あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
関連アイテムや書籍の読書記録も紹介中

《福澤諭吉が一万枚!》 (文庫版上巻p115)

2006-07-29 15:28:28 | マークスの山(文庫版) 再読日記
私も貰えるものなら欲しいですよ、マークスくん・・・。

昨夜NHKハイビジョンで「日本のおすすめの山50」とかなんとかいうタイトルの番組を放映しておりました。ちらっと見た時には、『マークスの山』 の重要舞台である「北岳」は、12位でした。(その時点でTV消したので全部は見てないのですが、どうせ1位は「富士山」だろう)

スタジオに集まっている著名人の話を聞いていたら、「北岳」は登攀するのは厳しい山みたいですね。だからこそ登り甲斐があるのだと、挑戦する人が後を立たないのでしょうか。「北岳」にしかない植物 (「キタダケソウ」という白い花の高山植物が代表例。画像は、こちらからどうぞ) や、お花畑や自然の美しさも素晴らしいと、手放しで褒めておりました。

***

2006年7月26日(水)の文庫版『マークスの山』 は、一  播種のp82から、二  発芽のp131まで読了。


【今回の合田雄一郎さん】
↑この色、「照柿」だそうです。
個人的には、これが合田さんのイメージカラーなもので。皆さんのPCの画面によって、微妙に色合いが違うかもしれません。もうちょっと暗くくすんだ感じの色合いかと思っていたんですが・・・。

★工場の正門前にパトカーが一台止まっており、若い男が一人、ボンネットに尻をひっかけてタバコを吸っていた。男は白い半袖の開襟シャツに白いスニーカーという涼しげな軽装で、よもや同業者ではないだろうと思ったそのとき、男は白熱の空を仰ぎ、指先でタバコの灰を軽くはじき飛ばすやいなや、「おい」と佐野たちの方へ顔を振り向けた。
「ここは立ち入り禁止や」
男は突然機会が喋ったかと思う、鋭い一声を発した。
 (文庫版上巻p82~83)

文庫版の合田さん、初登場&初台詞~♪

★歳のころは三十前後だろう。未だ青年の匂いの残る清涼な面差しに比して、無機質な石を思わせる眼光もその声も市井の同年代のものではなかった。 (中略) 男はけだるそうに片足をぶらぶらさせたまま、なおも悠然とタバコを吸い、自分の方から先に声をかけておきながら、まるでお前たちに用はないというふうな不敵な風情だった。 (文庫版上巻p83)

うーん、既にこの頃から、後々の『照柿』 『レディ・ジョーカー』で顕著に現れる、合田さんの性格が垣間見えてますな~(苦笑)

★すると男は、するりとパトカーのボンネットから腰を外して立ち上がり、軽い会釈をよこした。しかし、なおも表情一つ変えるわけでない。男はすっきりと伸びた背筋がなかなか凛々しい一方、その石の眼差しや口許は意外にもひんやりと暗い岩稜の静けさを感じさせ、佐野のほうが不本意にも再び気圧される結果になった。 (文庫版上巻p84)

そうか! ここで一部の人たちに揶揄されている「男殺し」の異名がつくことになった、片鱗が既にあったのか・・・! 入力してみて、気づいたわ(笑) だけど大抵の男は、敵に回してしまう性分の合田さん。

★若い同業者は事も無げに言い、ちらりと手首のスナップをきかせたかと思うと、その指先からタバコの吸殻がひゅうと十メートル飛んで、廃品の山へ消えた。 (文庫版上巻p84)

合田さん! ちゃんと火は消したんでしょうね? そうでなかったら、あんた放火犯よ!

★再び男の口から関西言葉が聞こえた。それは何かの拍子に無意識に飛び出してくるようだったが、テレビなどで佐野が耳にする関西弁とは違う、硬質で、物静かで、くぐもった響きだった。 (文庫版上巻p86)

ああ、どんな声なのか、聞いてみたい~!

★一方、警視庁の若い主任は、寸暇を惜しむように岩田を促して歩きだしながら、「署のほうでお待ちになるなら、どうぞ」と佐野たちへ短く声をかけるのも忘れなかった。いったい神経が行き届いていると言うべきか、その逆の事務機械と言うべきか、相変わらず不明だった。 (文庫版上巻p89)

そういう曖昧さが、不思議な魅力を漂わせているんですね・・・。無意識の行為って、恐ろしい。

★佐野は偶然署の廊下で例の若い主任の姿を見かけたのだったが、どこからか最後の未練というやつが湧きだして、知らぬ間に一寸声をかけていた。 (中略) 若い刑事は相変わらず冷たい石のように、先ずは一言「自供は自供ですから」と言った。それから、ふいにその面差しには何かの若々しい感情がよぎっていき、続いてこんなことも言ったのだった。 (文庫版上巻p98)

