Read´s Hotel はドイツ国内でもないし城館ホテルでもない。スペインはマジョルカ島にある、ルレ・エ・シャトーのホテルグループに属するホテルである。
客室からの景色 1 & 2
この、サンタマリア・デル・カミという村の郊外にある “リードのホテル“ に4泊した。この村は海岸から高速道路を20分程内陸に入った平地にあり、ワインの産地である。周りにはブドウ畑に加えてアーモンド農家の畑が広がり、アーモンドの花がいっせいに咲き乱れる2月はさぞ見事であろう、と察せられる。背後に山岳地帯を控え、雪をかぶった山々が見えて素晴らしい景観だ。
“リードのホテル“ はスペインの島に在りながら英国のマナーハウス (荘園領主の邸宅) の雰囲気に満ちているのだが、それには訳がある。
外観 1 & 2
1988年にロンドンの弁護士リード氏が500年前に建てられたこのマナーハウスを買ったとき、完全に腐朽していて倒壊寸前だったそうである。それを7年かけて修理改装し、2万平方メートルの庭の真ん中に位置するマナーハウス・ホテルとして1995年に開業した。特にユニークなのは、全館いたるところに置かれたアンティーク家具と古美術品を並べたショウケースである。まるで小さな博物館に迷い込んだ気分にさせられる。もっとも、古美術が全く分からない私の目から見ても本当に芸術的価値がありそうな品と、ただ古いだけのガラクタがあり、まさに玉石混交の状態であるのだが、、、、、。おそらく、70歳代後半と思われるリード氏は際立った骨董品及びガラクタ収集家で、その収集品をロンドンの家に納めきれなくなってこの地に大邸宅を求めたのではないか、と勘ぐってしまいそうだ。
ショウケース ・ サロンの壁に埋め込まれたショウケース
ここには3代にわたる家族が皆住んでホテル経営をしているようで、レセプション、フロア、レストラン、バーなどで家族の一員によく会う。リード夫妻が旧知の宿泊客と話し込んでいるのをしばしば目にする。7歳か8歳ぐらいの女の子を見つけて、
『あれ、このホテルは12歳以下の子供は泊めないそうだが、、、、』
と思っていると、リード氏の孫娘であった。その他家族の構成員として小さな犬と猫が2匹ずついて、フロアやバーをうろついていたり寝転んだりしている。さすがによく躾けているらしく、扉のないレストランの入り口までは来るが決して中には入ってこない。猫は毎日違う骨董家具のソファーや椅子の上で昼寝をしているのを見かける。名前を聞いたのだが、1匹の犬の名前以外は忘れてしまった。その脚の短い茶色の犬は „ミスター・ブラウン“ という。このホテル一番の人気者だそうだ。
サロン 1 & 2
すでに述べた家族のメンバーの他に、50人のサーヴィス・スタッフが居るそうである。ダブルの客室が23しかないので、単純計算して客一人にスタッフがひとり付くことになり、超高級ホテルの条件を満たしている。
しかしながら、他の5つ星ホテルでは決してないと思われる欠陥がいくつかあった。これもユニークだと言えば言えるかもしれない。まず、部屋に冷蔵庫がない。その代わりに 〈ルームサーヴィス24時間〉 をうたっているのだが、何かと不便である。事務机にスタンドがない。テレビのプログラムを置いていない。その上、戸棚に靴ベラ、靴磨きキット、それに衣服用ブラシが見当たらない。登山用の厚手のワイシャツを2枚クリーニングに出したのだが、仕上がりを見ると湿っているのである。多分、蒸気アイロンをかけてすぐにビニールの袋に入れたのであろう。そのワイシャツであるが、認識マークをホッチキスで留めてあるのにはいささか驚いた。例えば絹のドレスも同じ様に標識をつけるのだろうか。
この様な比較的些細な不備はあるけれども、すでに述べた特徴の他、椰子の木に囲まれた屋外プールとテラス、フレスコ壁画でエキゾチックな雰囲気を醸し出している屋内プール、充実したビューティー・サロン、そして後述するレストランを有するこのホテルは、まぎれもない超高級ホテルであると思う。もうひとつ特筆すべきは、 „スルタン・スウィート“ と呼ばれる特別室で、100平方メートルの広さを持ち、まさにアラビアンナイトの世界である。
屋内プール ・ 庭 と 屋外プール
私たちの部屋 1 & 2
このホテルのレストランはミシュラン1つ星であるのだが、グルメの島として知られたマジョルカ島のレストランの中でNo. 2、ホテルの中にあるレストランとしてはNo. 1 の評価を得ている。中に入ると、まず柱が高い天井でアーチ型につながっているのと、壁に大きなフレスコ画が描かれているのが目に入る。フレスコ画はともすればキッシュ(まがい芸術)になり易いと思われるが、色が淡いからか、それを免れているようだ。昔はオリーブの搾油所として使われていた空間だそうで、全体として何となくアラビアの雰囲気を漂わせている。
レストラン ・ 中庭
