良い子、悪い子、こまりん子

幼児教育20余年。多くの子ども達を育て、ママ達の悩みに耳を傾けてきました。辛口アドバイスも含め、子育ママ達にエールを!

子ども自慢、家族自慢にご注意!

2012-11-01 10:31:07 | こまりん子、こまりんパパママ
  我が子を胸に抱いた時の感動、喜びを忘れることはできません。
 生まれてきてくれてありがとう。

 本当にそうですね
 私自身も二人の子どもの母親です。すでに、すっかり社会人になった我が子であり、彼らが生まれた時・・・などは、もう遥か彼方の「古(いにしえ)」の出来事です。
 にも関わらず、やはり、二人が生まれた時のこと、本当に小さくて、壊れそうだった頃のことなど、不思議に鮮明に頭に出てきて、その時の空気、匂い、音までも、感じることができます
 それを思えば、我が子の誕生からまだ3年、5年、10年・・・そんなお父様、お母様にとっては、「我が子の誕生の日、誕生の瞬間」のことは、ついこの間のことのように思い出されることでしょう。 

 我が子の話をするのは、とても嬉しく、楽しいことです
けれど、現実の子育ての毎日では、ひっきりなしに文句を言い、教育的見地から?!いろいろな「指導」をして、一日に何度も「ため息」をついている・・・ママ友に会えば、お互いに我が子の愚痴をこぼし合い、共感して手を叩いて笑ったり、一層眉間にシワを寄せて語り合う・・・
 でも、思えばそれも、本当は「母親の至福の時間」の一部に過ぎません。
 本当に子育てに行き詰まり、親子関係で真剣に悩むような時期は、子ども達が小学校高学年以降のこと、というのが大半ですからね。

 先日、娘と話をしていて、こんな興味深い話を聞きました。
娘の大好きな先輩。一人はすでに一児の母で、現在子育てに奔走中のAさん。もう一人はバリバリと仕事をするキャリアウーマン。そろそろ部下もでき、こなす仕事には信頼が厚いBさん。
 娘がキャンプリーダーとして活動をしていた頃、この二人の先輩は娘の憧れであり、常に学ぶことの多かった多彩で優秀な方達でした
 私は中学や高校生だった娘から、6歳年上の彼女達の話をよく聞き、いかに彼女達が有能なキャンプリーダーで、人としても娘に多くの刺激を与えてくれる立派な女性であることを感じていました。

 娘は、久しぶりにBさんにお目にかかったそうです。
仕事の愚痴や悩みをたくさん聞いていただき、たくさんのアドバイスをもらった、と嬉しそうに話してくれました
 そんなBさんに、「Aさんはお元気ですか?私も長い間、Aさんにはご連絡を取りそびれて、失礼をしているのです。」と話したところ、Bさんは苦笑をしながら、こう話してくれたのだそうです。
 
 つい先日、久しぶりにAさんと電話で話をしたところ、30分間、ずっと子どもがかわいいという話しや子育ての愚痴をこぼし、最後には「あんぱんまんミュージアムはとっても楽しいところだったよ是非、Bも行ってみてよ」と言われ、正直、返す言葉が見つからなかった・・・と。

 私はこの話を聞き、言葉には上手く表現できない複雑な悲しさに襲われました
Aさんは、きっと昔、自分自身がキャンプリーダーとして小さな子ども達の相手をし、人気のリーダーだった頃の経験も活かし、一生懸命に子育てをしているのでしょう。地方出身のAさんは、近くに子どもをちょっと預けることのできる母親もおらず、まさに育児を楽しみながらも、孤軍奮闘しているに違いありません。
 久しぶりに話す大好きなB。心の許せる相手です。だからこそ、きっと深い考え、ましてや悪意など何もなく、自分の近況を話しただけだったでしょう。
 しかし、まったく別の世界で、完璧に異質の毎日を送っているAさんとBさん。
すでに、ともに泣き、ともに笑った頃の思い出話でしか共感しあえない相手になったことをBさんは感じたことと思います、少なくとも、現時点では・・・
 どこにあるかも知らない子ども向けの施設「あんぱんまんミュージアム」に行ってごらん、と言われて、「返す言葉が見つからない」Bさんは悲しかったでしょうし、さびしかったでしょうね。Aさんのことが、大好きだったから・・・

