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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

教育勅語  

2025-01-18 21:58:19 | 文化

>現代ビジネス   >誤読も甚だしい「教育勅語の現代語訳」が戦前なら「不敬罪」になりかねない「驚きの理由」   >辻田真佐憲 (文筆家・近現代史研究者)の意見・   >14時間・  

>神武天皇、教育勅語、万世一系、八紘一宇……。   

>私たち日本人は、「戦前の日本」を知る上で重要なこれらの言葉を、どこまで理解できているでしょうか?   

>右派は「美しい国」だと誇り、左派は「暗黒の時代」として恐れる。   

>さまざまな見方がされる「戦前日本」の本当の姿を理解することは、日本人に必須の教養と言えます。   

 

そうですね。  

 

>歴史研究者・辻田真佐憲氏が、誤解されやすい「教育勅語」についてわかりやすく解説します(第2回/全3回)。   

>※本記事は辻田真佐憲『「戦前」の正体』(講談社現代新書、2023年)から抜粋・編集したものです。   

>「国体の精華」のための「忠孝の四角形」   

>ではその構造とはなにか。   

>筆者はこれを、「忠孝の四角形」と名付けたい。   

>この四角形は、天皇の祖先、当代の天皇、臣民の祖先、当代の臣民の四者で構成される。   

>そしてこの四者が、忠と孝という価値観で固く結びつく。   

>忠とは、君主にたいする臣民のまことであり、孝とは、父にたいする子のまことである。   

 

それは支配と服従の関係ですね。   

 

>これを図示するとつぎのようになる。   

>忠

>天皇の祖先 ← 臣民の祖先

>↑孝      ↑孝

>天皇   ←  臣民

>忠

>歴代の臣民は、歴代の天皇に忠を尽くしてきた。   

>当代の臣民も、当代の天皇に忠を尽くしている。   

>これが縦の軸だ。   

>また、これまでの臣民はみずからの祖先にたいして孝を尽くしている。   

>当代の天皇もまた過去の天皇に孝を尽くしている。   

>これが横の軸だ。   

>このような忠孝の四角形は、日本にしか永続していない。   

>少なくとも、それが教育勅語の世界観だった。   

>ほかの国では、君主が倒され、臣民が新しい君主になっており、忠が崩壊している。   

>それはまた、そのときどきの君主が徳政を行わず、結果的に祖先から引き継いだ王朝を滅ぼしたという点で、孝も果たせていない。   

>ところが、日本は忠孝がしっかりしているので、万世一系が保たれているというのである。   

 

そうですね。我が国では日本語文法の階称により上下関係が定まっていますね。   

 

>このような忠孝の四角形が崩れず、万世一系が保たれていることを、教育勅語は「国体の精華」と呼ぶ。   

 

そうですね。国体の成果は日本語文法の成果でしょうね。   

 

>つまり、日本の国柄のもっともすばらしい部分ということだ。   

>そして教育を行うにあたっても、この「国体の精華」にもとづかなければならないという。

 

上下の個人判断を認めない社会ですね。素晴らしいようでもあり情けないようでもありますね。      

 

>君臣関係をないがしろにする「不敬」   

>以上を踏まえて、教育勅語の内容をみてみよう。   

>教育勅語は、3つの部分からなっている。   

>まずは最初の部分を左に引く。   

>朕(ちん)惟(おもふ)に、我が皇祖皇宗、国を肇(はじ)むること宏遠に、徳を樹つること深厚なり。   

>我が臣民、克(よ)く忠に、克く孝に、億兆心を一にして世世厥(そ)の美を済(な)せるは、此れ我が国体の精華にして教育の淵源(えんげん)亦実に此に存す。   

>やっぱりむずかしいと思うかもしれないが、「朕惟ふに」以下をつぎのように整理してみよう。   

>(1)我が皇祖皇宗   

>国を肇むること宏遠に   

>徳を樹つること深厚なり   

>(2)我が臣民   

>克く忠に   

>克く孝に   

>「我が皇祖皇宗」とは天皇の祖先たちであり、それに対応する「我が臣民」もここで過去の臣民たちを意味する。   

>教育勅語はこのように、君臣が相互に対応するかたちで構成されている。   

>したがってここの意味は、つぎのようになる。   

>天皇の祖先たちは、広く遠く国をはじめ、深く厚く徳を立てた。   

>過去の臣民たちは、忠に励み、孝をつくした──。   

>前者がやや抽象的でわかりにくいが、その含意するところはあとではっきりする。   

>なお、文がいったん「深厚なり」で切れているが、井上毅の原案では一文だった。   

>たんに長すぎて途中で切られたにすぎない。   

>そしてそのあとはこうつづく。   

>天皇の祖先たちも、過去の臣民たちも、心をひとつにして(億兆心を一にして)、いつの時代も立派な振る舞いをしてきた。   

 

