もっとましな嘘をついてくれ ータイ歌謡の日々ー

タイ歌謡について書いたり、うそをついたり、関係ないことを言ったりします。

恥ずかしい食いもの選手権

2022年06月26日 16時23分51秒 | タイ歌謡
 なん年かまえのこと、「恥ずかしい食い物って、あるよね」って話になったことがある。
 あるある。定年退職して蕎麦打っちゃったりするやつだろ。
 うわー、って下向いちゃう。
 何でか蕎麦なんだよなー。なのに、蕎麦つゆは、市販のめんつゆを水で割るだけとか。
 うそだ。そんな奴はいないだろ。
 いや、それがいるんじゃないかな。まえに蕎麦打つんですって人がいたから、へえ。じゃあ、「かえし」もご自分で? って訊いたの。そういう人って、本がえしなのか、生がえしなのか、って思ったから。そしたら、へ? っていう顔で「あ。はい。まあ、そうですね。うん。自分で返してます」とか言うんだよ。何だよ返すって。そんな人が、つゆを自分で作ってると思う?
 ああ、それは、けっこう恥ずかしいね。
 まあ、そもそも男のくせに食い物にガタガタ言うんじゃねえ、つう話だ。おれがガキの頃なんて、肉そのものがあんまり流通してなくて、売っててもヘンなスジ肉みたいなのとか、魚肉ソーセージ食って「うまい」って言ったような育ちで、それがですよ、「素材が」だの「風味が」だの言うなってことだよ。でもアレだ。うちなんかアパート始めるまえは母親が食堂やってて、普通よりはちょっとばかり料理が巧かったかもしれず、だから甘いと塩っぱいの区別くらいはつく。それにしても田舎舌相手の食堂なんだろうし、エラソーなこと言えるような育ちじゃないんだよね。三代続いた金持ちで、蔵書が三万冊くらいあって、料理人がいるような家庭で育ったてぇんなら口も肥えてるだろうが、ビンボ人の子が食い物についてガタガタ言っちゃいけないの。おまけにウチは北海道だよ。三代以内に北海道まで流されて来た時点でもうアウトだもんね。それでも爺様たちの世代は銀シャリがあればご馳走だったのが、おれたちの世代だと肉を食わしておけばご馳走だ。A5クラスとかそういうんじゃなくて、肉なら何でも反射的に喜んじゃう。
 柴錬の眠狂四郎も「お口に合いますかどうか」と言われて、「拙者、口は驕ってはおらぬ」って返してて、カッコいいの。若い頃これ読んで、「これだよ、これ」ってなったから、未だにバカ舌だよ。いいけど。
 あ。でも考えたら、食い物についてガタガタ言う女もダメだな。男女カンケーないわ。ガタガタ言わんでいい。思うだけにしなさい。それとついでに若いモンが言う「クソまずい」っての、あれどうかと思う。若い娘だよ。サンリオグッズ持ってるとかミキハウスの服着てるとかヤンキーとかなら、しょうがないかとは思うが、見た目は普通の娘だったりする。それが「クソまずい」だよ。でもそんなのまだ序の口で、「クソうまい」って言い方もあるのね。「えー……」って小声で言っちゃったもんね。そういう物言いは、おれが死ぬまで我慢してくんないかな。美味しいときだけ「おいしいね」って言ってりゃいいじゃん。不味いときは、ちょっと悲しそうな顔するくらいでいいんだよ。あとテレビのグルメ番組みたいのは、もう何食っても「めちゃくちゃうまい」って言ってりゃいい。ものを食う姿をテレビに晒すなんて、ばかにしか見えない状況なんだから、何言ったって説得力などない。余計なこと言うな。なんなら食うシーンはモザイク処理しろ。
 恥ずかしい食い物のことだった。
 何でも燻製にして遊んじゃうのは、いいよね。あれは恥ずかしくない。味玉の燻製とか。いいよね。叉焼も良かった。でも魚肉ソーセージは、なんかダメだよね。そんなに美味しくないの。
 えー、魚肉ソーセージなのに? ダメなのか、あれ。
 あれはダメです。
 チーズはいいの?
 うん。チーズはいい。うまい。
 チーズうまいんだ。じゃ、ちくわは?
 ちくわはダメじゃないのかな。やったことないけど。
 スモークサーモンうまいよね。ちくわも魚じゃないの。
 あー……。そうか。ちくわ。うまいかな。
 知らないけど。やってみてよ。
 もう、酔っ払ったときの天ぷらみたいな話になってる。あれは凄いよね。もう酔っ払ってるから勝手に、よそん家の冷蔵庫開けて「ねえ。次はハムの天ぷら揚げてみよう」とか「チーズだ。6P天ぷらだ」とか。冷蔵庫の中の物は天ぷらにしても大体旨い。野菜も肉も魚も、天ぷらにする価値がある。「ウインナ揚げよう。うまいに決まってる」とか言うのもお決まりで、でもあれは切れ目を入れずに天ぷらにすると油の中で破裂して飛び散る滾った油に「うおおお!」って叫ぶくらいならまだマシで、ヘタすると火傷しちゃうから気をつけられたい。ていうか酔った状態での天ぷらは知能が著しく低下してて普通に危ないから、止めた方がいい。
「ねえ。何かある? 恥ずかしい食い物」
 そう訊かれて、少し考えた。「あれだよね。ホテルの朝食でシリアル頼んだオヤジがいてさぁ。ギャルソンが持ってきたボウルに入ったコーンフレークスみたいなのをバリバリ食べちゃって」
 うん。
「そしたら、食べ終わってからピッチャーに入った牛乳が来たのね。オヤジ、それ見て、あ、って一瞬フリーズしたんだけど、がば、って牛乳をボウルにぶちまけて、一気にいったよね。ごっくんごっくん、いった」
 うっわー。みんな身悶えた。これはよくある話みたいで、伊丹十三のエッセイでも似たような話があった。
 そりゃすげぇな。ところで、きみの話だ。きみの恥ずかしい食い物は、何?
 恥ずかしい食い物か。あるぞ。「おれはあの、スコッチエッグってのがダメだね。コドモの頃から、あれは恥ずかしい」
 え? 茹で卵の周りを挽肉で包んだやつだよね。あれ良いじゃん。おれ好きだよ。ぜんぜん恥ずかしくはない。出てくると嬉しいやつだよ。
「うーん。ダメなんだよ、あれは」
 いやいや。ひとっつも恥ずかしくはないだろ、という声が多数で、だれも同意してくれない。やっぱりそうなのか。おれヘンなのかな。相当恥ずかしいだろ、あれ。そういえばあれはタイにもあるようで、クロンサン市場にあった屋台の総菜売り場に並んでるのを見たことがある。茹で卵の周りが豚挽肉のだけでなく、魚肉の擂り身で包んで揚げたのもあって、サンプルに飾ってる見本が、半分に割った卵が半熟で、それはそれで職人技かもしれないが、恥ずかしさが五割増しだった。一緒にいたうちの奥さんに「ねえ。あれ、恥ずかしい?」と訊いてみたが、質問の意味すらわかってもらえなかった。大体のことはわかってもらえるのに、スコッチエッグはダメか。タイ語だとไข่สก๊อต(カイサコッ)って言って、スコッチ卵って意味だ。なんだ。タイ料理じゃなくて、まんま洋食だったのね。魚の擂り身のはタイのアレンジだろうけど。タイ人にとっても恥ずかしい物ではないようだ。