 時として、子を持つ親は大きな勘違いをします
かわいくて仕方のない我が子・・・時には怪獣になって、母親を大混乱させる我が子だとしても、何ものにも代え難い存在の愛しい我が子と暮らしていると、すっかり感覚が麻痺してしまい、常に「母としての目線」でしか物事を考えられないようになります

 我が子の話をする・・・ 我が子の写真を見せる・・・ 我が子だけが映ったポストカードを送る・・・
 世の中には、「母となること」とは違うことに、人生の意義を見出し、日々を過ごしている人もいます。
また、我が子が欲しい!と強く願いながらも、残念ながら、子どもに恵まれない夫婦もたくさんいます。中にはまさに今、夫婦で辛く、長い不妊治療をされているご夫婦もあるでしょう。
 
 子どもはかわいいですね
私は、教室の子ども達を抱きしめながら、ときどき、我が子が幼かった頃のことを思い出すこともあります

 母と母、親と親に通じる共通語や世界観は確かにあります。
でも、それが世の中全体に通じるものだと勘違いしてしまう自分がいる、ということを自覚しませんか?そして、そういう自分を戒め、本当の意味での優しい人、人を思える人になれればいいな・・・と思います

 
 新しいブログのご紹介

 5月から、新しい「子育て」ブログが始まっています! 
 その名も「親子の関係 いろはにほへと」
 毎日、一生懸命に子育てをしていても、なかなか思うようにいかない・・・親子関係ってむずかしい・・・そんなふうに感じているママはたーくさん。
 月に3度、アップするブログには、「子どもとの接し方」「家庭教育のあり方」「しつけ」等、身近なことから、子育てのヒントをご紹介します!



母国語を大切にする

2012-10-28 11:39:08 | こまりん子、こまりんパパママ
 私達が普段使っている母国語である「日本語」。
その当たり前に使っている・・・話せて当然、と思っている日本語・・・その日本語で「たくさんの言葉」をあやつれるようになるといいですね、というお話です

 じつは、こんなお話があります。
入社2年目のA君。やる気もあり、真面目で、とても好感の持てる青年です そのA君、普段はなかなかお目にかかれない、会社の役員との会食の機会に恵まれました。A君も、A君の直属の上司も、大変喜び
 A君は、滅多にない機会を良い時間にしたい と強く望み、A君の上司は、将来を嘱望される立派な部下をアピールする良いチャンスだと嬉しく思っていました。

 いよいよ会食の日。いつも以上に装いにも気を配り、準備万端。
緊張しながらも、和やかな雰囲気の中で食事は進み、デザートの時間になって、ゆっくりと役員とA君が直接、話す機会がやってきました。
 その役員は、外国語も堪能で、育ちもよく、しっかりとした教育を受けてこられた、ということを聞いているA君。言葉遣いにも気を付けよう、ときっと思っていたでしょうね。

 「A君はとてもがんばっているそうだねえ。どう、仕事は?」
 「はい、学ぶことばかりです。」
 「そうだね、1年、2年は、いろいろと大変だよねえ。社会人となれば、学生の頃と違い、業務以外のことでもたくさん学ぶことはあるからねえ。ところで、A君は大学では何を専攻していたのかな?」
 「はい、一応、経済学を勉強していました。」
 「?そう、一応、経済学をね・・・」

 急に不穏な空気になり、役員の最後の言葉を境に、会話が弾まなくなったことに、残念ながら緊張の中のA君は気づきませんでした

 私は、A君の言葉の意味が理解できる気がします。
彼は、本当はきっとこう言いたかったのだと思います。
 「はい、経済学を勉強しました。しなしながら、しっかりと勉強できたか、となると、大変恥ずかしいことですが、何とも疑問です。」というふうに。
 A君が敢えて付け足した「一応」には、そんな意味があったのだと思いました。

 けれど、役員の耳には、この「一応」は甚だ耳障りな言葉で、本来の「一応」の意味である、「とりあえず、ひととおり」と受け取られ、A君の学びへの姿勢の不誠実さ、不真面目さとして、感じてしまわれたのでしょう。

