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kirekoの末路

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第三十三回『光芒如水 梟雄裁決 九門楼、月下の後始末』

2007年12月05日 17時13分14秒 | 架空大河小説『英雄百傑』
英雄百傑
第三十三回『光芒如水 梟雄裁決 九門楼、月下の後始末』



汰馬平野での合戦が終わりを迎える頃、あたりはすでに夜になり
朝夕を駆けた官軍の将兵達は、疲れを顔に出しながらも、勝利を
たがいの口々で耳々で言い合い、聞き合った。

空に上がった満月は少々雲に隠れてはいたが、汰馬平野を明るく照らし、
帰る将兵の目下には、露に濡れた草花に月光が反射し、
自分達が帰ろうとする方向へ、美しい光点の道筋を作り上げていた。

月光に踊る美しい草花を見ながら、将達は合戦を振り返った。
勝利を信じて戦った兵達の胸には、何か熱いものがこみ上げる。
そして、脳裏に浮かぶ勝利の喜びを再びかみ締めながら、
自分達の死守した汰馬城の城内へと、一歩一歩、
各々、その足を自慢げに踏みしめ駆け込んでいった。

汰馬城の高い外壁と重たい門を潜り抜け、官軍の将兵が帰ってくる。
戦の勝利に湧きかえる城下では、もうすでに暗闇の帳が降りかかった
夜中であるというのに、どの者も手を将に掲げ、口々にもてはやした。
人々は城下に煌々と灯りを点し、戦に勝った英雄達の帰還を皆喜んだ。


京東郡 汰馬城 九門楼

沸き立つ汰馬城内の中で、宮城の近くに九門楼という場所がある。
東西南北に広がる、重厚感のある黒色で出来た九つの鉄門が特徴的な
簡易裁判所のような場所であるが、質素ながらも内部の造りがよく出来ており
場所も広く、特別な宴会などの時には、好んでよく使われる場所であった。

この九門はそれぞれに勝負生死興亡を表す意味が書いてあり、
門のそれに準えて、この楼には特定のしきたりがあった。
祝いの日には町々にそのめでたさが伝わるよう九門が全てを開け放たれ、
不幸があった日には不幸を外に出さぬように九門が全て閉じられるというもので、
今日はもちろん戦に勝利した事を祝い、九門は全て開け放たれていた。

あたりに光る松明の光、月下に集まる将兵の姿がそこにはあった。
合戦に勝利したキレイやその将達が、行賞の申し出や
その裁決を取るために、それぞれ当てられた座に座り駆けつけていたのだ。

「将兵達の頑張りにより、我が郡は守りを固める事が出来た。まずは祝杯である、各々方、手に杯を持たれよ、乾杯だ!」

「「「乾杯!!」」」

首座に座ったキレイの掛け声にあわせて、それぞれが持った器を
将兵達は一気に口に運び、勝利の美酒をグビグビと飲み干す。
一杯の盃(さかずき)の美味さを緊張感を解くことなく、かみ締める将兵達。
これは宴の始まりではなく、勝利の後に通例的に行われる儀式であった。

「こたびの一杯の盃の重さ、実に感慨深く。各々、若輩であるこのキレイの采配を良く聞き、命を良く守ってくれた。この勝利は私の策ではなく、皆がその力の優れたるを発揮したからに相違ない。特に敵を挑発で誘い出し、叩きに叩いたミレム将軍旗下の将達の頑張りは、実に天晴れである」

「過大な評価ありがとうござる。しかし、これもキレイ将軍の采配のおかげです。ご謙遜なされますな。私がもしキレイ将軍の立場なら、豪傑のスワトも、知者のポウロ、ヒゴウも上手く扱えず、ただただ賊軍に怯えていたでしょう」

「はっはっは、あのような大軍勢を動かすような挑発の文句を作る貴公が、賊に怯えるなどとは到底思えぬがなァ…?」

「いやいやあれは私の考えた文句ではございませぬ。対陣中の兵達にどのようにすれば相手が怒気に触れて悶絶するか、その罵倒の台詞を一夜二夜と寝る間も惜しんで聞き、一言一句間違えないように必死の覚悟で習った付け焼刃の文句でござる。今思えば、あれは賊兵との戦よりも難しく、苦しい物にござりましたなぁ」

