もっとましな嘘をついてくれ ータイ歌謡の日々ー

タイ歌謡について書いたり、うそをついたり、関係ないことを言ったりします。

海のものは だいじょうぶですか

2023年10月21日 14時05分58秒 | タイ歌謡
 いつだったか、ここ10年くらい腎臓の結石とは無縁であるというようなことを自慢げに書いたことがあったが、記録は11年程で止まった。ざんねんだ。
 尿路結石だということに「あれは贅沢病なんだろ」と言われたこともあって、ちょっとスマフォか何かで簡単にググることもせずにそんなことを言う奴は尿路結石になってしまえばいいと切実に思った。人を呪わば穴二つというが、こっちはもう持病になっているのでなぁーんも怖くない。思い切り呪ってやる。石持ちになってしまえ。間違って魚のイシモチになっても面白いから許す。知り合いの魔法少女に頼んで魔法の杖を振って「石持ちになぁーれ♡」と、可愛らしく呪って貰いたいが、そんな知り合いがいないので、ご存じの方はお知らせいただきたい。
 いや。そんなことより尿路結石の症状の話だ。
 つい2ヶ月ほどまえの土曜の夜に、なんだか腰が痛くなって(あ。ぎっくり腰かな)と思いながら眠りに就いたが、早朝まだ薄暗い時分に痛さで目が覚めて(あ。この生まれてきたことを後悔するような激痛は、ぎっくり腰なんかではない。結石だ)と思い当たった。もう5~6度目かな。いや。記憶を辿って数えたら7回目だった。うち病院の救急外来に駆け込んだのは4度だ。慣れてくると痛み止めで激痛を騙し、水分を多めに摂って無理矢理に靴を履いて散歩などすると、その運動の衝撃で石が落ち出てくる。すると、それまでの痛みが「うっそぴょーん」みたいに、あっけなく消滅する。あの痛みは結石が尿管を塞いでしまって腎臓の尿が溜まり続けて炎症などになって激痛を引き起こすという理屈だ。救急外来の医者であろうとそこまで知らず、結石のトゲトゲが尿路を刺激するものだと思い込んでるんだよ、と斯界の権威に聞いたことがある。
 どういうわけか激痛に襲われるのは深夜ばかりで、白昼堂々と痛くなったのは2度だけだ。深夜の救急外来だと、とりあえず痛み止めで処置して、専門医が来るのは翌朝だから、いったんおうちにお帰りくださいと言われる。いつもそうだ。
 昔は痛み止めといっても「痛みの王様(キングオブペイン)」と言われるだけの尿路結石だから、モルヒネなどを打たれていたが、最近はそんなことなくて飲み薬の方のヴォルタレン50mgくらいでウソみたいに痛みが消える。だから護符代わりに痛み止めの薬を常備しているので、それを服用した。これが凄い。飲んで30分も経たないうちに(あ? そういえば、すっげぇ痛かったんだった)と気がついて驚くのがいつものことだ。
 薬を飲む。→むぐぐぐ。→いてていてて。→あいたー。→うーん。→はぁー……。→ふぅー。……→あ! そうだ。痛かったんだ。という経緯で、安堵が先に来て冷静になってから痛みが引いたことに気づくのだ。凄いよね。ホントに小さな錠剤を飲んだだけなのに、あの、出産よりも遙かに痛いと言われるキングオブペインを撃退しちゃうんだ。ビバ医学の発達! あれ、どうなってるんだろうね。あんな小さな薬を飲んだくらいで根本的に病気が治るわけがなくて、痛み止めってのは痛みのセンサーが脳に信号を送る途中で、その伝達を遮るか、麻痺か何かさせてわからなくするか、そんなところなんだろうけど、ホントに覿面に痛くなくなる。