 世間では、「話しの上手い人」「口下手な人」という言い方があります。確かに、私などは「話しの上手い人」と分類されるでしょう。
 しかし、話しが上手いと言われる人でも、その会話の中に心のこもらないものを感じさせたとしたら?単に話しが上手なだけで、そこに何か深みのなさを感じてしまわれるような言葉であれば、たとえ話しが上手でも、人としては上等とは言えませんね
 また、口下手な人と言われる人で、会話が流れるようにはいかなくても、そこに人間味があり、あたたかさがあれば、その人の人柄は評価され、愛される人となるに違いありません

 A君と役員の会話。
緊張や、何や、いろいろな要素はありますが、やっぱり、話の上手下手ではなく、A君にもっとたくさんのボキャブラリーがあれば・・・

 今では頻繁に使われ、多種な意味を含む「一応」ではありますが、役員の年齢や、対役員との会話、というシチュエーションで、A君が思わず口にしてしまったのは、やはり、日頃から使いこなす語彙に広がりと深さがなかったから、とも言えるでしょう

 国際化の進む中、外国語の習得は必須と思われていますし、実際にこの社会の中で、外国語を堪能に操れることは、社会人としては大きな武器になりますし、人としての豊かさになることは間違いありません
 でも、やっぱり、母国語である日本語の重要性を認識し、しっかりと習得していく中で語彙や表現力を磨いていくこと・・・これは、とてもとても大事なこと、です 母国語の幅が狭ければ、外国語の幅は、もっともっと狭くなる・・・

 A君が、やる気もあり、真面目で、とても好感の持てる立派な青年であるからこそ、残念ですよね
 きっと、A君のような若者が増えているはず、です。その責任の一端は、母国語の大切さを認識していない親にもあるのではないか、と常々感じている私です


娘の優しい言葉

2012-09-23 10:30:29 | つぶやき
私は寝坊をしてしまいました
本来ならば、6時に起きて、娘のお弁当を作るはずが、ハッと目が覚めたら7時。カチャリと音がして、娘の部屋のドアが開き、すでに洗面所に入っていく音が聞こえました。私の耳元には携帯電話。アラームを無意識で止めてしまったようです。
 ああ、20代の娘じゃあるまいし、アラームを止め、寝過ごしてしまうなんて・・・なんて失態だ、と頭を掻き毟りたくなりました
 娘は先週から大きな商談が始まり、外に食事にいく時間も、何かを買いに出る時間もないから、お弁当は大助かりと話していたところなのに・・・

 社会人になった娘に、お弁当を作ってやるなんて、何と過保護なと言われる方もいます。でも、私は、娘が中学、高校生の頃の「義務だったお弁当づくり」ではなく、社会人となり、一生懸命に自分の人生を生きている娘だからこそ、ひとつのエールとして、お弁当づくりをかって出たのでした

 私は急いで洗面所に行き、鏡に向かって歯を磨いていた娘に声をかけました。
 「Mちゃん、ごめん ママ、寝過ごしちゃった 今、あなたの部屋のドアが開く音で目が覚めたのよ。最低 だから、お弁当、作ってないのよ。」と。すると娘は、鏡を通して私を見て、笑顔でこう言いました。
  「よく寝られたんだね。良かった良かった 疲れてるんだよー。睡眠、大事だもん お弁当、気にしないで。ちょっと前までは、食べに出たり、何か買ったりしてお昼を済ませてたんだもん。少しでもママが長く寝られて良かった
 私は、すっかり大人になり、心優しい女性に成長してくれた娘を感じ・・・言葉が出ませんでした。

  「ほんと、ママは最低だわー・・・」と、何度も私は独り言を言いながら、リビングに戻りました。
  「ママー、ジュース、お願いしますー」と娘の明るい声。
 昨夜、娘の部屋の電気が消えたのは1時過ぎ、でした。忙しいながらも、今朝は気持ちよく目覚めたんだなあ・・・と安心しつつ、毎朝、娘が飲んで出かけて行く豆乳バナナジュースを作りました。
 ぐるぐる回るジューサーの中を眺めながら、たくさんのことが思い出されました

 15分後に、娘は元気に出かけていきました。私はいつものようにベランダに出て、マンションの中庭を見て待っていると、娘が現れました。そこで手を振っているのは24歳になった娘。ときどき、遅い夕食を食べながら、私を相手に一生懸命、最近の仕事の苦労話を聞かせてくれる娘・・・です。お制服にランドセル姿で手を振っていた娘から、何年の月日が経ったのでしょうか。

