恋、ときどき晴れ

主に『吉祥寺恋色デイズ』の茶倉譲二の妄想小説

話数が多くなった小説は順次、インデックスにまとめてます。

怪談in吉祥寺恋色デイズ:7人目

2015-08-17 07:20:06 | 吉祥寺恋色デイズ

 

これは昨年の8月にupしたお話の再掲です。
去年からブログに来てくださっている方、もう読んだよ~って方はごめんなさい。
新規のお話はしばらくお休みしますね。

 

 ☆☆☆☆☆

暑い夏が続きますね。
そろそろ身体もこの暑さに疲れて来る頃です。
そんなあなたに、気分だけでも涼しさを味わってもらおうと怪談話を企画しました。


☆☆☆☆☆

7人目 湯野剛史

剛史「最後の話は飛び切り怖いのを」
☆☆☆☆☆

『吉備津の釜』

 
昔むかし、今の岡山県にある吉備津神社の神官香央(かさだ)の娘と由緒ある武士の出の大百姓井沢家の長男正太郎の結納がまとまった。

しかし、この正太郎は酒と女に明け暮れる身持ちの悪い男だった。

香央(かさだ)の神社では結婚の前に恒例の鳴り釜の神事を執り行なった。

鳴り釜の神事とは、釜に湯を沸かし吉凶を占うもので、吉なら釜が牛がほえるように鳴り、凶なら釜は音がしない。

ところが、娘の結婚の吉凶を占う神事で、釜はほんの虫の音ほどの小さな音しかならない。

香央(かさだ)はこの結果を妻に相談した。しかし、娘を良いところに嫁がしたい妻は色々理屈をつけて結婚を勧めた。


香央(かさだ)の娘の磯良(いそら)は井沢家に嫁ぐと朝から晩までよく働き、その父母にも良く仕えた。

また、夫の正太郎にも真心をを尽くして仕えたので、2人は仲睦まじく暮らしていた。

しかし、生まれつきの浮気な性質はどうしようもない。

いつのころからか、袖(そで)という名前の遊女となじみ深くなり、ついには近くの里に家を用意して住まわせ、そこで何日も過ごして磯良の元には帰らないようになった。


 正太郎の父は磯良の思い詰めた様子を哀れに思い、正太郎を責めて部屋に閉じこめてしまった。
 磯良はこれを悲しがって、朝夕の世話も特にこまめにし、その上、袖の方にも物を送って、誠の限りを尽くした。

 ある日、舅が家にいない間に、正太郎が磯良に言った。

「あなたの真心を見て、私は今、自分の罪を悔やんでいます。袖を故郷に送り返したら、父も怒りをおさめてくれることでしょう。彼女は親もなく、悲しい身の上なので、可哀想に思い情けをかけたのです。
 しかし、私は閉じ込められていて、袖にお金を渡して故郷に返すこともできません。あなたは事情を汲み取って、彼女に渡すお金を用意してくれないだろうか?」
と。

正太郎は改心したのだと磯良はとてもうれしく思った。


 そして、磯良は自分の衣装や手回りの道具などをお金に換え、その上実家の母にも事情を伏せてお金をもらい、正太郎に与えたのであった。

 正太郎はこのお金を持って密かに家を脱出し、袖を連れて、京を目指して駆け落ちした。

 これほどまでにだまされて磯良はもうひたすら恨み嘆くばかりで、ついに重い病になって床に伏してしまった。


 さて、播磨の国、今の兵庫県、荒井(あらい)の里に、彦六という男がいた。彦六は袖と従弟であったので、正太郎と袖は、まず彦六を訪ねた。

 彦六と正太郎はとても気があったので、正太郎は彦六に誘われるまま、すぐ隣のあばら屋に住むことにした。


 ところが間もなく袖がわけもなく苦しみ出して、物の怪が取り憑いたかのごとく狂ったようになった。
 正太郎は袖を抱いたりして介抱したが、袖は見る見るうちに衰え、医薬の少しの効き目もなく、七日後に死んでしまった。

 正太郎は泣き悲しんだ。


 秋になり、袖の墓に参り嘆き悲しんでいると、隣にはまた新しいお墓が一つできている。
 その墓には若い女がお詣りしていた。女は主人を亡くした奥方が悲しんで病に臥せっており、代わりにお参りをたのまれたと話した。

 その奥方が隣の国にまでも評判の美人だったという女の言葉に正太郎は興味を持ち、女に連れられその家に出かけた。


 少し暗い林の裏に小さな茅葺きの家があった。竹の戸が侘びしそうに見える。
 上弦の月が明るくあたりを照らして、広くはない庭が手入れする人もなく荒れている様子が分かる。
 かすかな灯火の光が窓の紙の破れたところから漏れていて心淋しい。

 「ここでお待ち下さい」と言って、女は家の中に入っていった。

 苔が生えた古い井戸のそばに立って、家の中を覗いて見ていると、ふすまが少し開いているところから、火影が風に揺れて黒い棚がきらきら光っているのも奥ゆかしく感じられる。


再び女が出てきて、

「あなたがいらっしゃったことを奥方に伝えますと、

『入ってもらいなさい。屏風を間に立てて、お話しましょう』とおっしゃいました。そこへお入り下さい」

と言って、奥の部屋へ案内してくれた。

 部屋の中には低い屏風が立ててあった。
 屏風から古い布団の端が見えていて、奥方がそこにいることが分かった。

 正太郎は奥方のいる方に向かって、

「悲しくて病気になってしまわれたとか。私も愛しい妻を亡くしてしまいましたので、同じ悲しみの中にいる者どうし、お話がしたくて、厚かましくもお邪魔したしだいです」
と言うと、

