日々徒然なるままに

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御神殿にてある神事を致しました

2021-03-20 19:08:08 | 神殿にて
こんばんは。
朝からどんよりとしていましたが、やはり予報通りお昼頃から降り始めました。



                         



                           



                             



                             



                             
                             (目一杯ズームして撮った山桜 今度の雨で既に散るかも;)



春分の日ですね。
大抵この頃はそれほど雨が降るという感じがしませんが、今回は雨となったようです。
人によればお彼岸でもあり、お墓参りにいらっしゃる方もおられるでしょうね。
またこれも例年ならばちょうど春の行楽シーズンとも重なり、あちこちの観光地へ多くの人が出掛けるのでしょうけども昨年同様
そこまでの人出は見込めないのかもしれません。
それでも折しも桜の時期とも重なり、そんな名所では飲食を伴う花見はどうにも密になるためそれは避けても、花だけは見に来て
欲しいと各地で色々な準備が始まっているようです。
今年は特にいつになく暖かい日が続いたこともあってか、多くの桜の名所と呼ばれる地は開花もかなり早いようですね。
これまでですとこの月末辺りが満開になりそうな場所も、もしかするともっと早い時期にそうなると伝えられております。
毎年、何故かしらこの頃になると皆そわそわとしてしまうのは、以前にも申したように自分達日本人のDNAに刻まれた?記憶
なんでしょうか?(笑)
先にも書くように今年もいつもの如く花の下でのんびりとお弁当を広げて桜を愛でることは難しそうですが、せめて満開の花だけ
でも見に行ければぁと思うところですね。



                               



今朝はいつもの祝詞奏上の折に二つほどあることをさせて頂きました。
その為今回は神様の言葉は伺っておりません。
明日にでもまた伺えればと思っております。
さて、では何をしていたのか。
今回は装束を身に着け、いつものように祝詞奏上致す前に、ある神様をお呼びさせて頂きました。
神様を呼ぶと言うのは適切な表現ではないかもしれませんね。
勧請(かんじょう)と言い表した方が適切かと思いますが、そこまで大仰でもないしなとも感じまして。
ともあれ神様を今ひとたび弊神殿の神棚へお迎えしたということになります。
その神様は既にお祀り致しております伏見稲荷の神様なのですけども。
御祭神ということでいえば宇迦之御魂神ということになりますが、この度は敢えて伏見稲荷大神という感覚にて勧請させて頂きました。
当然本来ならば伏見稲荷大社まで参拝し正式に御神霊を受けて参るのが本義ですが、なかなか参れないこともあり、ならば今一度
お越し頂けないかと考え、そのように致した次第です。
実は亡き義姉のところにも我が家同様伏見稲荷大神は祀ってありましたが、主亡き後、娘であるH子さんは後を継ぐ気にはなれないし
どうしたものかと話しておりました。
そうだよねぇという話もするようなそうでないような、な感じでしたが、後日これはそちらで預かってくれないかなという感じで
幾つかの御神札を持ち帰っておりました。
そのような物は本来は後日他の旧い御札等と共に焼き上げるのが妥当ですが、預かってと言われたからにはそうもいくまいと思い
そのまま置いてありました。
少し前にその預かっておいた御神札を何気に手に持ってみますと、まだズシリとした重みを感じます。
不思議なもので御札を手にしても既に神様がお帰りになっておられますととても軽く感じられます。
逆にまだ神様おられますと妙に重く感じるのです。
おや、これは?と今回そのように感じた重みのある御札でしたし、それならば今一度神様をお呼びする形で神棚に安置させて頂こう
と考えたのでした。
そのような経緯から冒頭にあるようにきちんと装束を身に着けて事に臨もうとした次第です。
前置きは長いですが、そのような感じでまずは御札を御神前の三宝に載せ、お祓い致した後に警蹕をして神様をお迎え致しました。
今回の警蹕はやはりと言うのか、いつも以上に長く続き、声を出している自分ですらまだ続くのかという気がしておりました。
ようやっと声を出し終わり、その後は毎回の祝詞奏上を致し、然る後に神棚へと安置させて頂きました。
その前に祝詞後にこれも毎回のように奉幣を振って目を閉じておりますと神殿の入り口に眷属?と感じられる狐がいたようでした。
色は白く、尾っぽが確か三つに分かれていたかと;。
そんなのおるんかい;というところですが、以前この狐の姿は自分が子供を身籠った折に夢現で感じたことがあるものと似ておりました。
あくまでイメージで感じただけですので本当にそうであるかどうかは分かりません。
いずれにしても、もしそのように来たのならば改めて迎え入れよう、そう思います。
その後に少しだけ神様から言われたのは


