あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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「合田」 か、 「雄一郎」か。

2017-10-01 22:41:01 | キャラクター考察
「我らが少女A」雑感 に頂戴したコメントで、これは新しく記事を作成した方がいいな、と思う内容がありましたので、ここでやります。

早い話が、タイトル通りの件。
<合田シリーズ>は、作品ごとに合田雄一郎さんの名前の表記を「合田」か「雄一郎」のどちらかに決めているのは、周知の通り。

ちょっとまとめてみましょうか。

★「合田」の表記
『マークスの山』  <七係シリーズ>の「東京クルージング」 「放火(アカ)」 「失踪」 「情死」 「凶弾」  『レディ・ジョーカー』  『太陽を曳く馬』  そして現在連載中の「我らが少女A」

☆「雄一郎」の表記
『照柿』  『冷血』


(特別出演扱いの『新リア王』は、合田さん視点の描写が無いので、ノーカウント)


皆さんの認識では、<「雄一郎」の表記は、個人としての合田雄一郎、プライヴェートな内容や踏み込んだ描写が多い場合>・・・ではないでしょうか。

私もそう思っていました。 『冷血』(単行本)の連載、「新・冷血」が始まるまでは。
これって、私たちが思うほど、「個人」の合田さんの描写が、あまりなかったように感じるんですよねえ・・・。

『照柿』は、幼馴染の野田達夫が出ているからには、二人の過去の関係・因縁などがあるわけで、「雄一郎」表記でないと不自然極まりない。

『冷血』は、「雄一郎」表記の必然性が、私にはあまり感じられないんですよねえ・・・。(※あくまで個人の感じ方の問題です)

そして今回の「我らが少女A」、連載開始前の予想では、「雄一郎」表記だと思っていたんです。
というのも、高村さんの連載前のインタビュー を読んでいたら、

刑事としてではなく、1人の男として事件に向き合わせたかった。

とありましたので。
「刑事」<「1人の男」ならば、「雄一郎」表記だろうな、と。

ところがどっこい。
初登場の 連載第6回 で「合田」表記。

あらまー! 上記の法則(?)が崩れ去りましたね。

・・・でもね。 もしかしたら「合田」表記の理由の1つは、「文字数の問題かもしれない」とも、思うのですよ。

「合田」で2文字。 「雄一郎」で3文字。 この1文字の差が、限られた新聞連載のスペースでは意外に大きいのではないか、と。

雑誌連載だった「新・冷血」は「雄一郎」表記であっても、1回分のスペースが多いから、そんなに影響はないと思うんですよね。

新聞連載は1回分が原稿用紙2枚半弱で、

あと4、5行あれば

と、先程のインタビューでも、産みの苦しみを告白してらっしゃいますから。


結論:基本的には「合田」表記。個人やプライヴェートに踏み込んでいる場合は「雄一郎」表記。但し例外あり。 結局は、高村さんの判断で決まる・・・?


・・・これ、ご質問の回答になっているかな・・・? (冷や汗)


余談ながら、私は「合田」表記のほうが好みです。
「雄一郎」は、出来るならば加納祐介さんが合田さんを呼ぶときに、とっておきとして残して欲しいから。 そのほうが、インパクトがあっていい。

高村さんご本人が「雄一郎」と呼ぶのは、当然何の問題もございませんので、誤解なさらないように。


秦野耕三 (講談社文庫版『照柿』)

2013-01-06 00:51:11 | キャラクター考察
なんと4年ぶりのこの企画。

この間に、まさか新潮文庫版『照柿』が発売されようとは、誰が想像できたでしょうか。
講談社文庫と新潮文庫の『照柿』では、微少レベルで違いがあるので、今回は講談社文庫版『照柿』でやります。

単行本と比較しないようにしようと思っても無理があるので、ほどほどに比較していくつもりです。

以下、ネタバレありますので、未読の方はご注意下さい。

【秦野耕三(講談社文庫版) 基本情報】

40歳そこそこで、二千人の舎弟を抱える秦野組の六代目組長に就任。秦野組五代目組長の妾腹の息子。

出身大学は不明だが、経済学部を卒業している。

合田雄一郎さんとは、六年前(1989年・昭和63年~平成元年か?)に、ある殺人事件の凶器の拳銃絡みで秦野の関係先に立ち入ったことで面識ができた。

愛人は目白の高台にあるマンションに住まいを与えられており、そこで合田さんとテホンビキを行う。

基本情報だけで、これだけの変更があるんですね。共通してるのは、六代目組長であることだけ?
ちなみに単行本であったダンプ事故のエピソードは、合田さんが電話をかけた時に、組長がアドヴァイスを求めた一件になっていました。


【秦野耕三(講談社文庫版) 人物像】
どのように描写されているのか、ここぞ! という部分をピックアップ。
単行本の描写との比較は後日、また。

★とたんに粘りつくような眼光とともに、男はカッと白い歯をむいて見せた。 (上巻p160)