奥方は屏風を少し開けて

「こうしてお会いできたことはとても不思議に思います。報いの辛さがどれほどのものであるかを是非知っていただきたいのです」

と言うので、その言葉に驚いて見てみると、故郷に残してきた妻の磯良(いそら)がそこにいるではないか。
 
 顔色は非常に青ざめていて、とろんとしたまなざしも凄まじい。
 正太郎を指さしている手は青くて細い。

 そのあまりの恐ろしさに
「ああっ」
と叫んで倒れ、意識を失った。


しばらく時間が経って、正太郎は我に返った。

 そこは家ではなく、荒れ野の三昧堂で、黒い色の仏様だけが立っていた。


 家に走って帰って、彦六にこの恐ろしいことがあったと話をした。彦六は

「なあに狐にだまされたのに違いない。刀田(とだ)の里にありがたい陰陽師がおられる。そこへ行って身を清めてもらい、魔よけの札をもらって来よう。」

と、正太郎をさそって陰陽師のところに行き、出来事を初めから詳しく話して占いを頼んだ。


 陰陽師は占った結果を見てこういった。

「禍はもうすぐそこまで迫っていて容易ならざる事態である。
 先に袖の命を奪ったけれども、恨みはまだ尽きていない。
 あなたの命も今日中と迫っている。
 この鬼(磯良のこと)が世を去ったのは七日前だから、今日から四十二日の間、戸を閉めて、厳重な物忌みをしなければならない。
 私の戒めを守れば九死に一生を得て無事に済むかも知れない。
 少し誤っても死を免れることはできないだろう。」

と、筆をとり、正太郎の背中から手や足の先まで古代の漢字のような文字を書いた。

 加えて、朱書きの守り札をたくさん書いて与え、
「このまじないをすべての戸に貼って、神仏に祈らなければならない。誤って身を滅ぼすことのないように。」

と教えられた。
正太郎は恐れまた喜んで家に帰り、朱符を門や窓に貼り、厳重な物忌みにこもったのであった。


その日の真夜中に怖ろしい声がして、

「ああ憎らしい。ここに尊いお札を貼ったりして。」

とつぶやく声が聞こえたが、1度だけであとは何も声が聞こえなかった。

 正太郎は怖ろしさのあまり、震えながら長い夜を過ごした。

 そのうちに夜もやっと明けてきて、生き返ったような心地がした。

 急いで彦六の家の壁を叩いて彦六を起こし、昨夜の出来事を話した。

 そこではじめて彦六も陰陽師の言ったことが本当だった。実に不思議だと言って、自分もその夜は寝ないで夜中がくるのをずっと待つことにした。


 松を吹き抜ける風はそこいら中の物を倒さんばかりに強く、雨までもが降ってきて、尋常ではない夜の気配に、壁を隔てて声を掛け合い、やっと夜中を過ぎたころになった。

 するとその時、正太郎の家の窓の紙にさっと赤い光がさして、

「ああ、憎らしい。ここにも貼ってあるとは!」

という声が深夜の静寂の中にすざましく響き渡り、正太郎と彦六は髪の毛はもちろん、体中の毛という毛がことごとく逆立って、しばらくは死んだような状態になった。


 夜が明けると夜の出来事の怖ろしかったことを語り、日が暮れると夜が明けるのをひたすらに待って、その数十日は千年も過ごしたような気がした。

 あの死霊も毎晩家の周りを歩き回り、屋根の棟に向かって叫び、怒りの声は夜毎に激しくなっていった。


 こうして、四十二日目の夜がやってきた。


 長かった物忌みもやっと今夜で終わるので、いつもより一層身と心を慎ましくしていると、だんだんと東の空も白々と薄明るくなってきた。

 正太郎は長い夢から覚めたような気持ちであった。

 すぐに彦六を呼ぶと、壁の向こうから
「どうした?」
と寝ぼけ声の返事が返ってきた。

「厳重な物忌みもやっと終わった。長い間、あなたの顔も見ていない。
懐かしい気持ちで、このひと月余りの怖ろしさを心のままに思いっきり話して、さっぱりしたい。
目を覚まして下さい。私も家の外へ出ますから。」

と正太郎は言った。

 彦六は慎重な男ではなかったから、

「すぐこちらへ来るように」と返事をした。

と、彦六が戸を半分も開けないうちに、正太郎の家の軒で
「ああ!!」
と叫ぶ声が耳を貫いて、思わずしりもちをついてしまった。

 「これは正太郎の身に何かあったに違いない。」

と思い、斧を引っ提げて道に飛び出していくと、正太郎が明けたと言った夜はまだ暗かった。

 月は中天に懸かり、その光は朧で、風は冷たく、正太郎の家の戸は開けっ放しのまま、人の姿すら見えない。

「家の中に逃げ込んだのか?」
と走って家の中に入って見たけれども、正太郎の姿はない。

「道に倒れているのだろうか?」
と思い、探したけれどもそのあたりには物一つない。

「どうなったのだろう?」
と、灯火を掲げてあっちやこっちを見回ると、開けてあった戸の横の壁に生々しい血が注ぎ流れていて、地面にまで伝っている。

 しかし、死体も骨も見当たらない。

 月明かりの中でよく見てみると、軒の端の方に何かがある。

 火で照らしてみてみると、男の髪の髻(もとどり:髪を頭のてっぺんで束ねたもの)だけが引っかかっていて、他には何もない。


 夜も明けてきたので、近くの野山も探したが、結局、正太郎は見つからなかった。

 このようなわけで、陰陽師の占いのすごさ、そしてまた御釜祓に出た吉凶も見事に当たったことは、本当に尊いことだと人々は今日に至るまで語り伝えている。


☆☆☆☆☆



エピローグへつづく



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。