キツネノマド

松岡永子
趣味の物書き
(趣味とはなんであるか語ると長くなるので、それはあらためて)

かたる女

2014-12-20 06:05:38 | 掌編
 いとやんごとなき王様。また、このように聞き及びましてございます。
 北の山から南の島まで各地をまわって、物語を集める若者がおりました。彼は険しい道をいといませんでした。遠くへ行けば行くほど珍しい物語を聞くことができました。聞けば聞くだけ物語はどんどん湧き出てきました。この世に物語は無限にあるように思われました。死ぬまでにすべての物語を聞きたい。彼はとうとう悪魔と契約いたしました。
 その日から悪魔は彼の旅を助けるようになりました。彼が道を行けばどんな嵐も静まり、彼の乗った船は漣ひとつない海をすべりました。それでもやがて年老いて、彼も旅に疲れをおぼえるようになります。すると悪魔はひとりの娘に姿を変え、彼の傍らにはべりました。そして悠久の時の間に聞き覚えた物語を語って聞かせたのです。人間よりずっと長命で博識の娘は情報分析学も修めておりましたから、実は物語にはたいした種類はないのだと知っておりました。どうせ人間は自分の脳の重さの中でしか想像することができないのです。ただ、登場する姫君の髪が黒いか金髪かで違うもののように見せているにすぎないのです。それでも娘は毎日、物語を語りつづけました。今日も新しい物語を聞けると嬉しそうな男の顔が見たかったのです。それに契約通りなら、すべての物語を聞き終えるまでは男が死ぬことはない。娘は男のことを――

 そのとき東の空が明けそめたのに気づき、妃は語るのをぴたりとやめた。

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