日本人は日本語の文法通りに言動したということですね。   

 

>これぞ、日本の国柄のもっともすばらしい部分(国体の精華)であって、教育を行うにあたっても、ここを根本に据えなければならない。   

>まさに、さきほど説明したとおりの内容だろう。   

>ちなみに「国体」とは、天皇を中心にいただく日本独自の国のありかたをさす。   

>重要なワードなので、以後は現代語訳せず、国体と記すこととする。   

 

国体とは序列国家の事ですね。   

 

>このようにみると、さきの国民道徳協会訳文がいかに原文を踏まえていないかがわかる。  

>訳者の佐々木は、戦後の日本人にわかりやすくしようとするあまり、君臣の別をないがしろにしてしまっているからだ。   

>「臣民」が「国民」と訳されているだけではない。   

>「皇祖皇宗」は「私たちの祖先」と訳され、臣民の祖先と区別がついていない。   

>現代風にしようとするあまり、教育勅語の根底にある君臣関係を破壊している。   

 

そうですね。   

 

>戦前ならば、不敬罪に問われかねなかったのではないか。   

 

日本語の文法には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。だから難関出身者たちが社会で幅を利かせている。わが国が学歴社会であるというのも、実は序列社会の言い換えに過ぎない。だから、わが国の学歴社会は学問の発展には何ら貢献していないことを知っている必要がある。 順位の比較は没個性的でなくてはならない。だから、序列競争の励みは個性の育成にはならない。     

 

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列社会の外に出たら序列なきところに礼儀なしになる。礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、人々は堅ぐるしい日常生活を送っている。ため口を禁じられているので、相手と対等な立場でものをいう事ができない。人間が真に平等であるという実感を体験したことがない。こうした観念は天皇制・家元制度・やくざの一家の構造にまでつながっている。   

 

日本人は序列の存在を知れば、それが一も二も無く貴いものであると信ずる共通の序列メンタリティを有している。その程度は序列信仰の域に達している。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の単なる表現に過ぎないため、個人的精神的には意味がない。下々の衆は上々の衆の祟り (仕返し) を恐れて神妙にしている。上々が無哲学・能天気である事については、下々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬と序列作法には浅薄さが付きまとう。   

 

日本人の政治家にも、政治哲学がない人が多い。だから、我々の未来社会の有様を相手に言って聞かせる術がない。それは非現実 (考え) の内容を盛り込むための構文が日本語に存在しないからである。序列人間は人間の序列を作っていて、上位の者 (先輩) と下位の者 (後輩) の間に自分を差し挟むことにより自分たちの存在をウチソト意識として確認し合っている。だから、自己の所属する序列に並々ならぬ帰属意識を持っていて義理 (序列関係から生じる義務) を果たすことに懸命になる。そして、定刻通りに帰宅しないなど義理の仕事にやりがいを感じている。無哲学と序列メンタリティの相乗作用により派閥政治は無くならない。周囲の序列仲間が自分たちの序列に対する貢献度を評価する。これにより自己の順位は上昇する可能性がある。それが日本人の人生における楽しみである。だが叙勲の獲得は難しい。    

 

 

 

 

 

 

 


岩屋毅氏  

2025-01-18 16:29:50 | 文化

>中国人10年ビザ「許してはならない」大仁田厚氏ら怒りのゲキ 岩屋外相訪中で「『お返し』は当たらない」 石垣市長「正直要りません!」   >2024.12/28 14:00   >Xでポストする   

>岩屋毅外相が訪中して、中国人の観光滞在査証(ビザ)について、10年間繰り返し使用できる数次査証の新設を表明したことに、疑問や批判の声が噴出している。   

>元自民党参院議員でプロレスラーの大仁田厚氏は27日、自身のX(旧ツイッター)で、「中国の土地は買えないのに 日本のマンションや土地は自由に売買されている現状 そこを踏まえ国は慎重に考えるべきだ 私は『10年ビザ』など許してはならないと思う」と発信した。   

 

そうですね。   

 

>元通産官僚で明星大学教授、テレビのコメンテーターとしても活躍する細川昌彦氏もXに、「これは明らかにやり過ぎ。   

>媚中と指摘されても仕方がない。   

11月の日本に対する短期ビザの免除に対する『お返し』というのは当たらない」と書き込んだ。   >2024.12/28 14:00   >Xでポストする   

 

>中国海警局船が連日のように周辺海域に侵入している沖縄県・尖閣諸島を行政区域とする石垣市の中山義隆市長もXで、「これは正直要りません!    

