8日(月)の 『照柿』(講談社) は、第四章 燃える雨 p435からラストまで読了。
今回のタイトルは、「ヅカの女帝」こと、ハナ(花總まり)ちゃんの歌声でどうぞ♪
***
★☆★本日の名文・名台詞 からなのセレクト★☆★
最終回なので、出来るだけネタバレしないように、ツッコミもほどほどに、なおかつ張り切って参りましょう~!
★大阪の食い物屋で昼どきに空いているといえば、高いか不味いかのどちらかしかないのに。 (p443)
はい皆さん、大阪へ来て食事をする時は、この一文を思い出して下さいね(笑) 私見ですが、大阪のキタよりはミナミの方が、安くて美味しいお店が多いと思う。(そうでないお店もありますけど)
これは推測ですが、達夫さんは阪急×番街で食事したんじゃないかなあ・・・? 違うかな。
★自分のほんとうに望むことをする心地よさなど、所詮は大したものではないが、達夫は今、かつてない身軽さをたしかに感じていた。重かったものを全部東京へ置いてきてしまったからというのではない。これは何かをなし遂げた末の身の軽さだった。あるいは、最後の札一枚をめくってしまったときのような、つなぎとめられていた綱一本からやっと外されたような身軽さだった。 (p448)
★俺は殺した。俺が今いるのは《ここ》だ。
しかし、この先どこへ行くのだろう。自分の行き先に一点の光明も見えないのは、昨日までと大して変わったようにも思えない。《殺した》という実感や罪の重さの認識は、いつ、どんな形でやってくるのだろう。ここから何が始まるのだろう。無限に続く暗夜だろうか。 (p448)
上記二つの引用は、一線を越えてしまった達夫さんの心境のピックアップ。
★そして、自分は、達夫には何ひとつ与えもしなかったし、与えるものも持たなかったのだった。加納貴代子に、加納祐介に何ひとつ与えなかったように。
そして、自分という池に注ぎ込んでくれた達夫の源流は、自分の知らない十八年の間にどこをどう流れていたのか、今は氾濫してめちゃくちゃになっているのだった。 (p454)
★「達夫と俺の関係は、いつも抽象的だった。……具体的なものは何もなかった」 (p473)
上記二つの引用。『マークスの山』 でも 『レディ・ジョーカー』 でも、合田さんは「対極の位置」にいる人物に、シンクロに近い状態になってしまいます。刑事としての習性なのかもしれませんが、今回は幼馴染み相手だから、さぞやり辛かろう・・・。
★「俺は……たいていの人間に不快感を感じるからな。しかし、それと悪意は別だ」 (p475)
「合田さん、自らを語る」・その1。クライマックスを飾る、八係の主任・辻村さんとの対話の中で、達夫さんのことを語ろうとすると、いやでも自分自陣のことを語らざるを得ない状況に陥っている合田さん。そうですか、《不快感》を感じることが多いんですか。逆に、感じなかった人間は誰なのか、教えていただきたいものですわ。
★「合田さん。あんたは普段なら絶対やらないようなことをやったんだ……。分かるか?」
「……ああ。分かる」 (中略)
「合田さん、しっかりしてくれ。あんたらしくないぞ……」 (p478)
『照柿』 を端的に表すと、この辻村さんの台詞が最もふさわしいでしょうね。刑事として、やってはいけないことをやって、身動きも取れずに、がんじがらめになって「暗い森」へ迷い込んでしまった合田さん・・・。
★開けっ放しの窓から入ってくる夜風のわずかな涼しさで、雄一郎はときどき東京を感じることがある。盆前の盛夏、大阪の熱帯夜にこの風はない。 (p479)
もう一つの主人公・「東京」と「大阪」の比較。「大阪」に住んでいる私にはリアルに感じられる描写ですが、「東京」にお住まいの方は、いかがてしょうか・・・?