★男は握手を求めて片手を差し出し、雄一郎が片手を出すやいなや、すかさず自分の手をかわして刑事の手首をがっしりと掴んできた。そういう大胆な所業に出てはばかるところもない一種独特の男の爆発的な暴力性は、秦野組六代目組長を襲名する前から備っており、四十そこそこで六代目を継いだのも、先代の妾腹の息子として、いっぱしに大学の経営学部まで卒業して得た事業手段を買われたというより、傘下や系列の組長たちがその常軌を逸した残忍さを恐れて、たがをはめたのだとまことしやかに言われていた。雄一郎自身は、六年前にある殺人事件の凶器となった拳銃絡みで本人の関係先に踏み込んだことがあり、それ以来の面識ではあった。 (上巻p160~161)

★刑事一人の手首を掴んだまま、男は直截な物言いをしてにやにやした。金と組織の力をもってしてもなびいてこないお上に対してはとりあえず無力だと知っている渡世人の鋭利な自嘲が、その眼光に浮かんでいた。同時に、一介の刑事一人をからかう口の下には、隙あらばと狙っている蛇の舌も光っていた。 (上巻p161~162)

入力してみて改めて実感しますが、非常に細かいところで単行本と違っていますね。キリがないので今の部分で例を挙げますと、語尾の違い。
  「光っている。」(単行本) → 「光っていた。」(講談社文庫)


★男は挑発するように雄一郎のポロシャツの襟を指先で弾いてみせた。 (上巻p162)

★六代目秦野は電話口で鮮やかな作り笑いを響かせた。 (上巻p356)

★秦野はうつくしく折り重ねた紙幣をその手元に押しやり、背筋を伸ばしてこちらに向き直ると、それはもうどこを切っても市井とは無縁の、構成員二千人の広域暴力団を抱える男の顔と身体だった。修羅場の上に純白の布を広げたような、残忍な感じのする獣の静けさだった。 (下巻p77)

★秦野は「合田さんは頭が良すぎるから」と白い歯を見せた。目は笑っていないが、やくざなりにきれいに笑う男ではあった。 (下巻p80)

★秦野は数秒何も言わなかった。その顔の筋肉がわずかに崩れ、子供っぽさの勝った不安定な地の顔が覗くのを見た。あと一歩で切れるか、爆発するか、という顔だった。 (下巻p88)

ここで組長が切れて爆発したら、合田さんはどうなっていたんだろう? と一抹の不安を覚えます。


印象の違いでは、文庫の秦野組長はよく笑う。それも、好感度のもてるような笑いではなくて、不快をもたらすような笑い方。やだねえ~(苦笑)


【秦野耕三(講談社文庫版) 独断と偏見の問わず語り】
理路整然とはいきません。錯綜してますので、ご了承下さい。

みなさん、文庫版の秦野組長は好きですか?
はっきり言いますが、私は嫌いです。「いいなあ」と思える要素が皆無に近い。
加筆修正は高村作品の避けられない特徴とはいえ、まさかここまで「やくざ」を前面に押し出してくるとは、思いもよりませんでした。

単行本版では血迷って(?)、 合田さん、一度くらい秦野組長に抱かれてしまえー! と叫んだ私ですが、文庫版では(これも血迷って) 合田さん、秦野組長の魔の手から逃げろー! こんな男にあなたの操を奪われたらアカーン! 合田雄一郎という男の価値が下がるー! と心の底から思いましたもん。

・・・そうか、読み手にそう思わせるための秦野組長のキャラクターの修正変更か。
特に文庫化の際は「中高生も読むことを前提に」と、『照柿』が文庫化されたときの「IN POCKET」のインタビューで話されていたので、あまりにかっこいいやくざさん・・・というのは、よくないと思われたか。「やくざというのは怖い、恐ろしい」というのを、示す必要があったか。
あるいは「かっこいいやくざ」というのは、『李歐』 (講談社文庫)の原口達郎組長を書いた時点で、満足されたか。

とにかく、美化はされてない。そのような修飾語や表現は大幅にカットされている。
あってもせいぜい、 

修羅場の上に純白の布を広げたような、残忍な感じのする獣の静けさだった。
 (下巻p77)

くらいか。

下手な例えですが、単行本では「紳士の皮を被ったやくざ」、あるいは「やくざの皮を被った紳士」というのが秦野組長という雰囲気がありました。
ところが文庫では、皮を被っていようがいまいが、「やくざ」以外の何ものでもないんですよねえ。生まれも育ちもやーさん。根っからのやーさん。骨の髄までやーさん。きっと死ぬまでやーさん。(しつこい)

それを裏付ける特徴が、先ほども指摘した「笑い方」に出ていると思われるのです。

男は身についた威圧感を覗かせて凄み、笑った。 (上巻p161)

「うはは、そりゃあいい!」 (上巻p162)

六代目秦野は電話口で鮮やかな作り笑いを響かせた。 (上巻p356)

受話器からは獲物を射すくめたような、抑えに抑えた忍び笑いが洩れ伝わってきた。 (上巻p356)

にたりと笑い (下巻p77)

噴き出すような短い哄笑が返ってきたが、 (下巻p77)

秦野はまずは引きつるような笑い声を立てた。 (下巻p89)

