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益田浩司のスポーツ三昧

日々スポーツと接する私。ランニング、ゴルフ、野球など とにかく、スポーツだーい好き。まさにスポーツ三昧

さて、リアホイールはどうする???の件

2015年06月03日 12時16分00秒 | トライアスロン
自転車のホイールで悩んでいる。

私はリアホイールを3つしか持っていない。

①自転車を購入した時のホイール(カンパニョーロ)

②にわかディープリムのホイール(ウォルバー)

③スリースポーク(MAVIC)

①は練習用。
②は③を入手するまでは決戦用として使っていた。
③は明らかに決戦用ホイール。

③のホイールに8スピードのスプロケットが装着できないのだ。滝川さんいわく、「MAVIC 3Gにセットアップできるシマノのリアハブがもうない。」よってスプロケットが装着できないのだ…これは困った。宮島トライアスロンレース当日、練習ホイールで走るっているのは大幅な時間のロスを生じさせてしまう。。どうしたものか・・・

そこで②の存在を思い出して、急遽、引っ張り出した。

20年前に出ていた、トライアスロンはほとんどすべて平坦コースなので39-21でも十分だった。ところが、宮島のトライアスロンはそうはいかない。ホイールのエアロ効果を引き出しつつ、軽いギアをセットすることでスピーディーも登坂できる。

もうだいぶ乗っていないのでどんなもんかさっぱりわからんのんだが、11-28のスプロケットが装着できると信じている。。

こんなことなら、MAVIC コスミック(リア)買っとくんだったわ。。

すね毛をそった脚を見ると。。。。の件

2015年06月02日 14時04分00秒 | トライアスロン
トライアスロンに出るときにはすね毛を剃るっていう儀式?を行う。

「それって空気抵抗を少なくするため?」と聞かれることがある。

ま、それもあるが、マッサージを受けやすくする(めったに受けないが)ため、転倒して擦過傷を負った時、治療しやすくするためとも言われる。いずれにせよ、すね毛を剃った脚を見るとトライアスロンの季節が来たなーと思っていたのはもう15年以上前の話。。。。

今年その時が来た。。トライアスロンの時期が来た。

すね毛を剃った、私の印象としては、脚が細く見える。体重が幾分?軽くなる。ということか・・

これからしばらくは、3~4日に一度お手入れをしなければならない。



ナンバーカードは583・・・の件

2015年06月01日 08時20分00秒 | トライアスロン
今日から早いもので6月。2週間後には宮島トライアスロンが廿日市一円で開催される。準備期間が2か月少々しかなかったもののとりあえずゴールはできるでしょう。。

水泳…ほとんど泳いでもいなかったが、トライアスロン出場が決まってから、週に2~3回ずつ泳いで、5/11には1500mが26’01”だった。あと2週間でちょっとは上積みがあるだろう。。

自転車…昨年11月に今中大介氏が可部小にやってくるというんで、20年以上前の自転車を引っ張り出したところ、いたるところに故障があり、新車を買うことも出来ず、メンテナンスをして乗っている。現在の主流は11スピードだが、8スピードというクラシックな自転車でどこまで対応できるか?何度か自転車コースは走ったのでレイアウトはほぼ頭に入った。しかし、山岳用スプロケットが決戦用ホイールにセットできなかったのでかなり不安が残る。

ランニング…本年2月の東京マラソンでネット3時間22分だったので、このタイムを維持できれば、水泳と自転車を練習すれば何とかトライアスロンに出ても形になるか・・という思いがあった。ただ、トライアスロンのランニングは水泳・自転車と2種目を終えてからのランニングだから普通のランニングとは全く違う。これまでに何度も経験済みなので承知しているが、とはいえ、もう15年以上前の話。。50歳になってダメージがどのような形で現れるか全くの未知数だ。自転車練習後には必ずランニングをしたが、宮島のコースは更にコースが過酷。。若い頃ならまだしも。。。

いったいどうなることか・・


今度こそ、自転車の整備完了・・・の件

2015年05月23日 01時49分40秒 | トライアスロン

これまで何度かトライアスロンに出場したが、ギアのことなどあんまり考えたことがなかった。ギアの歯数を気にするほどの山岳トライアスロンにでたこともなかったということやまだ若かったので力で登れていたということもあった。さらにいうと、今では自転車の駆動系の進歩が20年前とは比べ物にならないくらい著しく発展している。昔は7,8スピードだったところ、現在は10,11スピードが主流ということ。フリースプロケットのトップの歯数は11から始まりローは30や32がある。ほとんどMTBの歯数だ。私が決戦で使っている3スポークのローが23。これでは、宮島トライアスロンの最後の坂は快適には登れない。

