旅してマドモアゼル

Heart of Yogaを人生のコンパスに
ときどき旅、いつでも変わらぬジャニーズ愛

短編集「Loving YOU~恋旅 Edenを探して~」第4話

2011-04-17 | 管理人著・短編集(旧・妄想劇場)

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「仕事、夜からとちゃうの?」
私を空港まで送っていきたい、と彼が出発日のスケジュールをマネージャーに確認しているのを、私はその隣で片肘ついて頭を支えながら聞いていた。どうやら彼の思惑通りとはいかないようだ。
なんやねん、とぼやきながら携帯を切った彼は、抱えていた枕をバスンと叩いた。
八つ当たりされた枕もだが、今日の仕事は午後からなのに、早朝から電話を受ける羽目になったマネージャーも気の毒だと私は思った。
「悪い、この日、仕事あんねんて」
「だから、いいって言ってるじゃん。いつもバスで行ってるんだから。だいたい一週間程度の旅行でお見送りなんて逆に恥ずかしいし」
「そんなら帰りは?俺、迎えに行くわ」
「それもいいって。だって今忙しいんでしょ」
「マネージャーに確認しとく。成田、何時に着くん?」
また電話を掛けようとする彼の携帯を、私は慌てて押さえつけた。
「あのね、あなたが空港でウロウロしてたら目立つでしょ」
「俺な、こう見えて意外と気づかれないねん」
「意外とって…ねえ、それ喜んでいいの?」
「オーラがないとかとちゃうで。オーラを消すのが上手いねん」
どや顔で言う彼に思わず笑ってしまった。
「なんで笑うん。ホンマやって。おまえ、疑っとんのか?」
彼も笑いながら、私の上に体重をかけてきた。
不意に密着した体を通して、直に伝わってくる彼の体温と重さに、たちまち全身が溶ろけてしまいそうな感覚に私は落ちた。体中が潤うような甘美さの中で、私は首を小さく横に振る。
「なあ、成田に何時に着くん?ほんまになんも予定なかったら迎えに行くから」
私の体の中の深いどこかでくすぶりだした熱が、私の思考を蝕んでいく。すでに、彼の言葉は記号のように、私の中では意味をなさない。
「…何時だったかな…たしか朝なんだけど…ねえ、あとでも、いい?」
「ええけど、忘れんなよ」
うん、と答えようとした私の声は、キスで塞がれ行き場を失った。


携帯の呼び出し音で目が覚めた。
私はゆっくりと寝返りをうって、自分がいまどこにいるのか確かめた。
間接照明の灯りが、乳白色の部屋の壁に影を作っている。広々としたベッドの端で携帯は光っていた。その呼び出し音は、私が電話を待っている相手ではないことを、はっきりと教えてくれている。
電話を手に取り、相手を確かめると、はい、と一言だけで電話に出た。



― なかなか出てくれないから、避けられてるのかと思ったよ。
「ごめんなさい。うとうとしてて…」
― じゃあこっちが、ごめんなさいだな。…今、話せるかな?
「いいけど…」
― 帰国は明後日の夜だよね?
「ええ」
― 明日、そっちに行くよ。ディナーを一緒にしないか。
「え、なんで…」
まだ返事は決まっていない。中途半端な心の状態で会うことは躊躇われた。
電話の向こうで彼が笑う。
― またごめんなさいだな。この前の返事はまだいいよ。君が日本に帰る前にもう一度だけ会っておきたかったんだ。どうかな、会える?
「…別にいいけど…」
本音を言うとよくない。その時、思い出した。
「あ、でも、明日の夜はここの名物ディナーを予約しちゃったの」
― 名物?
「マカン・マラム。アマンジヲの最後のディナーはこれにしようと思って」
― ジャワの伝統料理か。
「今日の夜だったらまだ未定だったんだけど…」
― そしたら、マカン・マラムを二人分で予約変更すれば?俺は全然構わないよ。もともとアマンジヲのメインダイニングでディナーにしようと考えてたし。
「え、でも…」
会わなくて済む言い訳を考えたが、とっさに思いつかない。
― ああ、そうか。ごめん。
言って彼は笑った。
― 今日は謝ってばかりだな。大丈夫。食事代を君の部屋に全部つけたりなんてしないから。
そんなことを気にしていたわけではないが、彼の笑いに少し助けられた。
確かに、一人きりで食べるより、二人で食べる方が楽しいはず…
食事くらい、という私は考えが甘いだろうか。ただ断るだけの理由もない。
「そしたら…何時にこっちに来るの?」


