本朝徒然噺

着物・古典芸能・京都・東京下町・タイガース好きの雑話 ※当ブログに掲載の記事や写真の無断転載はご遠慮ください。

自由軒本店の名物カレー

2005年10月21日 | つれづれ
露の五郎兵衛襲名披露落語会の前に、「名物カレー」で有名な「自由軒」の本店へ行きました。

関東に出店されていた自由軒には時々行っていたのですが、大阪の自由軒に行ったのは、ものすごくひさしぶりです。

道順を思い出しながらたどり着くと……あったあった、ありました、レトロな雰囲気の看板が出ているお店が!(冒頭写真)

お昼をだいぶ過ぎた時間だったので、幸い、店内は空いています。
店内は、昔ながらの「大衆食堂」的な雰囲気です(でも、歴史あるりっぱな「洋食屋さん」なのですよ)。そこへキモノ姿の私が入っていくと、お店のおばさんが、出入りしやすそうな席に案内してくださいました。

メニューを見ながら注文品を検討。
名物カレーは絶対はずせないとして、ほかの「洋食メニュー」も捨てがたいなあ……ということで、ハムサラダとエビフライも注文し、同行の友人と取り分けることにしました。

ハムサラダには、最初からスライスされて売られているハムではなく、固まりからカットしたものが使用されています。なので厚みもうまみもたっぷりです。
エビフライは、外はサクサク、中はプリプリ。ウマ~イ!

そしていよいよ、「名物インディアンカレー」の登場です。
出てきたカレーを見てみると、関東にあるお店で食べたものとは微妙に異なる感じが。
まず、量。こちらのほうがボリュームがあります。
それに、関東のお店では挽き肉だけが入っていましたが、こちらでは挽き肉のほかにバラ肉も入っています。
ルーの色も微妙に異なる感じです。
食べてみると、こちらのほうがマイルドな感じがしました。

うむむ、お店が変わるとこんなに違うものなのかあ……と思いながら、ふとテーブルに置かれていた支店の案内を見ると、そこには驚愕の事実が……。
「同名他店やレトルト商品とは、関係がありません」。
なんばの「自由軒」が直営する支店は、どうやら、大阪市内に数店あるのみらしいのです。
たしかに、レトルトのお土産を作っていて関東にも出店している「自由軒」は、「せんば自由軒」と称していました。
ずっと「本店はなんばにあるのに、何で『せんば自由軒』なんだろう」と疑問に思っていたのです。
その疑問がここで解けようとは……。
やはり、現場へ足を運んでみるのが一番。

流通が発達した現代では、地方の名物を東京でも手に入れることが比較的容易になりました。しかしそれでもやはり、旅に出たら現地で食べたり買ったりすることが大事なのだと、あらためて思いました。それが旅の醍醐味でもあるのだと思います。

「せんば自由軒」のも、それはそれでおいしいので、まったく別の物と考えてこれからも時々食べようとは思います。
でも、これからは大阪へ出向く機会があったら、ちゃんと「自由軒本店」の名物カレーも食べようと思います。



二世露の五郎兵衛襲名披露

2005年10月21日 | 落語
10月21日~23日、またまた大阪・京都へ行ってきました……。

今回の旅の第一の目的は、「露の五郎改め二世露の五郎兵衛襲名披露」の落語会へ行くことです。
露の五郎師匠は、上方落語協会の前会長であり、芝居噺から怪談噺、艶噺まで幅広いレパートリーを持つ、上方落語界の大御所。
その五郎師匠が、上方落語における大名跡「露の五郎兵衛」を襲名すると発表されてから約半年、その襲名披露落語会が大阪・ワッハ上方ホールで行われました。

初代の露の五郎兵衛は、「上方落語の祖」と言っても過言ではない人です。この人が行った辻説法が、上方落語に発展していったのだと言われています。
それほど大きな名前だった「露の五郎兵衛」ですが、初代(江戸時代)以来、その名跡を継ぐ人はいませんでした。
しかしこのたび、五郎師匠がその名前を初めて襲名することになったのです。
五郎師匠はこれまで、芸道の精進や上方落語の研究はもちろん、東京の寄席にも出演して上方落語の普及や東西交流を図るなど、大きな功績を残してこられました。
そんな五郎師匠が露の五郎兵衛を襲名するのは、自然の流れだったのかもしれません。

9月に「彦八まつり」を見に行った際、襲名披露落語会のことを知りました。東京でも開催される予定があるのかどうかを尋ねてみると、今のところその予定はないとのこと。これはもう、有休をとって大阪まで聴きに来るしかない!と思い、さっそくチケットを購入。あと少しで完売というところで、運良く購入することができました。

待ちに待った当日。
落語会は夕方からでしたが、朝の新幹線でいったん京都へ向かいました。ホテルに荷物を預けてから祇園の某喫茶店でひと休みしていると、お稽古帰りの舞妓さんが入ってきて、隣のテーブルに座りました。ちょっと得した気分でした。

その後、京阪電車に乗って大阪へ。
まだだいぶ時間があったので、「すし萬」や「自由軒」に寄った後、ワッハ上方へ向かいました。演芸資料館を見て時間をつぶしているうちに、ほどよい時刻になったのでホールへ行くと、開場前から多くの人が集まっていました。

場内満員のなか、いよいよ開演。
出演者は、五郎師匠門下から露の新治師匠、露の団四郎師匠、そしてゲストとして桂米朝師匠、桂春團治師匠という、豪華な顔ぶれです。
新治師匠、団四郎師匠、春團治師匠、米朝師匠の噺の後、中入り(休憩時間)。
4人ともとても楽しかったのですが、前日の夜1時間くらいしか寝ていなかったので、途中で眠くなってしまいました。「これはイカン!」と思い、中入りの間にブラックの缶コーヒーを一気飲み。それが効いたのか、中入り後はバッチリ覚醒していました(笑)。
中入り後、まずは「襲名披露口上」。春團治師匠、米朝師匠、そして新・露の五郎兵衛師匠が黒紋付に袴で居並ぶ様子は、圧巻でした。

口上の後、いよいよ二世露の五郎兵衛師匠の登場です。得意の「浮世床」を披露してくださいました。「浮世床」は江戸時代に式亭三馬によって作られた滑稽話ですが、現在でもよく演じられます。軽い噺のように聴こえるのですが、実は登場人物の演じ分けがなかなか難しい噺だと思います。五郎師匠改め二世五郎兵衛師匠は、細やかな人物描写で丁寧に演じていました。
米朝師匠も春團治師匠もそうですが、軽い噺を聴いていても飽きることがありません。きっと3人とも、噺の世界を大切にして丁寧に演じているのだろうなあ……と思います。

襲名を機に、また新たなことにチャレンジしていきたいと意欲を見せる五郎兵衛師匠。これからもご活躍を楽しみにしています。


<本日のキモノ>

無地紬に松の柄の織り名古屋帯

朝から着物を着て、新幹線に乗りました。
そのため、動きやすくシワになりにくいものがいいと思い、紬にしました。
襲名披露落語会に行くので、無地の結城紬に、松の柄の織り名古屋帯を合わせて、少しあらたまった感じにしました。
帯留は、紅葉です。黄色い部分がある紅葉なので、紅葉シーズンの直前から、紅葉が始まったばかりの頃までの間に向いています。