ということで、ほとんど無理矢理にクランクとBB(ボトムブランケット)、カセットスプロケット、リアディレーラー、チェーンも完全に変えた。クランク:170.0 50×34 カセットスプロケット 11・13・15・17・19・21・24・28(だったとおもう)この組み合わせがよくあったもんだということとこのスプロケットが20年以上前のリアハブによくセットできたものだと驚きと喜んだ。

メンテナンスは滝川さんにお願いしているので安心。本当にお世話になりました。

そして本日試乗した。フロント、リアとも滑らかに動く。。さすが滝川さん。アウターロー、インナートップでは少々フロントディレーラーにチェーンがこすれる音がするが気にならない範囲だ。これで、あの激坂も登れる。。平地ではインナーローは前に進まない。。それほど軽いギア、坂だから使えるギアだ。

このギアがあるので坂道が楽しみだ。どんな調子で登坂できるか早く試してみたいもんだ。。


宮島トライアスロン 自転車コース下見・・・の件

2015年05月04日 16時43分30秒 | トライアスロン
去る4月19日に自転車コースの下見に出かけた。下りもあるが、最後に800m超の自転車コースのトライアスロンレースなど聞いたことがない。厳しく困難なコースであればあるほど、その大会に出場し、より速いタイムでゴールしたいというのがトライアスリートの心情だろう。

同業者のM氏に道案内をしてもらってコースを走る。このM氏なかなか走る。ついていけんかった。下見でわかったのは3か所の登りが特に重要ということ。①妹背の滝の登り。②浅原小学校の登り。③所山の登り。この3か所の登りをいかに登るかがこのトライアスロンレースの鍵となる。自転車の次にはランニングが待っている。所山の登りですべてを出し尽くすと次走れない。しかし私が思う一番のポイントはもみのき森林公園の登り下りにあると考えている。

とにかく、ランニング勝負。最後のランニングが勝負を分ける。そのために自転車はできるだけ楽に済ませたい。そのための下見だったのだ。大体レースコースはわかった。あとはどこで、どのギアを選択して登るかだけだ。。選択を間違えると、時間をロスし、脚に負担をかける。


ここからの登りが勝負を左右する。

あとは、機材を所山の斜度に合わせるだけだ。。

15年ぶり?トライアスロン出場・・・の件

2015年05月02日 03時01分35秒 | トライアスロン

約15年ぶりにトライアスロンレースに参加することになった。大会名は「みやじま国際パワートライアスロン大会2015」だ。なぜ国際?なのか由縁がわからない。何でも「国際」つければいいってもんじゃないと思うが・・外国人が一人でも参加するので「国際」というのならやめたほうがいい。

もうだいぶ前のことなのでどの大会を最後に出場したのかすら覚えていない。たぶんさぎしま?・・・

ということで、本登録用紙にも過去三年以内のトライアスロン出場の記録を出すことになっているが、私の場合、トライアスロン初参加並みの扱いとなる。当たり前だが・・申込書に書く欄があったので計算してみたら、今回が21回目のトライアスロンの大会となる模様。。

さて、この大会、広島県の廿日市市の厳島神社の大鳥居の下をスタートし、同市吉和ウッドワン美術館がゴールのワンウエイコース。下りもあるが、登り基調のコース設定。昔だったら我先にエントリーをしただろうがそんな気力も体力もなくなった。昨年50歳になり、2月の東京マラソンでタイムもなんとかなったので、エントリーをしてみた。6月14日開催ということなのでもうあとすでに大会まで1か月半。練習は1か月とちょっとしかできない。こんなことで果たして大丈夫なのか・・

完走はできるだろうが・・・

Moon Light Finisher・・・

2011年09月12日 13時29分51秒 | トライアスロン

 直訳すると「月光の下の完走者」とでもいうのか・・・毎年ハワイ島(BigIsland)で行われるアイアンマントライアスロンワールドチャンピオンシップの完走者に贈られる記念品が帽子だったそうだ。私の師匠のK師が20年くらい前に出た当時だから今は変わっているかもしれない。その帽子には2種類あって、1つは白い帽子、そしてもう1つは黒い帽子。。。その二つは一体何が違うのか???答えは・・・BigIslandの水平線に太陽が沈む前にゴールしたトライアスリートには白い帽子が贈られ、太陽が沈んだ後にゴールしたトライアスリートには黒い帽子が贈られる。。と言う話だった。もちろんK師は白い帽子だった。つまり、Sunshine Finisher と言うことだ。黒い帽子を贈られた完走者がMoon Light Finisher・・・だ。今でもこの完走賞は贈られているのだろうか??