 私は、娘にとっては、決して良い母親ではありませんでした。
昨年、私が雑誌の「人間ドキュメント」という特集に取り上げられた時、編集者は取材ということで、息子と娘、双方にインタビューをされました 取材はそれぞれ、別の場所、別の日時だったにも関わらず、その時、二人が「どんなお母さんですか?」の問いに対し、最初に言った言葉が「母は、非常に愛情深い人です」という言葉だったそうです。
 二人はすでに大人ですから・・・この言葉には、額面通りの大きな愛情と、そして、その裏には少しの「皮肉」も込められていることを、私は理解しています

 いろいろな機会に話したり、書いたりしていますが、3年前、息子が急な心臓病を患い、奇跡的に命を助けていただいて以来、私の物事に対する考え方、捉え方、感じ方・・・大きく言えば、私の人生観、価値観、そのものが大きくかわりました。
 「生きていることはすばらしい。人は、大きな力によって生かされている。もし、生き物に輪廻があったとしても、自分自身で意識をしている「今」はたった一度きり。だからこそ、幸いも災いも、自分に降りかかることにはすべて意味があるからこそ感謝をして、一瞬一瞬を大事に生きること・・・」
 無理にそう考えようとしたのではなく、そういう思いが自然に私に宿り、私が生きている「意味」になりました。すると、すべてのものが愛しく、悲しいほどに美しく、大切になりました

 長い長い間、私は娘に多くを求め、私の考える理想像こそが「素晴らしい女性像である」と信じ、それを強要し、四角四面の理屈で話し、それが私の最大の愛情である、と勘違いをしてきました
 娘の一番多感な時期・・・反発、反抗しながらも、もっとも親の愛情を求め、愛情を必要としていた時期、彼女がどれほど寂しい気持ちで、母親に理解してもらえない辛さを耐えてきたことか・・・

 「よく寝られたんだね。良かった良かった 疲れてるんだよー。睡眠、大事だもん お弁当、気にしないで。ちょっと前までは、食べに出たり、何か買ったりしてお昼を済ませてたんだもん。少しでもママが長く寝られて良かった
 この娘の優しい言葉、こういう感じ方、捉え方・・・それは、私自身の「変化」の裏返しなのかもしれないな・・・そう思いました。

 4歳、5歳、6歳の子どもの「今」は、確実に24歳につながっています
私のような失敗は、ないほうが良いですよ。親子ともに、それは辛いことですから・・・


ふたたびのお弁当づくり

2012-06-17 18:24:17 | つぶやき
  娘は社会人、2年目。その娘のためのお弁当を作り始め、一種間が過ぎました。
いつもより少し早く起き、窓からベランダ越しに外を眺め、今日の一日の無事を祈り・・・そして、キッチンへ。私の心が、まっすぐ「娘」に向かっていることを、とても意識します

 息子とともに通わせた年少の幼稚園時代。あらためて年中から転園をして過ごした2年間。小学校、中学、高校・・・と、娘のお弁当作りは15年間続きました。
 特に小学校の6年間は、主人にはインドネシア駐在の期間があり、また同時に1年の3分の1におよぶ海外出張のあった時期で、家族の中でのお弁当の作り手は私一人だけ。どんなに私の体調が悪くても、気軽に他のママ友にお弁当作りをお願いするという環境ではなく、絶対に私が寝込んではいけないという緊張感がありました。そういう意味では、当時は、たかがお弁当、されどお弁当・・・でしたねえ
 そしていつしか、中高の時代になると、惰性のような気持ちも多く・・・正直、決して毎日、愛情を込めてお弁当作りをしていた、とは言えなかったのではなかったか?と思います

 でも、今あらためて制服姿の娘を思い出し、何とあの頃は娘は「幼かったのだろう」と思います。
たとえそれが15歳、18歳の娘であったとしても、まだまだ何事に対しても経験浅く、自分で確固とした判断も下せない・・・本人が意識してそれを欲していたかどうか、は別として、あの頃は親の庇護が必要不可欠な時代だったのだと思います
 それなのに、12,3歳から大学入学までの時期、特に母親と娘は(それは、父親と息子は、というふうに置き換えることも可能でしょう)なぜかもめることが多い時期で、時には反目しあい、口を利かなかったり、視線を合わせなかったり・・・
 そんな時のお弁当は、きっと手抜きの上に愛情がこもらず・・・おいしさのかけらもないお弁当だったに違いありません。

