シォェーン城塞は、ユネスコの世界遺産になっているライン河中流地方、あのローレライの少し南にある。河畔の町オーヴァーヴェーゼルから険しい山道を30分程登ってやっとこの山城に着く。昔はこの道が正規の登城路だったらしく、城に近づくと平たい石を積み上げた古い門が2基残っている。道は険しく、中には崖から落ちる人もいたのではないだろうか。途中いくつか見晴らしの良い地点があって、雄大なライン渓谷の景観を楽しめる。回り道をすれば、城から百メートル程下にある駐車場まで車で行くことも出来る。駐車場からホテルのフロントに電話を入れると、ゴルフ用カートで迎えに来てくれるシステムは嬉しい。というのは、駐車場から城まで、小さな谷に架かる木製の橋を渡り、石畳の急な坂道を登り、2、3の狭い門をくぐるので、重い荷物があるととても歩いて行くのは大変だからである。それにしても、両側それぞれ数cmしか余裕のない狭い門をスピードを落とすことなく走り抜ける運転手の技術には素晴らしいものがある。
山頂の城塞 ・ 城塞に向かう山道
城塞の全景と木橋 ・ 入城門
この城塞の建造が始まったのは12世紀前半で、遅くとも14世紀には完成したらしい。1340年の名簿に95人の共有者の名前があるが、実際に住んでいたのはその内のごく一部であった。この地方の他の殆んどの城塞と同様に、シォェーン城塞も1689年の王位継承戦争のときにフランス人によって破壊され、1719年に最後の住人が死去すると廃墟となってしまった。そして何度か所有者が代わった後、先祖がこのライン河地方の出身であるドイツ系アメリカ人 (Rhinelander = 〈ライン地方人〉 という名前の人) が1885年に取得し、1914年まで少しずつ部分的に再建していった。1947年にその 〈ライン地方人〉 氏が他界した後、1950年にオーヴァーヴェーゼル町がそのアメリカ人の子息から取得し、1951年から1953年にかけて建物の北側の部分を再建した。1957年に城塞を賃借りしたフュットル家が南側の部分を大幅に整備拡充してホテルにし、現在に至るまで3代にわたって経営している。2011年4月からは、古城一般に関する情報が得られる博物館が併設されている。1月から春先まではお客さんが少ないので、ホテルも博物館も閉館するようだ。
内側 ・ ホテルの入り口
建物は主に石とコンクリートで出来ているので、木材を多用した古城と違って床がギシギシいわないし、危なっかしい所もない。きちんと整備していて清潔で、古城にありがちな荒れた感じと埃っぽさがない。ただ、山城なのであまりスペースが無く、全体的に狭苦しい感じがする。例えば廊下も螺旋階段も狭くて非常に入り組んでいて、レセプションは小窓のようであり、二つある中庭もこじんまりとしている。予想に反してエレベータがあるのは良かった。レセプションの横で比較的大きなスペースを占めているのは、暖炉があって居心地の良い、本を沢山備えた図書室兼居間である。それに続いて2、3の小部屋がある。愛想の良いスタッフに迎えられてチェックインをした。というか、部屋の鍵を受け取っただけで住所の確認もサインもしない。
『ふぅーん、えらく簡単だけどいいのかな?』
廊下 ・ 階段
図書室兼居間 ・ 小部屋
中庭
