サブマリン(submarine)=下手投げ・・・佐武鞠(靡里)ム?
「次は・・・」
宇宙の形態
・・・『蓋天説』
『渾天説』
は紀元前一世紀
『宣夜説』
は後漢の二世紀
「蓋天(ガイテン)は
涯の天で
水のマダレの圭
クサカのジュウのヨコシマのサラの説。
すなわち
讃良(サラ)の説は
持統天皇の説だわ。
渾天(コンテン)は
根、坤、恨、艮、困、魂、紺、近、紺
の尼、海女、海部、阿倍の説よね」
「宣夜(センヤ)は
ウのワタリ
頭はヒトのタの又
あるいはメだな。
センのヨルで船に依る
專(モツハラ)を選るで
舌百原(モズハラ)を選る、だ。
次にこれらの説の説明だが・・・」
『蓋天説』
・・・
『周髀算経』は
周王朝の
周公が
殷高から授けられた
数学の古典典籍
『句股弦の法』
・・・ピュタゴラスの定理の特殊法
句=三、股=四、弦=五
とした直角三角形を基礎。
水平な地面に
八尺の長さの
棒(圭表)=『髀』を垂直に立て
『股』とした
正午、この棒の影の長さを
『句』とした
中国古代の中心は
河南省告成鎮にあたる『陽城』
この地で
夏至正午の棒の影の長さは
『一尺六寸』
真南千里で
『一尺五寸』
真北千里で
『一尺七寸』
南北千里に対して
『一寸』
と云う緯度の差が決められた
『周髀算経』では日の光が届く範囲は
『167000里』とされた
初期は
「天円、地方」で
天は傘
地は方形
後期は
天は開いた傘
地は伏せた鉢の構造で、天地
とも
半円球と考え
天地の中心は
北極点とした
天地の距離は最高、八万里
天地周辺の距離は六万里
太陽は一年間
直径の違う
円軌道(衝)を巡る
『七衝六間』
・・・十二中気と十二節季=二十四節気
夏至・・・・・第一衝
春分、秋分・・第四衝
冬至・・・・・第七衝と呼ばれた。
この衝と衝の
中間が「間」で
「六間」ある
天は西へ回転
漢代以後は左に
回転する
碓の上を右に
蟻が這っていく、と比喩
ローマのヴィトルヴィウス
(BC1世紀の建築家)は
碓ではなく陶工用の
ロクロ(轆轤)
に例えた
「すごいわ、
ピュタゴラスの定理。
もう説明するまでもないわ」
「建築、土木、地形、航海の測量は
『直角三角形』
がすべての原点だ」
「出来るわけよね、
巨大な
『前方後円墳』が」
「あれは、台と円の象徴で
『ヤマの台』
と
『圓(エン)』は
口の目の人の国のことだな。
しかも
エンは猿で、去る申、臣、晋。
芯はクサカのココロだな」
「台と圓の合体の象徴よね。
そして女性器で、ホタテ貝。
股から生まれて
また
黄泉(ヨミ)に帰り
そして、再度、再生する祭政の象徴だわ」
「まさに
天体の巡行、循環だ」
『渾天説』
・・・天地ともに球状とする考えで
後漢時代の
『張衝(73~139)』
は
天は卵殻
地は卵黄
に例えた
揚雄(BC53~AD18)
桓譚(一世紀初頭)が
主張、擁護
王充が
『論衝・説日』で
『天蓋説』を擁護
鄭玄(127~200)
蔡邑(132~192)
が
『渾天説』を確立
『渾天儀』は
天体の観測器で
張衝の時代には
精密、正確に観測できるようになった
理論は
天の内外に水が存在し
大地も水を載せ
水に囲まれた
天と地が
「氣」に支えられて
中空に浮かんでいる
とした
「『張衝』は言うまでもなく
弓の長の将。
卵殻(ランカク)は乱獲で、タマゴのカラ。
大の地、卵黄=乱の王に例えた、だわ。
『揚雄(ヨウユウ)』はアのゲのオ。
『桓譚(カンタン)』はキのワタリ、
ゴンの西=爾志=螺のヒの壱の拾。
主張で、主はキュウの長、
擁護(ヨウゴ)は用語、養護。
『王充』で、王はジュウ、ミのツル、
『論衝・説日』で、論証、説示の柘。
『天蓋説』を養護は
持統天皇擁護したのは
ツル(蔓)の藤原だわね。
『鄭玄(テイゲン)』は
鶏の台の彦の提言。
