妖怪大魔王・コバ法王日記

オートバイを分解して磨き、正確に組み立て独自理論でラインを探り、ストップウォッチと頭脳で感性を磨き、日々の想い語ります

トラ再走計画・フロントスプリングの選定

2017-07-03 20:05:21 | 整備&セッティングの基本・妖怪講座
オートバイの整備やセッティング作業の中で、エンジン本体を除けば、最も “正解” を導き出し難いのが サスペンションのセッティングで、その中でも フロントサスペンション の 仕様変更(セッティング)ほど 最適セッティング(正解)が出難いモノはない。

本来は、個人ごとに最適を求めて自由に行なうべき作業だけど、記事とかで紹介されている方法の中には明らかに間違った変更作業が紹介されていて、最適セっティングから遠ざかるだけでなく安全性が保てない作業が紹介されているので、今回の投稿でセッティング作業の方向性の参考になればと思っている次第です。


1. なぜ スプリングを変更するのか ( フロントスプリングの重要性 )

ほとんどのオートバイにはサスペンションが装着されている。
最初は乗り心地を良くするために生まれたサスペンションだけど、今やタイヤのグリップ(接地性)を高め、ハンドリング(操縦性)と安定性を高めるためにサスペンションは欠かせない装置だ。
そしてサスペンションの主役が「スプリング(ばね)」だから、好みのハンドリングを求めるならばスプリングの変更が一番の基本なのだ。

特に、フロントサスペンションのスプリング(以降:フロントスプリング)は リアサスペンションのスプリングとは異なり、フロントタイヤが左右に切れるステアリング(操舵機構)と一緒になっているから、フロントスプリングの動き方はハンドリング(操縦性)に大きく影響するのだ。
しかもライダーはハンドルを握る手の平を通じてフロントタイヤの接地感や安定感を常に感じているから、どんな時でも安心できる乗り味にする為にも、フロントスプリングの仕様・特性の設定・変更には細心の注意が必要なのだ。
だから、メーカーが発売するオートバイの場合、同じ型式であっても年度が変わればスプリングの仕様が変更されているのが珍しくないほどで、オートバイメーカーも神経を使っている部品の一つだ。

実は、僕自身もスプリングの変更はしょっちゅう行なっているけど、メーカーでさえ常に変更している程だから、最適なハンドリングを得るのは簡単な事ではない事は知っている。
今回は、トラ再走計画に合わせて、改めてスプリングの仕様を検討している最中だから、興味のある人は付き合ってほしい。


2. スプリングの選択 ( スプリングの種類と特性 )

四輪車とは違って、オートバイのサスペンションに使われているスプリングは、ほとんどが“コイル状”に巻かれたコイルスプリングだ。
そして、フロントサスペンションに採用されているスプリングには、そのスプリングの特性を示すスプリングレート(バネ定数)が一定の“シングルレート”のスプリングと、スプリングが縮む途中で別のスプリングレートへと変化する“ツインレート”のスプリングがある。
公道用の市販車は“シングルレート”と“ツインレート”のどちらの採用例もあり 、車両特性やメーカーの考えによってどちらかを選ぶのだ。

見分け方は簡単で、“シングルレート”の場合はコイル状の巻き方(巻く間隔=ピッチ)が一定で、“ツインレート”の場合には途中で巻き方(巻く間隔=ピッチ)が異なっているのだ。
“ツインレート”の場合には、縮み始めは全体が縮むけど、やがて巻く間隔(ピッチ)縮みが狭い部分で“巻き”が隣同士で重なり合い(線間圧着)、残った部分のスプリングだけが縮むのでスプリングレートが変化するのだ。
では、どちらを選ぶかと言えば、トラの純正仕様は“シングルレート”だけど、“ツインレート”を選ぶ。
なぜかと言えば、「 良くできたツインレートはシングルレートに勝る 」(妖怪談)からだ。
因みに、レーサーなどの場合には、セッティング変更の容易さから、殆ど“シングルレート”なのだ。


3. 目標のスプリングは ( VTRからトラへ )

今回のスプリング選択は、今までよりも簡単で正確に出来る方法だと信じている。

今までは、それまでに装着していたスプリングのレートやレート変換点(レートが切り替わる位置)を参考にしながら、もっと良い操縦性が欲しくて、次から次へとスプリングの変更をしてきた。
でも今回は、VTR250 で気に入ったスプリングの特性を参考に、トラ号に合う筈のスプリングの特性を探り出す方法だ。

