung 化学結合論」として検証してゆく事となろう。

エレキテル 27

2011-11-18 09:12:25 | Tyndallナノ
A.Wernerは複雑な無機化合物について非常に広範な研究を行った結果、残余原子価または二次原子価の理論を確立した。

Starkは、電子説を基礎にして化学原子価の機構に関する一つの理論を発展させた。

原子の表面のある部分は過剰の正電気を含んでおり、中性原子においては、この正電子によって1個またはそれ以上の電子が原子の表面に密着している。この“原子価電子”の1つから指力線が伸びていって他の原子の正の電荷の領域に終わるときに化合物が形成される。
極性の強い化合物の場合には、電子はほとんど完全にその電子を結合している原子の中に引きこまれている。
主原子価は1対の原子価電子によるもので、そおの場が二つの原子を結合させている。そこで生成した分子の周囲とくに主原子価および二次原子価の間の差をよく説明している。


こうして、二つの原子が化学的に結合する場合は、両原子に共通の電子によって結ばれる。Bohrの水素分子模型も電子の同様な役割を仮定している。


J.J.Thomsonもまた化学親和力の機構に関する理論を発展させた。

「これらの力は、ある化合物の分子内の原子がその分子内の原子とのみならず、他の分子内の原子とも作用して分子間力をはたらかせ、ひいては、それが液体の内部圧力と表面張力、蒸発潜熱、固体と液体の凝集力、固体の剛性などを生じさせるのであろう。これらの物理現象は異なる分子間の力の効果であるが、一方、化学親和力や一般の化学現象は、原因は同じであるが、同一分子の原子間にはたらく力の効果である。」



           
Lewis structure of the hydroxide ion showing three lone pairs on the oxygen atom

“Atom and Molecule”のきわめて重要な理論は、最近G.N.Lewisによって記述されたそれである。

互変異性という現象は“たいていの極性をもった無機化合物にひろくみられる特性であって、それはあたかも種種の形態が極度に動きやすい平衡状態で存在しているかのごとく行動する。”
このためLewishさらに複雑な無機化合物の構造は単一の構造式では表しえないと信じている。
この互変異性の考えが液体の構造の研究に有効なものであることは、あとで述べることにする。


化学理論からみた結晶構造において、“fixed molecule”並びに“group molecule”を定義して分子概念を改定する事が好ましいとする。

著者は、どの結晶も(そして実際にはどの液体も)、これを1個の大きな分子と見なす事は好都合な点がある。この見方は結晶を形成している力の化学的本性を強く表に出すことであり、また見方によって、われわれは化学のほかの分野の既得の知識をこの力の研究に適用する勇気が出てくるのである。

無機化合物の場合、固体あるいは液体状態では通常fixed moleculeあるいはgroup moleculeというものは存在しない。
Space-filling representation of the hydroxide ion


carbonate、CO32−炭酸イオンとは異なり、Hydroxideion OH- 水酸イオンをgroup moleculeと看做すことはおそらく適当ではないであろう。
それは、 OH- のもつ高い昜動度およびその他の要因から、このイオンが周囲の水とその原子を絶えず交換しつつあることが示されるからである。

これらの型の分子のほかに、コロイド粒子を構成している巨大分子がある。これはコロイド分子とよべるものである。それはおそらく二次原子価によって結合した原子またはgroup moleculeの大きな会合体から成るものである。
本論文では第2部で、このコロイド分子の可能な構造をさらに詳細に論ずることにする。

結局、連続的な固体や液体は、均一であってもなくても1個の大きな分子より成るものと見なすことができる。この型の分子は、固体分子とか液体分子とよぶことができるであろう。

エレキテル 26

2011-11-17 09:00:00 | Tyndallナノ
原典を尋ねての道草。

①「固体および液体の構造と基本的な性質 第1部固体」
The Constitution and fundamental prperties of Solids and Liquids.
Part1.Solids
                              Irving Lamgmuir

The Nobel Prize in Physics 1915 was awarded jointly to Sir William Henry Bragg and William Lawrence Bragg "for their services in the analysis of crystal structure by means of X-rays"