さて、このレストランで4回ディナーを食べたわけだが、そのうちの1回は „シェフのテーブル“ を予約して、我々二人だけの特別メニューを作って貰った。„シェフのテーブル“ は厨房のほぼ真ん中の壁際にあり、全体がガラスの仕切りで囲まれている。最大6人掛けであるが、今夜は妻と私の2人だけだ。まず私たちのところに挨拶に来たのはこの厨房で2番目の地位にあるドイツ人で、時々来て質問に答えてくれるそうだ。料理長はイギリス人で、少し後で挨拶に来てくれたが、英語があまり得意でない私達の世話は部下に任せたようである。ソムリエのおじさんが、このコースでは各料理にそれぞれ違ったワインを1杯ずつ出すことにしているがそれで良いか、と訊きに来る。各品に1杯というと、、、10品のコースだから、、、、10杯か、、、。とっとっとんでもない。ということで適当に減らしてもらったが、結局5種類のワインを口にした。(グラス5杯飲んだ、ということではない。)専属のウェートレスはコック次長の奥さんと思われるドイツ人で、持ってきた料理をその都度説明してくれる。
ということで、最初の料理である。
前菜はこの島で取れた海老のカルパッチョで、きゅうりとマンゴーの極細切りが添えてある。
続いて、鰻のトルテにトリュフクリームをかけて緑菜を少し添えた料理。
実は別の日に „シェフのテーブル“ を予約していたのであるが、その日は客が10人に満たなく厨房が暇で面白くないだろう、ということで今夜に変更してくれた。今夜の客は30人くらいだそうだ。それでも夏の60人に比べると少なく、調理スタッフも夏の3分の2に当たる6人である。ドイツ語、英語、スペイン語が飛び交うが、必要最低限の会話だけで皆それぞれ受け持ったパートを黙々とこなしている。一番口数が多いのが料理次長のドイツ人で、注文を通したり若いスタッフにいろいろ指示を出している。少し手が空くと我々のところにやって来て相手をしてくれるのは嬉しい。
3品目は燻製の鳩肉にテーブルでフォアグラスープをかけてくれる。未熟ブドウの酸味をきかせているのが良い。
そして野生茸のリゾットの後魚料理が2皿続くのであるが、大西洋ダラとイシビラメである。大西洋ダラは蜂蜜レモンのゼリーに包み込んで、上に砕いたアーモンドがかけてある。マリネードに浸けたイシビラメはアボカドとレモン草の香りで食べさせてくれた。
料理スタッフはよく組織された家庭的チームワークの中で動きに無駄がなく、リズムのある仕事ぶりである。イギリス人の料理長は殆ど口出しせずに、一番大事な自分のパートに専念している。
肉料理の一つ目は子牛のフィレで、トウモロコシの粉で作ったポレンタ、小さな甘いニンジン、そして栗が添えてある。次の肉料理は雄牛の頬肉の煮込みにえんどう豆クリームをかけて、豆の付け合せと供された。
隣接するバーでの接客を担当しているというリード氏の長男が時々厨房にやって来るのだが、通りがかりに 「いかがですか?」 と、声をかけてくれる。
続いてデザートだが、これも2品ある。女性のパティシエが1人で仕事をしていて、他の誰も手を出さない。デザート部門は厨房の中のガラス壁で仕切られた一角にある。
まず、パイナップルのラザニアにココナッツアイスクリームとコショウ味のタフィー(砂糖とバターを煮詰めた菓子)だ。そしてバジリコ風味のチョコレート。正直なところ、こんなに沢山デザートは要らない。甘味がほんの一口あれば十分なのだが、、、、。やっとデザートを2品食べ終えたら、サーヴィスだといってもう一品デザートを出してくれた。その後エスプレッソを頼んだら一口菓子がどっさり添えられてきたが、殆ど残してしまった。
ところで、レストランの30人の客にほぼ料理が出てしまった後で非常に印象深い事が起こった。
調理スタッフが皆、それぞれ自分が使った調理台などを一心不乱に磨き上げるのである。調理そのものよりも一生懸命にやっているように見えるのは、穿ち過ぎだろうか。料理長自身も下の人に任せるのではなく、自分自身で熱心にゴシゴシやっているのである。料理長はその後で他の者がやった後をチェックして、納得が行かない場合は自分自身でやり直していた。仕事で使った後をきれいにするのは当然であるが、これ程気を入れてやるとは、、、、。いささか意外であった。
食事は確かに美味しかった。今まで我々が食したミシュラン1つ星の中で最高であると思う。しかし „シェフのテーブル“ はもう十分だ。やはり妻も私も、客としては舞台裏の生々しい現実を知らずにただ料理の味だけに酔いたい、ということで意見が一致した。
„シェフのテーブル“ の勘定はもちろん部屋につけて貰うのだが、その請求書にサインをするときに、我々はワインを余り飲まなかった、という理由で値引きしてくれる由を聞いてびっくりした。その上、翌日の夕食のときに飲んだワインは無料にしてくれたのである。細かいところにサーヴィスの心を持っているのは、家族経営の小さなホテルの長所であろう。
帰路にはホテル・空港間に高級リムジン車による送迎サーヴィスがあった。決して安くはない部屋代に含まれているのだ、といえば確かにそうなのであろうが、客として丁寧に扱われているようで気分が良い。
Hannover から航空機で直通2時間の地中海の島。これが最後の訪島でないことは確かである。
〔2009年1月〕〔2021年5月 加筆・修正〕