あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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12月7日発売の「新潮」 2019年1月号

2018-12-07 00:37:51 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
高村薫さんの新作「日ノ岡」が掲載されます。

「新潮」 2019年1月号

仕事帰り、忘れずに書店へ寄りましょう。

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12月5日の朝日新聞朝刊

2018-12-06 00:41:56 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
<リレーおぴにおん> 「火のいざない」・2 「原子の火」、怖いのは人の欲 高村薫さん

インタビューです。
しかし注目すべきは、お写真!

幻の『神の火』旧版を手にされているのです!!

これだけでも必見! 永久保存版ですよー! 新聞は白黒写真なのでね。

あの帯からすると、きっと初版ですね?

しかし今回の<リレーおぴにおん> 「火のいざない」は、振り幅がすごいな。だって初回は芸人のヒロシさんだったもん。

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文庫版『冷血』(下巻) 「第三章 個々の生、または死」 <あの方>の抜き書きコーナー

2018-11-14 23:33:20 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
第二章の続きです。

「(前略) 私にも、もう四半世紀も付き合っている男友だちがいるが、考えてみれば、そいつは私にとって誰よりも大きな異物なのだと思う。異物だから、それについてあれこれ考えるのだと思う。 (後略)」 (p334)

そうしてクリスマス前には、大阪の元義兄から今年は湖北に正月の宿を取ったから間違いなく来いよと電話があって気持ちがふとそちらへ飛んで行ったり、 (後略) (p397)

***

本日11月14日(水)、文庫版『冷血』を読了しました。

改稿や加筆修正がないから、「あの方」のフルネームもありませんでした。

<合田シリーズ>として『冷血』から読み始める方は、めったにいないと思いますが、

「大阪の元義兄」やら「判事」やらって、誰? 

って首を傾げる方もいるはず。

でも、名前を明かしてもいいのかな? と、単行本発売時とは正反対のことを思ったりもします。
あえて名前を出さなかった高村さんの意図を汲みたい。

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文庫版『冷血』(上巻) 「第二章 警察」の読書記録

2018-11-12 00:10:28 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
 非常に個人的な雑感・メモなので、その点はお含みおきください。 

2018年11月2日(金) 「第二章 警察」の <2002年12月24日火曜日>の12:30まで(p274)

この数行先に既に固有名詞というか、人名と化した、あの3文字が出てくる。

長い一日の始まり。この一日だけで120ページ以上ある。

「(前略) 特4(第二特殊班捜査4係)はいま、どこ?」
「合田のところですか? ええと──」
 (p227)

ここで初めて合田さんの名前が出てくる。いきなり本人登場でなく脇から名前だけ、というさりげなさが、たまらん。
「サンデー毎日」連載時もこの後の1文でその回の掲載分が終わって、次号に持ち越しされた記憶がある。
ところがお盆休みに突入したので、2002年のクリスマスイブの合田さんと会うのが2週間待たされたよね・・・これぞ究極の焦らしプレイ。

とくに医療過誤は近年、刑事告訴に至る件数が増加してどこも手が足りず、失踪や不審死専門の特4にまで担当が回ってくるのだが、一口に過誤と言っても違法性を問われるべきものと、そうでないものの線引きがきわめてあいまい、且つ恣意的で、切った張ったがせいぜいの刑事の頭には、たいがい雲をつかむような話になる。否、それ以前に、そもそも医学も医療も知らない刑事が付け焼刃の知識だけで介入してよい世界ではない、もしくは医療過誤とされる事案の大半が、もともと刑事事件として扱うべき範疇ではない、というのが雄一郎の実感だった。 (p230)

そうそう、『冷血』は『照柿』以来の地の文が<雄一郎>表記だったんだ。

そして、その足で急ぎ署をあとにしながら、そうだ、こうしていつも逃げるのだと考えてみた。本庁の捜査一課を名乗りながら、決着をつける代わりに考えるだけ考え、時間切れでまた次の事案へ移動してゆくだけだ、と。否、正確には、そうして一つ振り切ったはずの残滓がいつも金魚の糞のようについてくる、というべきだった。 (p234)

引用、合田さん。

勤続二十一年で百体以上の死体を見てきたが、人の心身も考え方も年々変化するし、一年前に平気だったことがいまは平気でないこともある。個人の生活感覚と社会生活のあわいに生じているのだろう、そうした小さな齟齬がいまもふと忍び寄ってきて、自分の身体を一寸重くしているのを感じた。 (p255)