何というか、単行本版に備わっていた潔さ、涼やかさというものが削げ落ちたような気がします。文庫版ではやくざのいやらしさ・しつこさ・粘り強さ、相手を不快にさせる言動・事柄が強調されているようです。

特に、文庫上巻の

「うはは、そりゃあいい!」

のところ。最初に見た時は「・・・こんな笑い方する人やったっけ?」と衝撃と違和感を覚えました。まずはここでイメージダウン。

そして、あの下巻のあの単語二連発(あえて「単語」とします)
初めて目にした時は、ホンマに腰抜かしそうになりました。「なんやこれ!」と。「ちょー待って組長!」とうろたえました。(余談ながら大阪弁の「ちょー」というのは「超」ではなく「ちょっと」の意味です)

というわけで、「文庫の秦野耕三組長」の良さが、私にはいまいち分かりません(←言い切った!)
どなたか「文庫の秦野耕三組長」の魅力を、私に教えて下さい。あるいはこんこんと諭して下さい。


【秦野耕三(講談社文庫版) 独断と偏見の名台詞・名場面】
大っぴらにねたばれになりますので、未読の方はこれ以上進まないように!

★「下っぱのお上相手に、何をおっしゃる」
「そう言って、あなたはまた逃げる」
「何から」
「この秦野耕三の食指から」
 (上巻p161)

なんだかんだと文句いっても、ここの秦野組長の台詞は好きなんです(笑)


★「ほれ、夜の街をこんな格好で歩いてちゃあ、せっかくのいい男が泣きますぜ。たまには上から下までビシッと決めてらっしゃいよ、え?」
「きめてきたら、お宅と見合い写真でも撮りますか」
「うはは、そりゃあいい!」
 (上巻p162)

単行本では秦野組長が「記念写真」と言ってるのに、文庫では合田さんが「見合い写真」ときた。
ここは意外にも、文庫の合田さんの方が少々過激か?


★《合田さんがそう仰るなら、そうさせていただきましょう。で、ご用件は?》
「近々、私と一寸遊んでいただけませんか」
《この秦野と? お付き合いしたいのは山々ですが、何をお望みかに依りますよ》
 (上巻p356)

「博打で遊ぶ」ことを踏まえてないと、勘違いしそうなやり取りかも。 この危うさが好きなんですけどね。


★《ま、捨ててもいい金をいくらか用意していらっしゃい。たまには遊びましょう》 (上巻p356)

組長の気合と本気が窺えます。


★「合田さん、念を押しておきますが、夢ではないでしょうな」
雄一郎は「夢かも」と答えた。すると二秒置いて「でしょうな」という返事と、噴き出すような短い哄笑が返ってきたが、世間話はひとまずそれだけだった。
 (下巻p76~77)

これも勘違いされそうなやりとりだけど、好きなのねん。秦野組長の「にたり」と哄笑はイヤだけど。


★「限界というなら、私が教えてさしあげますよ。この秦野とサシで遊んでいるんだから、地獄の手前ぐらいまで行ってもらいましょう」 (上巻p87)

合田さんを籠絡するために、本気出してきた組長。


★「まあ、甘かったのは私のほうだということで、今日のところはここまでにしましょう。次はもっと別の接待をさせていただきますよ。どうです、女を入れて3Pでも」
秦野は子供じみた執拗さを見せて言い、今度は雄一郎のほうが笑みを返すに留まった。
「では、SMを」秦野はさらに蛇のような舌をちらつかせたが、雄一郎はさらに返事をせずにすませ、ひとまず秦野のほうが手を退くかたちになった。
 (下巻p88)

はい、下巻の初見で私が腰を抜かしそうになった部分です。(余談ながら上巻の初見で腰を抜かしそうになったのは、水戸での義兄弟の最後のやりとりです)
まさか高村作品で「SM」の文字が出てくるとは思わなかった。
(<七係シリーズ>では第3話「失踪」で、又さんの台詞に「3P」が出てました)

ところで組長は、あくまでも合田さんと「裸の付き合い」をしたいのだろうか。
合田さんは精神的にはMの割合が高いと思うけどね・・・。
組長がMならもっと驚いてもいい。いや、むしろドン引きします(苦笑)
意外性という点では、Mでもいいのかなとも思ったりも・・・(どっちやねん!)


★「それで、あなたもホシを捕り、貸し借りをチャラにしたところで、お待ちしていますよ、合田さん。内緒で女と遊びましょうや」 (下巻p90)

ああもう、最後の最後まで・・・。望み薄だとしても、こうまでして合田さんの弱みを握っておきたいか。
しかし一縷の望みをつなぐために、蜘蛛の糸のように細いつながりでも、ないよりはマシと考えないようでは、やくざではないよね。

この後3PまたはSM、あるいは両方したのかしなかったのか。それは誰にも分かりません。

***

長文になってしまって申し訳ございません。読んでいただいて、ありがとうございました。

次回は新潮文庫版『照柿』の秦野組長ですね。・・・いつになるか分かりませんけど。


『冷血』(毎日新聞社)と「新 冷血」(サンデー毎日)の相違 元義兄・加納祐介編

2013-01-05 00:50:09 | キャラクター考察
久しぶりにやろうかと。
他の皆さんもとっくに比較してるかもしれませんが、私は私なりにやってみます。

但し合田さんは膨大すぎて手を付けられないので、加納さんのみ。 正確に言えば、<合田雄一郎視点の加納祐介>が大半です。

裏を返せば、私の愛は「義兄>義弟」というだけのこと。 だけど義兄弟への愛は∞(無限大)です。
誰か合田さんの比較、やって下さい(他力本願)

