第五話 「凶弾」 のご紹介。初出誌は「小説現代」1993年12月号です。
【柱の一文】
シリーズ完結/“外国人犯罪”の壁にぶつかった<警視庁第七係>刑事たち
【事件の発端】
東池袋でアジア系の射殺死体が発見される。国内の事件とは違って国際問題にもなりかねないため、捜査は難航していく・・・。
【今回のメインの刑事たち】
合田雄一郎警部補 林省三警部(モヤシ)
・・・ということにしておこう(笑) まあ、ほとんど全員絡んでますが、今回は珍しくも林係長が係長らしい働きを見せるので。
【感想】
<七係>シリーズ もこれでおしまい。「警察」とはいえ、出来ることと出来ないことの境界線や限度を味わう、合田さんのやりきれない思いが印象に残ります。・・・これはどれを読んでもそうなのですが・・・(苦笑)
しかし、腐っても合田さんは刑事だ。刑事である合田さんは、やっぱりいいですね~
但しこれも 第四話 「情死」 と同じく、ページ数が足りない~! と感じます。今はネタバレ出来ませんが、「パラレル・ワールド」と解釈した方がいい、と私は最初の頃に書いておいたのですが・・・読まれた方は、その意味がお分かりになったかと思います。
そしてラストを読まれた方で、『レディ・ジョーカー』 も既読の(特に腐女子の)方は、ある想像と妄想を働かせてしまうようです。実は私も、そうでした(笑)
【第五話のツボ】
七係の陰険漫才 も、これで読み納め・・・。
久々に、捜査の最初からキレかけている合田さん。ピリピリ神経のたっている合田さんには近づきたくはないけれど、こういう合田さんを端から見ている分には好きな私(笑) ああ、矛盾・・・。
実は合田さんより、お蘭の方が広東語や韓国語が分かるという事実。・・・「能ある鷹は爪を隠す」か、お蘭?(笑)
再三、見られていると思う合田さん。刑事という商売も、辛いとこですね・・・。
合田さんとお蘭の、かみ合わない会話・その1とその2。
七係の絶妙のコンビネーションも、これで見納め・・・。
このシリーズ中、初と言っていいほどの林係長の見事な推理。「現場のたたきあげ」は、やはり強いのか・・・見直した、係長! あんたも腐っても「刑事」や!(←暴言)
今回の最大のツボ。襲撃され、撃たれてしまった 合田さん。(ネタバレのため、隠し字。セレクトでネタバレはしています。ごめんなさい) しかし、その後がまた合田さんらしいというか・・・。好き (笑)
***
【名文・名台詞・名場面】
今回は最後ということもあって、「刑事・合田雄一郎」 に焦点を当てたいと思ってますが・・・上手くいくでしょうか?
★「賭けようか」路地にぐるりと目を巡らせた吾妻が合田をつついた。「本部は立たんな、これ」 (中略)
「いや、立つ」と合田は応えた。
「俺は立たない方に千円」と吾妻。
「俺は立つ方に千円」
「立たなきゃ野郎やめろって」横から又三郎が口を出し、けだるい笑い方をした。
今回の「七係の陰険漫才」 又さん、二枚目なんだからあんまり下ネタは言わないでね・・・と思うのは、私だけだろうか? ・・・私だけだろうな(苦笑) こういう軽口叩けるのが、又さんの魅力なんだものね。
★いいとか悪いとかの問題ではなかった。そう思わなければ、今の東京で刑事はやってられない。
★機捜の男の言いぐさは否定できない部分はあるものの、そこにあるものはさなざまの不条理だった。在ってはならないことと、現に在ること。したくないことと、しなければならないこと。その溝の上に警官一人ひとりが立ったとき、結局は職務の遂行しかないのだから、怖いなどという感情を持っても一銭の足しにもならない。
上記二つの引用。何度も出ている、合田さんの刑事の心得のようなもの。矛盾だ、理不尽だ、と分かっていても、やらなきゃならない「刑事」という仕事。いや、刑事に限らず、仕事をしている人間の大半はそうですよね。
★歩いて街を見たかった。よく知っている街だが、一つ事件を孕むたびに、知らない街になる。
ああ、「刑事の眼差し」だなあ・・・としみじみ感嘆してしまいます。
★「アジアやなあ」と思わず呟いたら、隣の傘の下で、森が買い食いの握り飯を喉に詰めて何かぶつぶつ言った。
「今ごろ何ですか」
「いや。東京も遂にアジアになったと……」
「今までは、東京は何だったんですか」
「東京」
森はもう返事もしなかった。
合田さんとお蘭のかみ合わない会話・その1。
しかしこれには前段があって、