その為に、VTR250 と トラ号 それぞれの前後輪別の荷重を表にした。

次に、ライダーの装備重量(体重+イロイロ)が前後均等(半分ずつ)に荷重として加わるとすれば、下の表のようになる。

VTR250 と トラ号のホイールベース(前後タイヤ中心間距離=軸距)は殆ど同じだから、重心高の多少の違いはあるとしても、前輪に掛かる荷重の違いの分だけスプリングレートを考慮してやれば、きっと良いスプリングに巡り会えるはずだ。
前輪荷重の違いを較べると 約 11.1% の違いがあるので、求めるスプリングの初期レート(Ko)は [ 0.58 × 1.11 = 0.64 程度 ] 、スプリングレートが変換した後の二次レート(K1)は [1.01 × 1.11 = 1.12 程度 ] として、ツインレートスプリングの重要な特性である“変換点”は 同じ様な性格を求めて同等の数値とすれば良いだろう。

つまり、求める初期レート: A は 0.64 Kgf/mm で 二次レート:B は 1.12 Kgf/mm、変換点 C は 58 mm 前後を目標に探せば良いが、条件に合うスプリングはあるだろうか?


4. スプリングの選択 ( 一覧表からの選択 )

“スプリングフェチ”な僕は、時間とお金が余っている(?)時に多くのメーカーのスプリングを買い漁り、製造会社へ特注したスプリングも数多くあるから、ストックしているスプリングの中から選ぶ事にする。

この表は、ストックしているスプリングの一例だけど、スプリングレートや変換点は計算で算出しているから厳密には正確ではない。
厳密なデータは、スプリングテスターを用意して、一本ずつ正確に計測してやらないといけないが、テスターは高価だし製造されたスプリングは1本毎に“バラツキ”が大きいのが常識だから、そこまで細かい事は追及せずにおこう。


目標として設定したスプリングを表の中から選べば、「 ホンダ製、CBR1000F(SC-31)純正スプリング 」も良い雰囲気だ。二次レート(K1)は少し低目だけど、その分は変換点が早目に来る事で相殺されるから良いかも~ と思ったけど、全長が 447mm、トラ君のフォーク内には収まらないので断念。
同じく、[ ホンダ製 2000年型 ホーネット600 純正スプリング ] も良い雰囲気だ。全長は 312 ㎜ 、カラーを加工すれば装着可能な長さだけど、もう少し刺激的なヤツがないだろうか?
ああ、悩ましい!


5. 過去のスプリング、一番のお気に入りは

ここで、過去に出会ったスプリングの中で、一番のお気に入りを紹介しよう。
それは、WP(以前は ホワイトパワーの名称)製、ブロス(L型)用の フロントスプリングだ。
その頃は、今ほどに深く考えもせず(=悩みもせず)、好きなメーカー製だったので買ったけど、後にも先にも、このスプリングほどにライダーの意のままに、時にはかゆい所に手が届くほどに、どても性格の良い頼もしいヤツだった。
だから、そのスプリングと一緒だったら、どんなセクションも軽々とこなしてくれると安心しきっていたほどだ。

今になって考えてみれば、そのスプリングは メーカーの設計者とテストライダーの情熱の賜物だったのだと実感している。
情熱のある若者達によってオランダで創業されたこの会社(WP社)は、1990年頃、きっと スプリングに情熱を傾けていたエンジニア達が居たと信じている。
というのは、スプリングで通常使用されている 線材は 4.5 ~ 5.0 mm前後が常識なのに、5.5 mmという常識外れに太い線材でまとめ上げられていたので、固有振動数が低く、同じスプリングレートでも“雑味”が少なく澄んでいて、大人しくも逞しい働きをしてくれていたと信じている。

ただこの WP社、今は KTMの傘下企業になってしまい、KTMはインド企業の傘下になっていて、この「一番のお気に入り」以降、同社からは 唸らせるような製品は出ていないようで残念だ。