>『富裕層への発給を念頭、消費喚起の効果を見込む』と言うが富裕層は既に来ていて現行でも5年の数次ビザがあるので必要な方は更新すれば良いだけのこと」「今思いつく10年ビザのメリットは不動産投資への意欲を高めることだけ。   

>少なくとも私たちの島はそれは望んでいません!」と発信した。   

 

我が国の政治家は金に目がくらんでいるのでしょうね。水と安全はダダであると教えられてきたからでしょうかね。      

我が国内の中国人はわが国の国家安全保障上の危険がある。中国人には、有事に軍事動員する「国防動員法」と、有事・平時を問わず中国政府の情報工作活動への協力を義務づける「国家情報法」がある。

これらの法律は、中国国内はもちろん海外在住の中国人をも対象としている。彼らは有事の際にどのような役割を果たすことになるのか。

日本人には現実 (事実) があって、非現実 (考え・哲学) がない。だから現実肯定主義の人になっている。しかしそのような人は、飛行機の危険は墜落してみなければ分からないと信じているようなもので、これでは危険は防止できない。浅知恵である。  

 

 

 

 

 

 

 


教訓  

2025-01-18 13:57:28 | 文化

>産経新聞   >あの日から30年「忘れてはいけない」震災の悲しみ、教訓受け継ぎ、明日へ続く祈りの朝   >22時間・   

>犠牲者への追悼行事が行われた神戸市中央区の東遊園地には多くの人が訪れ、震災の発生時刻に合わせ、灯籠を囲み黙禱(もくとう)をささげた。   

>早朝の暗闇に灯籠の明かりで浮かび上がった文字は「よりそう」。   

30年という年月を経ても犠牲者や被災者らに寄り添い、風化を防ぐという願いが込められており、参加者はさまざまな思いを胸に犠牲者らを悼んだ。   

 

堅固な防災都市を建設して犠牲者や被害者を減らす努力をしましょう。   

 

>同公園には竹灯籠や紙灯籠計約6500本が並べられ、灯籠には「30年」や「忘れない」、「希望」などと書かれ、中には平成23年の東日本大震災や、昨年1月の能登半島地震の被災者に心を寄せたメッセージもあった。   

 

震災の教訓は忘れられませんね。心を新たにして一層防災に励みましょう。      

 

>「悔しい気持ちは30年たっても変わらない」。   

 

我が国は地震の国ですから地震に関する知識は豊富ですね。   

 

>こう話すのは同市灘区の文化住宅で1人暮らしだった父親を亡くした同市長田区の松嶋美見(よしみ)さん(73)。   

 

そうですね。父親の死を無駄にはできませんね。固い決意が必要ですね。     

 

>震災前々日の15日には成人式後に娘の着物姿を父親に見せに行った。   

>「86歳だったがとても元気で。   

>もう少し早くいけば助かったのではないかといつも思う」と悔やんだ。   

>同市兵庫区の清掃業、立岩友(とも)さん(45)は同市須磨区で被災し、母親を失った。   

>当時住んでいた木造2階建てアパートが全壊し、屋根にはさまれ犠牲となった。   

>毎年、命日前後は気持ちが落ち込むこともあるが、「東遊園地に来ると心が晴れる」といい、母には心の中で「30年たったけど、しっかりこれからも前向きに生きていくからね」と伝えたという。   

 

神戸市は高度の防災都市に生まれ変わる決意が必要ですね。立岩さんは母親の死を決して無駄にすることはできませんね。  

 

>「私の経験も伝えていきたい」。   

 

地震国であるわが国の経験は世界中で生かされる必要が在りますね。   

 

>そう話すのは千葉市の斎藤智子さん(57)。   

>阪神大震災当時は神戸市北区の団地で被災、「死ぬかもしれないと思った」と振り返る。   

>千葉では東日本大震災も経験。   

>最近になって「震災で感じた恐怖心を吐き出せるようになった」と打ち明け、昨年防災士の資格を取った。   

>「東日本大震災や能登半島地震の被災者の中にも私と同じような人がいるかもしれない。   

>これからは無理せずつらい気持ちを吐き出すことが大切と伝えていきたい」と話した。   

 