「うーん。じゃあ、甘納豆の隠れ食い、とか?」
 そう言うと、みな爆笑で、口々に「そんなことやってんの?」「だめだよー、それは」と言われたが、そんなことをする訳がない。甘納豆も何だか恥ずかしくて食えないのだ。煮豆はまだしも甘納豆はダメだ。乾いているし。だから買ったこともない。家にもないから隠れ食いなんて無理。ていうか普通に生きていて甘納豆を振る舞われることなんてないぞ。道民と青森県民が赤飯に入れることがあるんだが、あの赤飯は世の中から消えても、全然困らない。甘くない赤飯じたいは数年にいち度食う機会に遭遇して、食ってみる度に旨かったりするけれど、赤飯やおこわも世の中から消えて困らない物だ。
「あー。やっぱり甘納豆はダメなんだ」
 いや。甘納豆は良いんだよ。好きだよ。隠れ食いがダメなんだよな。
 えー……。甘納豆は良いのかよ。まあ普通に売ってるから、そうかな、とは思っていたが、甘納豆もアリなのか。これは困った。
 そこに居合わせた者全員が恥ずかしい食い物を発表していった。
「煮豆丼」
 なんだそれ。そんな食い物はないだろう。
「いや。おれじゃないんだ。そういう人がいたの。好き嫌いが多すぎて、トマト丼とか、きな粉丼とか、わけわかんない物を食ってたんだよ」
 そりゃまた恥ずかしさが特殊だな。
「醤油ごはん」
 わかる。悲しいやつだね。
「油揚ごはん。稲荷寿司みたいなんじゃなくて、細かく刻んだ油揚に味付けて、ごはんに混ぜてあんの」
 ……ああ……。
 いろいろと挙がったのだが、ひとりの御婦人の発言が場をさらった。
「えーとね。ラブホテルに買って持って行くお弁当全般」
 え……。
 全員が下を向いて無言になった。これは恥ずかしい。
「そのお弁当にね、半額のシールとか貼ってあったら、もうダメ。あれは恥ずかしい」
 うっはー。耐えきれず年寄りたちが呻いた。
「ダメだよ-、それは」
「そりゃ、もうアレだ」
「恥ずかしいな、それは」
「そんでね。半分、食べちゃったりしてんの」
 うっわー。
「やめなさい。それはいけない」
「ダメダメ。それはダメ」
「ダメ。ぜったい」
 もうね。年寄り全員が恥ずかしくて悶絶しちゃったんである。
 その当時、ラブホテルに弁当を買って持って行く行為自体を恥ずかしいなどとは思っていなかったのではないか。他の恥ずかしさでアタマがいっぱいだったのだ。弁当の件は時限爆弾みたいに、あとで記憶に連れられて来た時点でかちり、と雷管が働き、爆発する。
 発言した御婦人は美人であるが、孫もいるお年頃で、「ねぇ。恥ずかしいよね♡」とか言って珍しく恥らっておられるのだった。
 ぐったり、である。
 もう、これに勝てる恥ずかしい食い物など、その日は思い付かないだろうな、ということで優勝したのは「ラブホテルに買って持って行くお弁当全般」であった。「しかも、半額のシールとか貼ってあったら、もうダメ」で、さらに「半分、食べちゃったりしてんの」で画竜点睛である。金・銀・銅メダル独占みたいな。
 全国で年寄りが集まって何か話し込んでるのを見るだろうが、大体こんな会話なんだと思うよ。たぶん。