『蔡邑(サイユウ)』は西の雄だわ。
『渾天説』は根元説の確立だわ。
『渾天儀』は紺の典の儀、
海部の観測器で『張衝』の時代には
精密、
正確に観測できるようになった、わけよね」
「理論=王の里はゴンのリン。
天=海の内外に水が存在し、
大地も水を載せ、
水に囲まれた天と地が氣(キ)に支えられて
中の空(アキ)に
浮ぶ=ウ・カブ=ウカ・ブ、ウのカのブで
烏=卯=鵜、夏=花=化、舞=武だ」
『宣夜説』
・・・後漢の秘書郎の
郤萌
(ゲキホウ=郤の異字漢字
郤は春秋時代晋の大夫で
叔虎の領地
キャク、ケキ、ゲキ
仰ぐ、隙間
骨と骨のつながるところ)
が「先師が伝えてきた」
とことわり展開した
『宇宙無限論』である
『荘子・逍遥游編』
『荘子・湯問編』で
殷の湯の質問に
夏革が
『無極の外は、また無極』
とこたえた
「叔父は虎で、天武天皇。
・・・すごいわね、古代の哲学は・・・
『夏革(カカク)』は
家(ウチ・イエ)の格で
価格はヒトは西のキの客だわ。
・・・『無極の外は、また無極』で、
武のキワメのソトは、
マタ、ム(ヨコシマ)のキのワのメ。
記の倭の女だわ」
「『宣夜説』は云うまでもなく、
ウのワタリのヨルだ」
『安天論』
・・・東晋の成帝の
咸康年間(335~342)
会稽郡の
虞喜(281~356)
が
天の高さ
地の深さは無限とした
「でたわねッ
『会稽の郡』。
虞の喜びは、虞美人の喜び」
「虞美人は
楚の
『項羽』の愛人で、夫人だ。
『項羽』が垓下で、敵に取り囲まれた時、
天運が尽きたと悟り
辞世の詩を詠い慨嘆したとき、
その詩に和して舞い、
自殺した女性だ」
「虞美人の喜び・・・
ロマンチックだわ・・・
『虞美人草』は
ヒナゲシの花の別名だから、
雛の夏至、
夷の下史で、
雛、夏に至る、
蝦夷は霜=アメのキのメ、
一の卜の歴史だわ」
「まさに、
楚の『項羽』は
蘇の降雨、
鼠の甲鵜、
姐の工の烏=卯だな」
「蘇我入鹿の屍に
降り注いだ雨なのね」
「そしてだ・・・」
『窮天論』
・・・虞喜の族祖の
虞聳(三世紀)
が唱えたもので
天は鶏卵のようになって
その周囲は幕が垂れて
四海の表面に接し
天は充満した
「元気」の上を浮かんでいる、
とした
「キュウテンロン・・・
急転、露の武だわ・・・
視界=死界の海の辺は充満し、
元のキのウのエに
浮かんでいる
水のツのメの子・・・」
「海の戦いは
『白村江』、
『壬申の近江・大津』、
『西海の壇の浦』だな」
「戦いの後、
女性達の最後はいつも
水の底に沈んで没するんだわ」
「沈没だな・・・」
『晰天論』
・・・三国時代(220~280)の
呉の太常であった
姚信(220~280)
が唱えた宇宙論で
人体と天体は同じ形態を有する
としたもの
これら
三論は三、四世紀の
魏、晋で展開された
「セキテンロンは
関の海部の露=天の路の武だわ。
ゴの胎の娘、丈よ。
チョウシンは言うまでもなく、長の身、申、臣」
「ジンタイ、テンタイは
陣台、纏台。
三論は御津の露の奴、武だ。
ロンはマージャンで、勝利だな」
「マージャンは
麻(アサ)の雀(スズメ)よね」
「まさに、四の卓のアソビだ・・・」
『三五歴紀』
・・・三国時代の呉の
徐整は神話
『盤古』説を踏まえて
『天地は混沌として
鶏卵のようであり
盤古が生まれた
一万八千年して
天と地は開闢し
陽清は天となり
陰濁は地となった
盤古は一日に九変した
天は超越なものとなり
地はそこを治めた
天は一日に
一丈ずつ高くなり
地は
一丈ずつ厚くなり
盤古は一日につき一丈伸びた
このようにして
一万八千年経って
天は高く
地は深くを極め
盤古は非常な長身になった
だから天の高さは
九万里となったのである』
と唱えた
「『三五歴紀』はミツのゴで、
御津後の読みのノリ、あるいは、
イツの
