《その4》『むかしセガ・エンタープライゼスという会社があった』

2020-05-08 | バーチャルリアリティ解説
                          【( 8½ )総目次 
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 □ 追記(2020.04.08):『ぼくたちの大好きなセガ』(2006年)を改題しました。なお、一番最初のタイトルは「セガにおけるアミューズメント事業の展開について」(1993.8.4 社団法人大阪工業会「平成5年度 新商品・新事業開発研究会」における 社外講演の記録、講演者: 株式会社セガ・エンタープライゼス 第5AM研究開発部 武田博直)でした。

 『むかしセガ・エンタープライゼスという会社があった』目次
 (1)セガ・エンタープライゼスの 概要】 【研究開発 / 生産統括部門】 【施設運営 / 機器販売部門】
 (2)【コンシューマ機器販売部門】 【郊外型アミューズメント施設】 (途中まで)
 (3)【郊外型 AM施設】 (続き) 【都市型アミューズメント施設】 【郊外型 / 都市型施設の 機器構成】
 (4)【研究開発部門(R&D)の仕事】 【AS-1の誕生】
 (5)【家庭用コンシューマ機器の開発】【ハイテク・テーマパーク】

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【研究開発部門R&Dの仕事】

 ところで、新しいゲームの企画を考える事が、研究開発部門R&Dの最も重要な役割だ。その仕事は、映画の製作と同じように進められる。最初に、「企画」の担当者が中心になって、開発チームの各担当者、例えば、キャラクターや画面背景の絵を書く「デザイナー」(映画の美術監督に相当する)や、音楽を作る「サウンド」(作曲家)、そして、ゲームのプログラムを作る「ソフト」(映画の編集者に相当する)の各担当者に集まって貰って、自分の考えている新しいゲームの世界観やストーリーを説明する。
 ところで、説明を受ける相手も、ゲームに関しては大変な知識の持ち主揃いであるために、大抵は激論になる。しかし、ゲームの仕様に関しては企画担当者が最終的に責任を負い、各担当者からの提案を勘案して製作に入るのだ。製作期間は、約1年。
 試作品の製作にあたって、例えばレーシングゲームでの F1カー型の筐体が必要になるなどして、従来あったものとは違う特別の筐体が必要とされる場合に、その筐体の設計を担当する役割の技術者も R&Dの一翼である。郊外型や都市型施設での「目玉機器」として現在 最も人気のある「R-360」「AS-1」や「バーチャフォーミュラ」の目につく筐体のデザイン設計は、そんな技術者が担当した。その他に、新しいハードの技術などが必要になった場合に、それらを専門に設計開発する部署もある。最新の業務用ゲーム機、例えば「バーチャファイター」などに使用される新しい CGボード(コンピュータグラフィックスによる映像をリアルタイムに高速で表示できる基盤)については、R&Dの中でも特別に組織された基板設計の部署から産み出されている。
 セガでは業務用機器の開発にあたって、「バーチャルリアリティ(VR)」の技術を応用した大型(目玉)機器に、特に力を注いでいる。CGボードは、その画像処理などに使われて、ヒットにつながっている。
 中山社長は、家庭用機はマルチメディア、業務用機はVR を開発の基本とするよう指示されていた。
 こんな風に見てみると、セガの中で R&Dが一番重要な位置を占めている、と言えそうだ。しかも開発期間が長期にわたるので、来年の市場をよくよく予測した上で、迅速に最先端の機器を開発しなくてはいけない。平成元年頃まで男性向けのビデオゲーム機ばかりを開発していた研究開発部門にとって、郊外型や都市型施設の新しい顧客層に合った新しい種類のゲーム機が求められている現在の状況は、正に新たな挑戦の始まりと言えるのだ。

【AS-1の誕生】

 AS-1 (公式のリリースは 1992年の『マゴ―!』)

