旅してマドモアゼル

Heart of Yogaを人生のコンパスに
ときどき旅、いつでも変わらぬジャニーズ愛

短編集「Loving YOU~恋旅 Edenを探して~」最終話

2011-04-23 | 管理人著・短編集(旧・妄想劇場)

summer time> <第1話> <第2話> <第3話> <第4話

********************************

申告するものも特になく、私は税関検査を通過して、日本国内へ繋がる自動ドアの前に進んだ。扉が左右に開いて広々とした到着ロビーが目に入ると、やっと日本に帰ってきた、という気持ちになる。
パスポートだけが自分を証明する唯一の身分証という、ちょっと不便な世界からようやく解放され、次の旅まで使う必要がなくなったパスポートをバッグに入れた。

現地での出発が大幅に遅れ、中途半端な時間に到着したせいだろうか、あるいはこの時間に着く便自体がもともと少ないのか、出迎えの人も少なく、到着ロビーは普段と比べて閑散としている。
私はスーツケースを引きながら携帯をかけた。すると、1コール目が鳴り終わる前に電話が繋がったので、ちょっと驚いた。
「あ…ただいま」
― おかえり。
「今どこにいるの?」
― 2階の喫茶店。上がってきてすぐんとこの。一番奥の席。
私はエスカレーターで2階に上がると、目当ての喫茶店の入口から首を伸ばして奥の方を見やった。
こちらに背中を向けて、彼が座っている。
店員のいらっしゃいませという声を振り切るように、私は彼のいる席にまっすぐ向かった。後ろから彼の肩にそっと手を置いて、顔を覗き込む。
「あっ眼鏡…」
黒縁のフレームが、端正な彼の顔によく似合っている。私はフレームを指でちょんと突いてみた。
「もう、なにすんねん」
「素敵」
彼の白い顔にさっと朱がさして、照れくさそうに笑う。
「そんなんわかっとるわ」
行くぞ、と彼はレシートを手に立ち上がろうとしたが、私は彼の向かい側に座った。
「どしたん?」
訝しげに私を見下ろす彼を見上げて言った。
「お昼ご飯食べたい」

ちょうどランチタイムの時間ということもあって、店内で食事をしているのは空港関係者が多い。
私は1プレートのランチセット、彼はハンバーグとエビフライのセットをそれぞれ頼んだ。
「だから、ボロブドゥールって、元から黒かったんじゃないんだって」
「じゃあれや、保存のための調査に使った薬剤のせいで、元と違う色に変わったゆうことか」
「そう、それ聞くと複雑な気持ちになるでしょ」
「本末転倒やな」
「うん。ただね」
私はパスタに絡ませかけたフォークを途中で止めた。
「もし、元の赤茶色の遺跡だったら、世界遺産としてこれほど注目を浴びたかなあって思うんだよね」
「ふーん…まあ、俺は実物見とらんからな、ようわからん」
ハンバーグが彼の口の中に放り込まれる。
「あれ?それ、遠回しに私を責めてる?」
「別に責めてへんわ。事実をゆうただけやろが」
私はデジカメにボロブドゥールの全景を写した写真を出して、彼に見せた。
「ね、ほら、この重厚感と荘厳な雰囲気って、この色だからこそなんじゃないかな」
「黒」
「そう」
彼が私を見る。
私は彼を見た。
先に視線を外したのは彼の方だった。
「そやな」
「私、この色、好き」
言うと、彼はちょっと目を伏せて照れ笑いした。
私は伸び上がって、パスタとハンバーグの上で、彼の柔らかい唇にキスをした。
デミグラスソース味のキス。
照れるのを通り越して驚いている彼に、私はニッコリ微笑んで、フォークにパスタを絡ませた。
「…びっくりした。なんや、いきなし」
彼が口に手を当てながら、周りを気にするように伺う。
「おまえ、どしたん」
「何が?」
「なんか、あったんか」
「なんかって?」
「俺の知らん女かと思ったぞ。なにすんねん、こんな公共の面前で」
「誰も見てないよ」
「恥ずかしいやろが。リアクションに困るわ」
「私にキス返してくれたらいいじゃん」
「アホ。そんなん出来るか」
彼は耳まで真っ赤になりながら、私の頬を指でつまんだ。
「痛っ」
「おまえがアホなことゆうからや」と、頬を軽くつねって笑う。
彼の笑顔が眩しかった。頬をつねられながら、でも、胸の奥に温かい感情が広がっていくのを感じた。
「ごめんなさい言うたら放してやる」
「きみ君…」
名前を呼んだ途端、胸が詰まって、その後の言葉が続かない。
「ごめんなさいは?」無邪気な笑顔のまま、彼が言う。
不意に、彼を見つめる目の奥に熱いものがあふれてきた。
あの時、私はいったい何を迷っていたんだろう。
この笑顔を失うことと引き換えに得られるものなんて、そんなもの私にはいらない。
「…ただいま」
言葉と共に堪えていた涙が零れ落ちた。
彼がはっとした表情を見せた瞬間、その指がふっと緩んだ。