6. プリロード荷重(イニシャル荷重)について

ちょっと横道に入って、スプリングをサスペンションに組み付ける際、最初に縮めて加えておく力(セット荷重 とも プリロード荷重とも言う )の事を書こう。

オートバイの場合には、四輪の場合とは違って、サスペンションにスプリングを組み込む際には 一定の力(荷重)を加えた状態(つまり縮めて組み付ける)のが一般的だ。
そして、フロントスプリングのプリロード荷重は、オートバイが同じであれば、交換するスプリングの特性が異なっても、ほぼ一定の値が最適値になる事を僕は経験的に知っている。


これは、リアスプリングのプリロード荷重(イニシャル)はライダー重量などに合わせて調整する事が重要なのと較べて、フロントスプリングのプリロード荷重は対照的な扱いになっている事からも分かる事。
殆どのオートバイのリアサスペンションにはプリロード荷重の調整機構がついているのに、フロントはそれが殆ど装着されていない事からも、ある特定の荷重設定から大きく変更する必要は少ないのだ。

VTR250の場合には、現状のスプリング(51401-NKD)を組み込む際には 15.3 mm縮めているので、初期レート 0.58 Kgf/mm × 15.3 mm で、プリロード荷重は 約 8.8 Kgf であり、同じ車両でスプリング変更する際にもは常にこの荷重値を守って部品設定をしているほどだ。
同じ様に、トラ君の場合を考えれば、前輪荷重が 約 1.11 倍になるので、トラ君のプリロード荷重 = 8.8 Kgf × 1.11 = 9.8 Kgf を 参考にする事になる。


7. 「最適トレール量」という考え方 (フロントサスペンションの目的)

今回は VTR250 で最適なスプリングに出会えたので、それを参考にして、トラ君の体重(前輪荷重)に合わせて 良いマッチングのスプリングを検討するお話だ。
でも、こんなに多くのスプリングを蒐集して、細かな計算に時間を掛けてまでスプリングに神経を使う事に疑問を抱く人が大半だろう。

その疑問に答えるとすれば、「最適トレール量」追及の為だとしか言えないので、そこを少し説明をしよう。

オートバイのフロントタイヤには常に様々な力が加わっていて、それが 結果的にハンドリング(操縦性)やスタビリティ(安定性)となって表れるが、そのタイヤに掛かる力を左右する最も大きな要素が 「トレール量」だ。
この「トレール量」は フロントタイヤの“ 方向安定性 ”をコントロールしている要素で、その「トレール量」はオートバイの状況に合わせて大きくなったり小さくなったりして“方向安定性”を変化させ、オートバイの動きを自動的に制御している大切な要素だ。
つまり、フロントフォークが伸びた時には「トレール量」が増えてフロントタイヤの直進安定性を高めて、直進しやすい状態にして、アクセルを離してブレーキを掛ければ、フロントフォークが縮んで「トレール量」は減ってフロントタイヤの直進安定性を下げ、旋回しやすい状態にするという具合なのだ。

かと言って、直進だけが得意で曲がり難くいオートバイは危ないし、少しバンクさせただけで意図以上に旋回しようとするオートバイもライダーは安心して安全に走れない。
だから、どんな走行状態でも、ライダーの意図に合わせて、ライダーには不安感をほとんど感じさせず、ライダーの意図に合わせて、その時々で最適な直進安定性(トレール量)をフロントタイヤに与えるフロントサスペンションが一番良いサスペションだ。
そして、走行状態に合わせてフロントフォークを最適の長さへと伸び縮みさせ、「最適トレール量」を自動的に導き出してくれる部品こそフロントスプリングだから、最適なスプリングに出会う事には大きな価値があるし、その選択に時間や神経を使っても決して無駄とは言えないのだ。

この「最適トレール量」の考え方はとても大変に大切だから、テストには出ないけど、覚えておくのがお勧め。


8. 間違いだらけの スプリング交換 (細心の注意が必要な交換作業)

ただし、フロントスプリングの変更には幾つか注意すべき事がある。
雑誌記事や個人のブログ記事を見れば間違いだらけなのは珍しい事ではないし、スプリングメーカーの指示書さえ大切な事は書かれていないので、ここに幾つか書き留めておこう。

【 プリロード荷重 の 設定 】
プリロード荷重とは スプリングを組み込む時に縮めておく力の大きさで、この値の大小でフロントサスペンションの動き方や操舵感も変わってしまうものだ。
だから、先にも書いたけど、交換前と交換後のスプリングの特性の違いやマッチングを正しく確認したいなら、プリロード荷重は同じ値にしておく必要がある。この事に気づいている人は少ない。