「若い」とえらく強調されていますが、合田さん29歳、佐野さん50代半ば。親子くらいの歳の差があるわけです。「優秀な息子を前にした凡庸な父親」といった風情が、近いのかもしれないなあ。

★「何かありましたら、捜査一課の合田までご連絡下さい。ご健闘をお祈りしています」
合田と名乗った刑事は、最後は背筋の伸びた一礼をして足早に立ち去っていき、佐野の目のなかで、その足元の真っ白なスニーカーがしばらく点滅し続けた。
 (文庫版上巻p99)

余談ですが、単行本版で「あいだ」と読んでしまっていた私。今でこそ「ごうだ」と読み、キー入力もそうしていますが、初期の頃は「あいださん」とずっと心で呼んでいました。「合田=あいだ」と思い込んでいた人は、ゴマンといるはずだ。

★警官の人生は、あるいは一人の男の人生は、かくも無頓着な、些細な起伏の繰り返しで終わるのだろうか。合田はときどきそうして無意識に年配警官の顔を眺め、この人は早死にした自分の父親のように早晩肝臓を患うのだろうと考えていたりするのだったが、数秒にしろそんなことを考えたこと自体、いつも速やかに忘れ去ると、さて自分はこの三、四日何をしていたのだろうかと思い、それもあいまいに押し流すと、あとはしばしぼんやりするのが常だった。 (文庫版上巻p103)

疲れてるのね、合田さん・・・。

★疲れがたまってくると余計なことを考える前に、いつも本庁の武道場へ足を運ぶ。若手を相手に地稽古をやり、今夜はたまたま相手が全日本選手権の経験者だとは知らず、したたかに打ち込まれたが、欲も得もなく疲れ切ると、安堵のようなものを覚える。あとは四日間履きっ放しだったスニーカーと身体を洗い、密かに飢えていた脳味噌にウィスキーを流し込んでやるだけだった。 (文庫版上巻p104)

ここの表現、凄く好き。
いきなり質問。ここは1ヶ所だけ、単行本版と違っているところがあります。さて、どこでしょう?

★もっとも、その間の経緯も種々にこじれた感情も、最近はもうどうでも良くなって、年に数回相手が自分に手紙をよこす理由をもはや深く詮索することもない。 (中略) 手紙を開きながら、合田は自分が変わったのだろうかと一寸自問したりしていたが、数年前なら開封もせずに捨てていただろうに最近は内容によっては返事を書こうという気持ちにさえなるのは、自分でも不思議な気分だった。 (文庫版上巻p105)

加納さんからの手紙を前にした、合田さんの感慨。加納さんが東京に戻る前の二人の関係が、ここで何気なしに推測されますね。

★新年早々、何ということを書いてよこす奴だと思いつつ、合田は加納の若々しい美貌を思い浮かべた。一人一人が独立した国家機関である検察官の建前が、加納という男の中では名実ともに生き続けている。その結果の若白髪だが、あと十数年我慢すれば、それも美しいロマンスグレーになるだろう。同じように私生活は最低だが、貴様のほうがまだマシだと思いながら、合田は、四日分まとめて呷ったウィスキーの勢いで、拙い返事を書いた。 (文庫版上巻p106)

「美貌」という単語で表現された数少ない高村作品キャラクターの一人が、加納さん。男性である合田さんから見ても「美貌」と感じるんだから、相当麗しいお顔立ちなんでしょう。
加納さんの手紙の内容の一部と、合田さんの返信の一部は、この後で。


【今回の加納祐介さん】
単行本版では「義兄」、文庫版では「元義兄」の表現が、まるで固有名詞のようになっている加納さん。
今回の再読日記は文庫版での紹介ですし、「元義兄」と表記すべきなんでしょうが、私は「義兄」で慣れてしまっているので、例外を除いてこれで統一させて下さい。

しかし、未だに「元義兄」の単語に慣れない・・・。こっちの方が確かに正しいんですけどね。違和感が今も残っている。
初期のファンの方々、「妹と離婚して、もう義兄じゃないのに、いまだに義兄って表現はおかしい」って、ツッコミすぎですよ~(苦笑) 「義兄」でええやん! これはある意味、特殊な固有名詞なんだから! それが証拠に、『レディ・ジョーカー』での「加納祐介」を表すための単語は、9割は「義兄」だったもん!