W.H.BraggとW.L.Braggの業績の化学における重要性は、まだ一般に認識されていない。数年前、この国におけるW.H.Braggの二つの講演をきいて、著者はこの業績が化学の分野にもつ非常に大きな意義に感銘を受けたのであった。
Bragg父子によって発見された結晶の構造は、化学力(chemical force)の本性に関して、新たな、そしていっそう明確な概念に導くものである。

著者はつねづね、この新しい概念を自分の不均一反応に関する研究、とくに吸着および表面張力の現象の研究に適用するように努めてきた。こうして、しだいに著者は、蒸発、凝縮、液化、吸着および毛細現象(表面張力に基づく現象一般を指す)の機構について多少とも明確な理論をうち立てる方向に進んでいった。

この理論によると、固体および液体はともにもっぱら化学力によって原子が凝集したものである。このような場合、分子という概念は、気体を除いてはその意義はほとんど完全に失うことになる。事実、われわれはひとかたまりの固体あるいは液体を一つの大きな分子とみなしてもよいであろう。
そうすると、相の変化、たとえば固体の融解のような変化も、一種の典型的な化学反応となるのでる。
この視点によると、液体の昜動性は一種の互変異性(tautomerism)によることになる。

本論文はこの理論の概要を述べるものである。この理論の基礎となっている実験的研究のさらに詳しい記述は、将来の論文にゆだねることにする。


“結晶構造”以下は割愛し、抜粋を記しておく。

過去においては、固体と液体は“凝集力”(forces of cohesion)によって保持されていると考え、その“物理的な力”(physical forces)と化学力とは異なるものとみるのが習慣となっていた。
この区別はむじろ漠然としたものであることが知られており、最近になって原子説への確信が増大するに及んで、化学現象は分子の構造の変化を含むものであり、一方、物理現象は分子が分子全体として関与するような現象であると考えられるようになってきた。
この二つの現象の区別の問題のむずかしさをすべて分子の定義に投げかえすものである。
ガス (gas) という言葉はヤン・ファン・ヘルモントが考案したもので、"chaos"(カオス) のオランダ語読みを改めて文字にしたものと見られている。


通常、Gas気体においては分子の大きさに関しなんの不確かさもない。しかし、液体および固体においては、分子量を決定するための満足な方法は実際上まったくない。
明確に分子量が決定できないかぎり、化学現象と物理現象の間を鋭く区別することは不可能である。けれども、近年、吸着と表面現象とは化学現象かそれとも物理現象かという問題で、多くの議論が起こっている。圧倒的に一致した意見は、これらの現象はともに物理現象であるとするようにみえる。

以下のページで著者は、化学力と物理力との間の区別を正しいとする理由は全く存在しないことをしめしたいと思う。
凝集力、吸着および表面張力は、すべて固体の原子間にはたらいている力と本性において類似した力の現れである。それゆえ、これらの力を化学的親和力の直接の結果と見なすことは有益である。
このようにして、これらのいわゆる物理現象を、物体をつくっている原子および原子団の既知の化学的特性と関係付けることが可能となるのである。





エレキテル 25

2011-11-16 12:51:49 | Tyndallナノ
エッセイ化学論「化学を創ってゆく道すじ」(立花太郎)の中に、『原典への興味』がある。

最近の科学における情報の氾濫と進歩の速さは、われわれ研究者をいたずらに一種の焦燥感へかりたてるばかりである。
こういうときには、いっそうのこと、今日の自分の専門分野の源流となった比較的近い過去の文献・・・・・原典ともいえよう・・・・に目を移してみるのも、なかなか楽しいものである。

私自身は、かって界面化学の原典と目されているラングミュア(I.Langmuir)の有名な論文「固体および液体の構造と基本的な性質」(The Constitution and Fundamental Properties of Solids and Liquids、1916and1917)を読み通したときの感銘を今も忘れることができない。

                この論文は原著者がたまたまブラッグ(W.H.Bragg)のcrystal structure結晶構造に関する講演をきいて強く打たれるところから始まっている。
彼はそれを契機に凝相における原子間力の考察に入ってゆく。そして、それを基礎に金属・気体間の反応に関する実験結果を解析して固体表面の吸着単分子膜の存在に気づき、ついに二次元の物質世界を発見するに至る。