********************************

私は、赤いリングケースを彼の前に押し戻した。
ダイニングの灯りで出来た影とは明らかに違う陰が、彼の顔に浮かぶ。
「どういうこと?」
のどの奥で何かが詰まったような彼の声に胸が痛んだ。
「ごめんなさい。これは受け取れない」
彼が息をのむ音がはっきりと聞こえた。
「受け取れない?」
「本当にごめんなさい」
私はテーブルに額をつけるようにして頭を下げ続けた。
「意味がわからないな…もしかして俺、振られてる?」
私は顔を上げられなかった。
「…ごめんなさい…」
「はっきり言ってくれないか。ごめんなさいだけじゃわからないから」
私は心持ち頭を上げた。でも、顔は下を向いたままだ。彼の顔を見ることが出来ない。
「…あなたとは結婚できない」
「どうして?」
「…ごめんなさい」
「理由を聞いてるんだ。理由もわからなくて、はい分かりました、とは引き下がれないよ」
たしかに彼には知る権利がある。この高い投資が無駄に終わった理由を聞く権利が。
私は顔を上げて、彼の目をまっすぐに見て、静かに言い放った。
「あなたを愛していないから」
自分の言葉がどれほど残酷か、百も承知。でも、これが事実。
彼の覚悟に、私も覚悟を決めて正直に答えようと決めた。彼を酷く傷つけてしまうことも、そして返す刃で、自分もまた傷つくこともわかっていたけれど。私の一太刀を受けた彼は、されど、表情を一切変えることなく、黙って私を見つめ返していた。
いま、彼の中ではどんな葛藤が繰り広げられているのだろう。それとも、伝えきれないほど山ほど湧き出てきた怒りの言葉を整理しているのだろうか。
私は、これで何回目になるのだろう、ごめんなさいという言葉を、また口にした。
彼が静かに目を閉じた。「滑稽だな」
自嘲するような彼の声が、耳に、心に、痛かった。
「俺は、相手のいない土俵の上で、独り相撲を取ってたというわけか」
そう言って彼は目を開け、赤いリングケースを手にした。
「俺を愛していない…それが答えのすべて?」
「………」
「俺を愛していないんじゃなくて、愛せないんだろ?」
彼はケースをジャケットのポケットの中に納めた。まるでその箱の色のごとく燃える熱情をも封じ込めるように。
「なぜなら。君には他に愛してる人がいるから。そうなんだろ?」
私は黙ったまま俯いた。
正直に答えたつもりでいたのは、自分だけだった。
私は彼を愛していない。私が答えたのはカードの表だ。表には裏がある。
愛していないのは愛せないから。愛せないのは他の誰かを愛しているから。
「その彼と…結婚するの?」
彼の声に、ほんの微かだが震えが混じった。この問いに対する答えは、さらに彼を傷つけるかもしれない。
私は肩をすくめて言った。「どうかな。わからない」
私の言葉に彼は苦笑した。
「なるほど。彼とは結婚しないかもしれない。だから迷った。そういうこと?」
迷う…そう、たしかに私は迷っていた。確かな未来と不確かな未来の狭間で。
「そう、だと思う」
今にも泣き出しそうな表情が彼の顔に浮かんだ。
「それで、君のその迷いを解いたのは何だったの?彼氏と話でもした?」
私は視線をゆっくりと外へ向けた。深い夜の闇の向こうへ。
「ボロブドゥール寺院から昇る朝日を、誰よりも彼と一緒に見たいって思ったの」

********************************

カーテンの隙間から部屋に差し込むオレンジ色の帯の中で、小さな塵がきらきら輝きながら舞っている。
僅かに離れた唇と唇の間で彼が呟いた。
「俺、何話そうとしたか忘れてもうたわ」
彼の首筋に流れる一筋の汗を、私は指先で拭った。少し汗ばんだシャツの肩口に頬をのせて、「ごめん」と囁く。
だって、不意にキスしたくなったんだもん…
彼は手にしたままの本を持ち上げた。
「これやな。思い出してきた」
歌人、茨木のり子のエッセイ本。
「これ、この詩、し…しゅくこん、うた、て言うんかな?」
彼は開いていたページを私に見せた。そこに書かれている漢字三文字のタイトル『祝婚歌』。
この詩を作った吉野弘のことを書いたエッセイの冒頭に、詩の全文が載っている。
「うた、じゃなくて、か、じゃないかな。『しゅくこんか』」

 二人が睦まじくいるためには
 愚かでいるほうがいい
 立派すぎないほうがいい
 立派すぎることは
 長持ちしないことだと気付いているほうがいい

「な、この詩、ええと思わん?」
意外だった。彼がこの詩に興味を持つとは思っていなかった。

 完璧をめざさないほうがいい
 完璧なんて不自然なことだと
 うそぶいているほうがいい

「これ結婚式とかでめっちゃ使われてるんやって。俺、全然知らんかった。初めて見た」
「一度だけ友だちの式で聞いたことあるけど。最近はあんまり使われてないのかな」

 二人のうちどちらかが
 ふざけているほうがいい
 ずっこけているほうがいい

「俺やったら知り合いとか友だちの結婚式で使ってみたいな。だってこれ聞いたら、みんなめっちゃ感動するやろ」
そうだね、と答えながら、彼の話はどこへ向かっているんだろうと訝しく思う。