引用、合田さん。

十二月十六日月曜日。二十二時四十五分。あと五時間で、十二歳とおさらばして十三歳になる。生まれてからの時間で測るだけなら、とくに意味もない十三歳。子ども以上、メス未満──。 (p260)

あゆみちゃんの日記から引用。

二人ともそういう顔つきだったし、そうでなければもとより刑事ではなかったが、かつては自分もそうだった、この刑事の行動原理というやつは、ほんとうはただの想像力の欠如、もしくは世界の狭さというものではないのか、と。 (p227)

合田さんが自分の職業について、あれこれ想いをめぐらせるのが、私は好きだ。


付箋紙を貼った合田さん関連の部分は、かなりしんどいけれど、出来れば余すところなく引用したいです。
あの方に関するところもね。


2018年11月3日(土) 「第二章 警察」の <2002年12月24日火曜日>の18:00まで(p305)

基本的に出勤日でない日は読書はしないのですが、今回は別。あの方が存在を匂わせているので、誘惑に負けました。

元義兄は二十年も先の定年後に住む土地を探すのかと嗤うが、いざとなれば、こうしてほんとうに爪を土で黒くして野菜畑を這い回っている自分自身を観察するに、余生を土とともにいきたいというのはたぶん本気なのだ、と雄一郎は思う。そう、どこまでも〈たぶん〉だが、それで何の不都合がある。 (p274~275)

自分が動くのではなく、部下の報告をただ待つという時間には、何年経ってもやはり慣れることが出来ない。 (p282)

とくに贅沢な風情ではない代わりに、これ以外にありようがないといった感じの堅さや厳格さも感じられた被害社宅を眺めるに、親も子も知的レベルの高さと平凡な日常生活の間をなめらかに行き来し、それなりに晴朗で穏やかに暮らしていたように感じたのだったが、世の中に騒々しく流布している平均的な家族像と比較すれば、やはり浮世離れという言い方が一番しっくり来る。エリート一家や地元の名家というより、家族のそれぞれがしっかり地に足をつけて生きており、その地面そのものが一飯よりかなり標高が高い。そういう家族だ。けっして特別ではなく、おそらく日本じゅうにそういう家族は点在、もしくは偏在しているのだが、下世話な世間には、それが立っている地平そのものの高さまで見えないというのが正しい。 (p286)

合田さんの目から見た、高梨一家について。

遺体のない死は不在と変わらず、残された者は死を迂回し続けながら、死でも生でもない不在の気味悪さに取りつかれ続ける格好になる。それは、ニューヨークの世界貿易センターの崩落で元妻を亡くして一年が経つ男の、一寸した実感だった。 (p297)

蛇足ながら、元妻を亡くして云々は『太陽を曳く馬』にございます。

そうして一家四人を殺した時点で、彼らは凡庸と日常から脱皮し、生まれ変わったのだ。そしていまや16号線の風景からもはみ出した異物となって、行き場を失っているだろう。達成感よりも居心地の悪さを感じて困惑しているだろう、などと想像してみたが、否、違うかもしれない、とすぐに思いなおした。強行犯の現場を離れて三年近く経った自分の感覚など、いまやほとんど当てにならない、と。 (p300)

それでも、今までに培ってきた経験や磨き上げられた感覚は、生きてると思うよ、合田さん。

もっとも、ちまちまとこんな回顧や自省をして何になる? 雄一郎は自問してみるが、こうした己の足許の確認はつねに必要だ、という答えしか出てこなかった。この複雑怪奇な権力機構で、まともに自分の職務を全うするために。えんさや嫉妬や憤懣のるつぼで、徒に自尊心を損なうことがないようにするために、だ。 (p305)

この引用の前に、『レディ・ジョーカー』で合田さんに日之出社長の警護と見張りの特命を与えた前の捜一課長Kさんと、今回の事件で共に任務にあたる8係の管理官と係長、そして現在の捜一課長Sさんとの確執の記述がありましてね。その一件で合田さんは<Kの子飼い>であると確定しているようで。
Sさんの名前は本文中に出てますが、Kさんの名前はイニシャルのまま。


2018年11月4日(日) 「第二章 警察」の <2002年12月24日火曜日>の23:30まで(p341)

刑事の書類仕事と役所の窓口仕事の違いは何か、と。こうしてノートパソコンを覗き込み、大真面目な顔でキーボードを叩く、この順応と従順の光景がどうしても馴染まない刑事のそれは、いったいどこがおかしいのだ? (p307)

