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「感謝しかない」という表現について

2021-10-22 | 日本語・言葉
 このごろ,よく耳にするようになり,気になっている日本語の表現に,良い意味で使用される「~しかない」というものがある.次に挙げるのは,先日,ある野球監督が,オリンピックの結果を振り返って,会見の場で述べた一節だ.

 「―――金メダルという最大の目標を達成できて,すべての方に感謝しかない.」

 もちろんこれはほんの一例であって,日ごろ,ほかにも「喜びしかない」「いい思い出しかない」などという言い回しを聞くことがある.では,これらがどうして引っかかるかというと,「~しかない」という文末はほんらい,「ほかに選択肢がない」とか,「不本意ながらそうする」というような,負のニュアンスを伴うものだからだ.思い付くままに例文を作ってみると,

・ケーキは残り一切れしかない.
・電車が来ないなら,歩いて帰るしかない.
・ここには,酔っ払いしかいない.

 などであり,ここではいずれも,話し手の残念さや不満を背景にして,「~しかない」が使用されている.その感覚で,上述の監督の発言を捉えると,「感謝以外に手だてがない」「ほかにどうしようもないので感謝しておく」という,何だかふてぶてしい意味にすらなってしまうのだ.
 これをもう少し標準的な日本語に直すとすれば,「感謝の言葉もない」,もしくは「感謝でいっぱいだ」ということになるだろう.後続の二つも,「喜びでいっぱいだ」「いい思い出ばかりだ」と言い換えれば,より自然である.

 もっとも,もとは悪い意味を持っていた言葉が,転じて良い意味で使われる,しかも良い意味をなお強調する用途で出現するケース自体は,さほど珍しくない.危険が迫っていることを表す「やばい」とか,つまらないことに執着するという意味の「こだわる」なんかも,違和感をねらって,「嬉しすぎてやばい」「コックがこだわり抜いた味」のように使ったのが,すっかり定着してしまった.
 新しい「~しかない」の用法が,同じ運命をたどるかは今のところ分からないが,当面のあいだは,その違和感に反発し,かつ楽しんでいようじゃないか.「いい思い出しかない」と言われたら,「それは残念だね」なんて,いちいちやり返しながら.


外部リンク:
野球日本代表稲葉監督 退任会見で涙「金メダル 感謝しかない」 - NHK NEWS WEB (2021.9.30)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210930/k10013284021000.html

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