もっとましな嘘をついてくれ ータイ歌謡の日々ー

タイ歌謡について書いたり、うそをついたり、関係ないことを言ったりします。

ここで、ふた手に別れよう

2023年01月29日 16時28分50秒 | タイ歌謡
 陽動作戦ってやつだ。むかし支那の蒋介石率いる国民党が台湾に逃げるときに、目くらましで派手に西を目指した師団を囮にした。共産党の注意を囮に向け、本隊は潜水艦などで逆方向の台湾を目指す為だ。西を目指した隊は段希文将軍率いる国民党93師団が有名だ。彼らは生き延びて、タイ・ビルマ・ラオスの3国にまたがった、いわゆる黄金の三角地帯と呼ばれた山岳区域に辿り着き、ケシの栽培と麻薬の製造・卸売りを生業とした。その中でもクン・サーは有名だったね。のちにタイの王室プロジェクトで、芥子栽培なんか止めてコーヒー栽培に切り替えなさいと、北部の山岳民族を誘導したんだが、コーヒーって芥子よりも儲かるの? と思った人は多いと思う。おれも思ったもん。北部で訊くと、芥子の栽培で農民が得た収入は小麦と変わらないよ、という話を聞き、末端価格はぜんぜん違うのに、農夫には遣らずぼったくりだったのだと知った。悪い奴らだ。まあ、麻薬なんか扱ってるんだから善良な訳がなくて、「麻薬さえ作ったり売ったりしなきゃ良い人なんだけどねぇ」って奴はいない。
 ヨソ者が資金を現地調達しようとすると麻薬や覚醒剤に頼るのは世の常で、CIAが国外で活動するときの常套手段なのは周知の通りだ。日本人も例外でなく、満州では岸信介と阿片王の里見甫一味が中国人を薬漬けにして大儲けした。その儲けも戦争に負けてアメリカに巻き上げられたが、それで巣鴨プリズンを卒業して死刑を免れた。そればかりか自民党を宛がわれて海の向こうの幕府の手先になって現在に至る。そういえば末席の児玉誉士夫も巣鴨プリズンから生還した一人だったね。「おれはCIAのエージェントだ。エラいんだぞ」みたいなことを自ら言う人だったが、東京スポーツの初代オーナーだ。東スポって、あの報道姿勢が一貫してぶれない新聞のことだ。

 
 ふた手に別れる話だった。
 もっと昔、2000年くらいまえの長江文明の民も漢人に押されて西と東に別れて逃げた。西に逃れた者達は越南人、タイ人、ビルマ人などになり生き延び、船で東に逃げた者の中には渡来して日本に流れ着き、今で言う弥生人として生きた者たちもいる。みな稲作の技術を持っていたので麻薬を発明する必要もなかった。日本の繁栄の礎は長江文明を追われた民のおかげだ。武士社会も弥生人の末裔が主流だろう。古来、生き延びようと思うなら、ふた手に別れるという選択は、ただしいのかもしれない。
 そんな戦略ではないと思うが、少年も年老いて爺と呼ばれる頃合いになると、ふた手に別れるようになる。それも屡々だ。別れるんである。小便が、だ。
 一本気だと言われた男でも、齢を重ねると小便はふた筋に別れる。小便別れやすく学成り難し。これをスペイン語ではEntre dos Aguasというね。言わねぇよ。
Barcelona Guitar Trio - Entre dos Aguas (Homenaje a Paco de Lucía)
 ふたりのパルマが複合リズムを作っててカッコいいね。
 いや。そんなことより小便がふた筋に別れて流れゆくという話だ。
 諸離る小便の流るるは結ばず いよよ逢ふことなし
 もうね。無常とか幽玄とか感じてる場合じゃない。
 こんなの予期しないことだったので、最初は驚いた。
 ステレオ? 
 なぜ、ふた手に別れる。
 意味がわからない。
 冷静に考えると、何かの戦略でふた手に別れているはずがない。小便だぞ。ただの液体だ。「よし、ここだ! ふた手に!」なんて頷き合ったりしてないと思う。たんに加齢による人体のバグだろう。まあ虎みたいにスプレー状で放出しないだけマシかもしれない。あれはマーキングだから霧状の方がいいのかな。
 どういう仕組みなのか。いったん出口の寸前で管が細くなってるのか。ベンチュリ効果だね。キャブレターなんかに利用される、液体を霧状にする原理だ。
スマトラトラのマーキング~ズーラシア
 スプレーのボトルに小便を詰めて、虎が小便をした跡にスプレーでシュー! って上書きしてやったら、虎は「えー……」みたいな顔をするのだろうか。いや、「なにすんだトラ!」って襲ってくるかもしれないな。アーマースーツが要るね。