タイトル通り、☆単行本『冷血』を前者、★雑誌連載「新 冷血」を後者に並べ、色分けしました。 その方が加筆修正が分かりやすいかな、と。

いかにも「冷血」っぽい色を探したのですが、いかがでしょう?
あ、加納さんが「冷血」という意味ではないですよ、念のため。

全部ねたばれになってますので、未読の方はここでお引き取り下さい。


☆加えてこの正月は、いまは大阪の官舎暮らしの元義兄の男と一緒に、独り身同士、琵琶湖の湖北と兵庫県の豊岡を回る計画もあったのだった。否、計画といっても、新幹線とレンタカーの予約を取っただけだったし、そもそも地裁判事でもある相方はたんに琵琶湖の鮒鮨が目当て、片やこちらはいつの日か買えるときが来るのかどうかも分からない売り農地の下見が目当てという、いい加減な話ではあった。元義兄は二十年も先の定年後に住む土地を探すのかと嗤うが、いざとなれば、こうしてほんとうに爪を土で黒くして野菜畑を這い回っている自分自身を観察するに、余生を土とともに生きたいというのはたぶん本気なのだ。どこまでも〈たぶん〉だが、それで何の不都合がある。 (『冷血』上巻p179)

加納さんとの現時点での関係をそれとなく描写しているこの部分は、連載時からかなりの加筆修正がみられます。
次の「サンデー毎日」掲載分を2つ、合わせる前に余分なものを抜いて、こねくり回して調味料加えておいしく焼き上げました、という感じ?

まずはひとつめ。

★気楽な独り身でも年末年始はそれなりに予定があり、この正月は一寸思うところがあって、琵琶湖の湖北と、兵庫県の豊岡を回るつもりにしていたのだった。それほど綿密な計画を立てていたわけではなく、新幹線とレンタカーの予約だけ取ってあったのだが、西が丘の現場を見れば、予約は問答無用でキャンセルだった。こんな事態もあろうかということで、いまは大阪の官舎暮らしの元義兄にも「行くかもしれない」という程度の言い方しかしなかったし、久しぶりの遠出と言っても、所詮は彷徨に毛が生えたような大人の気まぐれだったから、「また今度」と自分に言い聞かせればいいだけの話ではあった。 (「サンデー毎日」2010年9月26日号 連載第22回)

連載では、合田さんの方が「行くかもしれない」と非常に曖昧。
単行本では、しっかり計画が立てられてる。

続いてふたつめ。

★翌日、雄一郎は数年前から何となく考えてきた兵庫県の山林を一つ買う決心をしていたが、 (「サンデー毎日」2011年10月9日号 連載第73回)

連載も終わる頃に唐突に、山林購入を考えてる合田さんが出てきたら、そら読者も吃驚仰天ですわ。
単行本では、「山林」→「農地」に変わりました。


☆それから、自分の携帯電話を開いた勢いで、元義兄の官舎の留守番電話にも短いメッセージを入れた。今日、北区の事件に駆り出されたので正月が無くなった。また手紙を書く、と。 (『冷血』上巻p180)

★それから、携帯電話を開いた勢いで、元義兄の官舎の留守番電話にも短いメッセージを入れた。今日、北区の事件に駆り出されたので、正月が無くなった。また手紙を書く、と。 (「サンデー毎日」2010年9月26日号 連載第22回)

ここはほとんど変わってませんね。
単行本で「自分の携帯電話」と追加されただけ。


☆そうして日付が変わるまでと決めて、雄一郎も溜まっていた個人用の携帯メールを開いた。『残念。君の時間が空くときに備えて、正月は小生が現地の下見に行き、後日写真を送ろう。早期解決を祈る』  (『冷血』上巻p222~223)

「サンデー毎日」にはありません。

唯一と言ってもいいほどの追加部分。(加筆修正ではなく、純粋に追加部分)
明確に「元義兄から」とか「加納祐介から」とは書かれてませんが、内容から加納さんからと判断できますね。(こんなメールは義兄しか打たれへんわ!)
返信が来たのは加納さんだけではないけれど、合田さんが最初に読んだのは加納さんのメール。


☆あと半時間ほどで新年になるというとき、めずらしく大阪地裁判事の元義兄から携帯電話がかかってきた。「そっちはどんな様子だ?」そう聞くので、「年明けに動きがあるかもしれないし、ないかもしれない」と答えると、「そうか、少し期待してもいいということだな」という返事があった。どちらも家庭をもつのか否かの決断を先送りにしながら四十を越えてしまい、互いに相手が先々の人生をどう考えているのかを探り合いながら、たまには小旅行でもしようと話し合ったのが夏のことだった。結局、片方の予定が立たず、今度もまた二人しての旅行は霧散してしまったが、こうして新年を迎える前に、元義兄は元義兄でまた懲りずに何かを期待し、雄一郎も何かを期待して、「じゃあ、よいお年を」と言い合う。  (『冷血』上巻p246)

