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第三十二回『死守堅陣 以伏外兵 汰馬七日合戦、決着す』

2007年12月03日 17時03分42秒 | 架空大河小説『英雄百傑』
英雄百傑
第三十二回『死守堅陣 以伏外兵 汰馬七日合戦、決着す』



汰馬河 南岸 オウセイ隊

汰馬平野にてキレイ達が策知に飛んだ見事な合戦を繰り広げる中、
オウセイ率いる重装歩兵隊5百は密かに筏をつくり、汰馬河の南岸に渡り、
老将ジケイが守る屈強な陣に悟られぬように、襲撃のための道の確保をしつつ
慎重に対岸のヒゴウ隊からの合図を待っていた。

「着陣から四日経って、ついに戦は始まったか。北岸の陣の様子からして、相当数の兵が出たようだが、戦況はここからでは確認できんな。ヒゴウ隊からの知らせはまだか?」

「未だ確認ができませぬ。まさか敵に策を感づかれて…?」

「若は策知に秀で、布陣に尊び、用兵に長けたお方だ。たとえヒゴウの隊が万が一やられたとしても、何らかの合図で我らに知らせを送るであろう」

「もしや、キレイ様の本隊が敵に押されているのでは…!?だとすれば我らの位置は必死必定の場所。すぐに退陣し、本隊を救うべきと思いまするが…」

重装歩兵隊の副官は焦燥感にとらわれ、オウセイに進言したが
オウセイは何も言わず首を横にふり、副官の進言を取り下げるように
静かな口調でこう言った。

「お主は京東の兵であろう。主君キレツ様が絶対の要所と申された汰馬城、それを守備するのを認めたキレイ様の命を、なぜ信じられん。お主も恐将と呼ばれたあの方の功績を、話こそしないが存じているだろう?」

「し、しかし!キレイ様とて神仏にあらず!人間にござりまする!だとすれば万一の手違い間違いも…」

「若にも絶対は無いが、絶対を近づける能力と器がある。将兵ならば大将のそれを信じよ。たとえ大将に万一の欠点があろうと、我ら家臣や兵が先んじて大将を信じねば、大将も我らを重用しまい。今、この決戦の要に我らが置かれたということは大将から重用されているということだ。お主は我らに与えられた信頼を無にするつもりか?お主は仕えるべき主君の能と器を知り信頼を得ていて、なぜ軽々しく負けを口にするのだ!」

「ううっ、そ、それは…」

ジャーン!ジャーン!

副官の口も黙るオウセイの一喝が聞こえた、その時
対岸から跳ねるようにけたたましいドラの音が聞こえた。
それは平野をまたいで敵陣にも聞こえるすさまじい音量であった。


「ふふ、案ずるより産むが易しだな。それ合図だ!歩兵隊に命を知らせよ!敵陣を颯爽と駆逐し、我らが武者魂を見せよ!突撃じゃ!」

「「「オーッ!!!」」」

ドドドドドドドッ…!

オウセイ率いる重装歩兵隊5百は、まさに天を突く勢いをもって
北岸に設置されている敵の屈強な陣へと突撃していった。



汰馬河付近 敵陣 ジケイ守備隊

「そろそろ夕闇の帳が降りる…闇に紛れて敵兵が来るやもしれぬ、5百の兵は陣の外周に目を光らせよ、残りの5百は陣中のあらゆる場所に明りを灯し、その炎を絶やしてはならぬ!!かがり火を焚いて未だ陣に兵がいるように見せるのじゃ!」

河の先の平野で殆ど総崩れの味方を知ってか知らずか
残された老将ジケイの号令により、屈強な陣の中は慌しかった。
すでに時は流れ夕暮れを迎えつつあり、陣中の兵達はジケイの命に従い、
煌々と燃え光る松明を陣屋の将達の構える幕舎を忠心にし各場所に設置した。

「苦肉のこけおどしの戦法じゃが、今のワシに出来る最大の防衛策じゃ。敵よ、攻めるなら攻めよ。ステア様に任されたこの陣、渡さぬ、絶対に渡さぬぞ!ワシが死しても、守ってみせようぞ!」

先んじて負けた将兵達を尻目に、1千の兵と供に守備を固め
自分の作った陣を死守するジケイは、オウセイ隊の進軍を予想するかのように
屈強な防備で固める陣を、さらに屈強に見せかけた。


ドドドドドドッ!