 あ。そういえば結石が尿道から出かかって石が出口寸前に留まったとき、小便が霧状になるんだよね、と書いたが、なったことのない人は本気にするかもしれない。教えてあげよう。霧状になる。なります。ほんとうです。おれはウソなどついたことが滅多にない。
 霧が噴出されるから、日光に当たると虹が出るんだよ。マイナスイオンも出る。マーキングもできるし最高だ。

 冷静に読み返すと、とてもどうでも良くてくだらないことを言っているが、これを平常心と言う。ぜったいに言う。なんでこんなことを言っているのだ、このジジイは、と思われるだろうが、どうか気にしないでいただきたい。すべてはこのニュースを読んだのが、きっかけだ。
 流体力学が小便器に革命をもたらした。カナダのウォータールー大学(University of Waterloo)で行われた研究によれば、尿の飛び散りを従来の「50分の1」にする、画期的な新型小便器の開発に成功した、という記事だ。
 すごい。すごいけど、小便がふた手に別れて、いっぽうが便器を外れてしまったら意味がないな、と思った。流体力学の研究者は、そっちも研究してくれ。まあ、対処は簡単で、立って朝顔に向かって小便せずに、大便用の便器に座ってしろってことか。しかし男と生まれたからには立って小便がしたい。これは遺伝子に組み込まれた情報で、遠くまで小便を飛ばす男に、女性は惹かれるように遺伝子情報にプログラムされているのだ。雌という生きものだって良い遺伝子を残したい訳で、それなら小便を遠くまで飛ばす雄は、生命力の勢いも強いから、当然そっちを選ぶ。いやほんとに。
 とはいえ飛沫は飛び散らせたくない。アインシュタインの離婚原因は、あの偉大な数式を完成させて「どうだ!」とガッツポーズを取ったら、妻に「ふん。おしっこの飛沫を飛ばすくせに」って凹まされたからだという話を聞いた。そりゃ離婚するわ。男だって大変なんだ。
 あ。でも御婦人も大変で、小便の音を聞かれたくないとかで、水を流しながら用を足したりするようだが、もっと効果的に音を消す方法があって、お尻を水面につければ解決だ。解&決。あっ。じゃあ男も水面に(以下自粛)。
 などと思いつつ、(へえ。カナダにもウォータールーってのがあるんだ)ってことも思った。ウォータールーってのはいろんな所にある地名で、アメリカ国内だけでもなん箇所かある。ずいぶん昔、シカゴ・オヘア空港でウォータールー行きのゲートを見て、「あー。アメリカごときにも、あるんだ」と思った。空港があるくらいの大きさならアイオワのほうかな。ニュー・ウォータールーじゃないんだね。欧州の地名を踏襲するときには、だいたいニューがつくものだが。
 たぶん元祖はベルギーのワーテルローだと思う。スペルは同じ。「ワーテルローの戦い」って世界史でも有名なアレだ。むかし映画にもなってたよね。観てないけど。