★その猥雑で旺盛で真摯な活力が、ガラス張りの超高層ビル群の真下にあるというのが、この極東の島国の掛値なしの現在だと、合田は最近よく思う。
・・・という合田さんの感慨が口に出てしまった、というところです。これも高村さんの感慨でもあるのでしょうね。
「アジア」に関する表記、もう一つ挙げておきましょうか。
★この東京にうなる金、高度な先端技術、豊富な情報に海の向こうから引き寄せられる人々は、共存ではなく奪取のために集まり、夢破れても尽きない金に群がって当座の居直りを決め込み、自国の生活感覚を持込んで、地域とは融和しない生活圏を作り上げる。大陸の華僑が東南アジアに根づいた在り方に代表されるように、住みながら交わらず、多様な文化がそのまま交錯し衝突する、その在り方がアジアなのだ、と。金満ボケで自国の方向感覚を失った東京の足元は、今や虫食いのアジアそのもののように自分の目には映る、と。
こう語った合田さんに対して、お蘭はどう思ったやら。それは次をお読み下さい。
★「それで?」
「俺の頭の中身が、時代についていけるかどうか、心配で」
「人間は悩むうちは努力する、と言ったのは誰でしたっけ」
「ゲーテ」
「とにかく、心配ないです」森は白けた面でさらりと言ってのけた。「交わらなくても、話は出来ます。主任と私みたいに」
ズレているような、的を射ているような。森と相対していると、頭の中心軸がきりりとねじれてくる。
合田さんとお蘭のかみ合わない会話・その2。 トドメはお蘭の名台詞! これはお蘭の一本勝ち! 合田さんの負け!(笑)
★合田とて限界を感じないわけではないが、幸か不幸か日々の現場ではやることが多過ぎて恐怖を懐いているヒマがない。少なくとも、今回の東池袋の射殺事件まではそうだった。あの路地ではたしかに、これまでは必要なかった種類の神経が働いた。法と警察で守られてきた治安の根底が、すでに破れ始めている予感。強行犯における怨恨・物取り・痴情の三本柱の動機が通用しない犯罪の予感。犯罪の常識が次々と覆されていく今、警官も安全ではない時代が来ているのかもしれない。
★しかし、だからといって、問題は刑事が武装することで解決するわけでもない。拳銃を携帯しなければ危なくて地どりも出来ないような時代が来る前に、国も自分もしなければならないことがある。そんな風に考えるのは半分は建前だが、建前があるから自分たちは毎日こんなことをやっていられるのだ。
かなり長いですが、上記二つの引用。これも「合田さん=高村さん」の視点でしょうね。改めて驚くべきことは、これが10年以上も前に書かれた作品であること。ここだけ読むとちっとも古びてません。10年後の社会を予言しているかのようにも思えますし、それとも現実の社会が(悪い意味で)小説に追いついたというようにも見えます・・・。確かに、何が起こってもおかしくないイヤな世の中になりました(苦笑)
★合田は、刑事仲間の本音など聞きたくはなかった。傷を舐めあうヒマがあったら、猥談をやっている方がマシだ。
猥談やってる合田さんなんて、想像出来ないわ! まさか加納さんとは、やってないでしょうね!?(←またまたポイントずれてます)
★合田はしっかり這っていた。這いながら、どこを撃たれたのか冷静に考え、致命傷ではないとこれも落ち着いて考えていた。 (中略) 生命の証としての痛みと、それを感じる余裕に対する喜びが生温かい血の中にあった。それをあざわらう別の心痛や、頭半分が真っ白になったような驚愕も、血の中にあった。
これよ、これこれっ! こういうところが、「ああ、やっぱり合田さんやわ・・・」と思わせるところ・その1。
★俺はどれも要らない、どれもうさんくさい、どれも狂ってると腹の底でわめきながら、合田はそろそろと這い進んだ。
そうそう、これよ、これなのよっ! というのが、「ああ、やっぱり合田さんやわ・・・」と思わせるところ・その2。
***
後日、追加と修正の予定ではありますが、ひとまず <七係>シリーズ再読日記 は、完結いたしました。
ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました! 私も楽しかったです♪
【柱の一文】
シリーズ完結/“外国人犯罪”の壁にぶつかった<警視庁第七係>刑事たち
【事件の発端】
東池袋でアジア系の射殺死体が発見される。国内の事件とは違って国際問題にもなりかねないため、捜査は難航していく・・・。
