Konemyのベル

『毎日を特別なものにする為』
その日の総括、思う事、省察……
ここは「のべる」場です。

歴史の傍観者

2021年03月11日 14時46分00秒 | 日記
おはようございます。

Konemy述べる時間です。

今日は2021年3月11日。

いち表現者として

日本人として何か語らねば。

そんな事を想いながら

QWERTY配列と液晶に向かっています。

こんな話をすると年齢が分かってしまうのですが

ここまで濁しながら書いてきましたが

別に隠していた訳でもないので。

当時、私は小学五年生でした。

帰りの会(?)

そう呼んでいた、いわゆるHRですね

を始める直前か

始まった直後か

はたまた途中か。

地鳴りのような恐ろしい音を耳にしました。

以前にも似た経験がありましたが、これほどのものは初めて。

「地震が来る」

揺れ始める前に私は隣の席の友人に告げていたと思います。

大きな揺れが始まってからは訓練通りのマニュアル行動。

震度5強。

揺れが収まり、机の下から這い出た先に問題はなく

幸いにも大きな被害は確認出来なかった。

人生初めて経験した揺れの大きさだった割に私は冷静だった。

多くの児童が迎えに来た保護者と共に帰るなか

私は家庭の事情で親が迎えに来られない児童たちを引き連れて集団下校した。

小学6年生は既に卒業していたのだと思う。

私の他に小5はいなかった。

自宅に帰ると親がいた。

誤解しないで欲しい。

決して私は親が迎えに来なかった事を責める気は微塵もない。

こんな非常時でも迎えに来ないほど冷静な親に育てられたからこそ

未曾有の揺れを経験した後も冷静だったのだと強調したいのだ。

自宅の大した被害はなかった。

強いていうならば、散らかった自室の本が崩れていた程度。

掃除しよう。

当時の私の思い出話はこれくらいにして。

10年である。

ちょうど震災を知らない世代

震災後に生まれた子供達が現在小学5年生以下である。

私が震災を経験した小学5年生。

10歳は外見こそ子供だが

内面は大人を同居させた子供である。

経験した事、見た事、聞いた事を語る資格を持つ。

大事件である。

後世に語られる、語られるべき出来事である。

歴史である。

歴史的地震を経験し

被害を受けた状況の映像を見て

被災者の声を聞いた。

知らない世代が語る資格を得た現在。

私は立派な「歴史の傍観者」である事を自覚した。

最後に一言、何となく言ってみたい。

風化させない事と復興しない事は同一ではない。

              それでは bye! Konemy