震災の教訓は忘れられませんね。防災都市の建設に役立てたいものですね。進歩の国民としての実を示しましょう。        

 

>震災を経験していない若い世代も教訓を引き継ぐ思いを語った。   

>「実際に来ると追悼の雰囲気がしっかり残っていて、竹灯籠の文字も思いを持って書かれているのが伝わった」と話したのは、ボランティアサークルに所属する神戸常盤大4年の大島かれんさん(23)=兵庫県三木市。   

>サークルを通して東北や能登の被災地を訪れたこともある。   

>「日本に住んでいる以上地震は避けられない。   

 

そうですね。地震と付きあう方法を広めましょう。世界の人が目を見張る高度の防災都市を建設しましょう。     

 

>自分が聞いた話を周りに話すとか、小さなことでも経験は広がっていくと思う。   

>被災経験がないことをあまり後ろめたく思わずに関わっていきたい」   

>震災の7カ月後に生まれた同県たつの市の三原綾乃さん(29)は、震災で亡くなった伯父に「一度でいいから会ってみたかった」と話す。   

>震災の教訓を受け継いでいく思いを胸に、「これから起こるとされている南海トラフ地震も怖い。   

 

そうですね。震災の教訓の蓄積はわが国の宝になるでしょう。建設的な歩みの推進力になることでしょう。    

 

>自分ができることをしていきたい」と涙ながらに語った。   

 

防災の責任者はこれからも荷が重いですね。   

日本人には意思がない。意思の無い人間には責任がない。兎角この世は無責任となっている。それでは困る。建設的な態度が必要である。      

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        

高等教育機関において自己の個人的な見解を明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。   

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)    

 

 

 

 

 


杉良太郎氏  

2025-01-17 22:29:12 | 文化

>日刊スポーツ   >杉良太郎、上空から見た神戸の街「なぜ、空からの消火を」いまだに航空消防隊なく/ 阪神淡路30年   >日刊スポーツ新聞社によるストーリー・   >19時間・   

1995年の阪神・淡路大震災発生から、17日に30年を迎える。   

>神戸市長田区で育った俳優杉良太郎(80)は、母の無事は確認も、姉が生き埋めになっていたと後に知った。   

>震災数日後、ヘリコプターで大阪から物資輸送も…。   

>「30年」と「今」を思い、杉から寄稿が届いた。   

>また、学生時代の友を亡くしたシンガー・ソングライター平松愛理(60)、母の遺体と対面した落語家桂あやめ(60)に、30年の思いを聞いた。   

>【取材・構成=阪口孝志、村上久美子】   

>   ◇   ◇   ◇   

30年前の117日は大阪のホテルに宿泊していた。   

>大きな揺れにベッドから転げ落ちた。   

>すぐに社員に連絡して実家のある神戸に至急向かわせた。   

>私は実家に連絡をするも電話が通じない。   

>社員からの報告では道路が寸断され、市内に入ることができない、とのこと。   

>私はテレビ収録のためなんとか四国に移動した。   

>母と連絡が取れたのはその日の夜。   

>無事だった。   

>姉は生き埋めになっていたことを後で知る。   

>数日後、支援のため私はヘリコプターで大阪から物資のピストン輸送をした。   

>上空から、いまだ燃え盛る神戸の街を見た。   

>物資をトラックに積み替え、焼け野原の街中に入った。   

>年配の女性がお皿と箸をもって何かを探している様子に気づき、私は車を降りて「どうしたんですか」と声をかけた。   

>その女性が私の顔を見ることもなく「息子がここで焼け死んだので、息子を探しています」と答えた。   

>私は胸がはりさけそうになった。   

>大震災で亡くなった方は圧死、もしくは焼死。   

>道路が使えないのは地震につきものだ。   

 

そうですね。地上からの輸送には無理がある。これは地震国の常識ですね。空からの輸送が役にたちますね。   

 

>なぜ、空からの消火にあたらないのか。   

>いまだに日本には航空消防隊がない。   

 

これはどうしたことでしょうかね。消防隊の首脳は30年間も思考を停止しているのでしょうかね。   

 

30年たった今も東日本大震災、能登半島地震にいかされていないのが現実だ。   

 