【今回のメインの刑事たち】
合田雄一郎警部補 林省三警部(モヤシ)
・・・ということにしておこう(笑) まあ、ほとんど全員絡んでますが、今回は珍しくも林係長が係長らしい働きを見せるので。
【感想】
<七係>シリーズ もこれでおしまい。「警察」とはいえ、出来ることと出来ないことの境界線や限度を味わう、合田さんのやりきれない思いが印象に残ります。・・・これはどれを読んでもそうなのですが・・・(苦笑)
しかし、腐っても合田さんは刑事だ。刑事である合田さんは、やっぱりいいですね~
但しこれも 第四話 「情死」 と同じく、ページ数が足りない~! と感じます。今はネタバレ出来ませんが、「パラレル・ワールド」と解釈した方がいい、と私は最初の頃に書いておいたのですが・・・読まれた方は、その意味がお分かりになったかと思います。
そしてラストを読まれた方で、『レディ・ジョーカー』 も既読の(特に腐女子の)方は、ある想像と妄想を働かせてしまうようです。実は私も、そうでした(笑)
【第五話のツボ】
七係の陰険漫才 も、これで読み納め・・・。
久々に、捜査の最初からキレかけている合田さん。ピリピリ神経のたっている合田さんには近づきたくはないけれど、こういう合田さんを端から見ている分には好きな私(笑) ああ、矛盾・・・。
実は合田さんより、お蘭の方が広東語や韓国語が分かるという事実。・・・「能ある鷹は爪を隠す」か、お蘭?(笑)
再三、見られていると思う合田さん。刑事という商売も、辛いとこですね・・・。
合田さんとお蘭の、かみ合わない会話・その1とその2。
七係の絶妙のコンビネーションも、これで見納め・・・。
このシリーズ中、初と言っていいほどの林係長の見事な推理。「現場のたたきあげ」は、やはり強いのか・・・見直した、係長! あんたも腐っても「刑事」や!(←暴言)
今回の最大のツボ。襲撃され、撃たれてしまった 合田さん。(ネタバレのため、隠し字。セレクトでネタバレはしています。ごめんなさい) しかし、その後がまた合田さんらしいというか・・・。好き (笑)
***
【名文・名台詞・名場面】
今回は最後ということもあって、「刑事・合田雄一郎」 に焦点を当てたいと思ってますが・・・上手くいくでしょうか?
★「賭けようか」路地にぐるりと目を巡らせた吾妻が合田をつついた。「本部は立たんな、これ」 (中略)
「いや、立つ」と合田は応えた。
「俺は立たない方に千円」と吾妻。
「俺は立つ方に千円」
「立たなきゃ野郎やめろって」横から又三郎が口を出し、けだるい笑い方をした。
今回の「七係の陰険漫才」 又さん、二枚目なんだからあんまり下ネタは言わないでね・・・と思うのは、私だけだろうか? ・・・私だけだろうな(苦笑) こういう軽口叩けるのが、又さんの魅力なんだものね。
★いいとか悪いとかの問題ではなかった。そう思わなければ、今の東京で刑事はやってられない。
★機捜の男の言いぐさは否定できない部分はあるものの、そこにあるものはさなざまの不条理だった。在ってはならないことと、現に在ること。したくないことと、しなければならないこと。その溝の上に警官一人ひとりが立ったとき、結局は職務の遂行しかないのだから、怖いなどという感情を持っても一銭の足しにもならない。
上記二つの引用。何度も出ている、合田さんの刑事の心得のようなもの。矛盾だ、理不尽だ、と分かっていても、やらなきゃならない「刑事」という仕事。いや、刑事に限らず、仕事をしている人間の大半はそうですよね。
★歩いて街を見たかった。よく知っている街だが、一つ事件を孕むたびに、知らない街になる。
ああ、「刑事の眼差し」だなあ・・・としみじみ感嘆してしまいます。
★「アジアやなあ」と思わず呟いたら、隣の傘の下で、森が買い食いの握り飯を喉に詰めて何かぶつぶつ言った。
「今ごろ何ですか」
「いや。東京も遂にアジアになったと……」
「今までは、東京は何だったんですか」
「東京」
森はもう返事もしなかった。
合田さんとお蘭のかみ合わない会話・その1。
しかしこれには前段があって、
★その猥雑で旺盛で真摯な活力が、ガラス張りの超高層ビル群の真下にあるというのが、この極東の島国の掛値なしの現在だと、合田は最近よく思う。
・・・という合田さんの感慨が口に出てしまった、というところです。これも高村さんの感慨でもあるのでしょうね。
