琵琶湖から小浜までは、存外に近かった。今津からだと40kmにも満たない。
車を走らせる国道の案内板に、福知山やら舞鶴やらの地名がでてくると、日本海にやってきた実感がわいてくる。
漁港で朝飯を食べた僕は、小浜の街から離れた山あいに建つ、羽賀寺にやってきた。
昔、この地に鳳凰が舞い降りて、羽を落として去っていった。それを時の女帝・元正天皇(ゲンショウ)に献上したという。
女帝、大いに喜び、その場所に寺を建てるよう行基に命じ、羽根を慶ぶという意味で、羽賀寺(ハガジ)と名付けた。
創建は、霊亀2(716)。元正天皇即位の翌年のようだ。 この集落に、羽賀寺がある。山の向こうは日本海。
本堂へは、木立の中を抜けていく。
本堂
石段を上ったところにある本堂は檜皮葺でどっしりとした風格があり、反り返った軒の流線がすこぶる秀麗。
それこそまるで、鳳凰が翼を広げたかのような連想を起こさせる。
となりに立つ大きな銀杏の樹は、秋には見事な黄金の提灯となり、本堂を更に彩るのだろう。(たぶん、今がそうだろうなあ)
堂内を案内してくれたのは、坊さんではなく普段着のオバサン。
僕のほかに一組のカップルがいて、着座を待って、案内のオバサンの解説が語られだした。
それはそれは滑らかな弁調で、立板に水というにふさわしい、流れるような語り口。
どうやら相当のベテランのようだった。
しんと静まり返った堂内には、高さ146cmの観音さまが立っている。
僕がこの寺を今日の一番に選んだのも、この国宝の観音さまに会いたかったからだ。
みうらじゅんが「エロタンク」と称した涙袋が、とても印象的なお顔立ち。
観音さまってたいてい伏し目がちなのに、この観音様の視線は、薄目の目つきでこちらを見据えているようだ。
にょろっと真っすぐに延びた右手は、手首を反り上げて中途半端な動作で止まっているようにも見える。
印を示しているわけではなく、垂れ落ちそうな衣の裾をとっさに受け止めているようでもあり、これから何かに触れようとしているようでもある。
とにかくその右手は、異様に長い。なのに違和感を感じないのは、よく見ると下半身も長いからなのだろう。
天衣に隠れた股下を想像すれば、すらりと長い美脚が眼に浮かんでくるようだ。
長いこと秘仏であったおかげで、1300年近くの時間を経ても彩色がよく残されている。
ただ、これから先、こうして外気に触れ、薄明かりだとしても照明に晒されてしまうと、その鮮やかさは失われてしまわないか心配ではあるが。
とにかく、どこに眼を移してもぜんぜん飽きがこないほどの存在感がある。
それゆえ、目の前で呼吸をすることをためらってしまう。まさに、息を呑んで見入るとはこのこと。
僕にとっては、美しいという言葉よりも、もはや妖しいという言葉こそよく似合う観音さまだ。
この観音さま、美貌を称えられた元正天皇の生き写しとも言われている。
なるほど、気高さがよく表れていて、近寄り難いオーラがある。
そもそも元正天皇という人物、首皇子(のちの聖武天皇)が幼少だったために中継ぎ的に即位した天皇だった。
おそらく周囲からも期待されていなかったのかも知れない。
鳳凰の羽根云々というが、だいたい吉兆が起こるときというものは、独裁者に媚を売るとか、悪政の批判を外に向けるとかという場合がよくある。
おそらくこの場合は、不人気治世者に箔をつけたかったといったところだったろうか。
その場所が、奈良の都周辺ではなく、朝鮮半島からの最寄港・小浜というところがみそ。
たぶん、国内だけでなく、半島へのメッセージでもあったのだろうと感じる。
この時代の天皇家は、蘇我氏の血筋が色濃かったけど、それはこの元正女帝までで、次の聖武天皇からはその後代々続く藤原氏の血筋となる。
そんな主流派争いでまだまだ日本の政権の中枢が揺らいでいたからこそ、自分が正当な日本の統治者であると示したかったのではないか、と見るのは少々穿ちすぎだろうか。
で、ふと、今度はほかのことが気になってくる。
寺を建てたのは行基、だという。
元正女帝の頃となると、確か行基はまだまだ私度僧のはずで、むしろ政権からは民衆煽動の嫌疑をかけられていた頃じゃない?
勅命をうけて寺を建立するような立場どころか、反体制の危険分子とレッテルを貼られたはずだと思うんだけど。
・・・ま、いいか。 ご朱印
(つづく)
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