いつものことだが、どんな家族も外から見える姿と実際の姿は違う。ましてや事件に遭った家族は衝撃でゆがみ、崩れ、外部の視線によって侵食されてゆくのだと思いながら、雄一郎はしばし耳を傾け、〈流し〉という自身の見立てに変更を加える必要があるか否かを思案した。 (p317)

『アンナ・カレーニナ』の冒頭部分を思い出しますね。

同じ部下への目配りでも、係長と主任のそれではかたちが違うこともあるが、そうか、土井と本間は必ずしも夫唱婦随でもないのか、と思った。 (p319)

刑事とは、待つ職業でもある。 (p336)

『十二歳と十三歳の差をつくりだしているのは制度だ!』 (p341)

あゆみちゃんの日記から引用。自分の過去を振り返ってみても、同じ年齢だった頃は、あゆみちゃんのような認識や感覚は持ってなかったなあ。
(2018-11-05 01:13:13)


2018年11月5日(月) 「第二章 警察」の <2003年1月6日月曜日>まで(p403)

それに、事件の大きさと捜査員のエンジンの回転数は比例するものでもなく、回転が低すぎるというのなら、その責任は捜査員よりも現場指揮にあると言うべきだった。張りつめた空気は理想だが、それなら捜査幹部がまず、捜査員が気持ちを張りつめていられる状況を整える必要がある。 (p344)

いましがた三課の盗犯捜査の揺るぎなさを目の当たりにしたせいで、額に渦巻くものがあった。自分たちは今日現在どこにいるのか。寄って立つ足場はあるか。前へ進めるか。道は正しいか。雄一郎は自問し、自答する。 (p350)

雄一郎は庁舎前の横断歩道を渡って帰ってゆく二人を見送り、ふと、刑事と相対していた数分の間に少女たちが高速で老いた、と思った。ただでさえ短い輝きしかもたない少女たちが、身の回りの事件や暴力の現実を知ることで、自分たちの前にあるのが無尽蔵の未来でなく、存外にもろい有限の未来だと知るのはつまらないことだった。 (p357)

捜査員たちは疲れた心身を押してよその班の成果に耳を傾ける。今日の捜査の進捗状況を把握するためもあるが、それ以上に、刑事はそれぞれ自分で状況を読み、自分で割り当てを拡大、変更してゆかなければ仕事にならない。そのため、ほかの班が何をしているか、何を隠しているかを探ろうとしてじっと聞き耳を立てるのだ。否、そうでもしなければ、大の男が来る日も来る日もこの捜査会議というやつをやり過ごすすべはないというのが第一の理由だろうか。出来の悪い中学生のように朝晩、雁首を並べさせられ、思考停止しなければ神経のほうが耐えられない下らなさ、惨めさと戦いながらじっと下を向くのは、ひとえに、上しか見ていない上司や、自分より若い上司のぼやけた面を見ないため、だ。 (p366)

どちらもこのまま独り身でゆくのか否かの決断を先送りにしたまま四十を越えてしまい、互いに相手が先々の人生をどう考えているのかを探り合いながら、たまには小旅行でもしようと話し合ったのが夏のことだった。結局、片方の予定が立たず、今度もまた二人しての旅行は霧散してしまったが、こうして新年を迎える前に、元義兄は元義兄でまた懲りずに何かを期待し、雄一郎も何かを期待して、「じゃあ、よいお年を」と言い合う。 (p377)

(2018-11-11 01:12:00)


2018年11月6日(月) 「第二章 警察」の <2003年3月24日月曜日>まで(p475)

所詮、この私自身が身の丈以上の背伸びをしてきた末の限界であり、さらには物心ついたときから、ほんとうにやりたいことをしてこなかった結果の心の限界というやつです。 (p417)

戸田吉生、二十一歳、被疑者供述の中から引用。

検挙とはたいがい呆気ないものだが、抵抗もしない、否認もしないホシが理解しやすいホシとは限らないし、改悛の情も同じように関係はない。むしろ理解し難く、一筋縄ではいかないかもしれない予感がため息になり、苦笑いになったというところだった。 (p431)

刑事警察の捜査員は、それぞれいくらかは外の世界とつながり、世間一般の常識につながっていなければ世の中が見えなくなる。 (p439)