 結石には、なん種類かあって、おれの場合はシスティン結石ってやつだ。結石患者の1~2%しかいないといわれ、希少種という割には18,000人にひとりという割合だから札幌に100人以上で、そんなに希少でもないじゃんね。これ、生活習慣病なんかじゃなくて染色体異常だそうで、殆どは男で、しかも遺伝する。おれの爺さまも親父も同病だった。息子もそうだろう。すまん。
 システィン結石はレントゲンに写らないんでCT検査じゃなきゃならないんだが、その旨伝えると街の泌尿器科なんかは「あー。そう……」と言って検査がなくなるんだが、大きな病院だと「システィン結石!」と、医師の目がキラキラ輝き「CT撮りましょう」ということになる。バンコクの病院では「尿瓶をタダで差し上げますから、結石が出たら私にください」とねだられた。出た石をアクセサリー屋で買った宝石ケースに入れて差し上げたら、むっちゃくちゃ喜んでいた。この検査というか撮影の意味が甚だ疑問で、CTで首尾良く見つけられても「あー。腎臓に12個ありますね。1ダース。お薬出しますね」ということになり、数ヶ月飲み続けて「結石は順調に減ってますね。6個になりました」とか「こないだよりも増えてますよ」とか、システィン結石だから生きてりゃ腎臓内で作られ続けるわけで、痛みの予防ってのは適度な水分摂取と適度な運動で排出するしかないのだ。撮影して数を数えることに意味がない。

 ところで、ビッグサンダーマウンテンに乗ると、これが治るというのを読んで驚いた。

ビッグサンダーマウンテンに乗って尿管結石が出た人続出…実証研究で排石率は先頭席12.5%、最後部席63.9% 乗馬やヨガで振動やGの力を利用して石を動かす画期的治療法も

アメリカ宇宙局(NASA)や軍隊で任務中の発作を予防するために膨大な予算をかけ研究が行われている尿管結石。岡山大学医学部の中尾篤典教授が、その画期的な治療法を見つけ...

PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

 

 まあ、これを読んで結石の話を書こうと思ったんだけどね。この下方向に、どぉーん! と衝撃が来るのが良いんだろう。慣性の法則だね。あ。それとも衝撃波で結石を砕いているのか。そういえば超音波で結石を砕く治療法もあったよな。超音波式のミスト発生装置なんて、安いのは送料込みでも2000円もしないから、それ買って腎臓辺りに当ててりゃ良いのかもしれない。こんなこと真剣に考えてもしょうがないか。

