弓道修行日記

このブログに、弓道修行する中で、学んだこと、考えたこと、試行したこと等を書き残し弓道修行の友とする。

NHK朝ドラ「まんぷく」ラーメン作りの研究、その試行錯誤を見ていて、弓道もこうあるべきだと考えた

2019-02-06 | 意見発表

 極意をつかめ

 

今年に入って、8年ぶりに弓道を再開したことは前稿で書きました。

巻き藁で練習しつつ,YouTubeで射を見て少しずつ思い出しているところです。

NHK朝ドラ「まんぷく」ラーメン作りの研究、その試行錯誤を見ていて、弓道もこうあるべきだと考えました。

弓道の要諦は・・・

ロボットのような人体に、プログラムを仕込むこと、

どんなプログラムか・・・

そこが難しい

だが、人体は人の心・意識・考え・・・で動く・・・と考える。

その「心・意識・考え」どうするかが分かっていないのです。

会は、10秒の会と決断しました。

10秒の会をどのようにして達成するのか。

今日、現在の会の意識・・・

「腰を入れ、1,2,3腰を入れ、全身を、縦線を伸ばす

胸を開いて、1,2,3胸を、大きく、大きく、大きくと横線を開く)」

下筋、下筋・・・縦横十文字の大きな星形に開いた会を考えています。

離れは「押して、開く」ですが、これを説明すると一本の論文になる。

この、会、離れは毎日試行錯誤を繰り返しています。

そこの所が、まんぷくのラーメン作りと似ていると思います。

離れはその意識の持ち方で矢どころが変わることも分かりました。

前矢が出る人は、押しての押しが不足していると思います。

正しい会とは何か、

その為の正しい引き分けとは何か

それにはインスタントラーメンを作り上げた、試行錯誤が有るのです。

急いではいけない、会で何をしなければならないのか考えましょう。

その前の弓道の要諦(物事の最も大切なところ。肝心かなめの点。ようたい。)を考え、その達成はNHK朝ドラ「まんぷく」ラーメン作り試行錯誤を考えましょう。

その中に「極意」をつかめるのです。

極意とは「学問や技芸などで、核心となる大切な事柄。奥義。「極意を授かる」「極意を会得する」 」

極意をつかむと、いつでもどこででも正しい射ができるのです

弓道の極意をつかみ、人生の極意をつかむのです。

昔、月刊誌「弓道」の巻頭の言葉に中野慶吉先生が「極意とは」と言う話を書かれていました。このブログでも書いていると思うのですが・・・探してもう一度読んでみたいと思います。

中野慶吉で検索したらこんなのが有りました。

教本の巻末にある 八節図解
以前、中野範士が関与しているような話を聞いた事があるのですが、「いや違う」という話も最近言われて・・・
詳細お分かりになるでしょうか?
モデルは中野慶吉範士です。
弓道教本の第四巻で射技詳説で用いている絵と同じです。

 

イメージ 1
イメージ 2
 モデル・・似ていますか??

 

図解に用いられた図は,中野慶吉範士が日本画家木村武山の高弟,海老沢東丘に依頼して描かれた物です。
昭和30年代の初め頃から数年間,中野範士の行射を写真撮影したり,スケッチして作成したものです。原図は模造紙大だったそうです。
イメージ 3その後,中野範士が解説をつけて図解を編集し,全日本弓道連盟出版部に提供し,それをもとにして,中野慶吉範士編「弓道八節図解」(6枚一組180円)が印刷され,昭和34年頃に講習会資料・道場掲示用として頒布されました。
 
現在のものは昭和42年に作成頒布されたものです。
 
「射法訓」「禮記射義」についても笠間市の吉田義男(胡桃)に書いて貰い,それが印刷されて現在に至っています。

 

参考
猪野嘉久著 弓道範士 中野慶吉 (1993)年 中野慶吉至誠館同門会 発行 p294
 
以上転記
 

「引分けは伸筋で押し伸ばせ」にコメントー私の提案の離れも ...

https://blog.goo.ne.jp/kyuudou-syugyounikki/e/d2544a757d...

その原理原則はいかなる時も不動のものとなるのです。中野慶吉先生は「極意とはいつでもどこででも同じ事ができることだ」と言われたそうですが、それは原理原則が掴めているとそうなるのです。算数の公式の発見みたいなもの ...


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (竹 弓子)
2020-02-14 20:20:07
先生の理論 大変参考になります
只 会ですが
私の考えは 逆に 会を持とうとしない事です。
会を 持とうとする事自体 雑念だと思います。
的へ 当てようとする事も 雑念
的へ 当てようとせずに 気力 体力 精神力が 充実していれば
自然に 会を持てるように なると思います。
会に入ってから 気力を充実させるのではなく
会に入る前から 気力を充実している状態だと思います。
体力で 引くのではなく 気力だけで引く感じだと思います
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Unknown (竹林)
2020-03-07 14:28:33
とらわれない心 こだわらない心 かたよらない心
広く 広く もっと広く
これが 空の心
会 とか 離れとか 残心の形は無くて
全て 引き分け ずーっと引き分け
これこそが 弓道の本質だと思います。
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Unknown (竹弓子)
2020-03-11 16:18:48
弓道をならふというふは、自己をならふなり。
自己をならふといふは、自己をわするるなり。
自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。
万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。
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Unknown (珍竹林)
2020-03-14 23:25:48
会に執着するのは、弓道の本質を失い、弓道をただ表面的に理解することである。
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