 アイアンマントライアスロンワールドチャンピオンシップは例年「10月の満月に一番近い土曜日」に行われる。この大会の制限時間は17時間(たぶん)と長いため、夜遅くゴールする選手もたくさんいる。しかしながら、ランニングのコースはクィーンKといわれる街灯など全くない道路だ。ゆえに月明かりが一番ある満月に近い日に開催されるわけだ。太陽が沈んでもランニングを続ける選手は月明かりに照らされて、ひたすらゴールを目指す。真っ暗な中を諦めずにゴールをした後のご褒美が完走賞の帽子だ。

 Moon Light Finisher・・・とてもいい響きだ。先日夜走ったときにまさに月明かりに照らされて自分の影がはっきりと見えた。そのときにアイアンマンのことを不意に思い出したわけだ。過去1度ハワイのアイアンマン出場のために「アイアンマンジャパンinびわ湖」に出たことがある。1996年6月のことだ。トータル10時間38分で出場権を獲得できなかった。

Finisher

(アイアンマンジャパンの完走証) 

 一度はハワイに行ってみたいな~とおもったりするが、もうこの歳では無理か・・・

 今年の「10月の満月に一番近い土曜日」は8日だ・・・この日にアイアンマントライアスロンワールドチャンピオンシップが開催される。


8/30の中国新聞の社説を読んで・・・「三原・佐木島の鉄人レース」

2010年09月01日 00時25分17秒 | トライアスロン

 はっきり言って、この社説を書いた人(論説委員?)はトライアスロン、そしてスポーツ全体のことを知らないのだろう。。私はこの論説委員とはまるっきり反対意見を持っている。

 そもそも人口減に歯止めがかからないのに、トライアスロンの参加数を増やすって、運営する立場のことを考えたことあるの?スポンサーを募ったり、それがだめだったら参加費を値上げしたり問題は山積みだよ・・・中国新聞スポンサーになってくれるの?参加費が高い大会に誰が出場するか?島の人口が減っているのにだれが運営するのか?社説によれば島民の半数近くが携わっているという。その人数が減っているのにどうして負担がかかるような参加者を増やすことができるのか?昨年この大会で死者が出ているし、参加者を増やすというのは選手の安全面を考えても負担がかかるというのは容易に判断できると思うが・・・トライアスロンのスタート直後、水泳でのバトルは激しいものがある。このバトルに巻き込まれて大量の水を飲んでしまうとか、ゴーグルが外れるとか・・危険がいっぱいなのだ・・・参加者が増えれば増えるほどここの部分の監視を補強しなければならない。。運営サイドは参加者増は考えないでしょう。。トライアスロン大会の運営の質が低下しても良いんだったらかまわないんだろうけど・・・

 要するに私はさぎ島のトライアスロンの大会は現状どおりで全く問題がないと考えている。大会を存続させることに意味があるのであって、運営者サイドに負担がかかるようなことはできるだけしないほうが良いと思う。それがトライアスロン大会の継続のコツだろう。

 私は以前、広島県トライアスロン協会の理事をしていた。なので内部面のことを少々は知っている。選手として2回ほど出場したこともあるのでこの大会の雰囲気も論説委員よりは知っている(はず)。

 わたしはこれまで、いろんなトライアスロンの大会に出場してみて、この大会の大きな問題点は二つあるように思える。

 一つ目は佐木島内で出場全選手を受け入れることができる宿泊施設がない。

 二つ目は上記の理由でまともなカーボパーティができない。だから盛り上がらない。

 私はこれまで、愛媛県中島大会、香川県小豆島大会、広島大会に出場したがどれも、島内で全出場選手を収容できる宿泊先があった。故に出場選手が全員参加のカーボパーティが賑やかに開催できる。この部分が町おこしとか島おこしの一番の目的だったはずだ。島の人間・大会関係者と参加者が大会前日にトライアスロンを肴に語りあう。もちろん、翌日はレースが控えているのでアルコールは少なめで・・・これができないわけだ・・・

 論説委員も一度はトライアスロンに参加してみたらよいと思う。交流とはどんなものか体験したら?データとか統計だけで語ることができない部分もあることを身をもって知るべきだ。私の感覚では国内のトラアスロン熱は確実に弱まっている。私が愛媛県松山市にいた頃に所属していたトライアスロンチームは既にないし、私が広島に帰ってきて、トライアスロンチームが自然発生的にできたがそれも今はない。大体広島県トライアスロン協会の会員が全盛時に比べてどれだけ減少している事か・・・トライアスロン愛好者というよりも、トライアスロンを構成する水泳・自転車・ランニングを単体で愛好している人が、つまみ食いでトライアスロンをしていると言うようにしか私には感じられない。

 いまは自転車のみとか、ランニングのみの愛好者が爆発的に増えていることは論説委員は知らないんだろうか?