この時、すでに襲撃体勢を整えていたオウセイの軍は
ジケイの守る陣の目と鼻の先へとたどり着いていた。

「うっ!?あの明りの数、オウセイ将軍!陣には案外兵が残っておるようですぞ!」

「なにっ!対岸へと出陣した兵が戻ったというのか?もしや若が敗北…?いや、そんな馬鹿なことが…」

オウセイと兵達は目と鼻の先と迫った敵の陣に広がる、煌々と輝く
松明の明りの数を見て思わず自分達の目を疑い、とたんに焦燥感にかられた。

「まさか本当にキレイ様の軍が敗北を…?」

「ええい、そのような事はあるはずがない!…くっ。しかしむやみにあの陣に突っ込んで被害を出しては本末転倒…ここは物見を出して様子を見ねば…全軍河の手側に移動し、停止せよ!姿勢を低くして停止だ!」

出鼻を挫かれた形でオウセイ率いる重装歩兵隊5百は、河の手に移動し、
目と鼻の先に迫った敵陣を前にしてよもやの停滞を強いられた。
敵の老将ジケイの苦肉の偽兵の策に、まんまとしてやられたのだ。

サッ!

「(…はっ!…あれは敵の軍…)」

陣の外周で物見をしていたジケイの部下の兵がオウセイ隊のそれを見るや
急いでジケイの元へと駆け込み、事情を説明した。

「ジケイ様!敵軍の一隊が我が陣の南の方向に停滞しておりまする!」

「なんと!そうか…!わしのこけおどしの苦肉の策が敵に利いたか!」

「私が見たところ敵の兵は5百程度、ジケイ様如何いたしまする」

「おまえは兵を南門に集結するように伝えるのじゃ!わしは中央に直属の2百の兵を残し、残りの8百はおぬしが統率し、弓を持って敵を近寄らせるな!敵は少なきといえど、この陣を狙った敵の攻めの要。さぞ精兵揃いであろう。気を抜かず、陣を死守するのじゃ!」

「ははーっ!」

こうしてジケイの副官率いる8百の兵は先んじて陣の南に兵を集結させ
一列、また一列と厚みを重ね、まさに死守鉄壁の言葉に相応しく騒然と並んだ。

「わしの老いた腕よ!足よ!口よ!目よ!枯れ木を咲かせ、皆を奮い立たせよ!老いた将とはいえ、わしは四天王ステア様の家臣として戦で恥はかかぬ!若き忠義の士達よ!わしたちの武士の本懐、敵に見せつけ!今まさに遂げて見せようぞ!」

バッッ!

「「「オオーッ!」」」

老いたジケイがその細腕に重すぎる剣を振り上げ、
しゃがれた老人の声に鬼気迫る思いが重なり、老体に鞭打って出した大声は、
陣中の兵士達の心を打ち、士気を大いに盛り上げた。


一方、オウセイ隊は川辺へ移動し、徐々に陣への距離をつめていた。
すかさず敵陣へと物見を出したオウセイだったが、よもやの停滞と移動に
背を低くして敵に見つからないようにしていたが、自分達の隊の移動が
すでに敵に知れ、隊の陣形が敵の陣から丸見えであることに気づかなかった。

そこへ物見の報告をうけた副官がオウセイへ進言する。

「オウセイ将軍!物見の報告では敵は1千程の守備兵が残っているだけとか!」

「なんと!?むむむ、まんまと偽兵に謀られたか!全軍起立!敵陣へ突撃じゃ!敵を一気に打ち倒して進めーッ!」

ザッ!

