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第三十七回『幻弦無方 退攻推守 天龍対猛虎、怒涛の一騎打ち』

2007年12月21日 18時30分05秒 | 架空大河小説『英雄百傑』
英雄百傑
第三十七回『幻弦無方 退攻推守 天龍対猛虎、怒涛の一騎打ち』



名瀞平野

明けは知らずして東に日を昇らせ、野は言わずとも照らされる。

連日、雨の降らない夏の酷暑にさらされた草や土は乾燥し、
草は緑を失い茶色に変色し、土は茶色を失い白色の硬い道へと変化していた。
そんな野にもって対する、休息なしの夜駆け兵と一夜にして陣を造った兵は
疲れを体に知るが、その士気は一向に下がる勢いが無い。

対陣する官軍オウセイ軍4千対四天王ステア軍3千。
戦の先手は、敵を警戒しながら小休息を終えたステア軍がとった!

「おいに続け!!!九渓州で鳴らした地弦流突撃を敵に見せつけや!おいの兵ならば負ける事は考えることなか!おいがついちょるでゴワス!いくでゴワスーッ!」

「「「オーッ!!!」」」

ドドドドドドドドッ!

ステアの号令と供に無数の兵の旗指物、槍が一斉に立ち上り、
ステアを先頭にして怒涛の勢いでオウセイの陣へ突っ込んだ!


「旗を見るに、敵は侮ることなき四天王軍ステアか!よし、クエセルと野賊部隊は右方の敵を!ガンリョ殿は槍隊をもって左方の敵を!ドルア殿は後方を弓隊で守れ!我が騎兵隊は陣屋を出てステアの正面の兵と当たるぞ!」

「へへっ、頑張ってやるから褒美はたんまりとな!」
「右方は任されよ!我が胆力で守ってやるわい!」
「後方は拙者に任せ、オウセイ殿は正面の兵を!」

「おお、頼もしき言葉よ!」

オウセイの号令と供に、クエセルと野賊部隊は右方へ
ガンリョの槍隊は左方、ドルアの弓隊は後方へと兵を進め
どこから兵が来ても迎え撃てる体勢を整えた。

「騎兵隊5百、準備終わりました!」

「よし、ステアの軍を翻弄するぞ!我に続けーいッ!!」

「「「オーッ!」」」

腕を振り上げ号令をし、後方を見ながらオウセイは兵の顔を見た。
兵はどれも目の下にクマをつくり、疲れの色は濃かったが、
一夜にして陣を造り終えたという、不思議な一体感で包まれ、
どの兵も、一体感から来るみなぎる気力で疲れを忘れさせ、
兵達の士気は敵のそれに勝るとも劣らないものであった。

「門ひらけい!いくぞー!」

ギィー…!

陣屋の正面の扉が開かれると、目の前に迫ったステアの軍勢目掛けて
オウセイ率いる騎馬隊5百が突っ込んだ!

ドドドドドドドッ!!

突っ込むオウセイ隊は、わざと敵の正面には出ず
進行方向の軸をずらし側面に突撃できるように進んだ。


「おいの強兵に対して少ない手勢で、そげん見え見えの側面攻撃で来るでゴワスか…笑止じゃああッッ!!」

ブゥンッ!ブゥンッ!

ステアは自ら自分の馬をオウセイの兵に近づけると、その巨体の手に握られた、
7尺を超える巨大な鋼鉄の塊とも言うべき棍棒『鬼鉄棍』を振り回した!

「う、うおーっ!」
「ぐぐぐ、ぐばぇー!」

ガスッ!バキッ!!

すばやく風を斬る鉄の巨塊、恐るべきステアの腕力が伴った鬼鉄棍が
甲冑を着て走る兵馬の胸、頭、腕、そのどれかをとらえると、
どのものも潰れるような鈍い音をたててバタバタと倒れた。
ある者は一撃の圧力に内臓を潰され血を吐きながら、馬から勢いよく落馬し。
またある者は、鉄の塊に頭をねじりとられ、槍を構えることなく
体ごとなぎ払われ、残った体は馬の手綱を持ちながら、
鈍い音と供に力なく重力に逆らえなくなった無残な肢体を晒した。

ブゥン!ブゥン!バギャン!ガスッ!

「ギャアアアア!!」
「う、うぼぁーー!」

鬼鉄棍を振り回しながら当たるを幸いとしたステアは、
単身ですでに20人以上の騎馬兵をひしゃげ殺し、打ち落としていた。
流石に、この猛将を見てオウセイ率いる騎馬隊も
顔を青くして足を止めて震え、すくみあがった。
ステアが鬼鉄棍を振り回しながら近づくと、とたんに逃げ出す者までいた。

バンッ!

「くわっはっはっは!都の弱兵の中では、おいどんに適う兵はおらんのか!」

逃げ惑う騎馬兵を前にして、ステアは笑った。
乾いた野に力強く馬蹄を押し付けながら、ステアが鬼鉄棍を振り上げた
その時であった!