 今、あらためてそんなことが見えるようになり、もう二度と戻っては来ない時間に、情けない思いでいっぱいになります
 どんなに大人びた嫌味で親を愚弄しても、子どもは子ども。親は強者で子どもは弱者、でしたねえ・・・あの当時、愛情のこもらないお弁当の蓋を開け、砂を噛むような思いで食べたお弁当。いったい娘は、何度そんな思いで私のお弁当を食べたことでしょう。

 社会人2年目の娘。「倹約もしたいから、私、明日から会社にお弁当を持っていくことにするわ、ママ」と言ったのは先週のこと。親ばかではありますが、あんなに糸の切れた凧のような大学生生活を送っていた娘が、こんなに変身し、勉強熱心で働き者の社会人になるとは・・・そんな娘をうれしく眺めています
 彼女の会社には、冷蔵庫も電子レンジもあると言います。そして、雑貨を扱う会社であることから、夏にはオシャレな扇風機や空気清浄器、冬にはストーブや加湿器など、サンプルとして使う商品もオフィス内にたくさんあるのだそうです。
 そんなオシャレなオフィスの中で、パソコンを前にお弁当を広げる娘を想像し、ああ、本当に大きくなったものだ・・・と、胸が熱くなりました

 もちろん、自分でお弁当を作って出かけて行く心づもりだった娘ですが、私はさまざまな思いを込めて、お弁当作りをかって出ました
 「ごちそうさまでした」と、毎日お弁当箱を学校のカバンから出して、シンクの横に置いていた娘。あれから7年の年月が流れても、残業を終えて帰ってくる娘は、同じようにお弁当箱を出して自室に向かいます。でも今は、お弁当箱は会社できちんと洗われ、そこに置かれています。何か、嬉しいような、切ないような・・・
 
 今週は、時間を見つけて、娘用のお弁当箱とナプキンを買いに行こうか・・・なんて、考えている私です。今は間に合わせのお弁当箱と、私の大判のハンカチで包んだお弁当を持って出かけている娘。お箸だけは、高校の最後の時期に買った懐かしいもの。
 えんぴつ型のお箸を見つけて、思わず「きっと娘は喜ぶだろう」とウキウキと買い求めたものの、受験勉強しか頭の中にはなく、いつも疲労困憊していた当時の娘は、さほどそのお箸にも興味を示してはくれませんでした
 そんなことを思い出しながら、愛情の押し売りをし、それに応えてくれない子ども達に一人でイライラしたり、一人で悲しんでいた母親であった私に苦笑します。

 そう言えば、わが子のお弁当作りが終わった時、私はブログを書いた気がする・・・そう思い、古いブログを探しました。「学校生活、最後のお弁当」
あれから7年。私には幸いにも、娘の「ごちそうさまでした!」の声を聞ける日がやってきました 私はあの頃よりも、ずっとずっと愛情深く、その声に応えます。「今日もお疲れ様

 親子とは・・・本当に素敵なものです
その時期、その時期で、いろいろに変化する親子の関係。もし、今、親子の関係が難しい時期にあり、言いあいが絶えなかったとしても、今という「点」は明日につながり、その時間の点の連続は、ずっと先に続いていきます
 私は、娘との関係に悩み、苦労した、と感じていた母親の一人です。娘も私に対し、届かない思いや歯がゆい思いをして、何度も腹を立て、ベッドの中で悔し涙や悲しい涙を何度も流したに違いありません

 でも、すっかり社会人になった娘の毎日を見ていて、今となっては、娘とのどの時間もその尊く、すばらしいものはない・・・そう感じています



子どもの素顔を愛していますか?