★「俺は、自分の感情に名前をつけるのに時間がかかるんだ」 (p484)
「合田さん、自らを語る」・その2。美保子さんへ対する想いを「恋」と認識したのも、遅かったものね。
★灼熱の臙脂色を放って燃えているという雨が、雄一郎の脳裏にも降り注ぐ。照柿の雨が、カラス一羽に油絵の具を塗りたくって殺した男の魂を包み、人ひとりを未来の人殺しだと断罪した男の魂を包み込む。 (p494)
ここまできたら、ノーコメントを貫きましょう。
★美保子の姿は、それを見て恐怖を感じる醜悪な人間の鏡だった。つい二ヵ月前に一目惚れしながら、顔貌ひとつ失われただけで逃げ出す人間の鏡だった。 (p497)
合田さんが加納さんに宛てた手紙から引用。
★今、もう一度『神曲』を読み返しているのだが、ふと考えた。ダンテを導くのはヴェルギリウスだが、君が暗い森で目覚めたときに出会った人は誰だろう。
ダンテが《あなたが人であれ影であれ、私を助けて下さい》とヴェルギリウスに呼びかけたように、君が夢中で声をかけたのが
佐野美保子だった。恐れおののきつつ彷徨してきた君が今、浄化の意志の始まりとしての痛恨や恐怖の段階まで来たのだとしたら、そこまで導いてくれたのは佐野美保子であり、野田達夫だったことになる。そう思えばどうだろう。
ところで、小生も人生の道半ばでとうの昔に暗い森に迷い込んでいるらしいが、小生の方はまだ呼び止めるべき人の影も見えないぞ。 (p497~498)
合田さんの手紙に対する加納さんの返信から引用。義兄はいつもラストを締めくくるなあ。
ラストといえば、高村薫さんの作品を、初めて本屋さんで手にしてパラパラと読んだのは、実は 『照柿』 でした。(初めて買ったのは 『李歐』(講談社文庫) ですけど)
これは私の本を選ぶ時の癖なんですが、「最後の方を読んで、それが私の琴線に触れたら、買って読む」 という、世間一般の読書人にあるまじき行為を、平然とします(笑) だから例のラストの合田さんの台詞にも目をひんむきましたし(当然、合田さんが言った真意は解らず)、この義兄の手紙なんて、とても三十代の男性が書く手紙とも思えず、「えらい老けた人やな~、きっと五十代やろな~」と勝手に思い込んでました。(ああっ、義兄ファンの方、石は投げないで~! )
この後に 『レディ・ジョーカー』 を手に取り、上巻での根来さんの独白と、下巻での加納さんの発言と合田さんの手紙でのけぞりましたけどね(笑)
そして、「読みたい! 読まなきゃ! 読もう!」 と固い決意をしたのだから、人生って分からんもんだ。(←大げさ?) こうやってブログ運営もやってるくらいだもの。
だから私にとって「暗い森」で声をかけてくれたのは、加納さんであり、高村さんの作品であるかもしれません。
衝撃の告白をして、ラストは綺麗にまとめることが出来ました♪ (←・・・どこが・・・?)
***
再読に約2週間かかりました。お疲れ様でした。
次の再読日記は、何にしましょうね。やるとしたら、秋か冬になるかと思うので・・・。秋冬の新刊の出版状況にも、左右されますけどね(笑)
ただし、『新リア王』 が出版されるなら、その前に 『晴子情歌』(新潮社) を再読する予定です。
今回のタイトルは、「ヅカの女帝」こと、ハナ(花總まり)ちゃんの歌声でどうぞ♪
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★☆★本日の名文・名台詞 からなのセレクト★☆★
最終回なので、出来るだけネタバレしないように、ツッコミもほどほどに、なおかつ張り切って参りましょう~!
★大阪の食い物屋で昼どきに空いているといえば、高いか不味いかのどちらかしかないのに。 (p443)
はい皆さん、大阪へ来て食事をする時は、この一文を思い出して下さいね(笑) 私見ですが、大阪のキタよりはミナミの方が、安くて美味しいお店が多いと思う。(そうでないお店もありますけど)
これは推測ですが、達夫さんは阪急×番街で食事したんじゃないかなあ・・・? 違うかな。
★自分のほんとうに望むことをする心地よさなど、所詮は大したものではないが、達夫は今、かつてない身軽さをたしかに感じていた。重かったものを全部東京へ置いてきてしまったからというのではない。これは何かをなし遂げた末の身の軽さだった。あるいは、最後の札一枚をめくってしまったときのような、つなぎとめられていた綱一本からやっと外されたような身軽さだった。 (p448)
★俺は殺した。俺が今いるのは《ここ》だ。
しかし、この先どこへ行くのだろう。自分の行き先に一点の光明も見えないのは、昨日までと大して変わったようにも思えない。《殺した》という実感や罪の重さの認識は、いつ、どんな形でやってくるのだろう。ここから何が始まるのだろう。無限に続く暗夜だろうか。 (p448)
上記二つの引用は、一線を越えてしまった達夫さんの心境のピックアップ。
★そして、自分は、達夫には何ひとつ与えもしなかったし、与えるものも持たなかったのだった。加納貴代子に、加納祐介に何ひとつ与えなかったように。
そして、自分という池に注ぎ込んでくれた達夫の源流は、自分の知らない十八年の間にどこをどう流れていたのか、今は氾濫してめちゃくちゃになっているのだった。 (p454)
★「達夫と俺の関係は、いつも抽象的だった。……具体的なものは何もなかった」 (p473)
上記二つの引用。『マークスの山』 でも 『レディ・ジョーカー』 でも、合田さんは「対極の位置」にいる人物に、シンクロに近い状態になってしまいます。刑事としての習性なのかもしれませんが、今回は幼馴染み相手だから、さぞやり辛かろう・・・。
★「俺は……たいていの人間に不快感を感じるからな。しかし、それと悪意は別だ」 (p475)
「合田さん、自らを語る」・その1。クライマックスを飾る、八係の主任・辻村さんとの対話の中で、達夫さんのことを語ろうとすると、いやでも自分自陣のことを語らざるを得ない状況に陥っている合田さん。そうですか、《不快感》を感じることが多いんですか。逆に、感じなかった人間は誰なのか、教えていただきたいものですわ。
★「合田さん。あんたは普段なら絶対やらないようなことをやったんだ……。分かるか?」
「……ああ。分かる」 (中略)
「合田さん、しっかりしてくれ。あんたらしくないぞ……」 (p478)
『照柿』 を端的に表すと、この辻村さんの台詞が最もふさわしいでしょうね。刑事として、やってはいけないことをやって、身動きも取れずに、がんじがらめになって「暗い森」へ迷い込んでしまった合田さん・・・。
★開けっ放しの窓から入ってくる夜風のわずかな涼しさで、雄一郎はときどき東京を感じることがある。盆前の盛夏、大阪の熱帯夜にこの風はない。 (p479)
もう一つの主人公・「東京」と「大阪」の比較。「大阪」に住んでいる私にはリアルに感じられる描写ですが、「東京」にお住まいの方は、いかがてしょうか・・・?