みごとな洞察力と的確な実験資材を駆使して上記の研究の発展過程を詳細に記したこの論文は、いかなる教科書、解説書よりも科学というものの興味を語りつくして余す所がない。おそらく、それぞれの専門分野にもこのような原典を見いだすことができるであろう。


               Albert Einstein, Paul Ehrenfest, Paul Langevin, Heike Kamerlingh Onnes et Pierre Weiss chez Kamerlingh Onnes à Leyde au Pays-Bas

そのことで思い出されるのは、今世紀前半に活躍したフランスの物理学者Paul Langevinランジュバン)が学生時代の経験として述べていることである。

彼が高等師範学校(L.Ecole nomale superieure)の1学生であったころ(1894~1897)、授業科目の1つとして過酸化水素の講義を大勢の人前でしなければならなくなった。さいわい良い教科書があったので、この物質の性質をよく予習することができた。
              しかし、彼はこの物質を発見したLouis Jacques Thénard テナールの文献に直接当たってみようという気になった。そしてこの約1世紀前(1818)に書かれた論文の中に、テナールが過酸化水素を発見するまでの過程と酸化の機構に関する卓抜な考察を見出した。


そして彼は教科書のみでは知りえなかった科学の形成されてゆく姿に、あらためて限りない興味をおぼえたという。

科学は教科書に書かれているような固定した知識ではなく、たえず発展してゆく知識である。それを教えてくれるものが原典であるという事情は今日いささかも変わっていない。

現代科学の体系を形成する上に先導的な役割を果たした重要文献(原典)は、今日においてもなお科学者の魂をゆさぶる力をもっている。そこにわれわれは思想と事実とが互いにもつれあいながら、ついに1つに凝縮してゆく劇的場面を見ることができるからである。1974年


これで置いてよいのだが、もう少しだけ記しておこう。

「コロイドと顕微鏡」実験科学としての化学が発展してゆくためには二つの要因が必要である。
その一つは化学の新しい展開を誘導してゆく基礎概念の導入であり、もう一つは適切な実験手段の適用である。略

1903年 ジグモンジー(R.A.Zsigmondy)、ジーデントップ(H.Siedentopf)・・・・限外顕微鏡の開発とそれによるコロイド粒子の存在とブラウン運動の実証。
1908年 ペラン(J.B.Perrin)・・・・・分散粒子の沈降平衡における粒子分布およびブラウン運動の顕微鏡による観察とそれによるアヴォガドロ定数の算出。
1911年 スベドベリ(T.Svedberg)・・・金のゾルの濃度ゆらぎの限外顕微鏡による観察とそれによるアヴォガドロ定数の決定。
1925年 ゾッファー(H.Zocher)・・・・偏光顕微鏡によるタクトゾルの存在。
1928年 アブラムソン(H.A.Abramson)・・・・タンパク質溶液中でのガラス粒子の顕微鏡による電気泳動の観測。
1940年 ポリース(B.von Borries)、カウシェ(G.A.Kausche)・・・・最初の金コロイドの電気顕微鏡観察。



備考
 非等方性コロイド粒子が,流動によつて加えられる應力のために,一定の配向をとつて並列した集團をつくり,そとに一時的に-或る緩和時間をもつて-單軸結晶的構造がつくられるためと考えられている。長年月を經て,十分に老化したV2O5-ゾルにおいては,このような構造が“自由意志的”にできあがり,その構造をもつた部分が一つの相として他の部分から分離してくる現象もみとめられる。この相においては,緩和時間∞の流動複屈折がみとめられるのであつて,特に“タクトゾル”となづけられる。
「酸化バナジン・ゾルの老化に伴うコロイド結晶の生長について」玉蟲文一

タクトイドの形成を暗示する事実は,生物細胞の中においても観察される.細胞分裂に際して現われる"スピンドル",葉緑体の中の"グラナ"などは,その複屈折性あるいは光二色性からも1種のタクトイドであることが推定される.また,アミーバの内部にも複屈折性の部分がみとめられる.このような高次のコロイド構造が生物の機能といかに関連するものであるかは,十分に究明されるべき問題であろう.「化学と生物」Vol.7 , No.10(1969)pp.606-612
『生物レオロジーとコロイド化学』(玉虫 文一)







