キツネノマド

松岡永子
趣味の物書き
(趣味とはなんであるか語ると長くなるので、それはあらためて)

啓蟄の候

2020-06-21 06:53:49 | コトリの宮殿
 浮いていた。
 四角い、なにか建物みたいなものが中空に浮かんでいた。
「……そうか。これは夢だな」
「ええ、夢です」
 声のした方を見ると、てらてらした作業着姿の男が立っていた。
「夢なんですが、どこかで水漏れしたらしくって警戒水位より下がってしまって。浮御堂もあのとおりです。」
 と、例の四角いものに目をやりながら言う。そして、ご迷惑をおかけして申しわけありません、と深々と頭を下げる。つられてお辞儀をしてしまう。
「今、修理は完了しました。間もなく平常になります」
 そう言われれば、足もとが湿ってきたような気がする。
 では、これを差し上げます、と差し出されたカードには、なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな、と印刷されていた。
「これは初夢のためのお呪いでしょう。もうすぐ桜も咲こうって時期に」
「だってあなた、今年はまだ夢を見ていないでしょう」
 そうだったろうか。
 そうだったかもしれない。
 波がくるぶしを洗う。
 近頃はただ、体を休めるために眠っているから。
ふくらはぎに波が寄せるのを感じる。大きな波が膝を、と思った瞬間、沈んでいた。
 夢の水位は急に上がる。思い出した。

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