古の読み、
虎の読み、姑の読み、庫の読みは
蘇我氏の三蔵の大臣、
股のヨミは
シシのキのマタの黄泉(ヨミ)の
規(ノリ)だわ。
三ッ児なら宗像の三姉妹よ」
「紀は糸の己で伊都の横島だな」
「そして、
『三国時代の呉の徐整は神話』は
参国の時(トキ)の
代(シロ)のジョセイ=女性。
『盤古』説は磐(イワ)の
壱の拾のクチ、あるいはクニ。
古=フル=降る=振る。
そして、説は分解すれば、
言(イウ)と兌(ヨロコブ)で、
兌はタイ、ダ、エツ、エチともよむ。
八は開く意で、ヤツ、
口をあけて笑う人を意味するわ。
漢字からは八(ヤツ)、ハチの兄だわ。
兌、これは
七夕姫の所でも検討したけれども、
方角は西、
時刻は七ッ半と六ッの夕暮れ、
酉、秋、少女=乙女、白、白虎。
そして、
踏(フマエテ)は
足の沓(クツ)、水の日、アシのミズのヒ」
「フマエテで、アシのクツか」
「そう、これは曲者だわ。
『フマエテ』はフの前の手=主。
このフには人として、
父(チチ)、夫(オット)、婦(ヨメ・オンナ)、
巫(ミコ)=御子、
誣(カンナギ)がある。
だから主語として懸けられている人物は
父、夫、嫁、子供、孫、
夫は女性の相手だから、主語は女性。
そして、巫のそれぞれの出来事が
二重、三重に重なっているんだわ」
「キョウ九重の八重桜、なんってあるから
九重、八重かな。
持統天皇を主語にすれば
父は天智、
夫は天武、
子供は草壁、
孫は文武、
巫は伊勢神宮、
誣は中臣=藤原だな」
「斉明天皇を主語にすれば、
父は茅淳王、
夫は高向王と
舒明、
子供は
天智と天武
漢皇子、間人皇女、
巫も間人皇女。
天武の嫁は持統で、
天智の嫁は倭姫王。
孫は
建皇子、
大友皇子、
草壁皇子
を筆頭にその他大勢だわ」
「まあ、女帝の重なりを踏まえて判断せよ、だ」
「そして、場所の重なりは
府
(クラ・アツマル・ミヤコ・カガム・ハラワタ・モト)、
敷(シク・シキ・ワケル・ノブ・ヒラ)、
阜(オカ)、
風(カゼ)、
普(アマネシ・ヒロイ・カタ・ユキ)
だわ」
「なるほど、『文字霊振り』だな」
「そして、行動は、
降(フル・オリル)、
賦(トリタテ・ミツギ・クバル・ワケル・アタエル)、
符(ワリフ・シルシ・オシデ・アウ)、
訃(ツゲル・シラセ・タル)、
赴(オモムク)」
「なるほど、戦いだな」
「そして、
膚(ハダ)は
卜、皮、七、田、月」
「ハタで、
機は秦の将の旗の側で、八幡大菩薩。
波の妥、
覇の侘(ヨコシマ)」
「そして、
沓は泉の逆字、これはおじさんの説。
そして
沓は靴で、カワのヒトはメスで、変化。
父、
天智天皇の遺品の靴を見て
心変わりした持統天皇だわ」
「・・・そういえば、
昔、見た股旅者(マタタビモノ)の映画に
タイトルが
『沓掛けの土岐(時)次郎』ってあったな」
「クツカケのトキジロウなの?」
「ヤッパシ、
歌舞伎や役者稼業、戯作作家は
猿女と天武天皇の流れだな。
それに芝居(シバイ)は司馬の移だ。
ヒンズー教の『シバ神』は変化の名人だ。
芝居の役者は変装の名人。
どうかな、多羅尾伴内くん」
「イヤ、参りました、明智小五郎さん
『怪人二十面相』が『シバ神』とは」
「小説家や探偵作家、モノ書き、
これらは『サンカ』の血族だ」
「日下の一族もなの?」
「うーん、
『サンカ』からも
落ちこぼれてしまったかもな」
「・・・次の
『天地は混沌として鶏卵のようであり、
盤古が生まれた』は、
天智天皇は
混沌とした
ミズのヒの紺の坤艮の困の魂の恨で、
ミズの豚(ブタ)は
イルカを射る鹿。
鶏の卵(タマゴ)の兄(アニ)の乱、
境(サカイ)の乱、
継の乱のようであり、
磐(イワ)の子=ゴが生まれた、だわ」
「なるほど。
蘇我入鹿で、
祖我、居る、入る、煎る、詩歌、史家、志賀だな」
「そして、