「賊兵との戦いより苦労したと申すか、これはこれは実に大儀でござったな」


「「「ハッハッハッハッ!」」」


おとぼけ顔のミレムのちょっとした冗談に、付き合うキレイ。
これには緊張感を保っていた猛将たちの顔にも、薄っすらと余裕が見える
笑い皺が増え、そのうちに大小の笑い声が飛び出すのは必然であった。
恐将のキレイも将兵達の笑いにつられ、口元を少し緩ませて、
頭に手をやってうつむくそぶりを見せ、ミレムの冗談を笑った。

キレイは楼内の将兵達の笑いが止むのを待って、今度はゲユマに目線と手をやり、その功績を歓喜の篭った暖かい声で褒め称える。

「ミレム将軍に負けるとも劣らず功績を挙げ、特に頑張った郡将のゲユマも、私の予想の範疇を超える活躍をしてくれ、実に見事であったぞ」

キレイの言葉にゲユマは前に出て腕を組んで一礼すると、
腰に挿した剣鞘を少し揺らし、誇らしげに声を上げてこう言った。

「過分なご評価、恐悦至極にございまする。そう言われると何だか、体が無性にむず痒くなりまする。私が将としてやったことなど、ただ命令を守り、ただ闇雲に眼前の敵を倒したまでのこと。真に評価されべきは、命を賭して戦い、故郷を守りたい一心で動いた我が郡の兵達にござる。私の活躍よりも兵に礼をしてくだされ」

キレイは眼前にして謙遜の言葉を浮かべるゲユマに続けてこう言った。

「相変わらず謙遜の強き男よ。それでこそ同じ君に仕える者である」

「ははっ」

「しかし、私情になるかもしれぬが、肩を並べて戦った私が言うのだ。お主の評価は過大でも、まがい物などでもなく、終始真っ当の正真正銘の功績である。誰に功を問われる事も無かろうが、その時は私がその都度証明にあたろう」

「………」

「将に能なしを貶すは当然だが、将に能ありを褒めるは不当に非ず。私が大将でなければ、今すぐ公を捨て、私情に走り、お主と盃を交わし、情を通わせ、手に手をとり、その確かめを深くするであろう…。この合戦の勝利の後に一片の悲しみが私にあるとすれば、おぬしのような将を褒めちぎることが出来ないことだ。

「………うう」

最後にキレイは感極まったのか、口調も重く深そうな低い声で、
ゲユマの上に煌々と光る月を見て、こう言った。

「…なんと、不思議な事だ。今日は華無し池無し鉄九門に月の光が良く映え眩しい。だれぞ、私の目に池をつくった者があるか」

(この鉄の九門楼は質素な造りで眩しい物もなければ、水をためて流すような大きな水池も無い。しかし今日は池が見えるように月の光が差込み、それが反射して眩しく見える。実に不思議な事だ。誰が私の目に池(浮かぶ涙)を作ったのか?)


その言葉を聞いてゲユマは心を打たれたような気がした。
自分をこのように取り立ててくれる者に、心の中で一生の忠誠を誓うのであった。

「…一介の部将である私に、キレイ様が…そのような…なんとありがたきお言葉でござろうか…ゲユマは京東…いや国一番の果報者にござる…」

再び一礼しながらうつむき下がり、うっすらと浮かべた涙を隠すゲユマを見て、
キレイは月夜の空に向かって目を見開き、口を震わせ、このゲユマという男に
一層の信用の情を浮かべた。

…パチパチ…

座に座る将兵、そのどの者も、深深と礼をしながら座に帰る
ゲユマを褒め称え、拍手を送った。


「…(あの若も、やはり情の通った人間である。一部将でありとて、あのように見事な評価をし、人を感動させる。情の通わぬ人間には出来ない行いだ。おお、なんと見事な主従の絆であろう…)」

キレイの隣に居たオウセイは、眼前で行われた一部始終を見て
その行いに、なんだか自分まで目頭が熱くなるような思いがした。

『鉄九門、月夜の楼に眩しき物あり、其は主従の情に頬を伝い出来た水池』
これは後に、君臣主従を表す将兵達の事例として
『月下の九門楼』の名で呼ばれるようになる。

…ドタドタドタッ!

将兵達が涙を流しているところに、血なまぐさい獣の皮を被った
荒くれ者達数人が駆け込んできた!

「へへっキレイ様、敵の将ランホウとジケイをお連れしやしたぜ」

バタッ!