 さて、話は一気に遡って2012年のことだ。
 訊かれたのであった。
「มีอะไรผิดปกติ ของทะเล(うみのものは だいじょうぶですか)」と。
 何を言っておるのだ。
 いや。言ってることの意味はわかる。海のものはだいじょうぶか、と訊いている。
 でも。
 その意味はわかるが、言っていることの意味する所、つまり質問の真意がわからない。
「คุณหมายถึงอะไรค่ะ(どういう意味ですか)」
 隣で聞いていた、うちの奥さんが助け船を出してくれた。端で聞いていて、ちっとも要領を得なかったからだ。こういうときの、うちの奥さんの声の緯度は80°くらい北上して、ひどく冷たいものになる。そういえば結婚まえは氷の女王みたいだったもんなあ。ヒエラルキーの上の人が下賤な者を従わせるような物言いだ。うちの奥さんが嫌いな物の一つが、そういった服従で、はたして、このあと自己嫌悪に苛まれていた。
「ค่ะ!(はい!)」看護婦さんの背筋が伸びた。いけね! このひと、エラいひとだわ。と身構えている。ええと、つまりですね。海鮮を食べたときにアレルギー反応はあるのでしょうか、という質問をしたかったのです、と恭しく看護婦さんは答えた。おれがガイジンだから、わかりやすいタイ語で、と思ったんだろう。確かにわかりやすいタイ語だったが、そのせいで意味がわからなかった。
 おれは病院にいた。尿路結石で運ばれてきて、痛み止めで一心地ついたあとの質問だったのだ。結石と海鮮アレルギーに何の関係があるのかというと、結石のレントゲン撮影に際し、造影剤の注射を打ちたいのだが、その造影剤は海鮮アレルギーがあると反応することがある、ということだった。
「บวมครับ(腫れます)」おれのタイ語も大概だよな。「จับกุ้ง(海老を掴むと)」
 そう答えると、看護婦さんは「ふうん」と少し考えたあと、にっこりと顔を上げ、「痒くなるかもしれません。(その場合は)我慢ね」と言う。けっきょく打つのかよ。
 そのまま黙っていたら「うみのもの」を注射されていたんだろうが、看護婦さんに「いや。さっき医師に説明したんだが、おれのはシスティン結石だ。システィン結石はレントゲンに写らないよ。医師に伝えてくれたまえ」と述べると病院内なのに、たたた、と駆けていった。
 結果として撮影は有耶無耶になってしまい。そんなことはいつものことなので問題ないが、そのあとで海鮮を食べるまえに、うちの奥さんは「うみのものは だいじょうぶですか」と訊くのが恒例となった。どうかすると日本語で訊くこともある。質問が気に入ったらしい。
 はて。
 うみのものは、だいじょうぶなのだろうか、おれは。
 山育ちだからね。
↑AIに描いてもらった「うみのもの」
 ところでパレスチナ問題が大変なことになっていて、知人に説明を求められることも多いんだが、訊かれても困る。おれはそっちの事情に明るいというわけではない。ただ1991年の夏にイスラエルに2週間ほど滞在歴があるというだけだ。そんな短期間で一国の事情などわかる筈もなく、ましてパレスチナ問題は、どの不確定性原理の定式にも匹敵するような難問だから、「あれは、どーなの?」と簡単に訊かれても返答は、「うーん。わかんない」と言うよりない。
 したり顔で「あれはイギリスが悪い」と言う人もいて、それは間違ってはいないが、イギリスが統治していた頃は入植したユダヤ人とパレスチナのアラブ人はいがみ合うことなく仲良く暮らしていたわけで、ヒトラーが残虐の限りを尽くし大勢のユダヤ難民が出たために国連が動いてイスラエルが建国されて以降、どっとユダヤ人が押し寄せて土地を買い、貧しいアラブ人が増えた辺りからアラブ人に憎悪が芽生えて、その憎悪は合わせ鏡に映したようにお互いに増加して連鎖した。この憎悪を煽って戦争になるように仕掛ける奴らが問題なのであって、どっちが悪いって話だと、どっちも悪いし、仕掛ける奴らも相当に悪い。パレスチナは歴とした国家であって、イスラエルとパレスチナの戦争だったら国家間の戦争だけれど、今回はハマスとイスラエルで、ハマスは国家のわけがなく、あれはただのテロリスト集団で戊辰戦争で勝つまえの薩長土肥みたいなものか。だから今回イスラエル寄りの立ち位置なのがエジプトとヨルダンだが、これは偏に「ハマス憎し」のことで、イスラエルに好意があるわけでは決してない。イスラエルもハマスも嫌いだけど、圧倒的にハマスが嫌いというだけで、パレスチナを敵視しているわけではないので、わかり難い。
 あと、「イスラエル国民にもイスラム教徒はいるので、この戦争は宗教戦争ではない」との主張もあって、まあ大きくは間違ってないが、イスラエル国民に占めるイスラム教徒なんて、ないに等しい。今でこそイスラエルの国籍法がユルくなって「イスラエル国籍を持つ父または母の子であること」となり、帰化も容易になったが、おれがイスラエルに行った頃は「ユダヤ教徒であって、母親がイスラエル国籍を持つ者」と定められていた。男はどこへでも行って子供作っちゃうからダメ、ってことだったのだ。おれが行ったのは湾岸戦争の終結から数ヶ月ということもあって、テルアビブ市内で買い物をしたスーパーマーケットが、数日後に爆破されたりしていた頃で、まだユダヤ人とアラブ人を隔てる壁が建つまえのことだった。ただ、そこから先はアラブ人地区だから行っちゃダメ、みたいな街の掟は不文律としてあったので、レンタカーだったが、地元の人に運転してもらった。レンタカーでもユダヤ人かアラブ人かでナンバープレートの数字の末尾が奇数か偶数に定められており、アラブ人地区にユダヤ人ナンバーのクルマが進入すると、ものすごい数の投石の歓迎が待っているということで、だからガザ地区なんて行ったことがない。そこまで無謀じゃないから。とはいえユダヤ人地区だけの通過でもイスラエルの縦断はできるもので、クルマで南下して死海も南端のエイラットまでも行った。アラブ人には会わずじまいだったが、途中南の砂漠でベドウィンの人たちには世話になった。言葉がぜんぜんつうじなかったが、良い人ばかりだった。人の良さにつけ込まれてむかしスパイをやらされたのも納得だった。食事が済んだ後の食器を砂で洗うと汚れが綺麗に落ちるのにも驚いた。油汚れなんて一発で、考えたら砂なんて水分(食べ残しの)が少しでもあればイオンの性質がカチオンだろうし、カチオンはOH-でアルカリ性だから油脂なんて根こそぎだ。