食べ物で例え話をすれば、食材をいつもより高級にして味わいの違いを較べたければ、いつもと同じ調理方法で較べる必要があるのと同じ。
プリロード荷重を変えてしまう事は、高級食材にして香辛料も一杯使ってしまう様なもので、変更の良し悪しの比較はとうてい出来ないからだ。

中には、交換前後のスプリングの長さの違いに合わせて、内部の部品(カラー)やアジャスターを調整して、セット時に縮める量を一緒にしている例もあるけど、それも正しいとは言えない。
なぜなら、スプリング毎にスプリングレートは違っているから、同じ縮め量にしてしまうとプリロード荷重は交換前後で一緒にならないからだ。

正しくは、交換前後のスプリングのレートと縮め量から、同じプリロード荷重になる様に縮め量を求めて調整する必要がある。

【 1G' 車高 】
ここで言う 「1G' 車高」とは、乗車時のフロントサスペンションの長さ(縮み量)であり、フロント部の“高さ”を表す概念で、その車高とリアの車高とのバランスが変わるとオートバイの挙動は変化する事を覚えておいて欲しい。
だから、スプリング交換の前後で フロントの「 1G' 車高 」の値を同じに揃えなければ、前後の車高バランスの変化で操縦性の変化が表れるので、スプリング交換後に操縦性の“違い”を感じても スプリングの特性変更の影響とは言えないのだ。

【 フォークオイル と 残ストローク 】

フロントスプリングの交換に合わせてフォークオイルを交換する事は多いけど、そのフォークオイルの量をマニュアル通りにメスシリンダーで計測して交換したり、マニュアルが指定の油面高さに調整している誤った作業例が多いようだ。
フォークオイルの量はフロントフォーク内の空気の量を決める為にあるものだから、空気の量が違ってしまうとそれだけで操縦性に影響を及ぼすので、空気の量を変えない様にオイル量の調整が必要になるのだ。
つまり、交換前後のフロントスプリングの体積差の分だけオイルの量も変更する必要がある。体積は計測し難いので、スプリング毎に重量を測り、重量の差とバネ鋼の比重(一般に 7程度)から体積差を算出してオイル量を調整する必要があるし、フォーク内部のカラー等を変更する場合にはその体積差を考慮したオイル量調整が必要になる。
その上、フォークオイル交換後のエア抜き作業を厳密に行なったとしても、細部にからまったフォーク内部のエアを完全に抜くのは難しいから、油面調整だけでは十分に対処はできない。

そこで、そんなフォークオイル交換作業でお勧めの方法が 「残ストローク」で調整する方法だ。

「残ストローク」とは、フロントフォークが最大限に縮んだ時のフォーク長さの事で、その最大ストローク(フルボトム)の時に、フロントタイヤの安定性を失わない為に必要な「トレール量」を最適に確保するのに必要な値だ。
「残ストローク」の計測は、インナーチューブにマーカーをセットした後に急ブレーキなどでフルボトムさせた時のマーカー位置で測れるものだ。(正立式フォークと倒立式では多少異なるが・・)
この「残ストローク」の値はオートバイ安定性、特にブレーキングや路面ギャップなどで大きくフロントフォークが縮んだ際の安定性の確保するのに重要な要素(最低限界トレール量)の管理に欠かせないので、プリング交換の前後で「残ストローク」の値が同じになるように、実際に計測しながらフォークオイルの抜き差しをして調整する作業も欠かせないものだ。
そうやって、ここまでの作業を行なった後で、ようやくスプリング変更の本当の価値やマッチングが確認できるのだ。

妖怪 + VTR 250 の場合には、「1G' 車高」は 約 100 mm、「 残ストローク量(フルバンプ時)」は 約 43 mm という経験値があるので、スプリングの変更をする時には常に「プリロード荷重」を含めて、それらの値が同じになるように必ず調整してからスプリングの評価をしてきた。
「1G' 車高」からフルバンプの「残ストローク」までの間のサスペンション長さの変化の仕方は、装着したスプリング毎に違った特性を示すから、「トレール量」の変化の仕方も違うし、当然 スプリングによって操縦性や安定性が違うので、この「1G’ 車高」と「残ストローク」までの間の挙動でスプリングを評価している。
そうやって、VTR250で出会えたスプリングが 「 51401-NKD 」という事だ。

では、また改めて。



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