『一万八千年して天と地は開闢し、
陽清は天となり、
陰濁は地となった』は
ハジメの幡はヤツの船の年=とし(渡使)で、
ネン(撚=捌=八)、
鯰(なまづ・名真柘)=魚+念=(真名)+(今+心)。
『盤古は一日に九変した』は、
磐の子、ハジメの壱妃は舅の編に返れ・・・
一紀=一記は、九=キュウの辺に換えれ、だ。
仇(アダ)は
阿多、舅(シュウト)は
蘇我、臼(ウス)=日本タケル、
啼く、泣(ナク)は須佐之男、
球(タマ)は日下王。
『天は超越なものとなり、地はそこを治めた』は、
海部=阿倍は、
鳥=鶏=酉=猷=尤の長、
肥を越え
蜘はそこをミズのタイとして治めた」
「まさにコエは肥で、月の巴だ」
「そして、
『天は一日に一丈ずつ高くなり、
地は一丈ずつ厚くなり、
盤古は一日につき一丈伸びた。
このようにして
一万八千年経って
天は高く地は深くを極め、
盤古は非常な長身になった。
だから
天の高さは九万里となったのである』は、
もう言うまでもなく、
アマはハジメのヒ、ハジメのタケで、
嬢は高句麗なり。
チはハジメのタケ、で、
娘はアツク=篤く=タケの婆の玖=琥。
磐のコは壱妃につき、
ハジメの嬢で、
ヒト=日都は、
シン=晋のビ=尾=鼻=碕の侘(ヨコシマ)だわ」
「なるほど」
太陽と月
『楚辞』
・・・屈原(BC340~278)の
『ゲイ(羽+廾)が日を射る』で
ゲイはどこで日を射たのか。
烏はどこに
羽を落としたのか
の伝説は、
十進法と
太陽の黒点の知識が既に存在していた
「『屈原(クツゲン)』は
靴の源、沓の彦で天智天皇。
ゲイは迎で、ムカエル卯の進入。
藝は芸で、
日の下の云う安芸、
安芸はウの女の芸、
芸は宇受女の舞踏(ブトウ)で、
穐、秋、安岐、空、飽田の武の闘。
二(フタツ)=貳(ハンラン)=児(フルのヒト)
=丹(タン=反淡耽)=尼(アマ)」
「なるほど。
ゲイは鯨(クジラ)、
鯨は高句麗の尺の単位だ」
「そして、
鯨はウのオのキョウ、キョウは京(ミヤコ)、
況(イワンヤ)、
怯(オビエ)、
競(キソウ)、
狭(セマイ・カイ)、
兄(アニ)だわ」
「卑弥呼と壱与、そして天智天皇と天武天皇の戦いだ」
「まさにだわ」
「次は・・・」
『山海経・大荒南経』
『東南海の外、
甘水の間に羲和の国があった
女子がいてその名を
羲和といい
まさに
甘淵で水を浴びようとしていた
この羲和を上帝の俊の妻であって、
十日を生んだのである』
「サンカイ・キョウのサンカイは
散会、参会、山塊。
散会はチルにアウのはカイで、
日の下の一は月のキ、
八の二は
ム(ヨコシマ)、
参会は
ミツにアウはカイで、
三つのム(ヨコシマ)は
一のヒトの彡(ケバ)のアト、
奴のツギのヨコシマのキ、
山塊は
ヤマのカタマリで、
ヤは八(ヤツ)で、奴、
ハチで、鉢、蜂、椀。
冶(トカス・イル・ネル・ナマメク)で、
冶金は吹き分けで、
鉱石から
金属を分析して採ることだわ」
「すると、フキのワケ、
コウセキから
キンのゾクをブンセキしてトル・・・
付記の訳、功績からキの武、
あるいは奴の族を分籍してトル・・・
葺の和気、皇籍から欽の族を分籍して盗る・・・
フキは不義かな」
「すごい、そのとおりよ。
おじさん、キンの族をトルで採用、あるいは排除だわ」
「キンはカネで、
鐘はキンのワラベ、
花の根か、クサカの子だ」
「そして、
ヤキンは
夜勤の鍛冶屋で、鋳物師、冶匠、冶人。
ヤマは耶の馬、邪の馬で、邪魔。
カタマリは
華=花の、多=田=汰=蛇=侘=太=他の、
間の里。
蝦=靴=嫁=化の、
玉=珠=霊=弾=球=多摩=球磨の、
李=履=梨=狸=鯉=理=浬=吏。
壱の拾のハジメはオニで、
壱与を拾った波の時の女は、
鬼道の卑弥呼だわ」
「そして『大荒南経』は字面とおり、
オオ、アレ、ミナミのキョウだ」