「ここにいるぞ!」

ドドドドドドッ!

大声の先には騎馬隊の陣頭指揮をとっていたオウセイがおり、
果敢に攻めるステアの兵を双尖刀でなぎ払いながら前へと進んできた。

「ほう、おまんのような、なまっちょろい小僧がおいを相手にするというでゴワスか?」

「その長き肢体、馬上より兵をなぎ払う鉄塊、威風堂々として猛るその姿!名のある猛将とお見受け申す。我が槍の試し、受けてもらおうかッ!!」

ゴォォォ…
兵の大勢を尻目に、荒れ野に立った二人の騎馬武者の威圧感が場を圧倒する。
まさに時の止まるべくして止まったその空間に、両軍の兵士達は息を呑んだ。

「そげん礼儀で迎えられては、この一騎打ち!受けんわけにはいかんでゴワス!冥土の土産においの名、覚えちょれ!おいは高家四天王、速攻のステアッッッ!」

「相手にとって不足なし!我は京東郡太守キレツが家臣オウセイッ!」

対陣で突撃を敢行しているはずの敵味方の兵が
いつの間にか一騎打ちの囲いをつくり、猛将二人の馬が端に行くと
いよいよ端から走り出し、馬を加速させ、その一合目を始めた!

「でいやぁーッ!」

「ふんぬぅ!」

シュッ!ガッ!ガキーン!

馬上にかち合った一合目、先手を打ったのは、
鋭く素早い突きでステアをとらえたオウセイの双尖刀であった。
しかし、流石は家臣の猛将達を統べる四天王ステア。
瞬時に反応して鬼鉄棍を盾にしてオウセイの突きをかわすと
ステアは長い腕から繰り出す力で、今度は槍を跳ねて横に滑らせた棍を
振りにげるようにして斜めに走らせ、オウセイの兜を狙った。

ガギィィィン!バギッ!!

あまりの速さに鉄が摩擦で火花を起こし、かすった光の弾けが消える間に、
オウセイの兜は棍に弾かれ宙を舞った。

「ぬくっっ!ちいっ!そうはさせぬっ!」

迫る鉄の塊、鬼鉄棍を前に間一髪の所で頭をずらしたオウセイは、
虚空に吹っ飛ぶ自分の兜を見て、彼の一騎打ち史上、らしからぬ不安が走り
ステアの馬に馬上から軽く足蹴りを放って驚かせ離すと、その肝を冷やした。

「…(ばかな!棍の切っ先が触れただけで兜が持ち上げられたか…!避けるのが遅かったら死んでいた!…おそらくこれは修羅の剣、気を抜けば殺される!)」

ツゥーと顔に落ちる一筋の血を見ようともせず、ステアを直視した
オウセイの顔は緊張に張り詰め、その眼は真剣さを増した。

一方、距離を離されたステアはオウセイを見て喜んでいた。

「ほん…!あれを避けたでゴワスか!はっはっは!こいは、おいも滾ってきた!おいの地弦流馬術殺法『内蝉』を避けたのはおまんが初めてじゃ!だてに名乗りをあげることはありもはんな!さあ続きをやるでゴワス!」

ダッッ!

「望むところよ!」

ダッッ!

二人の騎馬武者が、端から馬を放ち、片手で握る手綱を
ギリギリと音がなるようにより強く握ると、中央で再び剣と棍を激突させた!

ガッ!!!ビュウッ!ビュウッ!

「先手必勝だ!それっそれっ!」

オウセイの鋭い突きが鋭さを増し、再びステアの喉元、胸、足、顔めがけ
その全ての急所に無数の素早い突きを見舞った。

カキンッ!ガッガッガッ!

「おまんやるな!おう!おう!どの突きも鍛錬されたすごか槍さばきでゴワス!」

ステアは鉄塊の棍を再び防御の盾にして、上下双頭に刀のついた
オウセイの突き、横なぎと縦なぎを繰り返す見事な槍さばきを全て
恐るべき反射神経と長い肢体を使って、寸前の所でかわした。

「今度は、おいが攻めるでゴワス!そうれ!!!!」

ブゥンブゥン!!

「ぐぬぬ、うおおお!!」

ヒュンッ!!!ガキ!!ガキン!!!

ステアの鬼鉄棍から繰り出される空を切り裂く、鋭い上下段の三連撃!!!
とっさに馬上で体を反らせ、一撃目を避けるのに成功したオウセイだったが
二撃目、三撃目は双尖刀を横にして、槍の一番硬い部分で受け止めるのが
やっとであった。

「ぐわっはっはっは!地弦流馬術殺法『柳三弾』まで避けおったか!ほんに面白いやつでゴワスな!」

「ッッ!笑う暇があるかッ!でぇい!!!」

ビュッ!!!