★あと半時間ほどで新年になるというとき、めずらしく大阪地裁判事の元義兄から携帯電話がかかってきた。「そっちはどんな様子だ?」そう聞くので、「年明けに動きがあるかもしれないし、ないかもしれない」と答えると、「そうか、少し期待してもいいということだな」という返事があった。互いに四十を越え、相手が先々の人生をどう考えているのかを探りながら、たまには小旅行でもしようと話し合ったのが夏のことだった。こうして新年を迎える前に、元義兄は元義兄で何かを期待し、雄一郎も何かを期待し、「じゃあ、よいお年を」と言い合う。 (「サンデー毎日」2010年11月21日号 連載第30回)

ここは見逃せない箇所がいっぱい! あえて個別で取り上げる。

★互いに四十を越え、相手が先々の人生をどう考えているのかを探りながら、

が、単行本では

☆どちらも家庭をもつのか否かの決断を先送りにしながら四十を越えてしまい、互いに相手が先々の人生をどう考えているのかを探り合いながら、

ですよ! ちょっと、いろいろ裏読みしてしまうじゃないの!

ツッコミどころもう一つ、単行本で追加されたところ。

☆今度もまた二人しての旅行は霧散してしまったが、

・・・つまり、義兄が大阪で暮らすようになってから、「二人しての旅行」の計画が何度かあり、お流れになったということ?

ここで思い起こされるのが『太陽を曳く馬』。
合田さんは加納さんに「ニューヨークへ行くべきだ」と勧めてました。
それを受けて加納さんは「年末にニューヨークに行こうと思う」と手紙で返事しました。
(但し確実にニューヨークへ行ったのかどうかは不明)

『冷血』下巻では、合田さんは戸田吉生に「去年(※)の三月、一寸ニューヨークへ行ってきたんだ」と話してました。(※2002年)

ということは、二人は一緒にニューヨークへは行かなかった、ということか?

では、最後のツッコミどころ。

★元義兄は元義兄で何かを期待し、雄一郎も何かを期待し、

が、単行本では、

☆元義兄は元義兄でまた懲りずに何かを期待し、雄一郎も何かを期待して、 

と、ここも追加。
「また懲りずに」・・・って、もしや合田さん、加納さんを生殺し状態にしてるのか?
それともコナをかけているのは加納さんの方?

いざというときの、「言葉」が足りないよね、この義兄弟は。手紙やメールでのやりとりで、安心しきってるんじゃないの?
こういうところがもどかしくて、好きなところではあるんだけど。(空想と妄想の余地があるからね)


☆またその間に、大阪の判事宛てに《神戸市長田区駒ケ林町はどんな町? 時間が空いたら返信乞う》と送っておいた私用メールに応えて、元義兄から短い返信があった。それに曰く、『明石出身の事務官に聞いた。古い漁師町で、小さな漁港がある。震災で壊滅する前からさびれていたそうだ。住宅は少しずつ再建されているが、復興住宅へ移った世帯も多く、市道も海岸通りもまったく人けがない。いまはイカナゴ漁が始まっているが、駒ケ林地区から出ている漁船は少ない。JRからも少し距離があり、昔からある商店街はシャッター通りになっているが、ハイカラな神戸らしからぬ田舎町の風情がある、といったところだ。ひょっとして、朗報か?』
いつもながら簡潔で文学的なメールだった。
 (『冷血』上巻p283)

★またその間に、大阪の判事宛てに《神戸市長田区駒ケ林町はどんな町? 時間が空いたら返信乞う》と送っておいた私用メールに応えて、元義兄から短い返信があった。それに曰く、『明石出身の事務官に聞いた。古い漁師町で、小さな漁港がある。震災で壊滅する前からさびれていたそうだ。住宅は少しずつ再建されているが、復興住宅へ移った世帯も多く、市道も海岸通りもまったく人けがない。いまはイカナゴ漁が始まっているが、駒ケ林地区から出ている漁船は少ない。JRからも少し距離があり、昔からある商店街はシャッター通りになっているが、ハイカラな神戸らしからぬ田舎町の風情がある、といったところだ。ひょっとして、君のほうは朗報か?』
いつもながら簡潔なメールだった。
 (「サンデー毎日」2010年12月26日号 連載第35回)

単行本で「君のほうは」が省かれた。
逆に「文学的な」が付加されたのが、いかにも加納さんにふさわしい。
『レディ・ジョーカー』でも根来さんに、私人としての加納さんはこんな感じだって、見抜かれてたもんね。

それでは下巻。

☆「私たち一人一人にとって、世界を埋めるものは多かれ少なかれ異物なのだ。私にも、もう四半世紀も付き合っている男友だちがいるが、考えてみれば、そいつは私にとって誰よりも大きな異物なのだと思う。異物だから、それについてあれこれ考えるのだと思う」 (『冷血』下巻p220)