『淮南子・精神訓』
・・・『尭の時代、
十個の太陽が並んで出たので
草木が焼け枯れた
尭はゲイに命じて
日を射させ
そのうちの九個にあたって
その中の烏がみな死んで
羽翼を落とした
その後に
ただ一つだけの日が残った』
黒点は烏の足。
「『淮南子(エナンジ)』は
漢の淮南王、劉安(リュウアン)が
学者達に編集させた思想、学説の書で、
二十一=弐拾壱卷。
淮南(ワイナン)は
淮水(ワイスイ)以南の地方で、
淮はワイ、カイ、エとよみ、
淮水は川の名前で、
河南省に発し、
安徽(アンキ)・江蘇(コウソ)の
両省を経て東支那海に注ぐ、
中国第三の大河で、淮河」
「エナンジ、のエナンは
ワイナンともよむのね」
「ああ、そのとおりだ」
「ワイは倭の委、
カイは海、開、堺、貝、蟹で、
皆は甲斐、
エは荏、重、江、枝、慧」
「まてよ、
その慧は・・・
彗星に心・・・スイセイは水星だ・・・
慧は『定慧』の慧じゃないかな?」
「!・・・
藤原鎌足の長男で、
遣唐使の一員、
孝徳天皇の
御後胤(ゴコウイン)と言われてもいる人物。
死亡したことになっている
『定慧(恵)』は
藤原不比等の兄でもある・・・
『定恵』なのぉーッ!」
「これは、臭いな!」
「すごい!・・・
中大兄皇子にコケにされて
死んだ孝徳天皇の御後胤なら
当然、恨みの反乱を起こすはずだわ」
「『定慧(恵)』が・・・
天武天皇か・・・
古人大兄皇子・・・
大海人皇子・・・
胤は月=肉=宍=字句、
八=長くヒロガルで、
ヤツは奴、
幺=重なる、だ」
「胤のよみはカズ、タネ、ツギ、ツグ、ツヅキだわ」
「血縁が長く続く意味だ」
「しかも、御後胤(ゴコウイン)なら
仏の後光陰で、
後背(コウハイ)の放射の光で、
高配なら高の酉の己、
交配は血筋の交わり、
好配なら女の子は西の己だわ。
多多種子は三輪山の神主」
「御幸インならミユキの院で、
時刻=時国の『戊夜・五更の寅(トラ)』は、
暁の七ッから七ッ半の寅支から卯支の間だ」
「胤(イン)はタネで、
寅(トラ)、
虎は古=壱拾の口、
庫=マダレのクルマ、
胡=古のシシ、
去=猿=猿女、己で、子だわ」
「股肱(ココウ)は手足で、頼みとする腹心の臣下。
しかも
ココウは戸口の調査で、
虎口、虎穴に入らずんば虎児を得ず、の故事だ」
「ココウは
個々得、箇々得、姑甲。
去皇ならば
臣下、部下に去られた孝徳天皇で、去孝だわ。
そして、
己稿(ココウ)なら
キコウ=乞巧で、
乞巧奠(キコウデン)は七夕だわ。
キコウ=寄稿=貴公=気孔=記稿
=古事記に入らずんば
故事を得ずだわ!」
「『定慧(恵)』・・・可能性が・・・
検討の余地があるな」
「そうね。
それで
ナンは何、難、軟、男、楠だわ」
「淮(ワイ)は
氵=水の隹だが、
冫=氷の隹で、
准(ジュン)とよむ漢字があるよな、
で、これのヨミを調べてくれないか」
「えーと、・・・漢和辞典には
ナゾラエル、ヨル、ノリ、タグルとよむ、とあるわ。
准は準が本字とある。
冫を省いたら隼(ハヤブサ)だわ。
隼人よ。
ジュンは
淳で、淳頭、淳心、淳尾の
南(ミナミ)の朱鳥の星座よね。
ジュン
純はイトの
豚の屯=軍陣=駐屯。
旬は句の日。
殉は殉死で、一の夕はクのヒ。
順は順序で、カワのケツはマダレのヨ。
循は循環で、ヘツのガンダレは壱拾の女。
巡は巡回で、カワのシンニュウはカイのマワル。
潤は潤益で、ウルオウの易。
遵は遵法で、ミコトのシンニュウはミズのサル。
楯は矛盾で、キのタテはムジュン。
馴は馴染みのナジミ、だわ」
「なるほど、ユカちゃんは漢字の博士だ。
『遵法闘争』は何処へやら、だな」
「闘争・・・遵法精神のことなの、それ?」
「むかしのJRさ、ドウロウ」
「?JR、ドウロウ・・・
時間の婁、道の瑯なの、それッテ・・・
『精神訓』はコメのヌシのツキ、