エレキテル 24

2011-11-15 19:08:22 | Tyndallナノ
What is a Colloid?Why are colloids so interesting and important? The answer is given by the following picture


  
Langmuirの吸着等温式その多様性に注意が必要




水面上の単分子膜の研究は、レイリー以後フランスの研究者たちにひきつがれた。その1人ドボーD.Devauxは、固形の油を単分子膜にするには、これをベンゼンのような揮発性の溶剤に溶かして、水面に滴下すればよいことを見つけた。

ドボーと同様な実験をしていたマースランA.Marcelinは、1924年、水面上の油膜に関する総説を書いた。

あのラングミュアは、かねてから固体表面上の気体の吸着について研究していたが、たまたまマースランの論文を読んで、水面の油膜の挙動に興味をもった。そしてこの方面には、すでにレイリーやポッケルスという先駆者の仕事のあることをはじめて知ったのである。

ラングミュアはこの実験の前に、固体が気体を吸着する現象を研究していた。そのさい、吸着力の本性は固体表面の原子と分子との間に一種の化学結合力であると仮定していた。

ラングミュアは、このような研究をしている間に水面上の油の単分子膜が固体面上の単分子吸着層とよく似ていることに気づいた。そしてこの場合の水と油の分子の間の結合力も、気体吸着の場合と同様、化学的な力によると考えた。

彼はまた油の1モルの体積をアボガドロ定数で割って分子1個の体積を求め、これを分子の断面積で割って、表面に垂直な方向の分子の長さを求めた。

さらに彼は、分子の長さを鎖に含まれた炭素数で割って、鎖のなかの隣接している炭素原子間の平均の垂直距離を求め、これをダイヤモンドにおける原子間距離0.154ナノメートルよりも小さいことを指摘している。
これから彼は、炭化水素鎖のなかの炭素は、ジグザグ形になっていると考えた。

ラングミュアは、このような「界面化学の諸発見と諸研究」によって1932年ノーベル化学賞を授けられたが、彼の研究の最も重要な結果は、特別な装置を用いることなく、ドボーの実験を追試したときにすでに得られたのである。そしてその実験の背景となった分子間力の問題は、ブラックの結晶構造解析の結果と、ウェルナーの二次原子価の理論から発展さたものであった。


多くの界面現象は、表面にわずかな単分子層の吸着があるだけで大きな影響を受ける。このさい分子の配向によって、表面に一定の原子団が並ぶ。ラングミュアの研究によって、界面活性剤の示すさまざまな現象・・・・泡立ち、油の乳化、洗浄、潤滑、ぬれ、微粒子の分散など・・・・は、すべて界面に吸着した配向単分子膜のなせるわざであることがわかったのである。
「化学の原典(7)界面化学」日本化学会編 


われわれは、単分子膜の研究過程がシェファの言葉通りであることを知るのである。
また単分子膜以外の研究、たとえば初期における気体のなかの金属線表面の化学反応の研究、あるいは晩年における水蒸気の凝結核と人工降雨の研究にしても、ガラス細工や簡単な道具を用いて行った段階ですでに結論を得ていた。
ラングミュアこそは、「糸と封蝋と紙バサミ」だけで偉大な発見をなしとげた最後の科学者であったのかもしれない。

『しゃぼん玉』その黒い膜の秘密 立花太郎 著初版発行日1975/11/22中央公論新社
家庭用洗剤でニュートンのしゃぼん玉の観察を再現し,膜の構造とそこに働く力の考察から,しゃぼん玉の短寿命の謎を推理し,さらに太陽電池を営む黒い膜の壮大な未来像を予見する。




化学吸着単分子膜
化学吸着膜は、従来の物理吸着膜と比較すると、薄さ・耐久性などでとても優れている.だから最近ではこの分野はとても注目されているんだ.