「お約束通り、生け捕りで指一本つけていねえでさあ」

ランホウとジケイが腕や足、体のいたるところにキツイ縄をうたれて
座の中央の小石が並べられた場所にドカッと乱暴に置かれる。

「…おお、クエセルか、大儀である」

「この将の首、いくらで買ってもらえるか楽しみだぜ」

感動の渦に巻き込まれる座を乱しぶち壊すような野蛮な匂いと利己的な話。
野賊のクエセルがいかに大功を持っていても、それに良い顔をする将兵は
キレイを除いて一人も居なかった。

「うむうむ、野賊の長クエセルも郡兵でない者であるのに、敵陣を占拠せしめたことは実に大儀である。この戦が終わったら十分な褒賞をとらせよう」

「戦費もかかったし、俺達も命がけでやったんだ、前渡しの金でやれるのはここまでだぜ。また戦に借り出すとすりゃ、俺達一人頭に5金以上は欲しいねえ。なあキレイ様、俺等の働きはここの兵のざっと三倍だぜ?真っ当な取引だと思うけど、どうでえ受けるかい?」

「よし、では次の戦も頑張ってもらおうか」

「へへっ、話のわかる将軍じゃねえか。じゃあ戦の話が決まったら知らせてくれよ」

ザッ…バタバタバタ…!

まるで猿や獣のような速さで、2将を置き去りにして
血なまぐさいクエセルの軍団は帰っていった。
そこにいる誰もが、無礼と不快に顔を歪めたが、
キレイは「よいよい」と言って、これを許した。


そして、キレイはランホウとジケイに目をやった。

「………」

「わわわ私は命令されただけで…!!いいいい命ばかりは…!!たたたたた助けてくだされ…!!キレイ将軍!!」

キレイの鋭い眼前に晒され座る二人の将の為りは、互いに好対照であった。
縄目にかかっているというのに立派に胸を張り、まぶたを閉じ、静かにして口を開かず、殺してくれといわんばかりの覚悟を見せるジケイに対して、ランホウの全身は汗まみれで震え、口を開けば命乞いをする有様、その醜態は見るに耐えないものであった。

「ジケイにランホウ、お主らは皇帝陛下を蔑ろにし、反逆を起こした負将である。法によって獄門拷問にかけられ、首を斬られても文句の言えぬ負将。何か思い残す事はあるか?」

ザッ…

「ふん!人間も五十を数えて思い残すことは無い!殺せ!それとも老将のしわ首一つとれぬほど、お主は臆病者か!」

ザッ…

「え、英明なキレイ様の智勇は十二の州に伝わっておりまして、わ、わ、私のような下賎の将の上に立つ四天王など、ち、畜生以下で、ご、ござ、ござります!私は今からキレイ様のしもべになりますれば!な、なんでもいたしまする!どうか、どうか殺さないでくだされ!」

「ランホウ!この期に及んでなんということを言うのだ、この畜生武士め!ええい、貴様のような奴とくつわをならべていたとはな…この老ジケイ、死の前の一生の汚点じゃ!」

キレイは二人を見てニヤリと笑みを浮かべると、
がくがく震えるランホウのほうへ手を差し伸べ言い寄った。

「ランホウ、そちは何でもすると申したな。では四天王のこと、ホウゲキのこと、知っていることを洗いざらい喋ってもらおうか」

「ははーっ!」

ランホウは、必死にアゴを突き出し、前のめりでキレイに
自分の知りえる味方の全ての事を洗いざらい喋った。
主軍の目的はこうであるとか、莫大な兵糧の輸送元がどこにあるか、
虚弱な守りの城、配下の部将のあれこれ、このランホウの話が
尽きるまでには実に一時の時間を要した。

その間、隣の老将ジケイはランホウに祟り殺すような鬼の形相を浮かべ
口から放たれる、その言葉一つ一つに憎悪の念を抱いた。


「…わ、わたしの知っている情報は以上でござる!」

「ふむふむ、そうか…」

そういうとキレイはスッと手をあげ、隣に居たオウセイに耳打ちをする。
オウセイはキレイの言葉を聞き終えると、腕を組んで一礼し
ゲユマやミレム達を連れて、その場を立ち去った。

「うむ、実に有益な事を聞かせてもらった。実に有益だ。誰か、ランホウの縄を解いてやれ」

ザッ…

「は、はっはっ、これでわたくしめは助かるのでございますね、こ、これからはキレイ様の下で粉骨砕身の思いでがんばりまする!きたいしてくだりませ!」

ランホウはキレイの前で何度も平伏して言葉を浮かべた。
しかしキレイは、にこやかに笑うことも無く、平然とランホウに向けて
冷たくこう言った。

「誰がお主を助けたり、家臣にすると申した。お主の様な者を世間では不忠者というのだ。それを知らずにベラベラと、誰かこやつを牢にぶち込め」

「ええーっ!?そ、そんな、なんて、ひどい!」

ガッ!!