それは残念な事実ですね。   

地震国のわが国で国民が地震にうろたえるのは情けない。地震に関する知識の蓄積と普及は徹底されていないのですかね。       

今回の災害後に開発された防災技術の進歩は広く知らせられていないようですね。   

死者の供養ばかりを大きく報道していて、被災の風化を恐れているのは情けない。防災技術の普及を喧伝すると建設的な態度になりますね。   

 

>歌手・俳優   

>法務省 特別矯正監   

>厚生労働省 特別健康対策監   

>警察庁 特別防犯対策監   

>      杉良太郎   

>◆杉良太郎(すぎ・りょうたろう)本名・山田勝啓。   

1944年(昭19814日、神戸市生まれ。   

65年「野郎笠」で歌手デビューし、76年「すきま風」がミリオンヒット。   

67NHK「文五捕物絵図」に主演、以降も「遠山の金さん」など1400作以上で主演。   

178センチ、血液型O。   

>◆阪神・淡路大震災 1995117日午前546分、兵庫県淡路島北部を震源にマグニチュード(M73の地震が発生。   

>神戸市、淡路島などで観測史上初となる震度7を記録した。   

>死者6434人、重傷者約1万人、被害家屋は約64万棟。   

>同震災から、避難生活のストレスなどで体調が悪化して亡くなる「災害関連死」との概念が生まれた。   

>阪神高速が横向けに倒壊した映像は世界に衝撃を与え、その後全国の道路橋などで耐震性の強化が進められた。   

 

それは目に見える進歩ですね。禍を転じて福と為す努力ですね。      

日本人は思考を停止しているから、自分自身の意見を明らかにしない。わが国のマスコミの編集長でも例外ではない。だからいくら外部の情報を流しても、それが社会の木鐸の役割を果すことはない。「それでどうした、それがどうした」の問いに答えが出せないのである。我々日本人は自己の見解を述べる教育を受けてこなかった。だから個人の価値が低い。[木鐸=ぼくたく:世人を教え導く人]        

高等教育機関において自己の個人的な見解を明らかにすれば学位 (博士号など) が得られる。ぜひやるべき勉強です。   

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)     

 

 

 

 

 

 

 


日本の都市  

2025-01-17 11:30:33 | 文化

>東洋経済オンライン   >地理で考える「日本の都市」に城壁が存在しない謎 世界にほかの都市では作られているものの   >宇野仙の意見・   >12時間・   

>日本史と地理は、別々の科目として学びますが、多くの接点があります。   

>『日本史と地理は同時に学べ!』を上梓した駿台予備校地理科講師の宇野仙氏が、世界と比較して日本の都市には城壁がほとんどない理由を解説します。   

>城壁が広がる世界の都市   

>日本の都市と世界の都市を比較すると、日本の都市に見られる1つの特殊な部分が浮かび上がります。   

>それは、「城壁がない」ということです。   

>世界的に見ると、王がいる都市の周辺には、王を守るために壁が作られている場合が多いです。   

>市街地が城壁で囲まれた集落は、城塞都市・城郭都市とも呼ばれます。   

>例えばイラクのバグダッドには、今でも古代の城壁が残っています。   

>イタリアにもアウレリアヌス城壁などが残るほか、トルコのイスタンブールも市街地を囲むように城壁が広がっていたと言われており、現在でも訪れることができます。   

>漫画「進撃の巨人」でも、主人公たちは3つの壁に囲まれた都市に住んでいるという設定でしたね。   

>一方で、日本は都市全体を囲むような城壁はほぼ存在しなかったと言われています。   

>もちろんまったく存在していなかったわけではなく、「土塁」と呼ばれる土で作られた堤防は存在していました。   

>またその一部に石を使った「石垣」や、土や石灰を使った「土塀」と呼ばれる塀も存在しています。   

>しかし、それらは外国の城壁とは大きく異なります。   

>なぜ日本には、城壁が少ないのでしょうか?   

