「いごっそう寅彦の教え」須藤靖
今回の東日本大震災ほど「天災は忘れた頃にやって来る」という有名な言葉を思い知らされたことはない。
寅彦本人が書いた文章のなかで、それにもっとも近い記述は以下であるとされている。
文明が進むほど天災による損害も累積する傾向があるという事実を十分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟そういう天災がきわめてまれにしか起こらないので、・・・
たとえばやや大きな地震があった場合に都市の水道やガスがだめになるというような事は、初めから明らかにわかっているが、また不思議に皆がいつでも忘れている事実である。
夕刊を見ながら私は断水の不平よりはむしろ修繕工事を不眠不休で監督しているいわゆる責任のある当局の人たちの心持ちを想像して、これも気の毒でたまらないような気もした。
私が断水の日に経験したいろいろな不便や不愉快の原因をだんだん探って行くと、どうしても今の日本における科学の応用の不徹底であり表面的であるという事に帰着して行くような気がする。このような障害の根を絶つためには、一般の世間が平素から科学知識の水準をずっと高めてニセ物と本物を鑑別する目を肥やしそして本物を尊重しニセ物を排斥するような風習を養うのがいちばん近道で有効ではないかと思ってみた。
今後いつかまたこの大規模地震が来たとする。そうして東京、横浜、沼津、静岡、浜松、名古屋、大阪、神戸、岡山、広島から福岡へんまで一度に襲われたら、その時はいったいわが日本の国はどういうことになるのであろう。そういうことがないとは何人も保証はできない。・・・
富士の噴火は近いところで1511、1560、1700から8、最後に1792年にあった。今後いつまた活動を始めるか、それとももう永久に休息するか、神様にもわかるまい。しかし16世紀にも18世紀にも活動したものが20世紀の千九百何十年かにまた活動を始めないと保証しうる学者もないであろう。
昔シナに妙な苦労性の男がいて、天が落ちてくると言ってたいそう心配し、とうとう神経衰弱にったとかいう話を聞いた。この話は事によるとちょうど自分のような人間の悪口をいうために作られてのかもしれない。この話をして笑う人の真意は、天が落ないというのではなくて、天は落ちるかもしれないが、しかし「いつ」かがわからないからというのであろう。
しかし「地震の現象」と「地震による災害」とは区別して考えなければならない。現象のほうは人間の力でどうにもならなくても「災害」のほうは注意次第でどんなにでも軽減されうる可能性があるのである。
多くの場合に、責任者に対する咎め立て、それに対する責任者の一応の弁解、ないしは引責というだけでその問題が完全に落着したような気がして、いちばんたいせつな物的調査による後難の軽減という題目が忘れらるのが通例のようである。これではまるで責任というものの概念がどこかへ迷子になってしまうようである。
著者の言葉も記しておこう。
我々のすぐ目の前にたちはだかっている未来に生かすべき「いごっそう」寅彦の教えは決して少なくない。
といっても高知県民以外の方々に「いごっそう」の意味を正確に理解していただくのは難しかろう。
「理屈っぽく、人と違うことをやりたがる頑固者」と評されることもある。しかし「当たり前とされていることでも一度は疑ってみる。みんなが言っているから、ではなく自分自身の頭で納得するまで信じない」と表現するほうがよりぴったりするような気がする。」とすれば、これ自身、実は立派な科学的態度であるように思えてくる。
寅彦は時流におもねることなく、独創的な研究を縦横無尽に展開した。ずっと後になって初めて、その先駆性が評価されたことのほうが多い。これらの事例については本書においても他の方々が様々な角度から紹介されている。・・・
今回の東日本大震災ほど「天災は忘れた頃にやって来る」という有名な言葉を思い知らされたことはない。
寅彦本人が書いた文章のなかで、それにもっとも近い記述は以下であるとされている。
文明が進むほど天災による損害も累積する傾向があるという事実を十分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟そういう天災がきわめてまれにしか起こらないので、・・・
たとえばやや大きな地震があった場合に都市の水道やガスがだめになるというような事は、初めから明らかにわかっているが、また不思議に皆がいつでも忘れている事実である。
夕刊を見ながら私は断水の不平よりはむしろ修繕工事を不眠不休で監督しているいわゆる責任のある当局の人たちの心持ちを想像して、これも気の毒でたまらないような気もした。
私が断水の日に経験したいろいろな不便や不愉快の原因をだんだん探って行くと、どうしても今の日本における科学の応用の不徹底であり表面的であるという事に帰着して行くような気がする。このような障害の根を絶つためには、一般の世間が平素から科学知識の水準をずっと高めてニセ物と本物を鑑別する目を肥やしそして本物を尊重しニセ物を排斥するような風習を養うのがいちばん近道で有効ではないかと思ってみた。
今後いつかまたこの大規模地震が来たとする。そうして東京、横浜、沼津、静岡、浜松、名古屋、大阪、神戸、岡山、広島から福岡へんまで一度に襲われたら、その時はいったいわが日本の国はどういうことになるのであろう。そういうことがないとは何人も保証はできない。・・・
富士の噴火は近いところで1511、1560、1700から8、最後に1792年にあった。今後いつまた活動を始めるか、それとももう永久に休息するか、神様にもわかるまい。しかし16世紀にも18世紀にも活動したものが20世紀の千九百何十年かにまた活動を始めないと保証しうる学者もないであろう。
昔シナに妙な苦労性の男がいて、天が落ちてくると言ってたいそう心配し、とうとう神経衰弱にったとかいう話を聞いた。この話は事によるとちょうど自分のような人間の悪口をいうために作られてのかもしれない。この話をして笑う人の真意は、天が落ないというのではなくて、天は落ちるかもしれないが、しかし「いつ」かがわからないからというのであろう。
しかし「地震の現象」と「地震による災害」とは区別して考えなければならない。現象のほうは人間の力でどうにもならなくても「災害」のほうは注意次第でどんなにでも軽減されうる可能性があるのである。
多くの場合に、責任者に対する咎め立て、それに対する責任者の一応の弁解、ないしは引責というだけでその問題が完全に落着したような気がして、いちばんたいせつな物的調査による後難の軽減という題目が忘れらるのが通例のようである。これではまるで責任というものの概念がどこかへ迷子になってしまうようである。
著者の言葉も記しておこう。
我々のすぐ目の前にたちはだかっている未来に生かすべき「いごっそう」寅彦の教えは決して少なくない。
といっても高知県民以外の方々に「いごっそう」の意味を正確に理解していただくのは難しかろう。
「理屈っぽく、人と違うことをやりたがる頑固者」と評されることもある。しかし「当たり前とされていることでも一度は疑ってみる。みんなが言っているから、ではなく自分自身の頭で納得するまで信じない」と表現するほうがよりぴったりするような気がする。」とすれば、これ自身、実は立派な科学的態度であるように思えてくる。
寅彦は時流におもねることなく、独創的な研究を縦横無尽に展開した。ずっと後になって初めて、その先駆性が評価されたことのほうが多い。これらの事例については本書においても他の方々が様々な角度から紹介されている。・・・