ใบสมรสหมดอายุ - รำไพ แสงทอง [ MV VERSION ]
 ใบสมรสหมดอายุ(失効した婚姻証明)という歌で、4ヶ月まえのリリースで二千万回越えの再生回数。モーラムチャートの1位を取ったんだそうで、曲は正調モーラムではなく、ルクトゥンだよね。オルガンの音がディープパープル初期のジョン・ロードの音と同じハモンド・オルガンの音色で演奏している。ギターはタイに多いサンタナふうの音で、70~80年代ロックっぽい雰囲気を醸しつつ、リズムはタイの泥臭い縦乗り。そして歌手の歌い方は、紛う方なきモーラムの技法なんで、モーラムチャートなんだろう。日本で言えば、もんた&ブラザーズが近いかもしれない。もんたよしのりさんは、自分をロックの人だと思ってそうだが、聞いた人は「あー。ロックっぽい演歌なのだな」としか思わない。
 歌っているのはรำไพ แสงทอง(ラムパイ・セントーン)という45歳のおばさん、ということくらいしかわからない。2017年頃からYoutubeに歌のモノマネのクリップを上げるようになり、Tiktokにも活動の場を広げ、人気を博したところでデビュー、というイマドキの売り出しだ。細かい経歴は不明。撮影からアップロードまでの協力者に恵まれてよかったね。デビューして、すでに3曲くらいリリースしてるが、モーラムのスターとも共演を果たし、これから人気がさらに出そうな勢いではある。調子に乗って天狗になるような事さえ言わなければ、いいんじゃないか。そういうの、タイ人には嫌われて、一発で人気が落ちる。むかしマッハ!!って映画で主演だった男優も人気沸騰から、天狗発言で一気にタイ国民からソッポを向かれたことがあって、エラソーな奴は嫌われる。日本人の人気がないのも、この辺で、中国系の人も「なんで日本人って、あんなにエラソーなんだ?」って言う。うん。ごめんね、って返事したら、「あ。あ。あ。きみも日本人だったな。いや。全員じゃない」って慌てて弁解してたが、根拠なく威張って見下すのはホントにイヤだって、うちの奥さんも言ってた。まあね。駐在の人なんかが「ナメられるわけにはいかない」なんてよく言うんだけど、頼まれて呼ばれて来たわけでもなく、勝手にズカズカやってきて、そんで威張ってたら、そりゃ嫌われるよな。
 そういえば30年くらいまえに知人のそのまた知人がミッションで某Fィリピンの首狩り族のいる島に耶蘇教の布教に行くのだと知人が心配していたが、どうなったのだろう。楽しく平和に首狩りをして、それで何の問題もない人々の所に遠慮なく踏み込んで「悔い改めよ」などとエラソーに言われて、「え。首狩っちゃいけないんすかぁ?」と納得する人々だったら良かったんだけど、結果は知らない。まあ、この歌手のおばさんは苦労してそうだから、天狗などにならず、大丈夫かもしれない。
 では、歌詞だ。

頭を下げて100回目の謝罪をするけれど まだ足りない
浮気って本当に気持ち悪いと思う
何度許しても 彼は繰り返す
本気の愛に 飽きたのかな

彼の心が 新しい女に傾いていることはわかっている
言い争って 証文まで書かせた
子供のために 涙が出ても耐える
でも多すぎる 少し休ませてほしい

婚姻届の有効期限は 切れたのか
私には 価値などないのか?
でも 彼が失恋寸前になったとき
私は 迎えてしまっていた

彼にまた新しい人ができるようなら
私は新しい夫を見つける
今度は 忠実な人に心を捧げる
無意味な結婚証明書 次はお仕舞い

 思い切りがいいね。タイの女だ。こう言い出したら、きっぱり別れる。間違いない。
 男女間だけでなく、二人組が別れるってのはよくある話で、漫才師なんかじゃあたりまえなんだろう。歌手の二人ユニットなんかも解散しやすい。サイモン&ガーファンクルなんかもそうで、音楽性の違いとか言うに決まってる。おれたちの世代くらいまでは「サイモンとガーファンクル」と言うね。人名を「と」で繋げ慣れてるから、スコット・ニコラス・ビンセントと聞いて「スコっと二個出す便箋と」だと思い込み、「何言ってんだ。わけわかんねぇぞ」って怒り出す。まったく老人は気が短くていけない。
 ちょっとビックリしたのが兄弟デュオの狩人で、この二人の解散のニュースには「え。兄弟って解散できないだろ」と思ったが、要は兄弟での芸能活動に限定しての解散ってことだったんだね。ま、ラストシングルが東日本大震災後の福島県で人気になって、5年後にまた再結成したんだが、ただの兄弟だと仲が悪くなることもあるようだ。狩人で好きな逸話は、デビューまえにユニット名を決めるときに「みつばち君」って名前が有力候補だったって話だ。これだったら解散騒ぎにならなかったのにね。
 兄弟は薄情でも、双子デュオの解散ってのは聞いたことがない。こまどり姉妹なんて、まだ現役だし。リンリン・ランランは解散することなく引退。ライオンを飼っていたことで有名だったザ・リリーズなんかもまだ現役のはずだ。
リンリン・ランラン - 恋のインディアン人形 (1974)
 ふた手に別れるといえばウィッシュボーンで、Yの字の形状をした鳥類の鎖骨のことだ。そういえばKFCにもyの字の骨があるね、と思うかもしれないが、小文字のyは肋骨だ。ずいぶんむかしには稀にキールという部位にウィッシュボーンが取り除かれずに入っていたことがあった記憶があるが、もうずっと見たことがない。
 あれはラテン語系の言語界で、二人の者が鎖骨の先の片方ずつを引っ張り合って割り、残った残骸の大きい方の願いが叶うという占いめいたゲーム(wishbone-breaking game)に使う骨だから、そういうものだとばかり思っていたが、違うんだね。