 第5AM研究開発部(AM5研)は、ファミリー向けの大型アミューズメント機器、特に 郊外型施設の目玉商品を作ることを目的として組織された。創設は、平成元年。まず、TVモニタ付きのキディライドを開発してみたところ (「企画」担当は 新人の植村比呂志氏)、幼児用乗り物の業界でベストセラーになった。
 AM5研は、いくつかの大型機器を開発した後の平成 4年にVR技術を駆使した「AS-1」を発表した。8人乗りの、油圧駆動によるシミュレータ型の体感劇場マシンである。前後に 4人掛けの椅子が 2列ある。まず、乗り込んでシートベルトを締める。目の前に 約100インチのスクリーンがあって、液晶プロジェクタからここに映される映像に合わせて、座席がすごい勢いで動くことになる。さて、AS-1の映像はレーザディスクの中に収められている。その映像に対応するAS-1の「動き」のデータも、数値化されてチップの中に収めてある。それで、この映像ディスクとチップとを交換することで、別の作品が上映できるという仕組みになっている。
 実はAS-1を作り始めたときに、我々にはファミリー向けのエンターティメントを作るというノウハウは、ほとんどなかった。それまでのアミューズメントセンターには、ほとんど必要が無かった知識だからだ。ところが、縁あって 米国の世界的に有名な特殊撮影監督のダグラス・トランブル氏(『2001年宇宙の旅』『ブレードランナー』『未知との遭遇』『ブレインストーム』など)に AS-1用の映像作品を依頼することになり、『マゴー!』という作品が 平成4年2月に完成した。そしてそれを機に、AS-1を本格的にデビューさせることができた。
 トランブル氏に作品製作を依頼した最大の理由は、ファミリーも数多く通うテーマパークなどの体感劇場に関するノウハウと経験を一番多く持っているのが、この方だったからである。ユニバーサル・スタジオで、1991年から公開されている作品『バックトゥザフユーチャー・ザ・ライド』には、何と休日には 2時間待ちのファミリーやカップルによる行列ができている。それを開発したスタッフが米国からやって来て、AS-1のために『マゴー!』を作り、そのときに我々はノウハウをいっぱい学ばせてもらったのだ。ここでは説明しないが、視野の3分の2以上の大画面で視覚的な没入感が深まることや、Motion Designという多感覚技術の重要な演出テクニックなどである。

(【2006年の追記】 なお、AS-1に当初 係わったメンバーは、筆者 武田博直 のほかに 渡辺克好さん、原代志輝さん、野村昌司さん、高野信幸さんの 5名。この高野さんが 最初にトランブル氏のチームから Motion Design の手ほどきを受けましたAS-1の後楽園遊園地でのロケテストの当日には、現場設置の仕事がない 私と高野さんが AM 5研分室に遅くまで残り、システム故障等の連絡が来ないかと心配で電話を待っていた。だが 電話は鳴らず、実際には その後ずっと AS-1は故障知らずのままで、全世界包括保険の東京海上のセガ・エンタープライゼス担当の方からも「この機械は飛びぬけた優秀作です」と折り紙をつけられている。

 そこで次には、セガの研究開発のメンバーだけで AS-1用の新作に取り組み、完成させたのが『スクランブル・トレーニング』という作品である。乗客は宇宙パイロットの訓練生になって宇宙でのミサイル発射訓練に参加するのだが、いきなり実戦に巻き込まれる。平成5年2月に公開したこの作品は、アミューズメント業界で大きな話題となった。

(【2006年の追記】 このときの AS-1スクランブル・トレーニングの企画は、後に『ムシキング』を生み出す植村比呂志さん。素晴らしい CGの チームリーダーは、この作品の後に『リッジレーサー』や『セガラリー』を開発した セガ入社前の 佐々木建仁さん。ちなみに、AS-1は 外国にも輸出されて、大好評で迎えられました。海外の映画にも、多くの名場面が 引用されています。)

 アミューズメント施設に比較的容易に導入できて 2時間もあれば設置が完了する油圧シミュレータ型のマシンとしては世界で始めて、大画面に向かってのシューティングができるアトラクションとなった。
 そして、乗客(観客)の反応も 上々だった。