現に、重大な事件を起こしたわりには印象が薄く、魅力もない、退屈な犯罪者というのがある。血なまぐさい事件の主役となって世間を大いに騒がせても、ついに手錠をかけられて白日の下にさらされたとたん、それ以前の人生と同じように、結局衆目を集め損なう惨めな犯罪者。理屈ではなく、ただとにかく戸田吉生はそういう一人なのだった。 (p441)

この部分を読んで、某事件の犯人を思い出しましたが、人によって思い浮かぶ事件は人それぞれでしょうね。

(夜明けの感じが好きだったのか?) 一日のなかでその時間だけ、世界の全部が誰のものでもない感じ、何も始まっていない平等な感じ──。心配事が全部消えて、いやなことも消えて、もちろん歯も痛くない。腹も減っていない。身体とこころが一番平らかで満たされている感じ──。 (p454)

戸田吉生の取調べ中の発言。

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文庫版『四人組がいた。』 昨日、買いました。

2018-11-10 22:07:00 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
残業になり、閉店30分前に書店に飛び込んで買えました。

電車数本、犠牲にしたよ。
今日は休みだったので、眠り倒しましたが。

この後、少しでも『冷血』(上巻)の読書記録の更新をできれば・・・。


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文庫版『冷血』(上巻) 「第二章 警察」 <あの方>の抜き書きコーナー

2018-11-06 23:52:01 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
名前が出ないもんだから「あの方」でごまかす。別記事として独立させました。

加えてこの正月は、いまは大阪の官舎暮らしの元義兄の男と一緒に、独り身同士、琵琶湖の湖北と兵庫県の豊岡を回る計画もあったのだ。否、計画といっても新幹線とレンタカーの予約を取っただけだし、そもそも地裁判事でもある相方はたんに琵琶湖の鮒鮨が目当て、片やこちらはいつの日か買えるときが来るのかどうかも分からない売り農地の下見が目当てという、いい加減な話だった。元義兄は二十年も先の定年後に住む土地を探すのかと嗤うが、 (以下略) (p274)

それから、自分の携帯電話を開いた勢いで、元義兄の官舎の留守番電話にも短いメッセージを入れた。今日、北区の事件に駆り出されたので正月が無くなった。また手紙を書く、と。 (p275)

『残念。君の時間が空くときに備えて、正月は小生が現地の下見に行き、後日写真を送ろう。早期解決を祈る』 (p340)

↑これは合田さんの留守電に対して、送ったメールの内容。

あと半時間で新年になるというとき、めずらしく大阪地裁判事の元義兄から携帯電話がかかってきた。「そっちはどんな様子だ?」そう聞くので「年明けに動きがあるかもしれないし、ないかもしれない」と答えると、「そうか、少し期待してもいいということだな」という返事があった。どちらもこのまま独り身でゆくのか否かの決断を先送りにしたまま四十を越えてしまい、互いに相手が先々の人生をどう考えているのかを探り合いながら、たまには小旅行でもしようと話し合ったのが夏のことだった。結局、片方の予定が立たず、今度もまた二人しての旅行は霧散してしまったが、こうして新年を迎える前に、元義兄は元義兄でまた懲りずに何かを期待し、雄一郎も何かを期待して、「じゃあ、よいお年を」と言い合う。 (p377)


またその間に、大阪の判事宛てに《神戸市長田区駒ヶ林町はどんな町? 時間が空いたら返信乞う》と送っておいた私用メールに応えて、元義兄から短い返信もあった。それは曰く、『明石出身の事務官に聞いた。古い漁師町で、小さな漁港がある。震災で壊滅する前からさびれていたそうだ。住宅は少しずつ再建されているが、復興住宅へ移った世帯も多く、市道も海岸通りもまったく人けがない。いまはイカナゴ漁が始まっているが、駒ヶ林地区から出ている漁船は少ない。JRからも少し距離があり、昔からある商店街はシャッター通りになっているが、ハイカラな神戸らしからぬ田舎町の風情がある、といったところだ。ひょっとして、朗報か?』
いつもながら簡潔で文学的なメールだった。
 (p433~434)


上巻はここまで。明日11月7日(水)から下巻を読みます。
昨日更新出来なかったのは、残業で日付変わる前に帰宅したから。このコーナーの方が比較的短いので、これだけでも更新したかったのです。

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文庫版『四人組がいた。』の表紙がサイトに掲載されました。

2018-11-04 15:34:14 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
『四人組がいた。』(文春文庫) 本体650円+税

