キツネノマド

松岡永子
趣味の物書き
(趣味とはなんであるか語ると長くなるので、それはあらためて)

翡翠に澄んで

2010-01-23 05:39:18 | 掌編
 翡翠に澄んでいた水が色を失ってゆく。波が立たないのに水面の色が変わるのはなぜだろう。滝の音が近く聞こえるけれど、この淵のおもてにはほとんど動揺もみられない。静まりきるのを待って紙束を載せた掌を水面に置く。掌をゆっくりと沈める。  紙だけが水面に浮かぶ。  うすい紙はやがて水に溶け、書かれていた言葉がばらばらと散り落ちていく。ひとかたまりで落ちていく言葉もあれば、文字に、線に、点に、と、解体し . . . 本文を読む

冷えた椅子

2010-01-16 05:50:30 | 500文字の心臓
 さあどうぞ、とにっこりする。でも腕はたらしたまま、ぼくに落ちつく場所を指ししめすことはない。  あいつはもういないのに。  気づかぬふりで立ち話をつづける。冷えきって、あたためてくれる体が欲しくなるまで、ぼくは立ったまま待つつもりでいる。 「500文字の心臓」投稿作 . . . 本文を読む

夜警

2010-01-09 05:45:53 | 500文字の心臓
ポ と灯が点る 夜が近くまでやってきている (夜もすっかりくるのがはやくなったね) 囁きながら人々が橋を渡る 夕暮れと夜のあいだを渡るのはすこしあやうい 足早に 決して振り向かず 夜に橋を渡っていく 渡るもののため渡らないもののため いつも彼はいる 人々の列がとだえるとすっかり夜更けだ 夜が橋を渡っていく 眠っているもののため眠れないもののため いつも彼はいる 彼は目を閉じることができない 見てい . . . 本文を読む

願いごと

2010-01-02 05:43:57 | 掌編
「金目の黒猫なんてありきたりね」 「なんと言われても、ま、しかたありません。助けてもらったんですから。どんなことでも、ひとつだけ一番願っていることをかなえてあげますよ」 「どんなことでも?」 「そう、なんでも」 「…いいえ」 「いいえ? 願いごとがないんですか? そんなはずないでしょう」 「この世には叶ってはいけない願いごとがあるのよ」 「この世にはそんなものないと思いますがね」 「いいえ。あるの . . . 本文を読む