バーチャルリアリティ奥儀皆伝(5)

2019-08-18 | バーチャルリアリティ解説
 「VRの真実。 インタラクティブの一番わかりやすい説明」

「奥儀皆伝(1)~(4)」では、「大画面没入型 VR」の解説を中心に書きました。この技法が、テーマパーク VR アトラクションについての根幹です。
ところで、「この動画は、とりあえず観ておくと、大画面VRについて直感的に理解できて便利だ」と思える映像が、YouTubeに見つかりました。こちらを参照してみて下さい。MITの Media Lab で開発された 『Put-That-There』(1982年)という、かなり有名な作品です。


動画: https://www.youtube.com/watch?v=CbIn8p4_4CQ
More information: https://www.media.mit.edu/publications/put-that-there-voice-and-gesture-at-the-graphics-interface/ ( システム図解: https://dam-prod.media.mit.edu/uuid/8e6d934b-6c6f-48e4-b0a1-270e0dae745f )

誤解の無いように言い添えておきますが、Artificial Reality(AR、人工現実感)の命名者、マイロン・クルーガーが書いた 『人工現実』( トッパン、1991年、原著1983年 )という書物にも、James D. Foleyが書いた「SCIENTIFIC AMERICAN」誌( 1987年 October号 )の「NASAの Artificial Reality 人工現実感装置」についての紹介記事にも、Media Lab の 『Put-That-There』のことは言及されていません。しかし、筆者が社外講演で必ず説明に使っていた 「VR技術の構成要素」図で比較すると、『Put-That-There』と、クルーガーの Videoplace( Artificial Realityの代表作 )とは、本当に笑ってしまうほど VRの没入感( リアリティ )の構成要素が共通しています。
(1993年12月の ある研究会での講演以降、 筆者は社外講演では、筆者の自作したVRの構成要素図を必ず説明に使いました。「社外講演」というのは、セガ広報からの正式な協力依頼をR&Dが、筆者のスケジュールに合わせて受けて、S本部長・N社長室長の許諾を経て、筆者が公式に出かけて行なった講演のことです。)

 < 観客(プレイヤー)> 大画面・スピーカー ←   画面の中の輪郭線で描かれた世界
                                 ↑
           観客のしぐさや、指さし   ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

「VR技術の構成要素」図で示した『Put-That-There』と人工現実。

上の図の大画面を HMDに取り換えると、ジャロン・ラニアーの VRになりますね。

マイロン・クルーガーが1983年の書物に、わざわざ1970年代のアート作品の技術を詳しく記した理由も、James D. Foleyが、NASAの研究を「Artificial Reality 人工現実感装置です」と紹介した理由も、おそらく同じことを考えていたと筆者は思います。つまり、80年代の新しいPCの出現によって可能になった「インタラクティブ」という特性を使えば、世界中のどこの研究者でも、例えば、Media Lab が 『Put-That-There』で独自に実現させたのと同じ「インタラクティブ性」を実装できるのです。だからこそ、もっと様々な分野に研究者が挑戦して、VR( またはAR )の研究を加速させるべきだ。そうした思いがあって、クルーガーや Foleyは、自分たちの達成した技術を惜しげもなく公開したのではないか、と思います。それで、物はついでですから、、、 『Put-That-There』のような VR技術を使えば、例えば、VRアトラクションとしてはどんな風に活用できるか、ごく簡単に思い付きを書いておきます。

 【ブルー・フォース防衛隊、集まれ】

あなたは、あるアトラクションの入り口で、青く光る「謎の石」に手をかざします。すると、センサーが感知して、石の光が点滅します。そばにいたアテンダントが急に驚いて真顔になり、「あなたは今、超能力を手に入れたので、地球の平和のためにその能力を使って下さい」と依頼して、あなたを控えの部屋に誘導します。その能力を制御するために、あなたはそこで「指リング」を指にはめます。
次の部屋に入ると、壁いっぱいにスクリーンがあり、醜悪な宇宙怪獣が地球に向かって襲ってきます。あなたが指リングをはめた指を怪獣に向けると、指から青白い光が飛び出して( 飛び出したように見えて )怪獣が倒れます。(「ファイヤー!」 と口で言うと、光が出るのでも良いかもしれません。)
この程度のシューティング・ゲームでしたら、学園祭などで学生だけでも作れると思います。でも無料かな。お金が頂けるアトラクションのアイデアについては、もう少し練ってみて下さい。