11月9日(金)の発売です。お忘れなく。東方神起がお好きな方も何卒よろしくお願いします。

『冷血』の読書状況によっては読むのが遅くなりますね。
高村作品を続けて読むのは、例えタイプが異なる内容であってもしんどいので(苦笑)、頭をリセット&リフレッシュするために、まったく毛色の違う本を1冊挟む予定。

それでも11月中には読む予定です。例によって積読本がたまり過ぎてる・・・。

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文庫版『冷血』(上巻) 「第一章 事件」の読書記録

2018-11-02 00:47:45 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
 非常に個人的な雑感・メモなので、その点はお含みおきください。 

2018年10月30日(火)より読み始め。 「第一章 事件」の <2002年12月17日火曜日> 読了(p82まで)

この日が誕生日の13歳のあゆみちゃんは、平成元年生まれということ?

子どもの一日が平穏であるためには、たぶん、父と母のこころが平穏であることが第一なのだ。 (p20)

引用、高梨歩(たかなし・あゆみ)ちゃん。 これ、すごく良く分かる。
特に私の父はちょっとしたことですぐ機嫌が悪くなるのが分かるから(声や態度で)、物凄く気を遣った。
今は、まったく気は遣わない。むしろどうして過去の私は気を遣っていたんだろう、と訝しんでるくらい。
多分、この当時(小中学生の頃)は世界が狭かったから。学校と家庭と近所と親戚が、世界と呼べる範囲だった。  (2018-10-31 01:06:10)


2018年10月31日(水) 「第一章 事件」の <2002年12月18日水曜日> 読了(p140まで)

なまじ眼に見える世界があるためにものを考えてしまう。眠ってしまえば世界が消え、世界が消えれば足がつく場所が消え、不安が消え、時間も消える。不可逆とは、時間が流れているところで言うことだ。世界のない歯痛に不可逆もくそもない。そら、前も後ろもない歯痛の脈動が世界になり、歯痛が俺になるのだ。 (p134)

引用、戸田吉生(とだ・よしお)。 (2018-11-01 00:49:41)


2018年11月1日(木) 「第一章 事件」の <2002年12月19日木曜日>、<2002年12月20日金曜日> 読了(p211まで)

暴力は、どこまでも生きた力と力の作用のことだからだ。二者が生きてぶつかり合い、生きた身体で勝利や敗北を味わうことが暴力の必須条件なのだ。 (中略) この脳が望んでいるのは、ともかく動くこと。暴れること。前後が吹き飛んでしまうほど、全身の筋肉と神経が覚醒すること──。(p177)

引用、井上克美(いのうえ・かつみ)。


第一章、読了。

本当はもっと付箋紙貼っていて、もっと引用したいんですけど、あまりやりすぎるのもどうかと思い、セーブしてます。
個人的な抜き書き読書メモは、自分一人だけで楽しめばいいと思うので。

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文庫版『冷血(上・下)』 買いました。

2018-10-29 23:45:14 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
『冷血』上巻  税込767円    『冷血』下巻  税込724円

明日から読みます。
2週間ほど前、マークを10枚送ったら貰える講談社学術文庫のブックカバーが届いたので、早速それを使用します。

装丁タイトル文字に、今年2月に亡くなられた多田和博さんのお名前があって、ちょっとしんみり。

「新・冷血」というタイトルで、「サンデー毎日」連載時に購読して、『冷血』にタイトル変更された単行本を購読して、それ以来の『冷血』の読書です。

普段なら文庫化される前にもう1~2回は単行本を読んでいるんですが、まさかこんなに早く文庫化されるとは・・・。
前も記しましたが、『新リア王』『太陽を曳く馬』の文庫化がまだなのに、先に文庫になるとは・・・。
しかも『我らが少女A』が先に単行本になると思ってましたから・・・。

だから気持ちとしては、実質、初めての読書という感覚。
例によって、読書雑感メモを作る予定です。

ところで皆さん、巻末はチェックされました? 私、ちょっと動揺しましたよ。

非常に珍しいことに「加筆修正」あるいは「改稿」の文字がないんですよ。

これって、どういうこと!?

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文庫版『冷血(上・下)』 そろそろ発売

2018-10-25 23:45:30 | 何となく、タカムラー気分(お知らせ含む)
公式では10月27日(土)から29日(月)の間に発売されるとのことですが、首都圏で早いところでは、明日発売でしょうか? いいなあ。

10月27日(土)は出勤日でないので、書店へ寄れない・・・。
どうしよう。往復1時間かけて、買いに行くべき? 迷うなあ。

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