余談ながら、gooブログの隠れた公式ブログだと(勝手に)思っている(というより、なぜ公式ブログにしない、gooスタッフ?)、渡辺明ブログ(将棋棋士・渡辺明竜王のブログ)で、「義兄の祐介さん」という表現が出るたびドキドキしてしまうのは、私だけではあるまい・・・。(渡辺竜王の奥様の兄が、「祐介さん」なのだ!) こちらの「祐介さん」も、棋士。

★当人は、ほぼ二年毎に地方転勤を繰り返す検事稼業のせいで、いまは京都におり、先月か先々月には嵯峨豆腐が云々と、浮世離れした長閑な話を書き寄こしてきたところだった。 (文庫版上巻p105)

ひええ、「嵯峨豆腐」が義兄になってる! 単行本版での「嵯峨豆腐」は義弟だったのに! (おかしな語法ですが、「意味」としてはこれで合ってるの。私の言いたいこと、解りますでしょ・・・と、同意を求めます・苦笑)
義兄が書いた嵯峨豆腐云々ってのは、嵯峨豆腐で検索かけたら最初にヒットするお店のことなんでしょうか?

★『拝啓 虚礼だとは思わぬが、怠惰につき賀状を失礼させていただいた』 (文庫版上巻p105)

ここを読むたび、年賀状はこれで出さずにすませたい・・・と思う。しかし浮世のしがらみがあるので、そうは出来ないのが辛い(苦笑) よっぽどの親しい間柄でないと無理でしょうねえ。


【今回の警察・刑事や、検察・検事に関する記述】 

★多少の不整合は、自白がある以上問題にならない。 (中略) 本来なら供述の証拠能力そのものを問わなければならない岩田の現況だが、それは弁護側の理屈であって、捜査側の理屈ではなかった。 (文庫版上巻p97)

★岩田が自供してしまった以上、捜査は、自供の裏付けとなる物的証拠の収集に集中する。 (中略) 被害者の身元が分からないままでも、殺人の立件は出来る。被害者の身元が不明なのはひっかかるが、そういう事例もないことはない。 (文庫版上巻p97)

★一般の刑事畑を歩いてきた人間にとって、同じ警察のなかでも公安は不可侵・不可解の水と油であり、捜査の目的も手法も相容れない別世界だという条件反射が今回もまた働くやいなや、佐野たちに残ったのは唾でも吐きたい気分だけだった。 (文庫版上巻p101)

★それで、いったい立ち小便の酔っ払いをこの巡査長は軽犯罪法違反で処理したのか、しなかったのか。 (文庫版上巻p103)

合田さん、容赦がない・・・(苦笑) 夜の繁華街ならしょっちゅうあることだろうなあ。


【今回の名文・名台詞・名場面】
合田さんに力入れすぎて、あんまりないよ(苦笑)

★『先日、頭蓋骨から復顔された顔写真なるものを見る機会があった』 (中略) 『……あれは実に醜悪だった。そもそも土に還った肉体の復元などというものは、モンタージュ写真とは完全に別種のものだと思う。あの生々しい凹凸のある粘土の顔を前にしたら、誰しもおのれの知力に危機感を覚えるだろう。目前で形になっているばかりに、あの似て非なる別物があたかも本物のように思えてくるのは、これこそ人知の限界というやつだ。』 (文庫版上巻p105)

加納さんの手紙。そりゃ、こんな内容を正月早々に読みたくないよね、合田さん。
ネタバレ。  この手紙が、数年後の事件の一端を担うことになろうとは、合田さんも加納さんも未だ気づかず。それとも加納さんはそういう可能性があるかもしれないと、うすぼんやりと感じていたのか?(シャレじゃありません) あるいは登山に関係ある事件だから、その山登りが好きな男のはしくれとして、興味を惹いたのか。 

★『……小生の方は、先日は、口論のあげくに同級生をナイフで刺し殺した中学生の取調べに立ち会って、こんな事件を未然に防ぐ力は警察にはないことを痛感した。家裁に送致したが、それで少年のかかえる問題が片づくわけではない。 (中略) 足元のぬかるみを気にしているうちに、社会はどんどん悪くなっていく。目を据えるべきところに据えて、小生も貴兄も貴重な時間と神経を浪費しないことだ……』 (文庫版上巻p106~107)

俗に言う「犯人の心の闇の解明」ですか?(この言葉、個人的には嫌いなんだけど。そんなのを知っても、事件が起こってからは後の祭りだと思うし、状況などによっても、人ひとりひとりで「心」は違うものだから)
「警察に出来ることは限りがある」というのが、合田さん(=高村さん)の見解。
加納さんはどうだろう?  『LJ』で痛い目に遭って、「人知の限界内の話」でも、どうにも出来ないことを知ったからな、この人・・・。 

★考えすぎるとよくない。考えだすと、意味が分からなくなって手足も動かなくなるのだ。 (文庫版上巻p121)

マークスくんの特徴というか、特色というか。これを頭の片隅に置いておかないと、これからの展開とマークスくん自身そのものが、分かりにくいかもしれない。


「山は山でも、今日は山崎の山!」 (文庫版上巻p63)

