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夢十夜

2007-02-14 16:53:09 | 最近読んだ本
夢十夜が映画化されるという事で、改めて漱石の「夢十夜」を読んでみました。
以前読んだのは学生の頃だと思います。当時(も今同じですが)SFやファンタジーに入れ込んだ時期があって、その流れで読んでみました。一夜目の亡くなった恋人(?)を100年待つ話や、運慶が仁王像を彫っている話は覚えていましたが、まるっきり忘れていた話もありました。

実は、漱石はあまり読んでいません。「吾輩は猫である」と「坊っちゃん」それと「夢十夜」ぐらいだと思います。
高校の国語の教科書には「こころ」の一節が載っていました。ちょうどその頃、生とか死とか、そいうい話題がとても苦手になった時期がありました。自分自身の中で「生きる」という力が弱かったんですかね。そんな時期に「こころ」を読まされたものですから、話の展開にびくびくしていました。それが漱石に対するトラウマになってしまったのかもしれません。それ以来漱石は、なんだか作品に「死」の影が感じられてしまい、なかなか読む気になりませんでした。

「夢十夜」なんとも不思議な短編です。
文庫本の解説(平岡敏夫)によると、この作品は漱石を含めた明治文学のターニングポイントとなった作品だそうです。
「夢」と題していますが、要するに漱石の作り上げたイメージの世界。短編が10作という短い作品ですが、自然を写し取る文学から、強烈な虚構の世界を描く文学への転換期の作品なのではないでしょうか。

第一夜
先にも述べた、なくなった恋人(?)を100年待つ話です。夜明けに、白百合の芽が伸びて花が開くシーンがとても鮮明なイメージとして記憶されていました。大好きな作品です。

第二夜
悟りを開こうとする侍の話。暗い夜と赤い色の対比が、緊張感を醸し出します。が、この話は全く覚えていませんでした。第一夜の女性的なイメージと、第二夜の男性的なイメージの対比も見事だと思います。

第三夜
100年前の殺人の罪を背負って歩く話。暗く、恐ろしい景色の描写は、怪談のようでもあります。殺した相手が子どもとして生まれ変わり、最後に石地蔵となって咎の償いを強いているのですが、石地蔵になったことによって許しが得られたような気がします。

第四夜
前夜の石地蔵が、正体不明の爺さんになって現れたような作品。爺さんは最後に川に入って行方しれずとなってしまいます。「深くなる、夜になる、真直になる」と歌いながら川に入る様は、「ハーメルンの笛吹き」を連想します。

第五夜
古の戦に敗れ、捕虜として捕まった自分に会いに、裸馬に乗ってやってくる恋人。夜明け前にたどり着ければ会う事ができるのですが、アマノジャクの悪戯により、傷心し谷底に落ちてしまいます。
馬に乗って走ってくる様子が、遠野物語の中の一話とイメージが重なります。それでいながら、どこかヨーロッパの昔話のようでもあります。ヨーロッパ留学による影響でしょうか。

第六夜
運慶が護国寺の山門で仁王像を彫るお話。時空を超えた不思議な構成は、完全にSFです。「ついに明治の木にはとうてい仁王は埋(うま)っていないものだと悟った。それで運慶が今日(きょう)まで生きている理由もほぼ解った。」目の前にあるものをなぞるだけでは小説ではないという、漱石自身の小説観でしょうか。

第七夜
大洋を航海する船の上から、波間に身を投げた男の話。西洋風な船の中で、身の置き場の無い男は、ヨーロッパ留学時の漱石の分身でしょうか。

第八夜
床屋で髪を切りながら、鏡に映った外の世界を眺めている話。限られた視野に切り取られて現れる断片的な世界。そこに映し出されたものは、移り変わりゆく明治という社会か、漱石の頭の中に描き出される虚構の世界か。そういえば夢分析では髪を切る事は、無意識を整理する事とか。漱石の頭の中では、バラバラに現れる虚構のイメージを猛烈な勢いで整理していたのでしょうか。なにしろこの床屋、鏡が6枚もあり、理髪師は3-4人もいるのですから。

第九夜
戦に出たきり帰らない父親を待つ、若い母と幼い子。父親の無事を祈りお百度参りに向かう母親。夜の静けさが、心の不安をかき立てます。

第十夜
町内一の好男子の庄太郎が豚に襲われる話。水菓子屋の店先という日常から、豚の襲ってくる崖淵という非日常に一気に飛んでいきます。
底も見えないような深い影淵に庄太郎を追いつめる数万の豚の大群。庄太郎のステッキに打たれて、列を作って淵に落ちていく豚の描写。考えてみれば恐ろしい話なのですが、どことなくユーモラスな作品です。

漱石の写真を見ると、随分年を取っているように思います。が、実際は49歳で亡くなっています。38歳でホトトギスに「吾輩は猫である」を発表してから「明暗」まで、本当に短い時間に、素晴らしい作品を沢山残したものだと改めて驚きました。「夢十夜」は41歳の時に朝日新聞に連載されています。

青空文庫: 夢十夜




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