信州山里だより

大阪弁しか話せないの信州人10年目。限界集落から発信している「山里からのたより」です。

今年もどうぞよろしくお願いします

2012年01月01日 23時18分51秒 | Weblog
2011年01月01日(日) 記

穏やかな年明けでした。
息子夫婦が大晦日の早朝に来てスキーを楽しみ、元旦にここの産土神である『Y神社』に一緒におまいりするのがここ数年の恒例になっていました。

今年はこの夫婦の出産が間近なのでこれず、久しぶりに夫婦で新年を迎え、夫婦だけの初詣をしました。

ここの初詣は10時から始まります。
10時からというのは、氏子総代(組に1名毎。従って区で4名。ここに来た頃『総代』とあるので区で4名というのが理解できなかった)と区の役員たちが神社の拝殿に揃い、神主さんが神事を開始する時間で、我々はこの時を待ってお参りを始める、というわけです。

もちろんこの時にお参りするのでなく、『二年参り』(この場合は当然、大晦日深夜のお参りです)をする方もいます。
私達夫婦も、ここに移住して初めての初詣は二年参りをしました。
夜中、雪明りの中を一歩一歩降り積もった雪を踏みしめていく都会からの移住者にとって、それはそれは異次元の体験のような気がしてよかった。

急な長い石段を息を切らせて登り、途中で出会うムラの人と新年の挨拶を交わし、参拝してお神酒を頂き、また出合った人と世間話をする。

「今年は雪が少なくて、楽だ」「あんたとこ中学生を泊めたんだね。ワシとこもだ。うん、男、2組だ」
「まあ、去年はいろんな役をやってもらってご苦労さんだったね」「骨折、大丈夫かね」
産土神さまにお参りして気持ちがすっきりし、こうした会話をムラの人びとと交わしあうのも実にいいものだ。
連れ合いもいろんな役目を果たしていくうちに知り合いも増え、こんなふれ合いも楽しむようになりました。

今、大震災と原発事故でずたずたにされた地域、コミュニティーも、3.11以前にはこんな風景がごく普通に見られたことでしょう。

さて今日の写真、説明をつけて何枚か貼りますね。


(鳥居前で郵便屋さんが通り過ぎました。年賀状の配達です。まるで『寅さん』映画の一こま)


(第1番目の踊り場で。まだこの石段を登っていきます)


(石段の中程からムラの一部。赤い矢印がお寺)


(お参りを終えて振り返ると、参拝者がぞくぞくと)


(お寺。足跡がなかったので私たちが最初の参拝者のよう)