オウセイは反らせた体をバネにして双尖刀を、目の前で笑うステアの
鬼鉄棍で守れない死角である黄色い甲冑の肩口に放った!

ガシュッ!!パァンッ!

「うぬおっ!なんばしょっとか!!!!」

馬上の死角を突かれたステアは肩口の甲冑に刃が触れる前に
ふいに伸びる双尖刀の柄に、手綱を握る左手を放ち、なぎ払った!

バギャン!!

双尖刀の軌道は変えたものの、勢いを殺せなかった刀の切っ先が触れ
威力の強さを物語るように、ステアの黄色の甲冑の肩口を吹っ飛ばした!

「ちっ!しとめそこなったか!」

「こなくそぉ~!!触れただけでおいの肩甲冑がもげてもうた…こりゃ余裕ば見せられんでゴワスな!!」

ブゥン!!ガキンッ!バキッ!ガッガッ!カキーン!!

火花散る猛将同士の戦いは苛烈を極めた!
金属と金属とが当たる鈍い音と風を切り裂く鋼のぶつかり合い!
鋭く攻めれば隙無く守り、隙見て反撃すれば素早くかわす!
一進一退!放つ一撃一撃は重く、お互いに小傷をつけながら、
『力を抜けば首が飛ぶ』状況での戦闘は、精神的にも肉体的にも疲れさせ、
互いの疲労を絶大なものにしていった。

「はぁはぁ…隙あり!!ぬうりゃ!!」

「くぉぉっ…なんこげなもの!」

ガキッ!ガッガッガッ!!バキッ!バァァン!ガキィン!!

ステアとオウセイの甲冑は急所を外すように所々破壊され、
オウセイの顔面の血は汗でにじみ始め、耐え備えた足はガクガクとし、
ステアは全身にびっしょりと汗をかき、棍を握る手に力が入らなくなってきた。

「…なんという豪傑同士の戦いじゃ」
「ステア将軍も強いが、あの赤い甲冑の男も、お、おそろしい力じゃ」
「ひい、お、御大将が負けたら、あの将と戦わねばならんのか…」

眼前に広がる猛将同士を見て、それぞれ
不安と期待を口にする敵味方の兵達。
将と将、武と武、技と技、力と力、どれも能力は互角とする
二人の打ち合いは、戦の最中、さながら暴風が吹きあれるが如く
兵が打ち合いを見るに、およそ30合を数えるほどとなった。

「「「ワーッ!!!」」」

しかし、未だ決着のつかない二将の末を天が心配したかのように
その時、後方を移動してきたミレム軍団の先鋒、スワトが兵5百を連れて
颯爽とステアの軍の前へと現れた!

ドドドドドドッ!

「オウセイ将軍!大丈夫でござるか!それがしが加勢しもうす!」

「おお!スワト将軍か!」

ドドドドドドッ!


「ちっ、新手でゴワスか!こんでおいが急いても駄目でゴワスな!全軍山帰り!退却ーっ!ひくんじゃー!!」

陣を抜け、騎馬軍団の内を抜け、駆けつける力強いスワトの兵達!
これを見ては流石のステアも退却をよぎなくされた。
しかし、高家四天王の神速と言われたステアの退却は見事なものであった。
機を見るに足の遅い者は武器を放り出し軽くし、足が速く力の残っている者は
迫撃を受けぬように殿を務めた。

何度も戦に出て、辛酸の全てを経験してきた名将だけが出来る見事な退却法は
将が退却しても、役目を行う事の出来るその兵の意識の高さが物語っていた。

退却の時期を逃して逃げ切れず、無理に攻めて消耗する事の恐ろしさ…
頭で考えるよりも早く、歴戦の猛将の勘が退却の大切さを教えたのであった。
名将が名将たるゆえんである。


「オウセイ将軍!それがしに迫撃の許可をくだされ!」

「はぁはぁ…うむ。クエセルの兵とガンリョの兵を貸そう…スワト将軍…迫撃して大打撃をくらわせてやろう…自分も後でいく…」

「おう!四天王の首、この手に必ずもってまいりますぞッ!」

馬上のオウセイが、未だ止まぬ動悸と何度も浅い呼吸をするなか
スワト、ガンリョ、クエセルはその早足でステアの部隊を追った。

取り残されたオウセイは馬上からその姿を目で追ったが、
頭から流れる血の傷口がまた開くと、くらくらとめまいがし
目は霞み、力なく言葉を吐露した。

「くっ…はぁ…この程度の…傷で…まだまだ未熟だ…な…」

バタッ…

「オウセイ将軍!将軍!しっかりしてくだされ!担ぎ手…呼…だ…か…水…もて…」

後方を守っていたドルアが力なくガクンと体を前へ倒したオウセイを見て
慌てて近づき声を発したが、その声はオウセイの耳には聞こえなかった。



オウセイが陣屋に運ばれていくその時、
英名山の山塞、武青関から兵が出るのがうっすらと見えた。