2006-07-26 00:50:01 | マークスの山(文庫版) 再読日記
これも唐突に始まりました、『マークスの山』 再読日記でございます。25日から読み始めました。文庫版『照柿』発売に備えて、そろそろ読んでいかないと間に合わないという焦りに似た気持ちもあって・・・。

今回は講談社文庫版でやります。これで読むのは、3~4回目かな?
(早川書房単行本版の再読日記は、いずれまた。『照柿』の文庫化がなかったら、今秋に読む予定だったのに・・・と、ぼやいても仕方ないんですが・苦笑)

ちなみに『わが手に拳銃を』は、昨日読了しました。再読日記は、あと3回で終わらせます。
(『リヴィエラを撃て』の再読日記は7回分も残ってるよ・・・。いつやるのよ、あんた?)

***

世に言う〈合田シリーズ〉は、全面改稿された文庫版が出たことで、単行本版〈合田シリーズ〉 と、文庫版〈合田シリーズ〉 に、スパッと分かれて考えていいと思う。つまり、全くの別もの、別作品、別シリーズで。

あくまで私見ですが、文庫版『照柿』を読むならば、文庫版『マークスの山』で造形されたキャラクターで、読むべきだと思う。文庫版『マークスの山』の文体と紡がれたストーリーで、文庫版『照柿』に臨むべきだと思うのだ。(同様に、単行本版も)

***

それではいつものように、文庫版『マークスの山』について、簡単に述べておきましょう。

第109回直木賞と、第12回日本冒険小説協会大賞を受賞した 単行本版『マークスの山』 (早川書房)を、惜しげもなく全面改稿したものが、文庫版『マークスの山』 (講談社文庫) になります。

これも『わが手に拳銃を』『李歐』の場合と同じく、どちらを先に読むかで、作品に対する読み手の印象がガラリと違ってくるはずです。

「どちらを先に読めばいいの?」と訊かれたら、無責任かもしれませんが、これは回答に困ります(苦笑) 今となっては出来ないけれど、先に文庫版を読んでいたらどうなっていたかな~と、想像もしてしまうので。
現在のところ、単行本版・文庫版の両方が出版されていますので、これも運試しと思って、お好きな方からお読み下さい。読み手の「選べる自由」を尊重します。

「そんなのいらん!」という方には、単行本版→文庫版の順で。但し、読む期間はしばらく空けた方がよろしいかと思います。内容をヘンに覚えていたら、まるで間違い探しのような気分を味わって、純粋に物語を楽しめなくなるのでは・・・と危惧します。

「文庫にならなきゃ読みません」という方には、いっそ潔く文庫版だけ読むというのも、ありかもしれません。

・・・結局は、「読み手の選ぶ自由を尊重」していることになりますが(苦笑)

それではいつものように、注意事項。
最低限のネタバレありとしますので、未読の方はご注意下さい。よっぽどの場合、 の印のある部分で隠し字にします。

***

2006年7月25日(火)の文庫版『マークスの山』 は、一  播種のp82まで読了。
うわーん、合田雄一郎さん登場まであと1ページ!! それは次回のお楽しみに・・・♪


【主な登場人物】 は、今回の再読日記では、やりません。ネタバレ。  一番の問題が、困ったことに、マークスくんなんですよね。何書いてもネタバレになってしまいそうで。 


【今回の警察・刑事や、検察・検事に関する記述】 
刑事を主人公にした小説を読んだのは、単行本版〈合田シリーズ〉が初めてなんです、多分、ね。だから、どんな組織なのか、どんな捜査をするのか、どんな区分や特徴があるのか、初めて知ったことがたくさんあります。
それらについて、個人的にピックアップします。(但し、それが正しいのか否かは、私には判断できないので、ツッコミはご遠慮下さい・苦笑)

★犯罪の被疑者は、お縄にした限りは少々頭がおかしくなろうが何だろうがまず送致だ。 (文庫版上巻p31)


【今回の名文・名台詞・名場面】

★鉄格子の放った磨りガラスの窓から、夜陰の明かりが射していた。闇が光るものだというのを知ったのは、週一回この部屋に通うようになってからだった。その輝く闇の中で、ベッドの寝具から首だけ出している一人の若者の目が恒星のように光った。 (文庫版上巻p53)


『リヴィエラを撃て』 再読日記でも取り上げましたが、同じような描写があったなあと思いまして、取り上げました。
ネタバレ。  この若者が、『マークスの山』の主要人物の一人です。 

本格的な始動は、次回読了分から。

***

【2006.7.28. 追記】
【今回の警察・刑事や、検察・検事に関する記述】 のコーナーを追加しました。