 日本人は心情的にパレスチナの方を応援したくなるのもわかるが、TBSだったかが重信房子の娘を出演させてハマスの解説をして、彼女の主張とは裏腹に(そうか。ハマスがダメなのだな)と確信した日本人は増えたと思うので、それは良かったかもしれない。
 そしてそのハマスを焚きつけてるのがイランで、そのイランをけしかけてるのがロシアだ。今回のパレスチナの騒動で、西側諸国はイスラエルに肩入れするはずで、この肩入れのメンバーは、ほぼウクライナを支援している国家と言ってよく、どっちが大事? というような問題ではないんだが、イスラエルには大枚を投じなくてはならず、ウクライナへの援助が手薄になるのは目に見えている。パレスチナの騒動がなくたって「ウクライナにこんなにカネぶっ込んでどーすんだよ」って雰囲気が醸されていたからね。
 だから一連の騒動を見て思ったのは(うっわー。やっぱりプーチンはロクでもねぇ)ってのがいち番で、でもそれでは「パレスチナって、どーなの?」という質問の答えにはならない。国連の動きって、PKOなんかで表面的に平和をアピールしてるけど、長期的に見ると武器商人を儲けさせる手助けばっかりしてるんじゃないかと勘ぐりたくような決定が多くて、それは穿った見方かもしれんが、とにかく戦争の火種を消さずに長引かせて儲けたい人たちは、いる。中には「同胞が死んでもいいのかよ」と思う勢力もあるけど、知らない同胞より仲間とカネの方が大切ってことなんだろう。まあ「世界には、こんなにニンゲンは必要ない」とか言い出したら陰謀論の人になっちゃうし、このブログはタイ歌謡についてのものだから、「たわごと言ってんじゃねぇぞジジイ」って言われちゃう。

