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第三十四回『陥落陣至 神速猛兵 北奥羽の四天王、緊急集結す』

2007年12月06日 20時10分58秒 | 架空大河小説『英雄百傑』
英雄百傑
第三十四回『陥落陣至 神速猛兵 北奥羽の四天王、緊急集結す』



月下の九門楼の後、翌日からキレイの軍は慌しく動き始めた。
凛然たる平野に並び立った赤い甲冑でそろえた精鋭軍団、
オウセイ、ゲユマ率いる1千が駆け、敵が占拠している原小騨郡に向かった。

敵将のランホウが死ぬ前に喋った情報を元に、キレイが即座に号令し
敵の攻め手の最前線、小高い丘と森林に囲まれた場所に密かに隠された
武器兵糧を蓄える四小瀬(ヨコゼ)の兵糧庫を襲撃したのだ。

前方のトウゲン軍団が敗れた事を知らない兵糧庫の守備兵達は
猛将達の急襲に大混乱を起こし敗退、四小瀬の兵糧庫は陥落した。
二将は兵糧と攻めの腱地を確保すると、キレイに言われたように
原小騨郡の前方の守りの腱、織坪(オリツボ)城、織涸(オリゴ)城に
味方の使者を装い、トウゲン軍団を救出するように打電する。

その後、救出の兵3千を城から出した二城の隙を突くように
オウセイは織坪城へ、ゲユマは織涸城へと雷の如く進撃、急襲し
守備兵を降伏させると、二城を乗っ取ってしまった。
二城の守将は知らずに進軍を進めたが、前へ迫る守陣に存在する
キレイ率いる軍団を見て、これは適わぬと思って帰還しようとするが、
後方の二城を取られたことに気づき、降伏した。

守りの腱、攻めの腱を失った郡を統括していた太守は官軍強しと降伏し、
キレイ軍団は新たに5千の郡兵を加え、関州解放へと疲れを知らぬように
隣郡の河金郡へ勢いを任せて進撃すると、敵は不意を突かれたこともあり、
守りを任されていた四天王ステアの守将達は混乱狼狽し、それぞれ敗退した。


一方、もう一つの策を持って軍を任された官軍隊のミレム軍団は、
ポウロ、ヒゴウの説得により味方となった、敵の降将リョスウを連れ、
元ランホウの兵達2千を吸収し、汰馬に守備兵5百を残し
勇猛果敢な野賊のクエセルと1千の野賊兵団も兵に加え、
オウセイ軍団に遅れること2日後、合わせて3千5百の兵を引き連れて
汰馬平野から北上し、敵の兵站を攻撃するために城茨郡へ進軍した。

京東郡の銅羽城を攻める四天王ステアの別働隊の攻め手を背にしながらも、
城茨の兵站の要である示銚(シチョウ)の兵站道を襲撃したミレム軍団は、
豪傑スワトや、元敵将であり情報を持っていたリョスウの活躍もあり、
確実に敵軍の兵站部隊の動きを捉え、敵の兵糧輸送路を完全断つことに成功。
その道を進む四天王軍の兵站部隊の全てを妨害、強奪し、
銅羽城の攻め手に行くはずの兵糧をことごとく遮断し奪い取った。

これにより堅城である銅羽城を攻めていた、四天王ステアの別働軍1万4千は
攻めあぐねていた上に兵糧を絶たれ、想像を絶するほど苦しんだ。
毎日運ばれてきていたはずの莫大な輸送物資と、その多勢を武器に進軍し、
速攻に臨んできた四天王ステアの兵達は、武器や食料といった輸送物資が
届かないという不測の事態に不安を覚え、それぞれが兵糧の略奪や脱走を始めた。

輸送路が遮断されて数日もすると、大軍であった1万4千の兵は、
その兵数を5千ほどまでに激減させ、すぐに壊滅的な兵糧不足に陥った。
兵糧不足となり、兵士の士気や意気は下がる一方、進退窮まり、
退くも攻めるも出来なくなった四天王ステアの配下の大将ラコウは、
起死回生の玉砕覚悟で兵を銅羽城へ進め、決戦を持ち込んだ。

ラコウは士気の低下する兵を良く鼓舞し、その猛々しいほどの勇将ぶりで
キイ率いる6千の官軍兵を相手に奮戦したが、守将の一人、参謀のタクエンが
勇猛の郡将ドルアとガンリョに命令し、ドルアはラコウの本陣を奪取し、
ガンリョは部隊をひきつける時間を稼ぐために、ラコウ自身と40合を超える
激烈な討ち合いをすると、タクエンの策のため、わざと負けたようにして逃げ
ラコウを誘い出し、兵が少なくなったところで反転しラコウを討ち取った。

こうして四天王ステアの別働隊を見事に押し返したキイ軍団とミレム軍団は
その兵力を加え共同戦線を張り、その力を一挙に強力して城茨郡を攻め
意気の下がる敵兵をなぎ倒し、見事に一郡の平定に成功したのである。