[100x100] อ้ายพามา เขาพาไป (Collab Version) - OG-ANIC x ลำเพลิน วงศกร [Official MV]
 恥ずかしい(อาย)というキーワードで歌を検索したら、あんまり面白いのはなくて、ついでに出してきたอ้าย(年長の男性を指す代名詞)という単語の歌が面白かったんで、こっちにした。
 タイトルのอ้ายพามา เขาพาไปは、「来る男、去る男」みたいな意味。いちおう歌詞の抄訳を載せておくけど、コテコテのイサーン語てんこ盛りで、所々まったくわからない単語があった。いつものことだがうちの奥さんに訊いて、それからネットで調べるんだが、今回は手がかりのない単語が幾つもあった。
 MVの始めのほうでバス停でバスを待っていた人たちが、バスに向かって掌をひらひらと振るんだが、これがタイ人のクルマの呼び方だ。タクシーやバイクタクシーを呼ぶときも同じ仕草だ。特にバス停では田舎の一本道なら合図されなくても人が立っていれば停まってくれるかもしれないが、バンコク都内なんかだと同じバス停でも往き先違いのコースが幾つもあるから、掌をひらひら振る人がいないと停まらないことが多いと思う。
 バスの乗車口が開いて、バスのボディーに書いてあるタイ語が、この曲のタイトル。最初に歌うバスの運転手役がOG-ANIC(オーガニック)という名のラッパーだ。ブリラム生まれで、現在サムットサコン在住ってこと以外は詳しい経歴その他、不明。
 あとから乗り込んでくる方がลำเพลิน วงศกร(ラムプレーン・ウォンサコン)ってモーラム歌手。若手のスター(といってもモーラム界限定ね)だ。ちゃんとした音楽大学を卒業してモーラムってのも珍しいが、こういう人は増えてくるんだろうな。作詞・作曲は自分で。他の歌手にも多数楽曲を提供してる。これまでに3枚のアルバムと20枚ほどのシングルをリリースしており、ドラマの音楽を作ったりもしている。
 じゃ、歌詞ね。

信頼がひっくり返ることって、ある
簡単に怪我しちゃう
愛の心臓に尖った爪の先を突き立てられて
切り裂かれてしまう

ちょっと振り返ると 彼女は男とイチャイチャしていた
陽気だ 若い女ってこんな感じ 

愛を与える人がいて それを持ち去る人もいる
彼女の心に響くのは
お金を払う人だった
心は傷つき それでも彼女を抱きしめる

愛を与える人がいて それを持ち去る人もいる
モテるのは いつも金持ち
お洒落して 出かけて 彼はハンサムでカッコいいと言う
アタマにきちゃうよな

そんな彼女を すっかり諦めの気持ちで見送る
愛は心を踏みにじる橋のようだ
彼女の目的はいつも同じ 
アタマにきちゃうよな

 途中、バスの車掌(กระเป๋า - カパオって言うのね。鞄とか財布って意味。集金道具を持ってるから)が「いいかげんにしろ」みたいな感じで降ろされて、そのときにสายเทって書いた札が、ぱっと出てトホホみたいな感じで終わっちゃうんだけど、このสายเท(サイテー、と読む)が、何のことだかさっぱりわからない。普通に翻訳すると「帯」とか「ベルト」って事なんだが、それじゃ意味が通らない。うちの奥さんに訊いても「え。なにこれ」って知らないようだ。イサーン語なのかな。うちの奥さんは、いちおう没落貴族だから意外と下世話な言葉を知らないこともあって、何とも言えない。
 
 タイの恥ずかしい食い物って、何だろうと、うちの奥さんに訊いたら、少し考えて「そんなのがあったとしても誰も食べないし頼まないから、世の中から消えてしまうでしょう」ということで、つまらない答だった。
 だから、日本では「ラブホテルに買って持って行くお弁当全般」で、「しかも、半額のシールとか貼ってあったら、もうダメ」で、さらに「半分、食べちゃったりしてんの」と教えたら、俯いて「น่าอายนะ(恥ずかしい……)」と言い、笑いながらおれの背中を叩いた。
 決まりだな。日タイに限っても暫定一位だ。
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