 東京マラソンに端を発し、一部のエリートランナーしか走れなかった大会がことごとく、市民マラソンに姿を変えつつある。近隣の大会で言うと陸連登録者しか参加できなかった愛媛ラマソンや防府マラソンは今や制限時間も延びて市民ランナーでも参加できるようになった。全国で見ると先ごろ行われた北海道マラソン、長野マラソン、など1万人近いランナーが一度に走ることができる。たかだか400人規模のトライアスロンと経済効果がどれだけ違うのか??論点が違うだろ!!

 もっと言うと2010東京マラソンは約20万人が参加申込したという。参加できるのは約3万5千ということは、16万5千は東京マラソンを走ることができない。。落選したわけだ。ここに目をつけて、この16万5千の受け皿を関西地区が一手に引き受けようとしている。今年の12月に手始めに平城遷都1300年と称して『奈良マラソン』が開催される。(ちなみに私は今年参加する。)来年再来年と『大阪マラソン』『京都マラソン』『神戸マラソン』が市民マラソンとして開催される予定らしい。大阪や京都、神戸の町を42km走ってみたいというランナーは多いはずだ・・だから参加申込も多いはず。

 当地の広島ではなぜそんな簡単なスポーツ嗜好の流れが読めないのか不思議でならない。中国新聞の論説委員がこんな社説を書くようでは広島県下のスポーツは未来はないだろう。

 広島にはオリンピック選手を輩出する中国電力があり、高校駅伝では全国優勝する世羅高校がある。しかし、全国から広島に集まって行われるような市民マラソンはない。11月に行われる広島平和マラソンじゃもの足りねーよ~~都道府県対抗男子駅伝は確かに良いが、それは一部のエリート選手が参加するに過ぎない。経済効果を考えるならば、そしてなによりランニングもっというと健康なスポーツ愛好者を増やす絶好のチャンスと考えて、最低2万人規模の日本陸連公認の市民マラソンをこの広島の地で創設すべきだと私は切に希望する。

 一部のエリート選手だけが原爆ドームと宮島の世界遺産をめぐるコースを走るのではなくて、全国から市民ランナーに集まってもらい世界平和と歴史に触れることのできる広島でしかできないマラソンコースを設定できるのに・・・なぜしないのか?私は不思議でたまらない。

 広島市の秋葉市長はほとんど1回しかできないオリンピックなど招致せずに毎年恒常的に開催でき、国内だけでなく全世界にエントリーを求めるような大会を創設すべきだと私は考える。そのために中国新聞などの平和への取り組みをするメディアは後押しをすべきだと思うのだが・・・

 350人程度のトライアスロンで交流観光も確かに大事だが、大局的に見てより多くのスポーツ愛好者が参加できる大会をつくり、盛り上げるべきだ。細かいことを言っているようでは、話にならない。論説委員さんまずスポーツの「ス」の字から勉強したら?そして、広島で市民ランナーやサイクリストが参加できる大会を創設する手助けをしてあげて!といいたくなる。


マツダ駅伝~かしまトライアスロンレーシングチーム~・・・part2

2010年03月10日 12時02分50秒 | トライアスロン

 マツダ駅伝終了後、事件はあったものの選手・応援団での打ち上げも無事終了したところで、私は一路愛媛松山に向かった。。

 1月末の『愛媛マラソン』終了後に、約20年前に通っていたスポーツクラブの集まりがあるということで、お誘いを受けていたからだ・・・

 久しぶりにスーパージェットに乗った。確か5年前の愛媛マラソンに出たときに乗った。去年まで愛媛マラソンは正午スタートだったから広島から朝出発しても十分に間に合っていた。ところが、本年からスタート時間が9時になったので受付ができないので、前泊しか無理になった。

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 広島発松山行きスーパージェット 祥光

 (私が松山に赴任した頃はまだ水中翼船だったのに・・・)

 松山での会合は18:00からで道後温泉にある「宝荘」が会場だ。。私が乗ったスーパージェットは松山観光港に17:40過ぎに到着。リムジンバスがあったのでそれに乗ったのだが、それがまずかった・・・時間がかかりすぎ。。18:30すぎに道後温泉に到着。