「い、いやだ!死にたくない!キレイ様!助けてくだされ!」

「黙れ!隣に座る老ジケイの気持ちも考えずにベラベラと!」

二人の屈強な衛兵に腕を持たれ、ランホウはついに頭の中で何かが吹っ切れ
眉をひそめ怒りを露にするキレイに対して、言ってはならない暴言を口にした。

「こ、この人でなし!やい畜生の将キレイ!お前こそなんという人だ!降伏したあげくに情報を喋ったこの俺を不忠だと!有益な情報を聞いておきながら、なんたる悪辣外道なやり口だ!お前は人間じゃない悪魔だ!ふんぞりかえった家畜だ!この畜生め!呪ってやる!お前を呪ってやる!」

キレイはランホウの暴言を聞くと、不快感をあらわにして
目をクワッと見開き、ランホウを睨み、低く重い口調でこういった。

「ついに弱将の本音が出たな。お主、恐将と呼ばれたこのキレイにそのような暴言を吐いて、無事に死ねると思うな。暴言を吐かねば一撃で死なせるつもりだったが、それも適わぬな。衛兵、刑場に向かう前にそやつの顔を含む全身に『人』と鋸で彫ってやり、その後に傷口に砂利を塗りこみ、熱い焼きごてを日を分けて、全身に押し付けよ。感覚が残ったまま、全ての爪を剥ぎ、痛覚の有る場所に針を打ち込み、水桶の中に死なぬように3日漬け、最後は釜茹でにして煮殺せ」

ランホウはキレイの言葉から出る刑に思わず口をポカンとあけ絶句した。

「ほらっ、さっさと歩け!」

ズズズズズ…

おそらく助からない命と思って吐いた言葉が、死を慈しみ、生を苦しみに変える
その地獄の日々の切り口になってしまったことを、衛兵に腕をつかまれ
力なく引きずられながら、ランホウは自分の生涯の最期を後悔した。

サッ

引きずられるランホウを見て、キレイはジケイに目をやり、こう言った。

「あのような愚かな味方を持ちながら、オウセイの部隊と、自分の忠義の元に互角に渡り合ったお主、老将のジケイ将軍を私は尊敬している…」

「ふんっ!お前の傀儡などにはならんぞ!忠臣は二君に仕えず!わしは四天王ステア様の懐刀と呼ばれた老将のジケイ!忠義に死すとも不義に生きぬわ!」

ジケイの立派な態度にキレイは、どこか若干のすがすがしさを覚えながら
老将に向けて、再び重い口調で最後の言葉を放った。

「そうであろうのう…。忠義に死すとも不義に生きず。良い辞世の言葉であった。武士はそうでなくてはならぬ。衛兵、この老将を今すぐに刑場に行かせ、熟練の者に首をはねさせよ。首は塩漬けにし、四天王ステアの元へ届けよ」

ガッ…

老将ジケイはキレイの言葉を黙って聞きながら、衛兵に腕をつかまれ
その場を名残惜しむように最期の仏頂面と供に言葉をキレイに投げかけた。

「礼を言うわけではないが…わしの生涯の最期の最期で喜ばしい事が一つあったとすれば、お主のような武士を知る武士に会えたことじゃ。ふふ…高家四天王ステア様は強いぞ、お主よりも数倍な!アーッハッハッ!!!」

キレイは、放たれた言葉に頷きもせず、ジケイと同じ仏頂面を浮かべ、
刑場へと向かう老いたジケイの背中を目で最期まで追った。

ヒューッ!

それと同時に風が吹き、楼の灯火が消えると、
キレイの顔半分に雲のかかった月影の暗闇が埋もれると、
静かになった暗い楼の中に一人座りながら、
何か、えもいわれぬ無常感をキレイは感じた。


「人の命が消えゆくのも、灯しの火が消えゆくのも同じ事。一陣の時代の風が吹き抜ける合間に、多くの灯火が儚く消えてゆく。我らの灯火が消え行くのが早いか、時代の風が吹き抜けるのが早いか。月よ、我ら煌々の火が消え行く、その最期の一時まで我らの生き様を見守りたまえ…」


月下に広がる鈍く鉄光りする灯火の消えた九門楼。
眼前に広がる闇と月の光を見て、キレイはポツンとつぶやいた。
運ぶ風はもう暖かく、季節は初夏の6月に入ろうとしていた。
コメント (2)
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