 もう穿った見方(本質を捉えるという、本来の意味で)をすれば、ジャニーズ騒動で、被害者の会のケツモチはロシアだな、とか、北海道や東北で連日の熊被害も、ロシアがクマをけしかけてるな、と言えば辻褄の合う説明が付いてスッキリするが、どう考えても違うよね。クマの駆除にクレームを入れてくる人々は中国の息がかかってるって考察も妙な説得力はあるが、これもたぶん違う。
JAOKHUN - ถ้าเธออยากไปทะเลฉันพร้อม…(Talay) [Official MV]
 今日の歌はジョークンことเจ้าขุน วรรธนะสิน(チャクラパッ・ワッタナシン)の曲でถ้าเธออยากไปทะเลฉันพร้อม(海に行くなら準備万端)って半年くらいまえのヒット曲だ。歌っているのはまだ20歳の坊やで、良家の子息ってことしかわからない。大学もイギリスのRegent’s University Londonてことだけで、この曲の前に2年まえと4年まえにシングルを発表してて、どっちもヒットさせたってことと、わずか9歳でเจ เจตริน(ジェイ・ジェトリン)のコンサートで共演して歌を披露してみたり、スポットで偶に大きなコンサートにゲスト出演している。もう趣味の芸能生活ってのは間違いないところで、優秀なスタッフでサポートしてヒットばかりだ。
 ちょっと似たような芸能人が思い当たらない。余談になるが、先代の国王であらせられるラーマ9世の長女のウボンラタナ王妃は歌うのが好きで、幾つものレコーディングがあって、誰が聴いているのか不明なんだが、ことごとくヒットしている。無理矢理買わされている人がいるとも思えなくて、本当に謎ではある。さて、話は戻ってこのジョークンだが、彼の歌はちゃんとヒットの実態があって、人気もあるようで何よりだが、不思議といえば不思議な歌手だ。
 曲の作りじたいに特異な点や目新しいものはないが、よくできてはいる。プロの平均水準を上回っている。とはいえ尖った所がまるでなく、何ていうか主張する気がないようだ。BGMに徹しているような作りで、趣味は良いんだが、それだけ、という線をワザと狙ったものか。伴奏も打ち込みが主体で、キーボードは演奏している感じだけど電子音にして歌声以外を人工物で固めている。過不足のなさを追求すると、こうなってしまうのか。
 そんな作品だから、歌詞も徹底的に意味がない。ビーチで流す音楽としては、こういうのが良いのかもしれない。

ある日あなたは ビーチに行きたいと思う
カッコいい男の子を探しに行くのでもいい その男はそれなりに裕福
こっちを向いてダーリン もし言ってくれたら
彼女は私に すべてをくれそうだ

ある日あなたは トンロー(スクムビット地区の繁華街)に行きたいと思う
一緒に行くのは私だと 言ってほしい 準備はオーケー 彼女を抱きしめる準備だよ
こっちを向いてダーリン まず私を見てほしい
一晩中一緒にいたいかな ベイビー?

そうだ ここにいて一晩中あなたの世話をしたいな
私と向かい合って踊らないか 踊ったことはあるかい?
ほら あの女 あれはちょっと そういう女
あなたに比べたら あの女は まったく戦えない

これからも一緒に 続けてみない?
もし今夜 あなたがまだ大丈夫なら
私の家は 遠くない
いつでも好きなときに 戻れるので安心なんだ

ああ ベイビーガール 何が欲しい?
彼女はお金が欲しいみたいだから 彼女にお小遣いをあげようか
彼女はひとつ欲しがったけれど 私は彼女に二つあげることにした
彼女は 私の歌を聞きたがっている
それはあなたにとって 良い雰囲気になるだろうね
そして 二人で盛り上がろう
 何だってできるよ

 凄いね。タイでも、こんな歌が出てくるなんて。もう世の中にあってもなくてもいい、どうでもいい曲だ。ビーチやスーパーマーケットやエレベーターの中で流れているのに丁度良い曲。環境音楽(Ambient music)のつもりで作ったのかどうかまではわからないが、たぶんそんな感じじゃないと、こうはならないよね。音楽的な教養がないと作れない。タイっぽさの欠片もない。
 日本でいえば、古くはドリカムあたりがそうじゃないかと睨んでるんだが、音楽が毒にも薬にもなってもらっては困る場面ってのはあって、そのための音楽は、ある。中でも強力なのが「呼び込みくん」ってやつで、あれは北朝鮮なんかで鳴ってるといい感じなんじゃないか。
 できれば北朝鮮の国歌にしてほしいくらいだ。朝の6時と夕方6時に流して欲しい。毎日だ。

呼び込みくん 耐久1時間 イベントBGM
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