「アジア」に関する表記、もう一つ挙げておきましょうか。
★この東京にうなる金、高度な先端技術、豊富な情報に海の向こうから引き寄せられる人々は、共存ではなく奪取のために集まり、夢破れても尽きない金に群がって当座の居直りを決め込み、自国の生活感覚を持込んで、地域とは融和しない生活圏を作り上げる。大陸の華僑が東南アジアに根づいた在り方に代表されるように、住みながら交わらず、多様な文化がそのまま交錯し衝突する、その在り方がアジアなのだ、と。金満ボケで自国の方向感覚を失った東京の足元は、今や虫食いのアジアそのもののように自分の目には映る、と。
こう語った合田さんに対して、お蘭はどう思ったやら。それは次をお読み下さい。
★「それで?」
「俺の頭の中身が、時代についていけるかどうか、心配で」
「人間は悩むうちは努力する、と言ったのは誰でしたっけ」
「ゲーテ」
「とにかく、心配ないです」森は白けた面でさらりと言ってのけた。「交わらなくても、話は出来ます。主任と私みたいに」
ズレているような、的を射ているような。森と相対していると、頭の中心軸がきりりとねじれてくる。
合田さんとお蘭のかみ合わない会話・その2。 トドメはお蘭の名台詞! これはお蘭の一本勝ち! 合田さんの負け!(笑)
事件はこの後、それ相応の展開があるのですが、割愛させて下さい。以下は、とりあえずひと段落ついた後の出来事です。「刑事・合田雄一郎」の在り方を、しかとご覧あれ。
★合田とて限界を感じないわけではないが、幸か不幸か日々の現場ではやることが多過ぎて恐怖を懐いているヒマがない。少なくとも、今回の東池袋の射殺事件まではそうだった。あの路地ではたしかに、これまでは必要なかった種類の神経が働いた。法と警察で守られてきた治安の根底が、すでに破れ始めている予感。強行犯における怨恨・物取り・痴情の三本柱の動機が通用しない犯罪の予感。犯罪の常識が次々と覆されていく今、警官も安全ではない時代が来ているのかもしれない。
★しかし、だからといって、問題は刑事が武装することで解決するわけでもない。拳銃を携帯しなければ危なくて地どりも出来ないような時代が来る前に、国も自分もしなければならないことがある。そんな風に考えるのは半分は建前だが、建前があるから自分たちは毎日こんなことをやっていられるのだ。
かなり長いですが、上記二つの引用。これも「合田さん=高村さん」の視点でしょうね。改めて驚くべきことは、これが10年以上も前に書かれた作品であること。ここだけ読むとちっとも古びてません。10年後の社会を予言しているかのようにも思えますし、それとも現実の社会が(悪い意味で)小説に追いついたというようにも見えます・・・。確かに、何が起こってもおかしくないイヤな世の中になりました(苦笑)
★合田は、刑事仲間の本音など聞きたくはなかった。傷を舐めあうヒマがあったら、猥談をやっている方がマシだ。
猥談やってる合田さんなんて、想像出来ないわ! まさか加納さんとは、やってないでしょうね!?(←またまたポイントずれてます)
★合田はしっかり這っていた。這いながら、どこを撃たれたのか冷静に考え、致命傷ではないとこれも落ち着いて考えていた。 (中略) 生命の証としての痛みと、それを感じる余裕に対する喜びが生温かい血の中にあった。それをあざわらう別の心痛や、頭半分が真っ白になったような驚愕も、血の中にあった。
これよ、これこれっ! こういうところが、「ああ、やっぱり合田さんやわ・・・」と思わせるところ・その1。
★俺はどれも要らない、どれもうさんくさい、どれも狂ってると腹の底でわめきながら、合田はそろそろと這い進んだ。
そうそう、これよ、これなのよっ! というのが、「ああ、やっぱり合田さんやわ・・・」と思わせるところ・その2。
この後、合田さんは病院へ行くのですが・・・その後の展開は、全て読者の想像におまかせ、というところ。「パラレル・ワールド」と言い切った私見が、分かるかと思います。
一つだけ言わせてもらうなら、果たして加納さんは病院へ駆けつけたのか!? 例の名台詞を言ったのか!? ・・・それは永遠に闇の中・・・。
***
後日、追加と修正の予定ではありますが、ひとまず <七係>シリーズ再読日記 は、完結いたしました。
ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました! 私も楽しかったです♪