あるいはシシ、ネのサルのイウのカワ。
『精神は訓よみ』にある、だわ」
「まさに『古事記』の精神はヨミ=訓で、
言葉の川=側、黄泉にある、だ。
とにかく
訓よみだな。さて、次は・・・」
『漢書・五行志』
・・・「河平元年(BC28)乙未
黄色の太陽が出た
黒い気があり、大きさは銭ほどあった
日の中央に位置していた」
これより古い
漢の文帝の時代(BC179~157)
の記録には
「日の中に王の字あり」
とあり、これも黒点
「『漢書(カンジョ)』は
カンジョで、甲、諌、姦、干、
間の汝(スナのワチ)の女。
卷の序は『五行志』で、
吾、子の行いの志し、
語の行を悟凝視、
后の行を誤凝視せよ、だわね」
「うまい、さすがだな。
この『日の中に王の字あり』は
ロシアやスペインで目撃されたと言う
『UFO』だぞ」
「・・・」
「とにかく、五行の志か、仁、義、礼、智、信だ。
秦、漢時代の舞楽で、
周の大武の舞を改称したものだな。
仏教では布施、持戒、忍辱、精進、止観だ」
「仁、義、礼、智、信の、
ジンは壬(ミズのエ)、
ギは祇(カミ)、
レイは霊(タマ)、
チは治(オサム)、
シンは申(サル)。
布施、持戒、忍辱、精進、
止観の、
フセは臥で、オミのヒト、
伏で、ヒトはイヌのイチのヒトのシルシ。
ジカイは次の会で、
ヒのノ(ヘツ)のヒトのハチのニのヨコシマ。
ニンジョクは忍の辱で、
ヤイバのココロはトキのミコト。
あるいは
妊の序の句で、
序文の句に妊まれているのはオンナのミズ。
ショウジンは将の壬で、将軍はミズのエの人。
シカンは仕官で、
ツカエル・ヒトは
壱の拾のウの国と国の呂(セボネ)。
弛緩の史観は、
キュウの卜のセ(ミコ=巫=御子)は
イトのツメのツギのヘツのマタ、
あるいは
ツメはイチのトモだわ」
「なるほど、
呂(ロ)は
内臓のイとチョウを裏から支える背骨だ。
・・・串(クシ)も国と国の連結、連合だな」
「串には
串夷(カンイ)、
串狎(カンコウ)
の熟語があるわ。
串の夷は常道にナラウ、そして
西戎(セイジュウ)の国名、とあるわ。
串夷の夷は常の意だから
常世国は西の国だわ。
でも
蝦夷やヒナは西から移動して
日本の東に落ち着いた人々のことだわ」
「カンイは官位、簡易だ。
セイジュウは西獣で、
白虎と云うことだな」
「天武天皇だわ」
「次は・・・」
『山海経・大荒西経』
・・・「大荒の中に女子がいて
月の光を浴びようとしていた
帝俊がこの
常羲を妻とし
月を十二個生んだのは
始めに(彼女が)
月の光を浴びたからである
「『大荒西経(タイコウ・セイ・キョウ)』は
イチのヒト、日の下、亡く、カワで、
クのサのカのボのウのツメが
亡くなって大荒(オオア)れの西の京だわ。
これは、卑弥呼の死。
そして、
『大荒の中に女子がいて
月の光を浴びようとしていた』のは
壱与だわ」
「ヤマタイ国だ」
「『帝俊がこの常羲を妻とし
月を十二個生んだのは、
始めに月を浴びたからである』
のテイシュンは
汀(ナギサ)の春(ハル)、
庭(ニワ)の
駿(オオキイ・ナガイ・スミヤカ
タカイ・ケワシイ・キビシイ)、
鵜(ウ)の瞬(マバタキ)、
定(サダメ)の惷(ミダレル)、
堤(ツツミ)の筍(タケノコ)で、
ミカドの筍は
タケのクのニのチ。
ジョウキは嬢、壌、常はトコで、
兎の子の姫を妻、嬬とした。
月はジクで、シシ。
シシは壱拾弐の子を産んで、反乱だわ」
「天武で、綴(ツヅリ)の惷(ミダレ)だ。
次は・・・」
『七政』・・・北斗七星の旋、幾、玉衝、
もって
七政を斉(トトノ)う
『七曜』は五惑星と日月
「『七政』は
七夕の織り姫で、木花之佐久夜姫。
北斗七星の『旋、幾、玉衝』は、
旋(セン)=メグル、カエル、スミヤカ、
タチマチ、イバリ、ショウベン
とよみ、
