Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

殺人の追憶

2008-02-21 | 外国映画(さ行)
★★★★★ 2003年/韓国 監督/ポン・ジュノ
「人間の内面に切り込む演出が冴える傑作」


なぜ、もっと早く見なかったの、と壁に頭を打ち付けたいくらいの衝撃。すばらしいです。そのひと言でレビューを終えたいくらい。

猟奇殺人が絡むと、映画というのはどうしても作品全体が浮き足立ってしまう。それは殺人そのものがスキャンダラスであり、それを映像にしただけでセンセーショナルな画面になってしまうからだ。観客は、猟奇殺人にまつわるもろもろにどうしても興味の方向が引っ張られる。そこを乗り越えて、事件を捜査する刑事の人間ドラマとして描くには、よほどの深い洞察力と地に足付けた演出が必要だ。そういう意味でこの作品は、全く申し分がない。

驚くべきは、生身の人間を描くという「生っぽさ」が主眼にも関わらず、作品全体には静かで落ち着いたムードが漂っていること。それは、この田舎の農村風景を美しく捉えたシーンがふんだんに盛り込まれていることが大きい。カメラは、ただただありのままの田畑を捉えているに過ぎないのだが、そこには昔の田舎は良かったというノスタルジーはない。また、一方で連続殺人が起きた場所として何か意味づけをするでもない。まさしく何もない静かな農村が目の前に広がるだけなのだ。

そして、美術。パク・チャヌクもそうだが、韓国映画のセットのクオリティの高さはすごいと思う。当時の生活の泥臭さが、実に些細なディテールまで再現されていて、そのリアル感が刑事ドラマとしての骨太さを盛り上げている。刑事が通う女の部屋の汚れたタイル、焼き肉屋に充満する煙と油に汚れた壁など、汚いことが圧倒的なリアル感を与える。ソン・ガンホが着ているチェックの綿シャツのよれ具合といったら!日本映画が昭和を描く場合に「いかにもセットでござい」という風体になってしまうこととあまりに対称的だ。

乱暴で強引な捜査を続けていたのに、やがて悟りを得たかのような静けさを持ち始めるパク刑事と分析力で捜査に切り込むものの犯人が捕まらない焦燥感から次第に暴力性を増すソ刑事。ふたりの対比がとにかくすばらしい。特に、ソン・ガンホの存在感は秀逸。人間臭さを表現することにおいて、彼の右に出る者はいないんじゃないだろうか。

パク・チャヌクは作品の中に個性や作家性を持ち込もうとしているけど、本作にそのような余計な色はない。ゆえに、様々な嗜好の人に分け隔てなく受け入れられるだけの力をもった作品だと思う。実に重厚な人間ドラマの中に、サスペンス、そして叙情的で美しい映像と映画の醍醐味がぎゅっと詰め込まれている。全ての人にこの傑作をおすすめしたい。