ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルの生誕地である旧東ドイツのハレから東方20㎞くらい離れた田舎にトイチェンタルという集落があり、その南のはずれに城館が建っている。前庭と思われる場所に、実際に使っている立派な納屋が並ぶ。
前庭の納屋
本館も大きな建物だが、正面から見る限り〈城〉の雰囲気は無い。
本館の側面 ・ 本館の正面
裏の庭園側から見る建物は優雅で華やかであり、その庭園は左右対称で手入れがよく行き届いている。池には蓮の花が咲き、カモの親子が遊ぶ。庭園の周囲は深い森で、その森は小さな集落が点在する丘陵地帯に続く。とにかく静かなところである。
本館の裏面 1 & 2
庭園 1 & 2
庭をよく見ると、噴水には水が出ていないし隣のテニスコートは荒れ果てている。やっぱり旧東ドイツは客が少ないのかな?
この地域はすでに9世紀の古文書に記されていて、近くの修道院に納める作物を作る農場があったらしい。その農場の建物がトイチェンタル城館の起源であるが、もちろん今の城館風とはまったく違っていたことは言うまでもない。
17世紀前半の30年戦争の後石炭の採掘によって経済が発展したときに、農場の所有者であったヴェンツェル家が富を蓄え、農場の建物を城館風に建て替えた。それが19世紀であった。その後トイチェンタル城館は二つの世界大戦のときには比較的被害が少なかったものの、20世紀後半に崩壊の危険にさらされる。原因は地震であった。地震といっても日本で起こるそれではなくて、あたりかまわずに掘った昔の炭鉱の坑道が陥没することによるものであった。旧東ドイツには今でも危険な地域が多々あるそうだ。地震によって城館に大きな裂け目が沢山できたが、建物に誰も住んでいない時期だったので人的被害は無かった。坑道を埋める作業によってさらなる地震の危険を排し、今は創業者の孫に当たる人物の家族が住んでいて一部をホテルにしている。
ヴェンツェル家の祖父と父は農場経営者として成功を収めたそうである。しかしヴェンツェル家には悲しい過去がある。
第二次世界大戦中、大工場主やカール・ヴェンツェルなどの大農場主、さらに影響力のある学者や政治家が集まって経済と政治の今後についての話し合いをする勉強会があった。カール・ヴェンツェルはトイチェンタル城館をその勉強会の会場として何度も提供していた。1943年末頃のミーティングではヒトラー政権が倒れた後の経済計画がテーマであった。このことが何者かによって秘密警察に密告されたのである。1944年夏のヒトラー暗殺未遂があった10日後、ヴェンツェルは暗殺計画には直接かかわっていなかったにもかかわらず、政権打倒計画に関与したとされて逮捕。そして絞首刑に処せられた。その後彼の夫人も逮捕されて収容所送りになり、ヴェンツェル家は完全につぶされてしまったそうだ。ヴェンツェル逮捕の裏にはナチの親衛隊長および警察署長とヴェンツェルとの個人的な確執が存在したらしい。ヴェンツェルは落とし入れられたのである。
戦後アメリカの占領軍によりヴェンツェルの名誉は回復したが、その後の東ドイツにおける土地改革で再び城館と農地は公用徴収されてザクセン・アンハルト州の管理下に入った。そして東西ドイツの統合後に全財産がヴェンツェル家に返還されたそうである。
ガラスを多用した明るいレセプションルームのフロントに朴訥な感じのおばさんがいる。歴史は感じられない。
レセプションルーム
昔は農場であって貴族が住んでいたわけではないので鎧兜などの騎士に関する装飾は見あたらない。村役場戸籍課の出張所があって結婚式ができるのであるが、その結婚式場は旧館にあって厳かな雰囲気をかもし出している。
ロビー ・ 結婚式場
別棟が全室アパートメントになっていて、私の部屋は3階のシングルだがちゃんと炊事ができる。食器類はすべてお一人様分だけであるが、鍋が3つもある。城館の優雅さを全く感じないシンプルな部屋である。
しかし、こんなド田舎に自炊しながら長期滞在する人がいるのかなぁ?。
私の部屋 1 & 2
予想に反してホテルにはレストランがないので外食しなければならない。この東独の面影が色濃く残る田舎では付近にレストランが3軒しかなく、一番近いのが3㎞離れている。それで比較的近くで見つけたスーパーで食料を買って、部屋で食べることにした。
さて、私の今晩のグルメメニューはフリカデレ(揚げた肉団子)、豚フィレ肉の燻製、パン、パプリカなどの野菜も入っている牛肉サラダ、主に卵とチーズでできたグルメサラダ、酸っぱいギリシャ風キャベツサラダ。そしてデザートはスイカと菓子パンで、飲み物はスイカ味の脱脂乳だ。食器が何となく汚らしいので使わない。こういうときに、旅行中はいつも持ち歩いている割り箸が役に立つ。スーパーにある食品だから〈客観的な味〉はさておき、私が本当に食べたい物だけを買ったので〈主観的な味〉は良かった。自分のペースでユー・チューブのチャンバラ映画を観ながら食すのは開放感がある。
夕食
さて、レストランはないがアパートメントでも朝食はある。旧館の中の綺麗に改装した明るい朝食部屋で庭園を見渡せる。テラスもある。朝食は4星ホテルにふさわしい内容で、なかなか結構である。
朝食ビュッフェ ・ 朝食部屋
このトイチェンタル城館ホテルはアパートメントなのでかなり自由に生活出来るが、周辺が長期滞在には少々寂しい地域である。
〔2014年7月〕〔2022年8月 加筆・修正〕
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