 〝 山の上まで来ずとも せめて社までは参り越せ 〟


というものでした。      
確かにお迎えした以上は一度は参拝せねばなりませんね;。
まずはそのためにも今回来て頂いたこの狐さん?にしっかりと働いて頂き、まずは経済を回してもらえればと思っております。(笑;)



                            



その後にもう一つ、あることを致しました。
これは昨年末に亡くなった叔母の親族に関する事です。
叔母が亡くなる前に既にその息子も夫も先に逝っていたと申しておりましたが、その事にも関連します。
叔母の主人、私からすれば叔父ですが、その人は昭和の時代に亡くなっており、またそのご両親もかなり早い時期にこの世を去って
おられたようでした。
それが分かるのは叔母が亡くなるまでそのご両親の位牌も持っていたからです。
自分の夫とその両親(此方は夫婦位牌という形です)の二つの位牌を、色々な事情があり最後は施設に入るようになっても言わば
肌身離さず持ち歩いていたということなのでしょう。
叔母亡き後、遺品を片付けるのに部屋に行った際、誰の位牌なのかは特に確かめずに持ち帰った訳ですが、最初はてっきり叔父と
息子の物だとばかり思っていました。
けれどよく見れば上記のようなことでして、私にしてみればご縁の無い方々です。(血縁という意味ではですね)
さて、ではこの位牌をどうしたものかと考えていたのですが、先日知り合いの和尚さん(ええ、友人でおりますんですよ 不思議な
ご縁で 笑)に事の次第を説明すると、それは御霊にお帰り願うのが一番良いでしょうと話されます。
その方法をこれまた仔細に伺い、ではそのようにさせて頂きますということで今回の事へと繋がります。
本来なら?これまでお世話になった菩提寺というのでしょうか、そちらへご相談するのが一番良いのでしょうけれど、何かとその
お寺とはこれまでにもゴタゴタとありましたので、はなからその気にもなれませんでした;。
そんな訳で知り合いの和尚さんにご相談と相成ったのでした。
ちなみに息子の位牌は彼自身が亡くなったのが昨年ということもあり、このコロナ禍でとてもお寺に参ることも叶わず、そのような
事から位牌そのものを作成していなかったようです。
以上のような経緯から今はちょうど彼岸の頃でもありますし、この御霊の方々にも向こうの世界へお帰り願おうと考えたのでした。
先程の神様の勧請の際とはまた少し違う感じで、今回は三度(みたび)に分けて警蹕をし、幽世へとお帰り頂きました。
後はこの位牌は焼き上げることになろうかと思いますが、何となくまだどうなんかいな;と感じているのも事実です。
ちょっと気持ちは複雑ですね;。



                                                          
                            


今こうして書いていて、ふとスマホを見ると宮城県沖でまた震度5強の地震が発生したと出ました。
起こらねば良いけれどと考えていましたが、どうにもそうなってしまいました。
少し前にも福島で同等の地震があったばかりです。
これから先、また何処で起きるか分かりません。
お互いに気を付けたいですね。



                            



今日はこんな感じのブログとなりました。
いつに変わらずお付き合い頂きまして有難うございます。
感謝申し上げます。

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