翌日、私は午前中に周辺の仏教寺院を見て回った。
ムンドゥ寺院、パウォン寺院、どれもボロブドゥールのような壮大な規模の寺院ではないが、歴史的遺産価値を持つことから観光客の姿も多い。
同時にボロブドゥール寺院同様、この地に住む人々にとって、日常的な信仰の対象として今も根付いている。
この日も、パウォン寺院に家族、親類一同揃って祈りを捧げに来た所に遭遇した。
「インドネシア人が信仰深いのは知ってるけど、今のインドネシアはほとんどがイスラム教でしょ?それなのに仏教の寺院に参拝するのはなぜ?」
今日の寺院巡りをアレンジしてくれたホテルスタッフに、私は尋ねた。
「確かにイスラム教徒の数は一番多いけれど、バリ島にヒンズー教が多いように、インドネシアには仏教人口も少なくないんだよ」
「すると、彼らは仏教を信仰しているということ?」
「もともと仏教はここジャワ島とスマトラ島を中心に布教していったからね。その影響があるかもしれない」
「あなたは?」
「私はイスラム教徒だよ。妻もね」
「あなた結婚されてたのね。お子さんはいるの?」
「2人いるよ。男の子と女の子」
「それは素敵ね」



車に戻り、次の場所に向かいながら、日本の仏教について聞かれた私は、乏しい知識とうろ覚えの記憶を総動員して、わかる範囲で答えた。
「日本では日常的に参拝する習慣はないのよ」
「なぜ?日本には有名な寺院がたくさんあるのに。今の日本人は信仰心が薄いのかな?」
「そうじゃなくて、毎日の生活の中で参拝することがないだけ。新しい年の始まりとか、子供が生まれた時とか、何かの節目ごとに参拝することが多いの」
「結婚の時とか?」
「結婚…そうね、結婚前に参拝することはほとんどないし、結婚式を寺や神社で挙げる人はあまり多くないかな」
「どこで結婚式を挙げるの?自宅?」
私は笑って手を振った。
「日本の自宅でなんてぜったい無理。人気があるのは教会ね。ホテルや結婚式場には必ずオリジナルのチャペルがあるの」
「教会?今の日本人はクリスチャンが多いの?」
信仰心篤いインドネシアの人から見たら、クリスチャンでもないのに、教会で式を挙げる日本人は奇妙に見えることだろう。
「日本人の多くは仏教徒よ。でも今は、日本人の生活に宗教が深く結びついていないのよ。結婚式はイベントみたいなものになってるし」
「イベント?神聖な儀式ではなくて?」
私は慌ててNOと否定した。
「説明が下手でごめんなさい。結婚は神聖で厳かな式ではあるんだけど、そこで交わされる誓いに宗教観は介在しないの。クリスチャンの人以外は」
「それはどういうこと?」

― あなたは彼女を妻として永遠に愛することを誓いますか?
― はい、誓います。
― あなたは彼を夫として永遠に愛することを誓いますか?
― はい、誓います。

チャペルでは神の前で誓っていることになっているけれど、クリスチャンでもない人にとって、その誓いの言葉が持つ重みは、いったいどれほどのものなのだろう。
いや、突き詰めたら、祭壇の前に立つ2人は、いったい誰に対して誓っているのだろう。
「上手く説明出来ないかもしれないけど…」
私の言葉で、日本人は宗教に対して節操がないとか、結婚を軽視していると誤解されても困る。
「私が思うに、結婚する日本人のほとんどは、神様や仏様に誓うんじゃなくて、目の前の相手に対して誓っているんだと思うの。男性は妻となる人に、女性は夫となる人に。私はあなたに永遠に変わらない愛を誓います、って」
運転席から、感心したようなため息が聞こえた。
「それは素晴らしい。とても素敵なことだよ」
良かった。これが正解かどうかは分からないけれど、間違っているとも思わない。
「相手に永久の愛を誓うなんて、その相手に対して敬い、慈しむ心がなければ出来ない行為だよ。もしかしたら、神に誓うよりずっと重くて貴いかもしれないね」
そうか。
結婚する、ということはそういうことなのか。
相手を敬い、慈しむ心でもって、永遠の愛を相手に誓う。
敬い、慈しむ…
ふと何かを思い出しかけた。遠くない過去の記憶。そこには「彼」がいた。
「あなたは?まだ愛を誓える相手に出逢えていないの?」
その時、記憶の扉がカチャと軽い音を立てて開かれた。
自由を求めて、内なる何かが、扉を大きく大きく広げていく。
開け放たれた扉から、記憶の壁にうっすらと塗り込まれた美しい言の葉が、零れるように溢れて出てくる。
その言葉たちに優しく包まれて、私は探し求めていた答えがそこにあることに気がついた。


おそらく、ゲストルームの一つをスパ・ルームにしたのだろう。案内された部屋で約2時間、マンディ・ルルーを受けて外に出ると、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
通路の灯りをたよりに、夢心地な気分で自分の部屋へと戻っていると、コーランの調べが静かに空気を震わせながら聞こえてきた。
黄昏時、時報のように耳にするコーランの穏やかな調べは、なぜかイスラム教徒でもない私の心を静めてくれる。
マンディ・ルルー。花嫁が結婚前夜に受ける特別なマッサージ。
プロポーズしてきた相手とのディナーの前にマンディ・ルルーとは、何とも意味深ね、と思わず笑いがこぼれた。
約束の時間までは、まだ1時間以上ある。コーランを聴きながら、ゆっくり準備すればいい。



