キツネノマド

松岡永子
趣味の物書き
(趣味とはなんであるか語ると長くなるので、それはあらためて)

結び目

2010-04-24 06:03:04 | 500文字の心臓
 絹の袱紗から取り出された熨斗袋はみごとなものだった。しかし。水引が間違ってる。慶事のうち、結婚だけは水引を結び切りにする。めでたいことは何度繰り返してもよいが結婚だけは別だからだ。まあ、仕方ないか。まだ若いものね。教えてあげようかしら。  筆を垂直に立て几帳面な字で記名している青年の横顔を見る。細面の端整な面立ち。ちょっと神経質そう。人前で恥をかかせるのはやめた方がいいだろう。  新郎がお金持ち . . . 本文を読む

ゆらゆら

2010-04-17 06:00:13 | 500文字の心臓
「ほら、おみやげ」 照明を落とした高層マンションの一室。ボクはライトアップされた水槽に放たれた。 「わあ、きれーい。透明でちょっとだけ白くて、まん中にピンクの星がある。…クラゲさん、だよね?」 少女が目をきらきらさせて言った。できるだけ光るよう、ボクは精一杯、裾をひらひらさせた。 「そうだよ、ゆみは何でもよく知ってるね。」 にこにこしていたパパが真面目な顔になって言った。 「パパ、出張で明日と明後 . . . 本文を読む

星菫石の作り方

2010-04-10 05:42:02 | 掌編
円筒形のうつわに少しだけ水を張る。黄昏時。闇を集めはじめる一番星の明かりを拾う。これが核になる。 糸の先にできるだけ正円に近く結び目をつくる。そこに核を移す。 眠たげな獣の眼の形をした二日月が沈むのを待って糸を窓辺に吊るし、闇に浸す。 星々がおしゃべりに倦み夜が疲れ傾くころ。少し青ざめた闇が核に引かれて近づいてくる。朝からの逃げ場所を探している闇は、互いに寄りそい凝りかたまって結晶をつくってゆく。 . . . 本文を読む

虹の翼

2010-04-03 06:02:59 | 500文字の心臓
「それは愚か者には見えないけど、とても大きくてきれいで立派なんだ、ってみんなに教えてあげたよ」  いつものようにうっとりした瞳で虹(こう)は語りつづけた。 「見たのは僕がうんと小さな頃だけどはっきり憶えてる。素敵な翼を持ったその人は、いつか僕にも同じような翼が生えるってこと、こっそり教えてくれたんだ」  こんな時の虹は本当に美しい。瞳も躰もキラキラ光って。でも虹の姿を見て目をそむける者も多いのだ。 . . . 本文を読む