幾(キ)=キザシ、ケハイ、マエブレ、
オダヤカ、ホトンド、アラカタ
イク、アヤウイ
とよみ、
玉衝(ギョクショウ)は
タマがツクだわ。
『七政を斉(トトノ)う』は
始=史の知性、地勢、治世がトトノウだわ」
「『七曜は五惑星と日月』は云うまでもないな。次は・・・」
『惑星』・・・緯星と呼ばれた
「惑星(ワクセイ)のワクは
湧く、枠で、倭の琥。
セイは西、政、聖・・・」
「イセイは
糸の五の口の井、異性、威勢、以西だ。
緯星はまさに占いの星、予言の星だ」
『恒星』・・・経星と呼ばれた
「恒星(コウセイ)は
シンのワタリのホシで、
構成、公正、校正、
更正、
攻勢、後生、康生、
甲西、更生、後世だわ」
「経星(ケイセイ)は
イトのマタのジュウのイチのホシで、
形成、形勢、経世、警醒だ。次は・・・」
『客星』・・・彗星や新星。
土星の精から生じるものに
「五残星・獄漢星・四填星・燭星」
である。
金星の精が散じて
「大(六)賊星」と言う
九尺の尾を持つ彗星がでる
いずれも『客星=彗星・箒星』
である
「『客星』のキャクは
脚、却。
カクなら角、革、拡・・・
彗星は箒星で、ミズの干。
新星はアラタな干だわ」
「土星=壱拾壱のヒのウマレの、
精=コメのヌシのツキから、生じるものの、
五残星=ゴのザンのホシ、
獄漢星=ゴクのカンのホシ、
四填星=ヨツのテンのホシ、
燭星=ニワビ、トモシビ、タイマツのホシ。
金星=キム、キヌのホシの、
精=コメのヌシのツキが、
散じ=サンジて、
大(六)賊星=ダイゾク、ムツゾクのホシと、
言う、九尺=キュウシャクの、
尾(オ)を持つ彗星(スイセイ)がでる
いずれも『客星』だ」
流星と隕石
『春秋』・・・荘公七年「星隕如雨」
僖公十六年「隕石?@宋五」
「流星=ルのホシ、ナガレ、ナカレのホシ、
水の鼠と猪の頭は
ヨコシマの津女と、
隕石=インのイシ、
寅の医師、
虎の意志だわ」
「春秋は張るの穐(トキ)、ノギの蝦の女。
荘公の七年は
ソウコウの
シチのウシ、勢威の胤、スナのワチのアメ」
「キコウの壱の拾の六=武のウシ、姻戚、
引責のウのソウのゴ、
あるいはイツ、だわ」
『史記・天官書』・・・「星は五行の金の散気なり」
「早く出るものを
『贏』となす
『贏』は客となす
晩く出るものは
『縮』となす
『縮』は主人となす」
「『星は五行の金の散気なり、
早く出るものを《贏》となす。
《贏》は客となす。
晩く出るものは
《縮》となす、《縮》は主人』は、
もう、金は
『天淳中原《瀛(オキ)》真人』で、
《贏》は似ているけれど、
違うのは貝と羊、
女の
《瀛(オキ)》の漢字が懸けられている。
『贏(エイ)』は
モウケル、アマル、ノコリ、ミチル、アフレル、
ススム、ノビル、サカン、ウケルだわ。
『瀛(エイ)』は
ウミ、イケ、ヌマ。
『サンズイの無い瀛(エイ)』は
ミチル、コエル、ノビル、
アマル、カツ、オコタル、
ミメヨイ、ウツクシで、
秦の王室の姓だったのは
前におじさんと検討したわよね」
「ああ、
『エイ秦(エイシン)』は
秦の王室の姓だったな。
シンはハタだからハタ氏で、太秦だ。
『縮』はオソクで、イトの宿、
シュクなら叔で、叔父。とすれば、
天武は『客』で、
糸の宿が『主人』だ・・・
シシュクで、
私淑はヨコシマの淑女が主人」
「それに、
『両面縮灘(リョウメンスクナ)』って、コレよね」
「ああ、まさにだ。
裏表の両面、領面、縮まる灘、
それに良綿、縮まる、水の難。次は・・・」
『物理論』・・・三国時代の楊泉(三世紀)
「気が発散し、その精華が
浮上して変化し
連続的な流れとなった
これを名つけて
天河といい、あるいは雲漢と云う
諸々の星はこれからできた
「『物理論』は
物部の王の里のロのム、ヌだわ。
『三国時代の楊泉(三世紀)』は
御津の国のトキのシロ、キのヒの勿は