★「俺は、自分の感情に名前をつけるのに時間がかかるんだ」 (p484)
「合田さん、自らを語る」・その2。美保子さんへ対する想いを「恋」と認識したのも、遅かったものね。
★灼熱の臙脂色を放って燃えているという雨が、雄一郎の脳裏にも降り注ぐ。照柿の雨が、カラス一羽に油絵の具を塗りたくって殺した男の魂を包み、人ひとりを未来の人殺しだと断罪した男の魂を包み込む。 (p494)
ここまできたら、ノーコメントを貫きましょう。
★美保子の姿は、それを見て恐怖を感じる醜悪な人間の鏡だった。つい二ヵ月前に一目惚れしながら、顔貌ひとつ失われただけで逃げ出す人間の鏡だった。 (p497)
合田さんが加納さんに宛てた手紙から引用。
★今、もう一度『神曲』を読み返しているのだが、ふと考えた。ダンテを導くのはヴェルギリウスだが、君が暗い森で目覚めたときに出会った人は誰だろう。
ダンテが《あなたが人であれ影であれ、私を助けて下さい》とヴェルギリウスに呼びかけたように、君が夢中で声をかけたのが
佐野美保子だった。恐れおののきつつ彷徨してきた君が今、浄化の意志の始まりとしての痛恨や恐怖の段階まで来たのだとしたら、そこまで導いてくれたのは佐野美保子であり、野田達夫だったことになる。そう思えばどうだろう。
ところで、小生も人生の道半ばでとうの昔に暗い森に迷い込んでいるらしいが、小生の方はまだ呼び止めるべき人の影も見えないぞ。 (p497~498)
合田さんの手紙に対する加納さんの返信から引用。義兄はいつもラストを締めくくるなあ。
ラストといえば、高村薫さんの作品を、初めて本屋さんで手にしてパラパラと読んだのは、実は 『照柿』 でした。(初めて買ったのは 『李歐』(講談社文庫) ですけど)
これは私の本を選ぶ時の癖なんですが、「最後の方を読んで、それが私の琴線に触れたら、買って読む」 という、世間一般の読書人にあるまじき行為を、平然とします(笑) だから例のラストの合田さんの台詞にも目をひんむきましたし(当然、合田さんが言った真意は解らず)、この義兄の手紙なんて、とても三十代の男性が書く手紙とも思えず、「えらい老けた人やな~、きっと五十代やろな~」と勝手に思い込んでました。(ああっ、義兄ファンの方、石は投げないで~! )
この後に 『レディ・ジョーカー』 を手に取り、上巻での根来さんの独白と、下巻での加納さんの発言と合田さんの手紙でのけぞりましたけどね(笑)
そして、「読みたい! 読まなきゃ! 読もう!」 と固い決意をしたのだから、人生って分からんもんだ。(←大げさ?) こうやってブログ運営もやってるくらいだもの。
だから私にとって「暗い森」で声をかけてくれたのは、加納さんであり、高村さんの作品であるかもしれません。
衝撃の告白をして、ラストは綺麗にまとめることが出来ました♪ (←・・・どこが・・・?)
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再読に約2週間かかりました。お疲れ様でした。
次の再読日記は、何にしましょうね。やるとしたら、秋か冬になるかと思うので・・・。秋冬の新刊の出版状況にも、左右されますけどね(笑)
ただし、『新リア王』 が出版されるなら、その前に 『晴子情歌』(新潮社) を再読する予定です。