★「私たち一人一人の世界を埋めるものは、多かれ少なかれ異物なのだ。私にも、もう四半世紀も付き合っている男友だちがいるんだが、考えてみれば、そいつは私にとって誰よりも大きな異物なのだと思う。異物だから、それについてあれこれ考えるのだと思う」 (「サンデー毎日」2011年8月21・28日号 連載第67回)

『冷血』中、合田雄一郎・最大の告白。

だけど加納さんに向かって、直截告白してないんだよね。
ああ、加納さんに聞かせてやりたい。どんな反応するのか、見てみたい。


☆そうしてクリスマス前には、大阪の元義兄から今年は湖北に正月の宿を取ったから間違いなく来いよと電話があって気持ちがふとそちらへ飛んでいったり、 (『冷血』下巻p261)

★また少し自問自答する雄一郎がおり、かと思えばクリスマス前には、大阪の元義兄から今年は湖北に正月の宿を取ったから間違いなく来いよと電話があって気持ちがふとそちらへ飛んでいったり、 (「サンデー毎日」2011年10月9日号 連載第73回)

合田さんは2004年の年末から2005年の年初めまで、加納さんと過ごしたようです。
めでたし、めでたし。

が。

加納さん好きとしては、唯一許し難いのは、

貴代子の名前の表記はあるのに、加納祐介の「か」の字も「ゆ」の字もない!

ということ。

高村さんお願いします。 十数年後の文庫化では、せめて一度くらい「加納祐介」の表記を入れてください!


秦野耕三 (単行本版『照柿』)

2009-01-27 00:57:56 | キャラクター考察
やるで、やりたい、とブログ開設当初から書き込み続けて早や何年経ったことか・・・。念願の「キャラクター考察」です。

第1回目にこの人を選んだのが、吉と出るか凶と出るか(苦笑) いろいろとツッコミ甲斐がある人だし、キーボード入力もスイスイと進みそうなんですよねえ~。
ところがいざやってみると迷走もいいところ。かなり試行錯誤しました。延べ何時間かかったことか。

今回は単行本版の秦野組長でやります。もちろん文庫版の秦野組長もやる予定です。

以下、ネタバレありますので、未読の方はご注意下さい。

【秦野耕三(単行本版) 基本情報】

1992年、二千人の舎弟を抱える秦野組の第六代組長に就任。秦野組五代目組長の次男。1993年(平成5年)現在38歳。ちなみに現在(2009年・平成21年)存命だったら54歳!? ひええ~!

慶応大学出身。大手企業に十年勤め、四年ほど前(1989年・平成元年)に江東区にある秦野組傘下の大手産廃会社の経営を引き継ぐ。他にも系列の不動産会社や土木建設会社の役員も兼任している。普段は現場に出て、営業もし、週に一度は接待ゴルフに行く生活をしている。

合田雄一郎さんとの「個人的な面識」とは、二年ほど前(1991年・平成3年)に、秦野の会社のダンプが起こした事故で、たまたま板橋署にいた合田さんが面倒を見て世話になったため、盆暮の付け届けをし、その都度送り返されるという程度のもの。

愛人は所沢市荒幡のマンションに住まいを与えられており、そこで合田さんとテホンビキを行う。小学生の頃に祖父にテホンビキを教えられ、負けると原稿用紙に漢字を書かされた。

・・・どんな顔して大手企業に勤めていたのか、全く想像が出来ない・・・。営業スマイル、振りまいていたんだろうか。満員電車に揺られ、会社と家を往復してたんだろうか。カラオケに行ったり、飲み会の幹事をしたり、得意先の接待をしてたんだろうか。


【秦野耕三(単行本版) 人物像】
どのように描写されているのか、ここぞ! という部分をピックアップ。

★とたんに、粘りつくような鋭い眼光を放って、男はカッと白い歯を見せた。 (p105)

★男は握手を求めて片手を差し出してきた。そして、雄一郎が片手を出すやいなや、男はすかさず、差し出した自分の手をかわして雄一郎の手首をがっしりと掴んだ。そういう大胆な所業に出てはばかるところもない一種独特の男の威風は、秦野組六代目組長を襲名する前から備っていた。 (p105)

★刑事一人の手首を掴んだまま、男は直截な物言いをしてにやにやした。金と組織の力をもってしても、こちら側へなびいてこないお上に対してはとりあえず無力だと知っている渡世人の鋭利な自嘲が、その眼光に浮かんでいる。同時に、一介の刑事一人をからかう口の下には、すきあらばと狙っている蛇の舌も光っている。 (p106)

★男は慰みか挑発か、雄一郎のポロシャツの襟を指先で弾いてみせた。 (p106)

★構成員二千人の組を背負っている男の、どこから切っても一般人とは目つきも風貌も違う三十八歳の男の顔がそこにあった。修羅場の上に純白の布を広げたような、残忍な感じのする折り目正しさだった。 (p319~320)

★目は笑っていないが、若々しい顔はきれいに笑う。 (p321)

★秦野は鋭いものを目の端にたたえて微笑み、首を横に振った。 (p322)