イズミのシロのミツ。
『気が発散し、その精華が浮上して変化し、
連続的な流れとなった。
これを名つけて天河といい、
あるいは雲漢と云う』
は云うまでもないわ。
『天河(テンガ)』は
銀河で、アマのカワ。
『諸々の星』はモロモロのセイだわ」
「よし、次は・・・」
『列子・天端』
・・・「日月星辰は凝集した気のうちでも
光を発するものである」
「『列子』は
レイシで、麗姿、
麗視(リシ)は
ヤブニラミで、斜視はナナメにミル。
麗(レイ)は
レイ、ライ、リ、ウルワシとよみ、
ウララカ、フタツ、ソロイ、ツイ、ナラビユク、
カケル、カカル
ともよむわ。
麗実は楊貴妃が好んで食べた果物。
令嗣はリョウをツグ。
あるいは
レツシで、烈姉、劣る始、裂ける史、烈子。
『天端』は
テンタンで、天の反、海部の帆だわ」
「次は・・・」
『景星』・・・徳星
よく治まった国に出現
「赤方の気の中の
二つの黄色の星と
青方の気の中の一つの
黄色の星との三星
が合わさって
『景星』となる」
「『景星』はケイセイは
傾城の美女は楊貴妃、すなわち、景行天皇。
『徳星』は聖徳太子、あるいは孝徳天皇で、
よく治まった国に出現で、
いずれも同一の人物か、
二人の人物が
『タケルの御子』
の共通項で結んであるわ」
「タケルだな・・・
江戸時代の天文学者は
『高橋景保』だったな・・・
伊能忠敬・・・だ」
「?!・・・
『赤方の気の中の二つの黄色の星と、
青方の気の中の一つの黄色の星との
三星が合わさって景星』は
ミナミの方のキのナカの二つの
キのイロのホシ、と、
ヒガシの方の
キのナカの一つのキのイロのホシとの
ミツボシが合わさって
形成、経世、形勢で、継政だわ」
「ミナミは朱鳥で、
淳で、淳頭、淳心、淳尾だ。
『淳』に類字する『渟』は・・・
茅《渟》王の『渟』で、
彼は皇極・斉明天皇と孝徳天皇の父。
そして
天武天皇は
天《渟》中原《瀛》真人尊だ。
ヒガシは青龍で、清流、整流だ。次は・・・」
雲気、大気、太陽の暈(カサ)、虹(ニジ)
「蜘、雲、玖母、琥喪。
一のヒトはキ。
太陽は、耐用で、シカのミコトの用。
大要で、イチのヒトは西の女。
大洋で、イチのヒトは水のヒツジ。
態様で、ムのツキのメスのヒのココロ」
「カサは傘、笠、加佐で、日の軍。
太陽に暈の兆しはアメだ」
「虹はナカのムのタクミで、
色は七の色だわ」
「次は・・・」
ーーーーー
・・・???・・・
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干支歴
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追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
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モモちゃん
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モウ君の総合目次 (archive.org)
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コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
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古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm
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