この間、実に日数にして14日。まさに電光石火の早業であった。


楽花郡を攻めていた四天王ステアの本隊2万6千が、この事を知ったのは
すでに遅れる事6月の半ば、塩漬けにされたジケイの首を見て敗北を悟り
自分達の輸送路を断たれる前に、後方2郡に渡る大退却を敢行した。
関州国境の要害、山塞である英明山の武赤関にたどり着く頃には
ステアの兵は関州攻略時の5万が見る影もなく、2万ほどに激減していた。


高家四天王速攻のステアの軍、続々と敗れる!の報は各郡に知らされ、
ホウゲキ率いる攻め手の高家四天王の面々を少しながらも動揺させた。
府甲州に対して睨みをきかせていた四天王のキュウジュウ、ソンプト率いる
3万の兵は、何れも国境を背にして関州の山塞である英名山の武青関へと後退。

この大後退に北清奥羽州の国境でチョウデン、メルビを相手に
勝ち押していたホウゲキは焦りを感じ、領地の守りを家臣に任せると
四天王を呼び出し、関州英名山の裏手、大仙(ダイゼン)郡の要地、
大仙城へと自ら赴き、四天王を集結させたのだった。


大仙郡 大仙城 王宮

王宮は、壁に豪華絢爛な金と銀の装飾がなされ、床には大理石が敷かれ
歴代皇帝達の祖先の誉れを喜ぶよう、ほこり一つ、傷一つ無く
どれも高貴な珠のように磨かれ、猛将を彫って細工したガラスの窓からは
外から差し込む、夏の盛りの太陽光を眩く反射させた。
王宮に広がる、国一番と誇れる職人達によって作られた物品の数々は、
荘厳壮麗、その富貴まさに極まる都の王宮に負けじとも劣らない
見事な作りのものばかりであった。

しかし大仙城の王宮は、その豪華絢爛さをよそに、
凍る冬の冷厳の寒所と思うほど、恐ろしい緊張感に包まれていた。
常勝無敗、絶対無後退を信念に置くホウゲキの家臣、高家四天王が
それぞれ事情は違うとはいえ、初めて敗れ、その軍を下げたのだ。
事は隠す事も出来ぬ事実であり、誰もが言わずとも知りえた報せを
口耳に立て発言もできぬこと、それは家臣の心の縛りとなった。

集まった家臣の顔はどれも優れず、青ざめ、驚くべき緊張感に
立っている事すらもままならない文官、武官も多かったが、
流石に玉座の周りに威風堂々と立つ四天王の面々は、
どの顔もグラつくことなく平然とし、主君であるホウゲキが来るのを
今か今かと待っていた。

ダッ!

そこへ、ホウゲキ臣下の近衛兵がゆるりと駆け込む。

「帝国士王侯!忠北権佐(先帝からの贈名)!大信忠従丞勝将軍ホウゲキ様の御成りーッ!」

ザッ…!

近衛兵の声と供に、ずらりと並んだ一同諸将は握り手を合わせ中央で組み、
今からホウゲキの通るべき赤絨毯の道に体を傾け、どの将も足を揃え、
頭を下げ、深深と礼をした。

ザッザッ…

ジリジリと照りつけ始めた夏の強い日差しに影ができる。
眩いばかりの太陽を己の後光とし、皇帝の親戚たる者の姿が露になる。
前後の金の枝垂れと、12の宝石をちりばめた冠をかぶり
その上下の群青の礼服に身を包み、身体を引き締める黒い玉帯の横、
懐挿しには一振りの長い宝剣の入った漆の黒光りの鞘を携え。
着衣そのものに風格があり、その長身に冠の隙間から見える
整った丸顔、髪とヒゲ、他の威圧ともいえるその貫禄は、
まさに東海の虎と呼ばれるホウゲキ、それを例えるに余りあるものだった。

玉座に座るホウゲキは、手を家臣の前ですっと差し伸べると、
熱く照らす日差しのせいか、顔からしたり伝う汗の噴出す家臣たちは
一同に顔をあげ、ホウゲキに向かって再び直立不動の姿勢で礼をした。

「高家四天王、及び家臣の者たち、苦労である。こたびの緊急招集は他でもない、我が北清奥羽州の猛兵を用いれば、信帝国の兵など弱兵ばかりと思っていたが、思わぬ強兵の存在があったようではないか。のう、大神風将軍ステアよ」

口を開いたホウゲキは、玉座の下にいる男、
長身、獅子のような顔を巻くように育ったヒゲ、
肉筋骨、そのどれも隆々と盛り上がり、身体の大きさもさることながら
伸びている長い手足が特徴的な、濃い褐色の鎧を着たステアに目をやり、
問いかけた。

「関州平定軍の後退の理由ば申し開きたき儀はあれど、言い訳を言うほど落ちてはおりもはん。この後退には、四天王どのお方にも罪はなぐ、不明は、おいどんが全て受ける覚悟でゴワス。殿がおいどんに死を賜るも無理なき処断でゴワス」