 (【2006年の追記】  その後、1993年末に トランブル氏の率いる Ridefilm Corp.の開発チームは ある事情から分裂、解散してしまいました。一方、セガは大型アトラクションを2000年までに数多く開発してきました。トランブル氏から伝承した体感劇場を開発する技法、特に Motion Design の技法は、今では世界的にも貴重なノウハウです。また、米国のテーマパークで培われてきた体感劇場は、受け身の臨場感である感動が中心でしたが、そこに日本の ナムコ社とセガがインタラクティブ性という プレイヤーの自発的・能動的な動作による現実感を付け加えて 全く新しいアトラクションを完成させたのです。それは、日本企業が創意工夫して 世界水準のアトラクションに更に付け加えた 独創性のある面白さでした。詳しくは 「映像情報メディア学会誌」2002年6月号掲載の拙稿「街角でのアミューズメント ~最先端アーケード系アトラクションへの応用~」をご参照下さい。)

 〇 機会があれば、『バーチャルリアリティ学』 コロナ社 2011年 273頁「VR技術の構成要素図」もご覧下さい。なお、同書初版第1刷に矢印の間違いがあるのでご注意下さい。
                                                                                                     <つづく>

《 鋳型化ここまで 》
 フェロー武田 『むかしセガ・エンタープライゼスという会社があった』(4)
 Blog TP-VR Attract.のトリビア 2021.8.13



 AM 5研が 郊外型施設の目玉機器、そして、都市型テーマパークのアトラクションを開発し始めた頃のメンバーは、当初からの AS-1の 5名の他に、水本憲治さん、青木武さん、織田忠吾さん、中野智さん、小山宏樹さん、植村比呂志さん、川又圭一さん。AS-1の完成 間近には、この全員が 部材の 組み立て・現場設置などに係わっている。AS-1のオペレーションマニュアルを見事に仕上げてくれたのが、水本さん。この AS-1のマニュアルが、ジョイポリス 全機種のマニュアルの起点になった。逐語訳されて、海外のジョイポリスでも活躍している。この後に、即戦力として増強されたメンバーが、森隆一さん、土居秀顕さん、石井和美さん、竹内貞義さん、水口哲也さん、安丸信吾さんなど。特に 森さんは、機器の調整に妥協がなかった。(1991.07.09 の住所録による。) AS-1の電気系統は、当初から高野信幸さんがベテラン青木さんの指導(主に)で 全部を設計した。しかし『米米MUSIC RIDE』の 4台連結 32人化のとき (確か)別の開発に回り、5研の部内にいた峯松真人さんに その電気系統を担当して貰った(旧(4))記憶している。

 1993年の AS-1『スクランブル・トレーニング』のコンテンツ開発には、上記に 植村比呂志さん、佐々木建仁さんのお名前を挙げたが、他に、音楽の 高木保浩さん、効果音の 野宮牧人さんなど 部外から大勢の才能が参加してくれた。モーションデザインは、安丸さん。なお、一部のネット上の記述に誤解が見られるので書いておくと、5研から独立した水口哲也さんと 元トランブルさんチームの マイケル・アリアスさんが共同企画した作品は 1994年の AS-1『メガロポリス』という作品で、こちらは SIGGRAPHの Electronic Theaterに応募して採択されている。そのモーションデザインは、土居さんが担当した。この『メガロポリス』の採択と同様に『スクランブル・トレーニング』『VR-1』などについても MMCAマルチメディアグランプリなどの機会に応募すれば十分に入賞する水準だったと思われるのだが、植村さんが「まだ発展途上の作品ですから」と改良を考えていたので応募しなかった。もっと強く勧めるべきだった、と反省している。

 ※ 強引な誘導だが ( 8½ )(32)の上のほうに『VR-1』『スクランブルトレーニング』の動画リンクを貼っておいた。

『むかしセガ・エンタープライゼスという会社があった』(3)は、こちら。→ こちら
( 8½ )「暫定総目次
『むかしセガ・エンタープライゼスという会社があった』(5)に続きます。→ 
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