 互いに非難することがあっても
 非難できる資格が自分にあったかどうか
 あとで
 疑わしくなるほうがいい

「弟の時とか、俺がこれ読んだら『兄ちゃん、カッコええ』って絶対なるやろ」
自分の時、じゃなくて弟なんだ。
彼にとっては、自分のことよりも、2人の弟の人生が最優先なのだろう。
そんな彼の生き方が、私をますます彼に惹きつけてやまない。

 正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい
 正しいことを言うときは
 相手を傷つけやすいものだと
 気付いているほうがいい

「けどな、作った本人はこの詩はアカンって思ってんの、おもろいよなあ。だって周りはめっちゃ評価してるんやで」
彼は本のページを繰りながら続けた。
「エイトレンジャーかて、俺が意地通してやりたいもんやっただけやけど、めっちゃウケて、ライブの定番みたいになったしな」
祝婚歌とエイトレンジャー。
「だから、何が他人にウケるとか、おもろいって思ってもらえるんかは、結局は誰にもわからんもんなんやな。蓋あけてみて、初めてわかることなんやって。俺、これ読んで、そう思たわ」
思わず彼の顔を見た。また彼の新しい横顔を見た気がした。

 立派でありたいとか
 正しくありたいとかいう
 無理な緊張には
 色目を使わず
 ゆったり ゆたかに
 光を浴びているほうがいい
 健康で 風に吹かれながら

「ねえ」
「うん?」
「私、あなたのそういう思考回路がほんとに大好き」
彼がチラと私を横目で見る。
「それ、誉めてんの?」
私は首を横に振った。「惚れてんの」
一瞬の間を置いて、彼が笑い出した。
「おまえ、いま自分巧いこと言うたって思ったやろ」
「なにそれ、そんなん思ってないよ。私、きみ君とちゃうもん」
「いや、いや、俺はそんなベタなことよう言わんわ」
「私だって狙って言ったわけじゃないし。惚れてんのはホンマのことやから…」
私は彼の首に両手を回した。
この日、2度目のキスは彼の方からだった。

 生きていることのなつかしさに ふと 胸が熱くなる
 そんな日があってもいい
 そして
 なぜ胸が熱くなるのか
 黙っていても
 二人にはわかるのであってほしい

********************************

あの時、私の迷いを解いたのは、この詩だった。
この詩が、迷子になりかけていた私を、探し求めていた場所に導いてくれた。
目の前の彼の元に。

私の頬をつまんでいた彼の指が、頬に伝う私の涙をそっと拭っている。
何も言わず、何も聞かず、穏やかな笑みを口元に浮かべ、そして最後に、大きな手を私の頬に優しく押し当てた。
決してぶれない芯の強さ。
すべてを包み込む懐の深さ。
子供のような無邪気さの裏側に秘めた彼の度量に、私はいつも救われ、そして甘えてる。
私の頬に当てられた彼の手に、私も黙って自分の手を重ねて、微笑み返した。


Fin

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


最後までご愛読いただき、ありがとうございました。

えーと、今回のお話、いかがでしたでしょうか。
今まで「私」と「彼」の二人だけでまわる話が多かったのですが、もう一人の「彼」を出したことで、今までとはちょっと違う感じで、これはこれで楽しんでいただけたのかなと思うのですが・・・忌憚のないご感想をいただけたらと思います

さて。
その今回のもう一人の「彼」ですけども。私は誰をイメージしてたんでしょうか。



あー野立会に参加したいな~

はい、そうです
野立参事官ですもとい、竹野内豊さんです「ビーチ・ボーイズ」の頃からの憧れです
そして今、見れば見るほど、昔よりも断然カッコよくなってるやーんと思うのです。
横山さんもそうですけども、歳を重ねるたびに素敵になっていく人っていいですよね~
まあ、これで、「私」が悩んだわけも、ご納得いただけるかと
今でも、「ホンマにこれでよかったのか、『私』!」と思わないでもない(笑)

一昨日の木曜日、ラジオでレコメンを聞きながら、テレビで「BOSS」を見るという、聖徳太子的なワザをやってました。
正直、キツイ
「BOSS」を録画して後から見ればいいんだけど、でも、リアルタイムで見たくてたまらんのです。
来週からはどうしようかなあ…

ところで、みなさんはもう一人の「彼」を、誰でイメージされていましたか?
ぜひぜひお聞かせくださいませ

それと、ここしばらくはいろいろ思う所もあり…リアルタイムでお話を書くことを躊躇ってました。
現在進行形だと、どうしても、3月11日のあの日のことを避けては通れない。
でも、それについて、フィクションで書くことはどうしても出来ませんでした。
それもあって、約1か月の間、過去の話、ということで短編を書いていたのですけども、そろそろリアルタイムなネタで書きたいなと思ってます
だって、楽しいネタがいっぱいあるから
というわけで、みなさまに楽しんでいただけるものを近いうちにお披露目しますね

あ、マルちゃん、映画出演おめでとう