「「「オオオーッ!!!」」」

ドドドドドドドッ!

オウセイが号令をかけるや否や、兵達は低くした姿勢を直し、立ち上がり
重武装で身を固めた兵団が河手から一気に敵陣めがけて突撃した!

しかし、すでに行動を目に見える範囲で確認していたジケイの兵が
オウセイの移動を見逃すはずは無かった。

「河の手に沿って移動とは…偽計にかかったことで動揺が隠しきれておらんな。今だ!敵を矢で狙い撃ちにせよ!はなてーーっ!」

「「「ワーーッ!!!」」」

ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!

陣屋の麻布と木柵の隙間から、小弓から勢い良く放たれる矢が
突撃中だったオウセイ隊を襲った!

ガキン!ガキーン!ドスドスドスッ!

「よ、よろいが持たぬ、ギャーッ!!」
「ウワーッ!!」

いくら甲冑の装甲が厚い重武装の兵達といえど、動物のなめし皮で
覆われた部分も多く、至近距離から放たれた鋭い矢の雨は、
皮鎧の部分に二、三発当たれば鎧を貫通するほどの威力を秘めていた!

ヒュンヒュンヒュン!

「怯むな!この俺が見本を見せてやる!こうやって矢を突破するのだ!」

クイッ!ブゥン!ブゥン!バシ!バシッ!

「それっ!俺の後ろに一文字に並べ!左右の矢に気をつけろ!」

虚を突かれたオウセイの歩兵隊は次々に討たれたが、
流石は当代の豪傑の一人、猛将オウセイは恐ろしい技を見せた!
放たれた矢の雨の中へと突っ込むと、矢に撃たれて死んだ兵士の体と
槍を片手に持ち、それを左右へ振り回して、至近距離より放たれる矢を
防ぐという離れ業を披露したのだ!

「げえーっ!味方の死体を盾につかうとは!」
「さっきまで生きてた兵がまるでハリネズミじゃ…」
「我らも矢に撃たれれば盾にされるぞ!オウセイ将軍に続けーッ!」

軽々と持ち上げられている味方の死体の盾と、鋭い槍を手に持って振り回し
まさに鬼神の如き武芸を見て、兵士達は、次は我が身が盾にされると思って
オウセイの影に隠れるように続いた。

ヒュンヒュンヒュン!ヒュンヒュンヒュン!

「そりゃ!でぇい!その程度のヒョロヒョロ矢に当たるものか!」

ブゥンブゥンバシッ!ドスドスッドス!

「ふっ!守備兵ども!待っておれ!今いって叩ききってやるわ!」

ブゥンブゥン!

「あ、あやつ人間か!」
「こ、こ、こ、こ、ころされる…」
「ひぃ!おれは死ぬのは嫌だ!」

矢を撃つ守備兵も、このオウセイの行動にだんだん恐怖を覚えていた。
互いに恐くなり、しまいには武器を投げて逃げる兵士まで続出した。

「ええい!持ち場を離れるな!うてうてっ!」

必死で統率をしようとしたが、いったん恐慌状態になった兵を
再び統率する難しさは並大抵のことではなかった。

その時、西側の門から大きな音が聞こえた。

ガラガラガラ…ズウゥーン…!

「「「ワーッ!!」」」

ヒュンヒュンヒュン!ボォォォォ!

陣の西から無数の火矢が中央に向けてでたらめに放たれる。
放たれた火矢の火は陣屋の木材や麻布に燃え広がり
煌々と焚いた松明は落ち、それがまた陣屋の布や木材に引火するという
まさに陣屋は火炎地獄と化した。

「うっ!火の手だと?なにがおきた!」

「隊長!何者かが西門を開けました!」

「なにっ!誰だ!」

「どうやらこの付近の伏兵が動いたようです!」

「ば、ばかな。どこに兵を潜ませておいたのだ…!ええい、防げふせ…」

ヒュン!ドスッ!