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 超久しぶりに道後温泉の前を通過・・

 この先を右に曲がって坂を上っていくと「宝荘」がある。

 早く到着していたら宝荘の温泉に浸かることはずだったが、それは出来なかった。。残念。。

 名前を出しても良いのかな・・・ま、いいか・・・

 障子を開けるとそこには懐かしいクラブのメンバーが大勢。。既にもう何かをしている模様。。。司会はKおかあさん。当時のトライアスロンの記録を発表しているようだった。。。私のトライアスロン中島大会初出場時の記録は60位だったような気がする。それから、16位→23位(大会2週間前に自転車落車しぶっつけ本番出場した。このときあの宮塚英也選手が参加)→6位

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 広島から松山に転勤したのが1990年。広島に戻ったのが、1994年。約15年ぶりにお会いする方もいらっしゃいました。本当に楽しいひと時を過ごすことが出来きた。がんばってやってきた甲斐がありました。ただ、もう一つ残念なことが・・・さっき焼肉を食べたばかりだったので、豪勢な料理をほとんど食べることが出来なかった・・・これまた残念無念。なぜ、道後温泉の「宝荘」で会を開いたかと言うと・・・メンバーのJさんが宝荘の料理長なのだ。。Jさんにも相当久しぶりにご対面でした。松山にいることには何度かゴルフにもいった。

 とにかく、楽しい時間はあっという間・・・最後に記念写真を撮った。

 私は、駅伝終了後から、食べて飲んで結構MAX状態だった。私の師匠のKさんが「次に行こう」ということで師匠のKさんとTコーチ、KおとうさんとI兄弟6人で、焼き鳥屋さんにいった???このあたりから、記憶が飛ぶ・・・

 3/8月曜日朝6時。Tコーチ宅に宿泊させていただいた私は広島に帰る準備。松山発広島行きスーパージェットの始発は7:00だ。無事にスーパージェットに乗って帰広した。松山での滞在時間は短かったが、本当に楽しい時間だった。

 また来年この会合が開かれるようだからそのときこそ道後の湯に浸かるぞ・・・


愛媛県松山市でのスポーツ歴・・・Part6(トライアスロン小豆島)

2009年12月01日 02時13分14秒 | トライアスロン

 昨日の日曜日午後八時からNHKで「坂の上の雲」が放送された。愛媛県松山市出身の3人の若者(秋山兄弟と正岡子規)を中心とする明治初期の歴史ドラマだ・・・私も以前松山に居住していたのでついつい懐かしく見入ってしまった。

 ドラマの中でたぶんそれは「ありがとう」という意味なのだろう“だんだん”と言ってたが、これには聞き覚えがあって、知り合いのKさんがよくこの言葉を発していた。方言なのだろうか、おなじくNHKで“だんだん”朝の連続ドラマが以前放送されたが、これは島根の松江地方の「ありがとう」という方言だったように記憶しているが、広島をはさんで、島根と松山で同じ方言が使われているのはとても奇妙な気がする。広島ではだんだんという方言は聞いたことがない。。

 松山でのトライアスロンの記憶は中島大会だけでなく、松山から香川県小豆島に遠征をして出場したトライアスロン小豆島をはずすことはできまい。。この大会もとても印象深く覚えている。

 まず、参加人数の多さ、800人以上の出場者数。スタートがウェーブ制(時間差スタートのこと)。自転車が1周約10Kを4周回。S1.5kmB40kmR10kmのオリンピックディスタンスの大会だ。

 この大会はNTTトライアスロンサーキットの1大会であった。小豆島が地理的に近畿、中四国から集まりやすいということで、大変華やかな大会であったことは間違いない。前日行われるカーボパーティ(前夜祭)も有力選手が顔を出して、なにやらトークショーなどが開催されてとても盛り上がっていた。

 この大会は、開催日時が確か9月の初旬くらいだったに記憶しているが、タイムや順位を争うために出場というよりもトライアスロンのシーズンの終わりにチームのみんなで楽しむために参加したというようなイベントだった。ちなみにレースのあと更に一泊して小豆島内を観光したこともあった。。。私は今の奥さんとその妹と一緒に・・・

 正式な記録が残されていないので、ほとんど忘れているが、小豆島トライアスロンは91~94まで出場したように記憶している。94年の大会が一番成績がよく、確か・・・参加人数800数人中20番台だったような・・・記憶なんだが・・・間違っているかもしれない。。記録集が出てきたらまた発表したい。

 小豆島のような魅力的なトライアスロンの大会はもうないのだろうか?~~・・・・