 ウィッシュボーン・ブレイキング・ゲーム(ふつうは七面鳥の鎖骨を使う)自体はプリマス・ロック時代というから、400年以上の歴史があるようだが、その起源は古代ローマ時代のエトルリア人まで遡ると英語世界の農業新聞に書いてあった。エトルリア人が鶏を屠るとき、必ずその鎖骨を収獲し、日光で乾燥させたものを路上に祀り、通行人はその骨を手に取り、願い事とともに優しく撫でる習慣が、ローマ人に伝わり、やがて欧州に広まったというのね。古来、東洋では権力者が国の将来を占うのに亀の甲や動物の骨を焼いて、そのときに生じたひび割れ模様なんかで判断したというが、エトルリア人にとって未来を予測するには鶏がオラクルだったんだね。
 鶏といえば、その起源を東南アジアとする説が有力なんだが、東南アジアで鶏の骨で未来を占ったという話は聞いたことがなくて、とくに歴史の浅いタイでは、スコータイ朝くらいからの記録しかないが、最古の記録が占星術だそうだ。インド占星術じゃなくて中国占星術のほう。もっと古い時代だと、クメール(カンボジア)系かマレー系に近い人が少しだけ住んでいたのだろう。いずれにしてもマラリアが猖獗をきわめる地域だったから人口密度なんてスッカスカだったはずだ。マレーだって海沿い以外は人外魔境で、今みたいに内陸部に人が住むのは東インド会社の進出以来だ。マレー人に開墾しろと命令してもマラリアの怖さを知ってるから、のらりくらりと逃げ回る。「こいつらホント働かねぇな」と中国から奴隷を捕まえて働かせたら「え。土地くれるんすか」と一所懸命に働いたけれど、その9割はマラリアに斃れたというね。マレーなんて死屍累々の地だ。タイ人は長時間をかけて少しずつ南下したからマレー開拓の華人ほどではないだろうが、やっぱりマラリアに斃れた人は少なくなかったと思う。タイ人もマレー人もマラリアに斃れず生き残った人たちの末裔なのに、集団免疫なんてなくて、やっぱり今でもマラリアには注意している。それでも日本人よりは罹りにくいような気はするが、個人の感想なんで実態はわからない。
 そういえば、平清盛の死因がマラリアじゃないかって説が根強くあって、その頃の日本は暑かったんだなー、なんて思っていたが、そんなに簡単な話じゃなかった。
 イマドキの主流が熱帯熱マラリアだって話で、ちょっとまえまで日本でもバタバタとマラリアに斃れた者は多い。今ではすっかり忘れ去られたけれど、北海道全土でマラリアは猛威をふるい、たくさんの者が罹患した。明治以降の北海道開拓時代だ。どう考えても温暖化が甚だしい訳がない。北海道で流行ったのは熱帯熱マラリアではなく、温帯でも生存できる三日熱マラリアの原虫がもたらしたものだったようで、致死率は非常に低かったのが幸いだ。沖縄を除く日本全土でマラリアが絶滅したのが1959年。
 マラリアを媒介する羽斑蚊は水のきれいな環境でないと繁殖できないからバンコクでは少ないと聞いたことがあるが、あれはチャオプラヤ川みたいな濁流ではダメでも、雨上がりの水溜まりなんかで充分に繁殖しちゃうから、都会なら安心ってことでもない。
 どうしたらいいの? と訊くと、「扇風機を回していればだいじょうぶ」とタイ人は言う。そんなことでマラリアが防げるのかよ、と思ったら、扇風機の風で蚊は飛ばされてしまい、ひと所に止まっていることができない。意外と効果的なのだった。
 あと、頼りなくフラフラ飛んでいて弱っている蚊はデング熱に罹っているから危ないって話は眉唾だ。元気の良い蚊なら良いの? と訊くと、元気の良いのはマラリア蚊かもね、と言われて、つまり蚊は全部ダメじゃん、とゼツボー的な気持ちになった。デニム生地くらいなら楽々と貫通して血を吸いにくる。やっぱアーマースーツしかないのか。
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