環境表面科学第9回小テスト吸着について自由に述べよ。

エレキテル 23

2011-11-14 07:17:53 | Tyndallナノ
黒竜江
アムール川の河口付近には既に、シュガーアイス、氷晶が漂っている頃であるが、それもまもなく大陸性の寒気団と共に、ケアラシを見せてグリースアイスが海を埋めつくすのも間もなくであろう。



オホーツク海の流氷の動き
アムール川およびシャンタール島周辺の流氷は、ともにサハリン湾の沿岸に流れ、ここで凍結し、沿岸定着として海明けまで動けないことがわかった。これでようやく流氷の使者説を打破することができたのである。
 さて、我が方の本命のサハリン・オホーツク海沖の流氷は、南下を続け、一つは、北海道沖を通過、設置から約1ヶ月後の2月15日、ついに、クナシリ島に漂着した。
 サハリンの南端を通過後、流氷域を脱したもう一つのブイは、エトロフ島北方で渦を巻きながら南東に流れ、ウルップ海峡を抜けて親潮の流れにのって千島列島沿いに北海道へ接近、えりも岬沖を通過して5月16日には白老付近に漂着した。



「雪と氷の事典」では雪氷圏と表現していたのが印象的であったのだが、そこではこの変わり者の水が様々な基準として定義づけに多用されているととき始められた。
1gの基準として使われる1ccとか、1calもまた同様に常識でもある。

この最も滑りやすい氷は、何にでもくっ付くというのも不思議に思えると、言われてみると正にその通りに思えてくる。
あの長野オリンピックの頃であったが、スピードスケートの記録が出せるようにと関係者が知恵を絞って氷筍、黒部渓谷のトンネルに毎年のように出来る巨大な氷の結晶、その0001面こそが、摩擦係数が26%も小さくなると言うのだ。
それを実現できたのは、1998年になってからのことであった。
その結果、従来から言われてきた“氷が溶けて潤滑作用を起こす”に対して、一石を投じる事となった。


さて、濡れWettingの問題へと眼を転じてみよう。

ここでは吸着、その動的或いは静的な事項、Josiah Willard Gibbsギブスなどを簡単にでも見ておかねばならない。


19世紀中葉、米国の大学は、科学に殆ど関心を示さず、古典に偏重していたから、ギブズの講義は、学生の興味を殆ど引かなかった。彼の業績に興味を持ったのは、他の科学者、特に、スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルだった。ギブズが論文を発表したのが、ヨーロッパでは余り読まれていない無名雑誌であったため、評価されるようになるのは遅く、ギブズの考えがヨーロッパで広く受け入れられたのは、論文がヴィルヘルム・オストヴァルトにより書籍の形でドイツ語訳され(1888年)、アンリ・ルシャトリエによりフランス語訳されて(1899年)からだった。


それが、Gibbs単分子膜の問題へと繋がるのだ。

両親媒性化合物の界面への吸着挙動は界面科学の重要な課題の一つである。両親媒性化合物の単分子膜はさまざまな表面・界面で形成されるが,気水界面の単分子膜は最も基本的な界面の一つである。気水界面の単分子膜には展開単分子膜と吸着単分子膜がある。


接触角

板に水滴を垂らしたとき、板の上を拡張してぬらす場合(拡張ぬれ)とレンズ状液滴を形成する場合の二種類が考えられる。

   

固体(板)の界面張力をγS、水の表面張力をγL、界面張力をγL/Sとすると、板の上を拡張してぬらす場合は次の式で表すことができる。

 F = γS-(γL/S+γL) 0

Fは拡張係数と呼ぶ。もし拡張係数FがF<0なら、水滴は拡張してぬれずにレンズ状となる。

γL/SとγLの角度を接触角と呼び、このときの力の関係は次式(ヤングの式)で表される。 γS-γL/S = γLcosθ

また、接触角が0°<θ≦90°のときは浸漬ぬれ、90°<θのときは付着ぬれという。

   

界面の分子を観る。「水と空気の界面では、分子はその構造の違いによって、油やアルコールなど、あたかも異なる液体の中にいるかのような違った色を示していることが分かったのです。そしてそれは、どうも分子の構造によって分子の傾き方や浮き上がり方が違うために起こるようだ、ということが分かりました(図3)。