 

それは我が国を異民族の侵略から守るための瀬戸際作戦が可能であったからですね。海外からの侵略を考えることなく城主は国内作戦の場合のみを考えればよかった。城主に外敵から市民を護る考えが無い。      

 

>今回は地理の視点を踏まえながら、解説したいと思います。   

>まず、「なぜ日本に城壁が少ないのか」の答えを考えるためには、「そもそも城壁とは、なぜ作られるものなのか」について考えなければなりません。   

>言うまでもなく、城壁は戦乱が発生したときに、外敵から自分たちの身を守るために作られているものです。   

>城壁が高ければ、侵入者からの攻撃を防ぐことができます。   

>でもこれは、周りが平原で囲まれている地域の場合が多いです。   

>平原であれば、四方から攻められる可能性があります。   

>そこで四方を守るために城壁が必要になります。   

>一方で日本は多くの山や川に囲まれた地形になっています。   

>例えば城の後ろに山があることで背後を守ったり、海や川があることで外敵が攻めるのは困難になります。   

>例えば鎌倉は、3方向が山に囲まれていて、残りの1方向は海だったため、攻めにくい立地をしています。   

>だからこそ鎌倉に幕府が置かれたと言われています。   

>このように、人工的な城壁がなくても、自然の要塞で防御することが可能なのです。   

>ですから日本では、壁の代わりに自然の力を活用していたと考えられます。

 

そうですね。自然の地形を活用していますね。   

 

>もう1つ考えられることとして、城壁が地震で壊れてしまう説です。   

>今も昔も変わらず、日本は地震が多く、高い建物を作っても壊れてしまう危険性があります。   

>せっかく高い壁を作っても、地震で壊れてしまったら危ないですし、意味がないですよね。   

 

そうですね。城の石垣も危険ですね。   

 

>海外では地震が少ないのであまり考慮しなくていいわけですが、日本では死活問題です。   

>だからこそ城壁が少なかったのではないかと考えられます。   

>城壁よりも堀が作られることが多い   

>さて、都市だけでなく城にも注目してみましょう。   

>日本の城の特徴として、城壁よりも堀が作られる場合が多いことが挙げられます。   

>堀は、地面を掘って作られた水路のことであり、そこに水を流すことができれば外敵の侵入を防ぐことができます。   

>先ほど「土塁」という堤防の話もしましたが、これは基本的に、この堀を掘ったときに出てきた土を利用し、堤防状に作られたものです。   

>つまり土塁も、ほとんどの場合、堀ありきで作られているわけですね。   

>堀は日本の風土と合っているものでした。   

 

そうですね。山城の防御には石垣、平城の防御には堀が必要ですね。      

 

>壁とは異なり、地震で倒れるなどの心配もほとんどありません。   

>また、日本は雨が多く、堀の中に水を入れることが容易だったため、城壁よりも堀のほうを防御策として建設する場合が多かったと言われています。   

>日本人の感覚からすると意外に感じる人も多いと思いますが、実は世界的に見ると堀がある城は珍しいです。   

>それは、ほかの地域では日本ほど水の確保が容易ではなかったからと考えられます。   

>堀で特に有名なのは、姫路城ですね。   

>美しい白い外観と複雑な防御構造で知られています。   

>城の周囲に幅広く深い堀が巡らされているうえに、「外堀」「内堀」など堀が幾重にも重なっているのです。   

>こうすることによって、攻め込まれても守りやすい堅固な防御ができていたと言われています。   

>埋め立ててしまえば防御力失う   

>しかしこの堀、「埋め立ててしまえば防御力を失う」という側面もあります。   

>「堀の埋め立て」が行われたことで有名なのは大阪城です。   

>「大坂冬の陣」の後、徳川家康は豊臣氏の居城である大阪城の堀を埋めたと言われています。   

>これによって、豊臣側の防御を完全に失わせた、というわけですね。   

>まとめると、日本に「城壁」が少ないのは、日本の国土・風土とあまり合っていないからです。   

>山が多く、地震も発生し、多雨な日本では、「堀」のほうが防御として適していたわけですね。   

>日本史と地理を同時に学んでいくと、このように新しい発見をすることができます。   

>みなさんにも、ぜひこの2つの科目を通して、学びを深めていっていただければと思います。   

 

大陸に存在する国家は都市国家ですからね。都市の住民が国家をつくる。都市は大陸という大海に浮かぶ島のような存在ですね。島のような都市を国家として成り立たせるためには城壁が必要です。   

海に浮かぶ島には城壁は必要ありませんが、大陸に浮かぶ島 (都市) には城壁が欠かせません。さもなければ言葉の通じない異民族による都市住民の皆殺しを受ける危険があります。都市に住む人には市民権 (国籍) が在ります。   

中華人民共和国では現在でも人民は都市戸籍の人と農村戸籍の人に分けられています。農村戸籍を持つ人は都市戸籍を持つ人から法的に差別を受けています。都市国家の外に住む人たちは、大海に住む魚の様なものでしょうね。