「うぐ…グワーッ!」

「た!隊長ッ!」

ブンッ!ガスッ!

「…ギィャー!」

南門を守備していた兵士達の頭上、陣屋を守っている柵の上から
何かが覆いかぶさるように飛び降りてきて兵を切り殺した!

「おめえら!味方の兵には傷をつけるなよ!」

「へい!わかってますぜ親分!」

陣屋の西から柵を伝って、地上へと降りていく人影。
虎や獣の顔や皮毛を兜鎧にし、血なまぐさい匂いを炎に乗せながら
筋骨隆々の体を縦横無尽に震わせ、ギラギラした鈍い光を見せ進む
荒々しい男の集団であった。

「ヒーッ!」

ドカッ!ドスッドスドスッ!

「ギャアー!」
「うわーーたすけてくれー!」
「く、くそなにものだ貴様ら!」

荒々しく兵士達の頭上を飛び回り、手に持った斧や鉈で、
陣を守備する兵に次々と襲い掛かかる集団!
その勇猛さたるや、四天王配下の手練れの兵士達が
不意を突かれたとはいえ、とっさの身動きもとれぬほどであった。

ギギギィ…ズズゥゥゥン!

しばらくすると硬く閉ざされていた南門は開き放たれた。


「オウセイ将軍!門が開きましたぞ!

「矢が止み…門が開いた…罠か?いや、今は悩むべきではない!よし全軍突っ込め!」

ドドドドドッ…!

「な、なんだこれは!」

オウセイ隊は陣に駆け込むと、その凄惨な状況に嗚咽の声を漏らした。
守備兵の殆どが死に絶え、乱暴に撲殺されるものや、叩き壊されるように拉げ
惨殺された兵士の死体もあった。

「なんとむごい…お前がやったのか!」

オウセイ達は、門の近くにいた獣の皮をかぶった男に思わず声をかけた。

「へい、少しばかり畜生働きをしやしたが、見事なもんだろ?将軍さんよ。わしらはキレイ様に雇われた野賊。無礼も畜生働きも致し方あるめえよ」

「なにっ、若に雇われただと…?」

「へい、河の手からドラの音がなったら、陣に火をかけて敵を皆殺しにするように頼まれましたんでさあ」

「なんと、それではおぬし達は援軍か!」

「そうでさあ、わしは野賊の長のクエセルってもんで…」

「おやぶーーーーん!」

その時、陣屋の中央から声と供に一つの影が炎にゆらめいて駆けてきた。
ノッシノッシと音をたててやってきたのは、これまた獣の皮をかぶった
巨漢の男であった。

「おやぶんー!敵の大将を捕らえましたぜ!」

「おお!よくやったなおめえ。キレイ様から褒美がもらえるぜ!」

巨漢の男の手の中にいたのは、まさしく老将ジケイであった。
ジケイはグッタリとしていたが、まだ息はあるようだった。

「おい、将軍さんよ。戦に勝ったら勝鬨ってのをあげなきゃなんねえんだろ?早くやっちめえよ」

「ハッ!」

あまりに突然の事が重なり、少し思考回路が参っていたオウセイだったが
野賊の長クエセルに言われ、ハッと我を取り戻し、手を振り上げ、大声を放ち
こういった。

「敵将を捕らえ、敵陣を攻め落とした、これで我が軍は勝利したのだ!勝鬨だ!エイエイオー!」

「「「エイエイオー!!」」」

兵士達は少し不思議な感覚にとらわれながら、
手を空にあげ、口をそろえて官軍の勝利を讃えた!
野賊の面々も、何か誇らしげに胸をはって腕をあげ口をそろえて勝利を讃えた!


ここに汰馬七日合戦は、会戦から4日目にして
圧倒的な兵力差を跳ね返し、官軍京東防衛軍の大勝利に終わったのだった。
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