本朝徒然噺

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南座・坂田藤十郎襲名披露興行(昼の部)

2005年12月24日 | 歌舞伎
京都旅行2日目。
この日もまた南座へ。坂田藤十郎襲名披露興行の「昼の部」を観るためです。
さすがに今度は3階席です……。

夜の部では、幕間にゆっくり場内を見ることができなかったので、今回は開演前にロビーをまわって、舞台写真を買ったり襲名記念グッズや展示品を見たりしました。

2階ロビーには、「紙衣(かみご)」が展示されていました。

紙衣
↑紙衣

「紙衣」というのは、紙で作った着物のことです。
歌舞伎では、みすぼらしい身なりを表す衣装として「紙衣」が用いられます。普通は、布の衣装に縫い取りで手紙の文字を表すことで「紙衣」を表現するのですが、今回の興行では、本物の「紙衣」が使われています。
最近は紙も進化していて、破れにくくゴワゴワ感の少ない、着心地のよいものができあがったそうです。とはいっても毎日舞台で使用するものですから、裏地には羽二重(絹)が使われて補強されているそうです。

「紙衣」は、初代坂田藤十郎が和事を演じる時に用いられていたそうです。初代藤十郎が後進に芸を継承する時には「紙衣譲り」という儀式が行われたそうで、紙衣はいわば「坂田藤十郎の代名詞」とも言えます。
新・坂田藤十郎丈は、初代藤十郎への憧れと敬意から、今回の興行で本物の紙衣を使用されたのだと思います。

紙衣を見て「紙とは思えないほどよくできているなあ……」と感心しているうちに、いよいよ開演です。

1幕目は「女車引(おんなくるまひき)」。
「菅原伝授手習鑑」の一幕「車引」に出てくる三兄弟、松王丸、梅王丸、桜丸の女房を登場人物にした清元舞踊です。
荒事の「車引」とは対照的な、女形ならではのしっとりとした華やかな踊りが、襲名披露興行の幕開けに花を添えていました。


2幕目は「夕霧名残の正月(ゆうぎりなごりのしょうがつ)」。
放蕩の末に勘当され、紙衣に身をやつした伊左衛門が、なじみの遊女・夕霧のもとを訪れると、夕霧が病気で亡くなってしまったことを知らされます。
悲しみにくれる伊左衛門のところへ、夕霧の幻が現れる……という、舞踊仕立てのお芝居です。

伊左衛門を演じるのは坂田藤十郎丈、夕霧を演じるのは中村雀右衛門丈。人間国宝どうしの競演です。
「夕霧名残の正月」は、初代坂田藤十郎の当たり狂言だったそうです。そのため、今回の襲名披露の演目にも選ばれたようですが、初代の演じた台本が残っていなかったことから、地唄「由縁の月(ゆかりのつき)」などをもとに新たに書き起こされ、新・藤十郎丈によってこのたび復活上演されました。
「つっころばし」と言われるひよわな色男の役を演じる新・藤十郎丈は、本当にきれいです。雀右衛門丈演じる夕霧のはかなげな美しさと見事に調和し、ほうっと息をついてしまうような、幻想的な世界が創り出されていました。

幻となって伊左衛門の前に現れた夕霧が消えて行った後、店の主人・三郎兵衛と女将・おふさが出てきます。
三郎兵衛を演じるのは片岡我當丈、おふさを演じるのは片岡秀太郎丈です。
三人の会話の後、おふさ役の演じる秀太郎丈が「あ、おめでたいといえば若旦那、襲名のお祝いが」と話を切り出し、劇中で襲名披露の口上が述べられます。
裃をつけての正式な口上とはひと味ちがった、ユーモアの交えられた楽しい口上でした。
我當丈と秀太郎丈は、藤十郎丈と常日頃から共演されているので、息もぴったりと合っていました。


3幕目は「義経腰越状 五斗三番叟」。
中村吉右衛門丈演じる五斗兵衛(ごとびょうえ)が、大酒を飲まされて酔っ払い「三番叟」を踊り出すという内容ですが、この「三番叟」がとても面白いのです。
「三番叟」はご存じのとおりご祝儀舞踊ですが、酔っぱらっての座興という設定ですから、着ている裃の肩衣を素襖に、煙草入れを烏帽子に見立てた格好で踊るのです。
周りを取り囲む奴たちを、紙相撲や奴凧に見立ててあしらいながら軽快に踊る様子は、とにかく「楽しい」の一言に尽きます。
最後は、奴たちに馬乗りになって、五斗兵衛が堂々と花道を入っていきます。