『Put-That-There』などと同じく 1980年代に計画されていた 「インタラクティブ性」を生かした人工現実の研究と言えば、・・・ そうそう、スコット・フィッシャーの当時の NASAでの研究には、こんな計画も含まれていました。
ハワード・ラインゴールドの1980年代末頃の取材に答えて、フィッシャーたちは将来の計画としていくつか面白いキーワードを挙げていました。その一つが、宇宙船での 外科内視鏡手術の可能性です。つまり、地上の医師の施術を即時的に再現できる手術ロボットがそこにあれば、宇宙船乗組員(患者)の内視鏡映像を地上に送り、そのバーチャルな映像を見ながら地上にいる医師が宇宙船内でのVR手術を行なう、といった実験が、もしかすると行なわれていたかも知れません。
現在、とても歓迎されている、米国 Intuitive Surgical社の手術ロボット 「ダ・ヴィンチ」ですが、元々は、米陸軍が1980年代末に国防高等研究計画局 (DARPA) に開発を依頼して研究が始まりました。近くの空母にいる医師が、バーチャルな映像を見ながら陸上の戦場の負傷者に内視鏡による遠隔手術を施す、というのが開発のコンセプトだったそうです。湾岸戦争が早くに集結したため、その後の研究が民間で進められたと言われています。
話を戻すと、フィッシャーたちは、J・J・ギブソンの「アフォーダンス」理論を熟知していましたから、彼らの研究していた「操作可能な3D空間」の研究は、いろんな応用分野に華開く可能性がありました。しかし、突然、フィッシャーたちは1990年にNASAを去って独立してしまい、そのため、こうした研究は中断してしまいました。

□ それで、インタラクティブ( 双方向性 )って何でしたっけ !?

いまさらで恐縮ですが、インタラクティブ( 双方向性 )って何だっけ !? ・・・ というお話を、まだ、していませんでした。これまで本Blogで紹介した作品のうち、インタラクティブだったものは、こちらです。
 ※ ですから、これまで詳しくお話をしてきたBTFRや 『米米ミュージックライド』というのは体感劇場なので、インタラクティブ性は、ありませんでした。

1963年 アイバン・サザランドの「スケッチパッド」のデモ。 CRTを通して確認できるインタラクティブ性の誕生。1969年の マイロン・クルーガの Videoplace ( Artificial Realityの一例 )。1982年の MIT Media Labの『Put-That-There』。1989年の ジャロン・ラニアーらのHMDとDataGloveのデモ。
1993年の AS-1 『スクランブル・トレーニング』公開。( なお、テーマパークVRアトラクションとしては、ナムコ社 1990年に『ギャラクシアン 3』 という世界初の作品事例がありました。)1994年の 『VR-1』公開。

ともあれ、ここでは「インタラクティブ」について説明しておきます。皆さんは、ケーブルテレビの通販番組を観ていても、「これは、インタラクティブじゃないか」って気付く事は無いと思います。
「限定数100個をご用意しましたパールのネックレス」が、お客様の注文で残数が減って行く、、、 という場面は良く見かけると思いますが、「ふーん」と思って、ただ観ているだけだったら、普通のテレビ番組です。しかし、、、

「あなた」が電話で通販会社に注文して、その結果、ネックレスの残数が 1個減ったという場合は、アナログで構築されたインタラクティブ・システムに、あなたが重要な役割で参加したことになります。
つまり、視聴者は、そのシステムの一部です。クルーガの Videoplaceという作品 ( 後の Artificial Realityの一例 )でも、これと同じ事が起こりました。観客が作品の一部に組み込まれているときだけ、その作品は完成していたのです。
それから、・・・ 画面に表示されているネックレスの残数ですけれど、直ぐに修正されないと、他のお客様のせっかくのご注文を断ることになります。「即時性」も必要です。

 <観客> 13インチの CRT・スピーカー ←   その CRTを通して見えた通販スタジオのライブ映像
                                     ↑
        電話 (による注文)   ----------------

お客様の 「あなた」が「注文を出したこと」がきっかけで、インタラクティブなシステムは起動しました。ビデオゲームのソニックに「走れ」と命令すると、画面の主人公が、あなたの気持ちを受けて( スイッチからの入力信号を受けて )、猛烈なスピードで走り回ることと同じです。
また、もしも、「あなた」の今いる場所が 1980年代の米国で、13インチの白黒テレビ( CRTモニタ )を通して通販番組を観ながらネックレスを電話注文していたのでしたら、あなたは、「マルチメディア の原型」をそのとき目にしていたことになります。これについては、また改めてご説明します。
それから、BTFRや 『米米MUSIC RIDE』は体感劇場なので、インタラクティブ性は、ありませんでした。大画面の「体感劇場」+ インタラクティブ性 = 大画面没入型VR、となります。