「ふ、流石は四天王の一人、その覚悟さえあればよい。戦の勝つも負けるも兵家の常。負けを恥じて死すより、勝つことにその恨みを雪げばよい」

「ははっ、おいに特別のお計らい、ご主君のお心使い、恐悦の至極にありもうす」

ゴクリ…

王宮に篭った熱は、ピンと張った緊張感と重なり、
将達に生唾を飲ませるほど喉の渇きを訴えた。
上官の生死を分ける緊張の一瞬、見事に終結したことに四天王達以外の将兵は
ホッと胸をなでおろした。

「それでは軍儀と参ろうか、敵はすでに目の前の英明山へと迫る勢い。これを駆逐し、我らに勝利を得させるような策、腹案あるもの、臆することなく発言をいたせ」

「オホホ、殿。アチキにお任せくださればこの戦、間抜けなステア将軍のような苦戦などせず、楽勝の内に終わらせてみせますわよ」

「おまん!なんちゅっとる!!おいを侮辱するつもりでゴワスか!」

ステアの横に居た細身の低い背の男。
深紫の甲冑に身を包み、麝香の匂いと香水の入り交ざった
特殊な匂いを放ちながら、艶かしくも怪しげな細い体のラインに
男でありながら女々しい口調で喋るそれは、四天王の一人ソンプトであった。

「ほう、大知謀将軍ソンプト。いつもながら早い進言、歓心するが、不明とは言えステアの軍を打ち破り、数も増える官軍に対抗する策があるか?」

「オホホ、敵の浮き足立つ心理を利用してやるまでのこと…。ただ、この策は他言にもれること厳禁…あとで全容をお教えいたしましょう…」

「それは楽しみであるな。では他に策のあるものはおるか…」

サッ…

「フフッ、殿。ソンプトに策あれば、この私、キュウジュウにも策がございます」

やり取りは次の順にまわり、ソンプトの対岸に控える
眩い黄色の甲冑をつけた優男、四天王キュウジュウが声をあげる。

「ほほう、大守衛将軍キュウジュウか。おぬしの策はなんであるか?」

「私の策は守って勝つ戦です。敵が纏いを解き、痺れをきらすその時まで、英明山の二関に立てこもれば、この戦など簡単なものでしょうな、フフッ。我が軍団に兵1万くだされば勝てるでしょうね…フフッ」

「ふっ。おぬしがそういうのだから、見事に成功するであろうのう…」

不適な笑いを何度も浮きあげるキュウジュウ。
敵兵の多勢を知っていながら、小数の兵を持って守るという、
その守る事にかけて、不気味なほどのキュウジュウの自信は、
将達をいつも驚かせる。
しかし、どんな状況でもキュウジュウは、
毎度の戦に対して守って無敗の事実があった。

「それでは武青関にキュウジュウ軍団と兵1万を送ろう。期待しておるぞ将軍」

「フフッ、このキュウジュウにおまかせあれ…絶対の勝利を送りましょう」

ホウゲキは、眼前の絶対の自信に満ちたキュウジュウの顔を見て
自身の軍の未だ余裕な事を確認し、その不思議な安心感をかみ締めた。


「さて…他に腹案を申すものはおらぬようか…?のう、高家四天王大烈炎将軍コブキよ。何か言うべき事はないか?」

ホウゲキは手を差し伸べ、下座第一番手に存在する寡黙な男を見て言った。
黒色の衣と白色の甲冑に身を包んだ、豪気溢れる男がそこにいた。
おそらく、他の四天王の中で言えば、それほど強そうにも見えず
特徴もそれほどない男だが、その男にはえもいわれぬ覇気があった。

能力の極みを持つ高家四天王中、その実、中でも武に関して最強と謳われた将軍。
今まで戦に出て負けた事のない無双の男、別名『常勝将軍』の名前を持つ
烈火のコブキ、その人であった。

コブキは立ち上がり、ホウゲキを見ると一言だけ呟いた。


「殿よ、…俺は…敵を見て、敵を蹴散らす。ただ、それだけだ…」


低い声でただそれだけ呟くと、コブキはその席を離れた。
コブキの甲冑の背中からたれる黒い戦包には、
鬼神をかたどったような赤色の糸の刺繍がなされていた。


「ふふ、我が配下ながら恐ろしい男よ。言葉に思わず冷や汗がでたわ…」

座を離れるコブキを見て、ホウゲキ以下、誰もが心に
緊張感と焦燥感の窮みを味わっていた。
彼が去ると、夏のジリジリとした陽光によって暖められた熱風が
玉座に、壁に、座に、鎧に、人に、王宮の全ての物を通し吹き抜けていった。


…翌日、高家四天王の軍団は、各々の兵を進めた。
四天王はそれぞれ思惑を持ちながら進み、夏の陽光が山の裾野の草花を照らし、
兵は数をなして炎天下の中を進むと、山には肌を焼く焔の如き熱風が吹いた。