私の部屋の窓からはオーヴァーヴェーゼルの町とライン河がすぐ下に見えるが、シングルの部屋なので狭い。壁と天井は薄いベージュ色で、古いシャンデリアが下がり窓ガラスには桟が入っている。数枚の古い絵がかかっているのだが、その内の一枚の後ろが金庫になっているのは面白い。家具は年代物で、中に無料の飲み物が入った冷蔵庫やCDプレイヤーとクラッシックCDが数枚隠れているし、洋服戸棚は開けると電燈が点く。机上には古い本が約10冊の他、骨董電話器と鳥の羽のボールペンがあるのだが、すぐ横に無料インターネットのコードが覗いていて、そのコントラストが楽しい。ラップトップを無料で貸してくれるらしい。キーホルダーは騎士の姿であるし、清掃スタッフとのコミュニケーションには古いデザインの絵を使う。古城の生活を楽しめるホテルである。バスルームは入り口が小さくて狭いけれども清潔で、二日目にタオルを全部替えているのには感心した。
ライン河 ・ 私の部屋1
私の部屋2
鳥の羽のボールペンとキーホルダーと古い電話機
「 掃除をして下さい 」 ・ 「 邪魔をしないで下さい 」
このホテルの客室の窓敷居や机に使っているシーファー(粘板岩)は、オーヴァーヴェーゼルの町では石段にも使用しているのだが、この地方に沢山ある石だ。この石は黒いので、葡萄畑の地面に敷いておくと昼の間に太陽熱を蓄えて夜に葡萄を下から暖めるから、その生育に良いのだそうだ。
さて夕食である。こじんまりとしたレストランの天井は白色で、幾筋もの黒い梁が平行に走る。壁は薄いベージュで小さな数枚の絵がかかり、窓には細かい格子が入っていて、天井にはシャンデリアが下がる。城の雰囲気ピュアである。クラッシック音楽が静かに流れる。一人しか座れないニッチ (西洋建築で、厚みのある壁をえぐって作ったくぼみ部分)に私の席を用意してある。真っ白なテーブルクロスに銀食器が並び、清潔感にあふれている。
レストラン ・ 私のテーブル
予約の確認のときに4品メニューを食すると知らせておいた。訊くと7品のグルメメニューもあるらしいが予約の通りにする。この地方の民族衣装を着た若い女性たちが数人でサーヴィスをする仕組みになっていて、個人的な担当はないようだ。皆英語が良く出来てにこやかで良く気が付いて、滞りのない高いレベルのきちんとしたサーヴィスをしてくれる。
キッチンからの挨拶は駒切れ牛肉のアスピックとキャベツの酢漬け。サッパリしていて美味い。
前菜は雌鴨のパテである。マイルドで深い味わいがある。新鮮な若いノヂシャのサラダの木苺ソースかけとミニトマトが添えてある。
次に、小さなグラスにグラタン風芽キャベツスープが出てきた。上にカレー風味のクリームを乗せてある。カレー風味が控えめなのは良いが、スープ自体が少し辛いし、一緒に供された串刺し焼きベーコンはもっと辛い。
口直しに木苺のシャーベットに発砲ワインを注いでくれたが、シャーベットの味が濃くてサッパリ感があまり得られないのは残念であった。
主菜は鹿肉のシチューにトリュフがほんの少し入ったポレンタ(トウモロコシの粉を火にかけて練り上げたもの)を添えてある。ドイツでは珍しい、甘みの強いカボチャを焼いて付け合せている。鹿肉は野獣の臭みがなくてやわらかく、美味しい。
デザートはクリストシュトレン(乾しブドウ、アーモンド、レモンの皮の砂糖漬けなどの入ったクリスマス用の菓子パン)のアイスクリーム版。その横には赤ワインで煮込んだ梨にとろみのある赤ワインソースがかかる。旨い。
最後にエスプレッソを頼んだらチョコレートクリームが付いて出て来た。
全体的に、この地方の食材を使ってしっかり料理しているがゴテゴテ飾っていない。ドイツ料理にしては控えめな味で、好印象が残る料理であった。
ところで、日本人旅行者が多いのにビックリした。レストランで合計19人の宿泊客を見たが、そのうち12人が日本人であった。古城での宿泊を好む人がこれだけいるのなら、私のブログを楽しんで読んでる人がいるかな?