どうして、事新しく、筆者が「インタラクティブ」の説明をしているのかということですが、プロのVR研究者でも時たま、「VRシステム」と「体感劇場」を混同して、部品の調達などに混乱を生じることが、あるからです。体感劇場には、インタラクティブ性が ありません( ビデオゲームの「デモ画面」と同じです )。ですから、体感劇場の開発期間は比較的スケジュール通りに進行します。一方VRは、試作ができても、実装・現場調整が大変です。
岐阜県各務原市オアシス・パークにあった、おしゃれなレストラン『フィッシュ"オン"チップス』(1999年)は、200インチプロジェクター3面を豪華に使った VRレストランでしたが、2週間の予定で設営に出かけた開発チームは、岐阜駅前のホテルに2か月宿泊することになりました。プロジェクターの調整が、本当に大変だったそうです。
Press Release: https://segaretro.org/Press_release:_1999-12-02:_Dai_14-kai_Multimedia_Grand_Prix_1999_Shiatau_Tenji_Bumon_Saiyuushuushou_Jushou

国際展示の締め切りに追われるVR研究者のデモ試作が、VR( 観客に操作のイニシアティブがある )ではなくて、「体感劇場」型( 機器展示者が説明して、観客はその装置を体感しながら説明を聞く形式 )になるのは、やむを得ません。
ただ、それは、やむを得ないからそうしているので、「VR」のデモではないですね、と誰かから指摘されたら、その通りです、VRにすると展示に間に合わないから「体感劇場」にしました、と正しく説明してあげるようにして下さい。

筆者は、学生対抗のVRの国際コンテストに20年近く係わってきました。学生による自主制作・自主参加のVRコンテストですが、一般参加の学生さんの所属する研究室が、国内の最先端VR研究室だったりしますので、予選敗退で決勝まで進めなかった作品でも、技術レベルは非常に高いです。ですから、予選作品が独自応募で国際学会の技術展示に採択されました、といった嬉しい報せも良く聞きます。
ところで、そうした独自応募のために研究室で仕様に磨きをかける時や、せっかく途中まで、できかかっているのだから卒業研究として完成させよう、といった話になった時などには、研究室を主宰されている先生は最先端のVR研究者なので、学生と先生で、そのVR作品の今後の仕様に磨きをかける方向で見解が別れた場合には、当然、先生の経験のほうが説得力を持つ場合が多いと思います。しかし、ごくたまに、学生が「VR」の仕様について説明して、先生が「体感劇場」を想定しているので、その仕様は必要ないだろうと思い、双方の認識がずれていることに両方が気付かず、互いに納得していないことが、ときたまあるようです。

ということで、また改めて詳しく解説しますが、『VR-1』(1994年)のVRの構成はこうでした。

 <観客> HMD、スピーカー、揺動装置 ← そのHMDから見えた宇宙の戦闘の光景、揺動感
                                      ↑
     発射スイッチ、HMDの方向を検知するセンサー   --------


横浜ジョイポリスに 「昨日」来た「あなた」は、初めて体験する 『VR-1』に、ただただ驚くばかりでした。

しかし、今日は2回目なので、途中で、HMD( メガ・バイザー・ディスプレイ )の視野の外から敵が攻撃してくることも予め分かっています。落ち着いて視線の先の照準を敵に向ければ、冷静に敵を撃墜できました。VRによる、学習効果です。前後左右、そして上下の全方向を眺めるだけの余裕も、2回目になると出てきました。

明日の3回目には、また新しい自分に出会えると思います。映像に合わせて座席が揺れている体感も、明日になるともっと楽しめることでしょう。あなたがVRと一緒に成長することで、明日の『VR-1』の宇宙船乗船体験は、内容が全く新しい体験に更新されるのです。これが、体験劇場にはなくて、VRにある魅力です。

バーチャルリアリティ奥儀皆伝(4)は、こちら。→ こちら

バーチャルリアリティ奥儀皆伝(6)に続きます。→ こちら

画像借用元 : https://4travel.jp/travelogue/10132352
     https://www.inside-games.jp/article/2016/09/13/101877.html
     https://www.youtube.com/watch?v=sC5Zg0fU2e8

2019.08.18     武田lemon六八六八