その約束の時間より少し遅れて、私は部屋を出た。
オープンエアのメインダイニングへと続く階段を上がっていくと、その入口でダイニングのスタッフが両手を合わせ「Selamat siang」と笑顔で私を迎えた。
彼女は私に何も聞かず、彼が待つ席にまっすぐ私を案内した。他の高級ホテルが追随できないアマンジヲのクオリティの高さはこういう気配りで随所に表れる。
向かいの席に腰掛けた私を見て、彼は読んでいた本を閉じた。彼の前にはグラスに入ったビールが置いてあった。
「素敵なドレスだね」
私は自分の服を見下ろした。
黒地に薔薇だか蘭だかよく分からないが大きな花が白で染め抜かれたコットンのサマーロングドレス。バリ島の、土産物屋に毛の生えたようなお店に陳列されていた、日本円にして1000円するかしないかの安物だが、その色が気に入って買った。安くてもお気に入りのドレスだ。
私は極上のシャネルのドレスを誉められたかのように、満面の微笑みを浮かべて、バリの人をならい、両手を合わせて「Terima kasih」と頭を下げた。

マカン・マラムは、ジャワの伝統料理を個別の器に入れて、客人に出す特別な料理で、ここアマンジヲではアンティークな真鍮製の容器に入れられて6種類の料理が出される。
最初に、スタッフがそれぞれの皿に、ライスと一緒に少しずつ取り分けてくれた後は、残りは自分たちでサーブしていく。
ワインを飲み交わしながら、2人で頂くマカン・マラムはとても美味しく、楽しい時間だった。そう思えたのは、私の心がすっかり吹っ切れたからかもしれない。

最後にメニューからデザートを選び終えた私は、柱と柱の間から見える外に視線を向けた。階段状に配されたゲストルームの彼方、田園地帯が広がるその先、ケドゥ盆地の豊かな緑の中に密やかに、厳かに、堂々と存在する聖なる場所の方へ。今は、その姿は深い闇の中にある。

すっかり片付いてデザートの到着を待っているテーブルの上に、デザートが来るより先に、軽いものが置かれる音がした。
私は視線を戻して音の正体を見た。それから彼を見た。
今度は、彼が暗闇の彼方に目を向けた。
「君が不自然だなんて言うからだよ。これで本気だってわかってもらえるかな」
私はそれには答えず、目の前に置かれた小箱に手を伸ばした。女性ならおそらく誰もが憧れる、革製の真紅のリングケース。彼の視線を感じながら、私は蓋を開けて中を見た。
メインダイニングの控え目な灯の中でも、プラチナの台座に嵌め込まれたそれは、申し分ないほどの輝きを放っている。彼の覚悟も呑み込んだ本物の輝き。
「まだ返事してないのに…」
「怖かったんだ」
「えっ?」
「このまま日本に帰したら、返事すらもらえないような気がした」
彼は私の方に向き直った。違う?と私に問うその瞳に、微かな不安と強い意志が浮かんでは消え、そしてまたあらわれる。
覚悟を決めた彼の思いをちゃんと受け止め、それに答える責任が私にはある。
「そんなことしない。答えるって約束したし」
彼がそっと息を吐き出すのを耳にした。そして、そのタイミングを待っていたかのように、デザートが運ばれてきた。
私はカルティエのマリッジリングにもう一度目を向けた。
彼が椅子の中で小さく身じろぎするのがわかった。
「気に入ってくれた?」
「ええ、素敵。とっても」
それは本当に、心から思った感想だった。素直に思ったままをそのまま口にした。
私はリングケースの蓋を静かに閉じて、口を開いた。
「裕」
その名前を口にするのは、あのパラオの最後の夜以来だった。あれから、長い時を経て再び、彼の名前を声に出した。ゆたか、と。
彼が目を大きく見開いて私を見つめる。
私は微笑んで、赤いリングケースを自分のデザートプレートの斜め前にそっと置いた。


To be continued

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ひさしぶりに「MAP」に横山さんが出ていて、超ご機嫌な管理人です
ふわふわハンバーグでごはんをほおばる横山さん可愛すぎーーー
大人子供なバランスがホンマに絶妙すぎて…彼の愛らしさにメロメロです

えーと

4話で終わらそうと思っていたこのお話ですが、思ってたより長くなりまして。
自分で書いてて楽しくなってきて、帰国後の話につなげて続けてみようかなーと、ちょっと欲も働いたのですが、なんだか…ひと昔前の月9みたいな話になりそうな気がしてきたので(笑)、泥沼にはまる前に、とっとと終わらせることにしました。

というわけで、次回の5話が最終回です

自分でも思うんですが、今回の話はかなり「ベタ」ですよねー(笑)
カルティエのエンゲージリングなんて、もろに恋愛ドラマの小道具じゃん。
自分で書いてて、うわーこんなのどこかで見たことある場面やしーと思ってました。
指輪のブランドですが、個人的な好みでハリー・ウィンストンにしようと思ってたら、ジャカルタには取扱店がない。で、カルティエにしました。まあ、ティファニーでもよかったんだけど。
皆さんなら、どっち欲しいですか?(笑)

だけど、リアルにカルティエの婚約指輪なんて出されたら、もう断れないですよね。
そんな「私」が出した答えは次回わかります。
だけど、相変わらず、まだ書き終わってません