朝食は別の部屋なのだが昨晩の夕食の部屋とそっくりで、まさにお城の一室という雰囲気だ。ウェイトレスも昨晩の女性が同じ衣装でサーヴィスしているのだが、私は朝食は全く雰囲気の違う部屋、例えばガラス窓を多く使った明るい部屋の方が好ましいと思う。ビュッフェ形式で、暖かいソーセージや炒り卵や大抵のホテルにあるフルーツサラダもないが、注文すれば持って来てくれるようだ。アールグレイがないのでダージリンにしたが、お茶が美味しい。つぶしたトマトに半熟卵を半分のせてオーブンで暖めてある料理が小瓶に入っている。美味である。どこかの古城ホテルで見た、横にしている間は茶葉が熱湯に浸かっていて、立てると引き上げられる仕組みのティーポットをここでも使っている。一応朝食は10時までになっているが、10時以降も暖炉の部屋などで食べられるそうだ。嬉しい心遣いである。
昨晩図書室で出会い、偶然近くに座った4人組の邦人に話しかける、
「お嬢さん方、昨日の夜は大丈夫でしたか。」
「はぁ、大丈夫でした、、、、????」
「ドイツのお城はねぇ、時々幽霊が出るんですよ。」
「えぇーっ。」
と形だけびっくりしてくれる娘さんと、
しれっとした顔で
「大丈夫でした。」
という娘さん。
オジサンとしてはもっと本気でびっくりして怖がって欲しかったナー。
ずっと以前にスコットランドに行ったときの事を思い出す。ホテルの夕食で隣のテーブルの老夫婦が話しかけてきた。
「明日はどちらに行かれるんですか?」
「ネス湖に行きます。」
すると老紳士が急に声を潜めて、
「もしネス湖で大きな妙なものを見ても、誰にも言ってはいけませんよ。気違いだと思われますから、、、。」
老婦人は、また貴方はそんなことを言って、、、、という風にご主人をたしなめるように突付いていた。
二晩目のレストランは静かで、私の他に6人客がいるだけである。日本人はいない。
献立表を見て分かったのだが、昨日の4品メニューも7品のグルメメニューも献立表にある既存の料理を組み合わせて量を調節しただけで、特別にメニューを創作したものではない。この2種類のメニューも長期にわたって供するようで、ここが、2、3週間ごとに内容を入れ替える、いわゆるグルメレストランではないのが分かる。今晩の夕食はア・ラ・カルトで注文した。
ノン・アルコールのアペリティーフを頼むと緑色のシロップにオレンジジュースを注いで持って来た。サッパリしていて美味しいし色がきれいだが、緑色はどうせ着色料に違いない。
突き出しとして昨晩の鹿肉シチューと炒めシャンピニオンに荒いマッシュポテトを平円柱に固めたものが出た。暖かくて昨晩同様旨かったが、突き出しとしてはボリュームがあり過ぎる。他の客には昨晩の突き出しが供されていた。私は連泊なのでわざわざ別の物を出してくれたのだろう。このホテルは一泊の客が殆んどらしい。連泊してのんびりする性格のホテルではないと思う。
前菜は細かく刻んだ玉ねぎを混ぜ込んだスモークサーモンのタルタルステーキ。マヨネーズにワサビを加えたソースで食べさせるつもりらしいが、ワサビの味は全くしない。おそらく当地で手に入る匂いが殆どないワサビの葉っぱで色を付けたのであろう。アジアショップで辛いワサビの粉が買えるのを教えてあげようかナー。葉サラダとミニトマトか少し付いている。
メインディッシュは北海小海老のグラタンで、キャベツの千切りに小海老を沢山乗せて、クリームソースをかけてオーブンで上に焦げ目をつけた料理だ。熱々で、キャベツから水分が出てクリームを薄めているのでそれほど重くない。始めは美味しいと感じたが単調な味が続き、特に冷めてくると美味しくなくなった。
食後のエスプレッソに付いて出たチョコレートクリームは昨晩と同じものである。
二晩目の料理は残念ながら不満足なものであった。
チェックアウトする朝の朝食は宿泊客が少ないので暖炉のある図書室の一角の小部屋に設えてあり、ビュッフェではなくて持って来てくれる。私の席からテラスになっている中庭が見え、さらにライン河を見下す非常に良い景色を楽しめる。暖かいシーズンには中庭のテラスで朝食を摂るのだろう。若い邦人の男女が3人朝食を食べている。私は、古城ホテルに興味があるのは年配の人だろうと何となく思っていたが、若い人が多いのは意外である。若い女性は古城にロマンチシズムを感じるのかもしれない。スタッフに訊くと、一年を通じて日本人客は大変多いとのことである。
ユネスコ世界遺産の地域にある印象深い城塞ホテルであるので、世界中から多くの客が訪れるのだろう。従業員達からは、客扱いに慣れた、しかし擦れてない印象を受ける。山城なので少し狭いが、ロケーションも建物もサーヴィスも大変良いホテルだと言える。一般公開していないので城は全部宿泊客のもの、というのも気分がいい。ただ、食事が今一なのが残念である。
〔2011年11月〕〔2021年11月 加筆・修正〕