前半は、主君を裏切って窮地で追い込もうと企む錦戸太郎と伊達次郎の会話で、緊張感の漂う雰囲気。
中盤は、太郎と次郎にそそのかされて酒を飲み、しだいに酔っぱらっていく五斗兵衛のコミカルな演技。
後半は、奴たちを相手に軽快に踊る五斗兵衛。
場面展開が見事で、見終わった後爽快な気分になるお芝居だと思います。派手なお芝居ではないけれど、楽しくて見どころ満載で、好きな演目の一つです。
ただ、これを見る時は必ずと言っていいほど、前半から中盤にかけて眠くなってしまいます……。私だけでしょうか……?
錦戸太郎役の中村歌六丈も、伊達次郎役の中村歌昇丈も、とても形がよくてきっちりとした演技で素晴らしかったのに……。しだいに酔っぱらっていく五斗兵衛も絶妙だったのに……。


4幕目は「文屋(ぶんや)」「京人形」の舞踊2本立てです。
「文屋」を踊るのは片岡仁左衛門丈、「京人形」を踊るのは尾上菊五郎丈と尾上菊之助さんです。

仁左衛門丈は、女官たちを相手にしたコミカルな演技をしつつ、品格のある美しい踊りを披露していました。さすがの貫禄です。

「京人形」も、菊五郎・菊之助親子の息がぴったりと合っていて、とても素晴らしかったです。菊五郎親方は、やっぱりいつ見ても形がいいなあ……。
菊之助さんはとにかくきれいです。客席のあちこちから「きれいやなあ……」という声があがっていました。人形の動きも実によくできていて、すばらしい踊りだったと思います。


昼の部のおしまいは「曽根崎心中」。
新・坂田藤十郎丈が若いころ(中村扇雀時代)に遊女・お初の役を演じて大当たりし、以来、52年にわたって演じられてきました。
最近では海外公演もされており、世界各国で好評を博しているようです。
藤十郎丈のお初、中村翫雀丈の徳兵衛のコンビもすっかり定着した感があります。

平成11年4月に歌舞伎座で「曽根崎心中」が上演された時、私は連日のように一幕見席で見物しました。
今ほど「一幕見席」が注目されておらず、並ばなくても入ることができていたころです。
そんな時に、浄瑠璃や台詞を覚えてしまうくらい何度も一幕見をしました。それほど印象的なお芝居だったのです。

歌舞伎座の一幕見席というのは、3階席のさらに上にあります。天井に手が届きそうなほど高いところから見下ろすので、当然、舞台は小さく見えます。
1階席だと肌で感じるような「気」を、一幕見席では感じ取れないことが多いのも事実です。
しかし「曽根崎心中」は違っていました。
あんなに遠くから観ているのに、舞台の「気」がひしひしと伝わってくるのです。
一幕見席で観てそれほどまでに印象に残ったお芝居というのは、私の知っているなかでは藤十郎(当時・鴈治郎)丈の「曽根崎心中」をおいてほかにありませんでした。

その時のイメージが強かったからでしょうか、南座の襲名披露での「曽根崎心中」は、やや印象が違って見えてしまいました。
藤十郎丈の、お初という役に対する思い入れが強いためでしょうか、いささか力が入りすぎてしまっていたような感じです。その結果、徳兵衛役の翫雀さんとの間(ま)や、芝居全体のバランスがくずれてしまっていた気がして少し残念でした。
歌舞伎座での襲名披露興行の時にはその辺りがうまく調整できているといいな……と思います。


何はともあれ、昼の部も盛りだくさんの内容でとても見ごたえがありました。
がんばって京都へ足を運んでよかったです。

終演後、ロビーで藤十郎丈の奥様・扇千景さんが、観客を丁寧に見送っておられました。ご自身も多忙の身なのに、えらいなあ……と思いました。着物も、観客に礼を尽くすものをお召しになっていて、さすがだなあ……という感じでした。とても素敵なお着物姿でした。


<本日のキモノ>

濃紺の鮫小紋に星梅鉢の名古屋帯

3階席は狭いため座席の出入りの際に着物が擦れてしまう可能性もあるので、汚れの目立たない濃紺の鮫小紋にしました。
帯は前日と同じ、星梅鉢文様の名古屋帯です。帯締めや帯揚げなどの小物も同じです。
帯が同じでも、着物を変えるとずいぶん違ったイメージになりました。