2011-08-04 08:44:07 | すてきパパママにご提案
当然のことながら、「大人と同じように」子どもにはいろんなタイプの子どもがいるものです。

 たとえば。
  初対面から打ち解け、人懐っこくどんどんと話してくるタイプ・・・
  ニコニコはしていても、少し遠くから眺め、まわりの様子を観察し、自分がどのように接していこうか?と考えるようなタイプ・・・
  まったく無関心を装い、実際には全身を神経のようにして、何とかうまくその場に入っていく方法を考えているタイプ・・・
  完全に自分のまわりにバリアを張りめぐらし、まるで自分がそこにはいないがごとくしようとするタイプ・・・

 どの子が「良い子」なのか?なんて、まったくの愚問であることはご理解いただけるでしょう
 ただ、そこにあるのは「親として、我が子がどんなタイプの子どもであって欲しいか?」と考えているか?どのように振る舞う子を「親として良い子と定義づけているか?」ということだけ、です。
 もちろん、子どもながらもその場がどういう場であるかを理解し、最低限「~~な振る舞いはダメだろうなあ・・・」ということは理解してほしいとは思います

 いずれにしても子どもは、短いながらも2年、3年、4年と、両親の家庭教育のもと、それまでの人生を送り、その子の「人柄」が形成されているわけです。
 そして同時に、よほど特別な事情がない限り、父親と母親のDNAを受け継きこの世に誕生し、そのDNAが子どもの思考や行動の柱となっているのですね

 でも・・・
ついつい親は、子育てに一生懸命になればなるほど、そんな基本中の基本である「自分達のDNA」のことも忘れ、「自分達が毎日育ててきたこと」も忘れ、「どうしてあなたはどんな子なの?」と嘆いたり 悲しんだり 腹を立てたり するものなんですねえ・・・何て子どもってお気の毒なんでしょう・・・

 子どもが家庭内にとどまらず、保育園や幼稚園のように、親とは離れたところで過ごす時間が出来てくると、必ず、子どもには「親の知らない顔」が生まれます
 概ね、うちの子は良い子に育ったわと安心して過ごしていたら、ある時、先生に呼び止められ、ちょっぴりご注意、お小言を聞く・・・すると時々「え?・・・それって、うちのAですか?・・・まあ・・・我が家では、そんな乱暴な、粗野なことはしない(言わない)んですけれど・・・」と困惑されるようなことがあった・・・こんな話はよく聞くものです。
 それは、まさに「親の知らない顔」が、確かに子どもにはあるという実証例、ですね。決して、先生が人違いをしているわけでも、意図的にAちゃんママに意地悪をなさろうとしているわけではないでしょう

 もちろん、プラスの例もありますね。同じように先生に呼び止められ、おー、きたぞー、きっとうちのBは何かをしでかしたんだ・・・と覚悟を決めて先生のほうを振り返り、深々とお辞儀をすると・・・
「え?・・・それって、うちのBですか?・・・あれ、本当にBのこと、ですか?・・・我が家では、そんなにお利口なことしない(言わない)んですけれど・・・」と、狐につままれたような気分になる。それも「親の知らない顔」があった、ということに他なりません。

 まずは、親は「自分の知らない顔もある」という事実を、しっかりと認識をしなければなりません
 
 そして、大事なことは、「自分の知らない顔があった」「自分が気づかない顔を持っていた」という現実にショックを受け、悲しがったり、自分を責めたりせず、「ああ、うちの子も成長したんだなあ・・・なんてすばらしい・・・この子は、しっかりと育ってくれているんだわ」と思うこと、です

 幼い子どもを持つご両親、特にお母様は、「我が子を一番理解しているのは私だ!」と信じて疑いません。
 そういう強い思いが良いほうに働けば良いのですが、「私の知らない我が子の顔があるんだ」と知ったとたん、何となく、我が子に裏切られたような気がしてしまう・・・ そういうお母様は少なくはないものです。

 でも、そうじゃないんです
 そんなふうに思ってはいけません

 そして、私は我が子のことをすべてを知っていないといけない 我が子のことは、完璧に知っていることが母親の役目であり愛情だなどと誤解してはいけません。
 そんなことは不可能だし、我が子とは言えど、生まれたその瞬間から、やっぱり「違う時間」を持って生きているんですからね

 むしろ、子どもが「聞いて欲しい」と思っていることを、しっかり聞いてあげてください!
 「ねえ、ママ!あのね!」と話しかけた時、
 「ああ、もう今、ちょっと忙しいのよ、あとでね、あとで!」
などと一蹴してしまい、決して「あと」はやってこない・・・ それではあまりに子どもがかわいそうです。心当たりはありませんか?

 子どもの「素顔」を知り、子どもの「素顔」を認め、愛してあげましょうよ 隣の芝生は青い・・・ダメダメ ご自分の家の芝生だって、ステキな味のある色のはず、ですよ