からまつはさびしかりけり たびゆくはさびしかりけり 世の中よ、あはれなりけり 常なれどうれしかりけり

2008-11-16 | 本/演劇…など

北原白秋 「水墨集」より

落葉松

 からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き。からまつはさびしかりけり。たびゆくはさびしかりけり。

 からまつの林を出でて、からまつの林に入りぬ。からまつの林に入りて、 また細く道はつづけり。

 からまつの林の奥も、わが通る道はありけり。霧雨のかかる道なり、山風のかよふ道なり。

 からまつの林の道は、われのみか、ひともかよひぬ。ほそぼそと通ふ道なり。さびさびといそぐ道なり。

 からまつの林を過ぎて、ゆゑしらず歩みひそめつ。からまつはさびしかりけり。からまつとささやきにけり。

 からまつの林を出でて、浅間嶺にけぶり立つ見つ。浅間嶺にけぶり立つ見つ。からまつのまたそのうへに。

 からまつの林の雨は、さびしけどいよよしづけし。かんこ鳥鳴けるのみなる。からまつの濡るるのみなる。

 世の中よ、あはれなりけり。常なれどうれしかりけり。山川に山がはの音、からまつにからまつのかぜ。


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