篠原美也子のアルバム『いとおしいグレイ』(1994年)から、『パーティ』を、聴いてみる。
自分の望まぬ誰かが主役なのが、望んでいきたくはない、パーティ、だな、と思う。
篠原美也子の2005年のナンバー、『白い月』を、2005年のアルバム“us”より、聴いてみる。
闇を照らす月のような存在、それが、このアーティストだった、と言う想いで、ピックアップ。
篠原美也子『満月』(1993年)を、1993年のアルバム『満たされた月』より、聴いてみる。
満ちた月を、あまり見られなかったのが、2019年の去年だったな、と思う。
篠原美也子『月光』(2017年)を、2017年のアルバム“Lighthouse Keeper”より、聴いてみる。
金曜でも、満月でもないけれど、何となく、聴きたくなったので、ピックアップ。
篠原美也子の1994年のシングル『ジレンマ』より、『花束』を聴いてみる。
今は、この曲を歌う、アーティストの為に、花束を――。
篠原美也子『誰の様でもなく』(1993年)を、聴いてみる。
理想的な誰の様でもない存在には、成れないままに――
篠原美也子“Time is ripe”を、アルバム『海になりたい青』(1993年)から、聴いてみる。
何の時も、今――けれど、その今、は、なかなか、都合良くは、来ないものだな、と思う。
篠原美也子『ダイヤモンドダスト』を、福娘。のシングル『夏ノ花』(2003年)から、聴いてみる。
一瞬の勝利の夢よりも、一瞬で決まった敗北の輝きは、ダイヤモンドの輝きよりも、鈍い。
篠原美也子“Good Friend”(1996年)を、セルフカバーアルバム“everything is passing”(2004年)から、聴いている。
今は、この曲を歌うアーティストの為に、ピックアップ。

2003年の篠原美也子のセルフカバーアルバム“SPIRAL”より、1993年のナンバー、『冬の夜』を、聴いてみる。
悔しさは、冬の寒さの痛みにも、似ている。