★ここで逃してなるものか、さあ入ってこい、扉を開けて入ってこい、と秦野の目は誘っていた。 (p326)

★秦野の鋭利な目の奥で、苛立ちと嘲笑と疑念が入り交じるのが見てとれた。 (p328)

今更ですが、これって全部「合田さん視点」でいいんですよね・・・? これじゃ読み手も勘違いどころか、邪な感情を抱くのも当然過ぎるほど当然かも、です。「秦野組組長」の肩書きがなかったら、別の解釈できそうです。


【秦野耕三(単行本版) 独断と偏見の問わず語り】
理路整然とはいきません。錯綜してますので、ご了承下さい。

この方を語る時、「じゃあ、あなたの身体」 (p327) ・・・の台詞は切っても切れない。「秦野組長といえば、この台詞」と断言しても異論はないでしょう・・・多分。
実際に単行本『照柿』(講談社)を読む前に、いろんなファンサイトさんでこの人の言動で盛り上がっていたので、その先入観を抱いたままで読んだのが、良かったのか悪かったのか。・・・今でも分かりません。
(それ以上の衝撃受けたのが、合田さんの「一瞬、その気になったので」 (p327)・・・だったかも。これは冗談のつもりの軽口なのか、それとも本気だったのか。どちらともとれそうだ)

組長の発言があまりに強烈だったため、再読してもなかなか平静に読めなかったですよ。三回目くらいからやっと慣れて、平常心を保てるようになったかな・・・。
では、平静に語ってみましょう(←出来るのか) ある意味別人なので、文庫版の組長との比較はしません。

登場場面は僅かですが(二段組の約500ページ足らずの単行本で、名前が記されてるのは20ページもない)、全て合田さん絡みであることも含めて、僅かだからこそ却って鮮烈で多大なインパクトを読み手に与えたんだろうと、今ならそのように思えます。主人公・合田さんが霞むくらいの言動と存在感は、充分すぎるほどありました。
逆にそれくらいでないと、二千人もの組員を抱える組長は務められないし、舎弟たちも組長についていかないでしょう。
そんな「侠気」のある部分も、秦野組長の魅力の一つ。女の私だって「甲斐性あり!」と、ついていくかも知れないですよ(笑) ・・・ヤーさんでなけりゃなあ・・・惜しいなあ・・・(本音)

更に魅力を挙げるとするなら、気障の一歩手前か、あるいはぎりぎりの状態で繰り出される「発言」ですね。下記でも取り上げてますが、その発言のいくつかには含みがあって、抑えた色気も滲み出ている。そういう匂いを感じ取り、深読みして、悶えてしまうのですよね。

だからこそ、単行本版の秦野組長は合田さんに色目を使っていると言っても否定できないかもしれません。組長の決して下品でない、色気のあるいやらしさを感じられる台詞があちこちに散りばめられているので、私に才能があればそれだけをピックアップして、二次創作小説をでっち上げたいくらいだ(笑)

最も有名な「じゃあ、あなたの身体」 の発言を巡っての見解は、読み手の数だけあるはずです。この台詞だけで組長を語ってはいけないことは分かってますが、避けて通れないことも否定できないでしょう。

1.借金の支払いとして欲しいのか。(腕一本、臓器一個くらい売って、金を作れとか?)
2.刑事として必要なので欲しいのか。(やくざとしては、警察内部に一本でも通じるパイプが欲しいもんだ。但し合田さんがそれにふさわしいかどうかは判じかねる)
3.上記を抜きにして、個人的に合田雄一郎が欲しいのか。(ちょっかいを出しているうちに、合田さん個人に興味を抱いたか?)

今まで自分のブログではっきり述べるのをあえて避けてましたが、もう逃げられないか・・・。
上記に挙げた3つが、いつもグルグルと回っています。どれも正解だと思ってます。思ってますが・・・
どうせなら合田さん、一度くらい秦野組長に抱かれてしまえー!
・・・というのが、隠れた本音です。
もしもそうなっていたら、この時期にウジウジしていたあなたの状態も、打破されたかもしれないのに、ねえ?

えーい、隠しついでにもう一つ。 「合田×加納」派の私ですが、「秦野組長×合田」もOKです。(後腐れなしの一回きりならね。つまり身体で借金の支払いをしたという設定で) どんなふうに口説いて最後までもっていくのか、その手腕を見せて欲しいもんです(爆)

・・・ああ、文字を隠してるとはいえ、ついにカミングアウトしてしまいましたよ・・・(ドキドキ)

だけど、そう思った途端に、即座に否定してしまう自分もいるんです。万に一つもないでしょうが、もしもそんなことになったら合田さんは墓場まで持っていくしかない秘密と弱みを抱えることになるし、何より刑事としても失格。義兄にも顔向け出来ず、知られたとしたら「問答無用」のメモどころじゃないでしょう。
それ以前に合田さんの性格からして、身を委ねるなんて到底考えられない。

だからこの二人の肉体関係(爆)があるとしたら、それは想像の世界、二次創作の世界だけ。この場で語ることではありません。(オフでは喋ってますが)
思った途端に即座に否定とは、そういうことです。そして懲りずに、あるいは飽きずにまた思うんですよねえ・・・。それくらいの想像の余地は、読み手の特権として必要悪だ(笑)

ともあれ秦野組長は、どう転んでも根っからのやくざさんなわけで、それ以外にはなれない。合田さんが、刑事以外の何ものにもなれないのと同じことで。
そこに秦野耕三というキャラクターの限界も見えるというもの。合田さんが刑事で、秦野さんがやくざである限り、この二人が腹を割って打ち解けるような、台頭の個人と個人の関係を築けるかといえば、まずは無理な話。

それでも読み手に忘れがたいイメージを植えつけたキャラクターであることは、間違いありません。
単行本版の秦野組長には、決してマイナスイメージを抱いてはいません。ヤーさんの一面を除けば、魅力溢れる人間であると認めています。

・・・それが文庫版ではあんなふうに変更されるとは・・・(ガックリ)


【秦野耕三(単行本版) 独断と偏見の名台詞・名場面】
一部「再読日記」と重複してますが、ご了承下さい。

★「国税当局とケンカする気はないが、この不況で事業税まで納めて、その上、二千人の舎弟をこの腕で食わせなきゃならないんだ、私は」 (p106)

大企業の会社社長も顔負けのこの矜持! 昨今の現状からしても、秦野組長を見倣ってほしいもんです。

★「下っぱのお上相手に、何をおっしゃる」
「そう言って、あなたはまた逃げる」
「何から」
「この秦野耕三の食指から」
 (p106)

気障だよなあ・・・。かっこいいよなあ・・・。組長しか言えないよなあ・・・。

「いい歳して何ですか、この恰好は。たまには上から下まで決めてらっしゃいよ」
「誰のために」
「この秦野と仲良く記念写真でも撮りましょうや」
「蛇と鼠の見合い写真になる」
 (p106)

蛇=秦野組長、鼠=合田さん、ですか。

★《盆ですか。それをバラせというのは、あたしに死ねってことですよ》 (p239)

何てことない台詞なんですが、ここで見逃せないのは「あたし」という一人称なんですよ。唯一、使用されてます。それ以外は「私」か「この秦野」の表記なので、ひょっとして、間違いか?

★《ま、手土産はいらないから、捨ててもいい金をいくらか用意してらっしゃい。たまには遊びましょう》 (p239)

秦野さんの冷静な闘志と意気込みが垣間見えるかのよう。千載一遇のチャンスだからね。

★「限界というのは何ですか。良くも悪くも、現役である限りは前進しなければ潰される。あなたは潰されて黙ってる人には見えませんよ。なけなしの貯金をはたいても、捜査のためにこの私に何かを言うためにやってくる人だ。そうでしょう? ……というわけで、もっとあがきなさい。地獄の手前ぐらいまで行ったらよろしい」 (p326)

★「あなたにもいろいろ事情はおありでしょうが、この秦野とサシで遊んでいる以上、だめですよ。あなたはまだまだ傷なんか負ってない。自分の都合で退いて済む世界じゃないんだということを、勉強しただけでも元が取れるというもんだ」 (p326)

上記2つの引用。何だか出来の悪い生徒を諭している先生のようにも見える(笑) 

★「女房」
「いません」
「車」
「ない」
「じゃあ、あなたの身体」
冗談とも思えない秦野の目つきに無様に臓腑が縮んだ。
「三十半ば近くまで生きてきて身体しか持ってないというなら、それ、もらいましょう」と秦野はくりかえした。
「私が五十万ですか」
「百万。当たればよし。当たらなければまあ、この秦野の胸先三寸で好きにさせてもらいます」
「急に言われても」
「考える時間を上げましょうか」
「いえ、結構」
「合田さん、なぜ笑う」
「秦野さんこそ、なぜ笑う」
「合田さんこそ」
「一瞬その気になったので」
「その気になって、私の秘書にでもなりますか。ご冗談を」
 (p327)

ここのやりとりを全部挙げたのは今回が初めてなのですが、読めば読むほど混乱を増しますなあ。どこからどこまでが本気で、冗談なのか。合田さんに百万の価値があるのか、ないのか。
強いて言うなら、笑ってるところで冗談と化してしまったような・・・。

★「まったくあなたという人は……」 (p328)

★「あなたは腐っても刑事だな……」 (p328)

引上記2つの引用から、合田雄一郎の人となりを理解しているように見えます。今までの付き合い、そしてテホンビキの勝負を通したことで、合田さんは「堕ちない」と判断し、ここで手を打とうとしたのが、秦野組長の潔いところ。

★「合田さん、ホシを取るか、あなた自身が潰されるかの話でしょう。だから言うのだが、中途半端は、お互い命取りになりますよ。話は了解しました。合田さん、ホシだけは取んなさい。あなたにはそれしかないのだから」 (p330)

カッコええよねえ・・・。最後の最後まで締めてくれる。
そう、これが秦野組長の最後の台詞、最後の登場。あとは合田さんの回想で、名前が出てくるだけ。

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長文になってしまって申し訳ございません。読んでいただいて、ありがとうございました。
次回は文庫版の秦野耕三さんを取り上げる予定です。